リカの世界書

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リカはぼうっと自室のベッドに横になっていた。マナの言葉が気になりすぎて夕飯何を食べたか思い出せない。気がつくと窓に水滴が多数ついていた。雨音がリカの家の屋根を叩く。
「雨降ってきちゃった......。桜は今日でおしまいかなあ......」
独り言をつぶやきながら時間を確認すると、デジタル時計が23時半を映し出していた。
「......後三十分かあ。どうしよ......。マジで行く? 普通」
迷いながらも立ち上がり、手が勝手に春物コートを掴む。
「......どうなの? 私をからかっただけとかかもしれないのに」
つぶやきながらもリカは自室のドアノブを握っていた。
早寝の両親を起こさないように、足音立てずに外に出る。玄関先に出ると雨がかなり降っていた。風も少しある。春の嵐のようだった。街灯の明かりはついているが、夜中に差し掛かる頃なので、かなり怖い。
「もう、やっぱやめようかな......」
リカは怯えながらも花柄の傘を差して歩き出す。
こんなひとり会話を永遠に繰り返し、気がつくと例の公園、『第二公園』にたどり着いていた。
開けた公園には人の姿はなく、公園の真ん中には街灯が一つあり、周りを照らしていた。
「夜は思ったより明るい」
リカはぼんやり言葉を口にしながら、水浸しな地面を歩く。
公園の半分くらいまできた時、マナが滑り台の前に立っているのが見えた。
「あ、リカちゃん! 来てくれたんだね」
「いやあ、ほんと、なんとなくだったんだけど......。マナさん......さっきの話......」
「うん」
リカの話を手で遮ったマナは足元にある大きな水溜まりを指差した。水溜まりは落ちる雨で多数の波紋を作っている。
「ああ、雨が急に降ってきたからびっくりしたよねー」
「うん、まあ、それは天気予報で出ていたからわかっていたけど、そうじゃなくて......」
マナはまた再び水溜まりを指差した。リカは首をかしげたまま、もう一度水溜まりに目を向ける。
「......え......」
刹那、リカの目の前に青空が映った。
「嘘でしょ......」
何度も目をこすり、何度も見た。
何度でもリカの目に青空が映る。
現在は雨が降っており、おまけに夜中だ。青空が映るはずがないのだ。
よく見ると、桜の花びらが多数水面に落ちていた。だが、なにか違和感だ。この公園にも桜はあるし、水面にも花びらが落ちている。だが、なんだかおかしい花びらもある。
リカは違和感がなんなのかわからず、違和感のある桜の花びらを触ろうとした。
「......っ!?」
しかし、桜はリカの指を抜けていった。何をしても掴めない。
まるで「映像」のようだ。
「なにこの......桜......」
リカの疑問にマナが「ああ......」と思い出したように言う。
「それは『向こうの』桜だから」
「向こうの桜ってなに!?」
さらに動揺しているリカにマナは軽く微笑む。
「私達が住む銀河系の外にあると思われる、別の銀河系の、ここと同じような世界のこと」
「つ、つまり......」
「パラレルワールドのような別世界」
マナの言葉にリカは息を飲んだ。
そして再び「嘘でしょ」とつぶやく。
「嘘じゃないよ。見ていて」
マナは楽しそうに水溜まりを見るように促した。しかたなく、リカも従う。
「......っ!」
リカは水面に見知らぬ女の子が映っているのを見てしまった。
ピンクのシャツに赤いリボン、下は紺色のスカートを履いた、ショートヘアーの少女。
「あれ......この子......」
「気がついた? この子は『TOKIの世界書』シリーズの主人公で、アヤって名前の子だよ」
「......なんの冗談よ! これ......」
リカは震える声で、こちらを見つめている少女に言い放った。
向こう側とやらの少女には、この声は届いておらず、映像も映っていないらしい。
「時刻は深夜零時。すべてがリセットされる曖昧な時間。虚像が映る条件なら『向こう』が見れる。そして......」
マナはリカの背中を突然に思い切り押した。
「え......」
「君は『壱(いち)の世界』に行ける」
前屈みになっていたリカはバランスを崩し、盛大に水溜まりへ突っ込んだ。何かを思う前にリカの目に映ったのは無数に飛び散る水滴と、海の中に放り出されたかのような泡と、ゆらゆら揺れている水面だった。
......って、水面!?
リカは目を見開いた。
意味がわからない。水溜まりは、かかとを濡らすくらいしか高さがなかったはずだ。
なのになぜ、海に飛び込んだかのような状態になっているのか。
......も、もう......なんだかわからな......。
リカは気が遠くなっていくのを感じた。水面がじょじょにぼやけていく。
......なんか......眠い......。
リカはぼやけていく視界から目をそらし、重たいまぶたをそっと閉じた。

「はっ!」
リカは唐突に目覚め、起き上がった。素早く辺りを見回し、立ち上がる。
......どこ!?
辺りを見回してから、自分が全く知らないところで寝ていた事に気づいた。
地面は人工のタイル。一応陸地のようだ。辺りは暗く、蛍のような黄緑色の明かりが多数点滅している。
「......不気味だけど......きれいなとこ......」
リカは反響する自分の声を聞きながら、てきとうに歩き回った。
刹那、目の前をキバの生えた大きな魚が通りすぎていった。
「......え? 陸地......だよね? なんで魚......しかも深海魚っぽかったし」
リカの顔が再び恐怖に沈む。
よく見るとあちらこちらに面妖な魚が何事もなかったかのように通りすぎていた。
......まさか......海の中とか。
「それよりも......マナさんは......」
近くには人の気配がない。
マナは一緒に来たのだろうか?
「結局......」
ふとリカの知らない女の子の声がした。
「だ、だれ!?」
「結局、あなたはなんなの?」
「......へ?」
声はリカの前からした。リカは唾を飲み込みながら青い顔で、話しかけてきた者を探す。
「まあ、いい。私はメグ。海神(わだつみ)のメグ」
暗闇から青い長い髪をツインテールにしている謎の少女が現れた。
「わだつみの......メグ? ふ、不思議な名前デスネ......」
リカは怯えつつ、表情の乏しい少女を視界に入れる。
「普通に話して。私はあなたに危害を加えない。あなたは......人間?」
メグの言葉にリカはさらに顔を曇らせた。
......なんだ、その質問......。見たらわからないのかな......。
「た、たぶん人間だと思うけど」
尋ねられて、リカもなぜか自信がなくなり、小さな声で答えた。
「人間はここには来れない。ここは深海で、想像の世界、弐(に)だから。霊とか神とか、人間の想像物しか入れない」
「えーと......」
リカは困惑ぎみにはにかんだ。
......変なこと言うなあ......。
......あれ? 私が変なのかな?
......ん?
なんだかリカが持つ常識がどんどん崩れていくような気がする。
神は本当に存在していたのか?
当たり前のように見えたのか?
......当たり前のように見えていた気がする。
「え!? いやいや、見えてないよ! 神ってマジでいるの!?」
「......?」
リカの言葉にメグは「何を言っているのかわからない」と言ったような表情を浮かべた。
「まさか......本当にパラレルワールド?」
リカのつぶやきにメグは眉をひそめた。
「ねぇ、あなたは陸(ろく)の世界の人? ここは壱(いち)の世界の弐(に)。パラレルワールドは陸の世界」
メグの返答にリカは頭を抱えた。
......何言ってるのか全然わかんないんだけど!! 何言ってんの? この子は。
「......ん。まさか伍(ご)から......」
「ちょ、ちょ......マジでなに言ってるのかわからないから!! 『 いち』とか『に』とか数字なの?」
「まあ、数字だけど」
焦るリカにメグは平然と答えた。
「もう! なんなのー! 元の世界に......ひっ!?」
リカがそう叫んだ刹那、リカの手がなくなっていた。なくなっていたというより透明になって透けている感じだ。
「......やはり。......向こうから来たのか。心を強く持つといい。この世界には人間の想像物が『存在』している。そして、人間の心を保つため、電子データ化されている。あなたは『あちら』から来た想像物のよう。だからあなたは自分が想像物だと思い込む必要がある」
「......そ、そしたら消えないの?」
「おそらく......」
リカはメグの説明を聞いて、慌てて「想像物だ」と心に繰り返す。
暗示のようにつぶやいていると手が元に戻った。
「......も、戻った......」
「良かったね。で、あなたはこれからどうしたい?」
「元の世界に帰りたい! 両親も心配するから......」
リカは間髪を入れずに叫んだ。
「......間違いなくあなたは伍(ご)の世界の人間。元に戻れそうな場所につれていってあげる」
「やった!」
リカはほっと胸をなでおろした。
「では、ついてきて。こういうのも私達『K』の役目だから」
「まあ、なんだかわからないけど、早く戻して」
メグはリカを一瞥すると、「ついてきて」とリカを促した。
するとすぐに、リカの体が突然ふわりと浮いた。
「な、なに......!?」
リカが叫んだ刹那、糸が切れるようなプツンという音が響く。
「......え......?」
ネガフィルムのような何かをハサミでバサバサ切っているかのような音が頭に響いていた。
リカは即座に理解した。なぜ、理解したかわからない。
だが、リカにはわかった。
......記憶を......ネガフィルムのように流れている記憶を消去されている!
......これは何!?
「ね、ねぇ!」
リカは耐えられずにメグに話しかけた。
「ん?」
メグは首を傾げてこちらを見る。
「ねぇ! 私の記憶が!!」
「何を言ってるのかわからないけど、ついたよ」
メグはどこかの真っ白な空間にリカを降ろした。
「え? 嘘! いつの間に??」
先程の場所とは違いすぎる。リカには動いた記憶がない。メグに浮かされて運ばれようとしていた所までしか思い出せない。
......だけど......。
......私は知っている気がする......。
......この白い空間を......。
「大丈夫?」
「え......? あ、うん。で? これからどうやって戻るの?」
リカは不気味な世界から早く脱出したかった。
「この白い空間から先に行けば......」
メグは説明を途中で切った。
「え? 先にいけば?」
「あ、プログラムが変わってる......。あなたが出られないようになっている」
メグの発言にリカは発狂しそうだった。唯一の戻れるルートがなぜか封鎖されている。つまり、元に戻れない。
「ほ、他に帰れるとこは?」
「......わからない。時神アヤに協力を仰ぐといいかもしれない」
「時神......アヤ......」
「うん。あなたを壱(いち)へ送ってあげる。私も独自で調べてみるから」
メグはそう言うとリカに手を伸ばした。

(2020〜)SF和風ファンタジー日本神話「TOKIの世界譚」Where stories live. Discover now