更夜の兄様

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 更夜は刺々しい雰囲気のまま、サヨの世界の外で待たせていたツルに再び命じた。
 「西の剣王に仕官を申し込みたい。冷林に了承を得たらすぐに向かえ」
 「わかりましたよい! よよい!」
 変な話し方をするツルを半分無視し、更夜は駕籠に乗り込んだ。
 「あ……おかえりなさい」
 アヤがはにかみながら、更夜を迎え、リカが冷や汗を流しながら固まる。
 「冷林、プラズマを取り戻すため、剣王軍に『入る』事を許可しろ」
 冷林は焦りながら首を横に振った。
 「バカだな、先程の説明通りだ。よく考えろ。北の冷林」
 更夜に言われた冷林は少し悩んだ後で首を縦に振った。
 「決まりだ。ツル、行け。今の話は『すべて他に漏らすな』」
 更夜に言われたツルは軽く微笑み、「わかりました、では向かいますよい!」と言い、頭を下げた。
 「それから……」
 更夜は目線を軽く下に向け、冷淡な笑みを浮かべる。
 アヤ、リカは震え上がり、栄次は不気味に思いながら更夜を見ていた。
 「俺のかわいい、かわいい生意気ネコがフーフー言いながらついてきているようだが」
 ……邪魔はするなよ、サヨ。
 最後の部分のみ、サヨに伝わるように気を送る。
 駕籠のはるか下にいたサヨは更夜の気の変化に冷や汗を流した。
 「ネコ?」
 栄次は眉を寄せた後、ネコの正体にすぐに気がつき、眉間のシワを伸ばした。
 「ああ。栄次、気にするな。クギをさしておいた。さあ、行こうか」
 弱みを握られたくない更夜はサヨに邪魔をしないように言った。
 ツルは飛び去り、追いかけようとしたサヨはその場で立ち止まる。
 「気づかれていたわ~。大丈夫。おじいちゃんの邪魔はしないよ」
 サヨはツルとは反対方向へ、弐の世界を飛んでいった。
 時神達を乗せた駕籠は再び高天原へと入った。西は和風の民家が連なり、古風な雰囲気を感じる。
 どこか懐かしく、タイムスリップしたかのような町並み。
 青空を飛んで行くツルに秋風が冷たく当たる。
 紅葉がきれいに赤く染まっている中に天守閣が見えた。
 剣王の城である。
 ツルは天守閣の前に美しく着陸した。
 「つきましたよい!」
 「よし。栄次、アヤ、リカ、行くぞ。冷林、お前は姿を見せるな。お前がいたらややこしくなる。後で追及されたら、お前は立場がないはずだ」
 更夜が駕籠から降りつつ、冷林を睨み付け、冷林は慌てて頷いた。
 「いいか、そのまま駕籠にいるんだ。外に出たら剣王に姿を見られるかもしれん」
 更夜はそう言い残し、駕籠を降りた。
 「……念には念を入れる感じ……冷静すぎて怖い……」
 「……ええ。私も怖いわ」
 リカがつぶやき、アヤが答えた。
 アヤ、リカ、栄次も続いて駕籠を降りる。更夜は冷林を駕籠に残し、ツルを飛び立たせた。
 「行くぞ」
 「受付はどこだ?」
 栄次が戸惑っていると、更夜が乱暴に栄次のえりを掴み、天守閣の横にある小屋に目を向けさせた。
 「どこを見ている? あそこだろ?」
 「あ、ああ……そのようだ」
 更夜はさっさと先へ進む。
 アヤ、リカは更夜の後を恐る恐るついて行った。
 きれいに落ち葉掃除がされていた小屋の引戸を迷いなく開けた更夜は、囲炉裏のそばに座っていた銀髪の男に驚き、わずかに眉を上げた。
 「いらっしゃいませ。……っ!」
 迎え入れた銀髪の男も、更夜同様に目を見開いて声を詰まらせる。
 「更夜!?」
 銀髪の男は更夜にとてもよく似ていた。
 「お前、更夜だよな……?」
 銀髪の男は更夜を知っているようだった。
 「なぜ……お兄様がここに……」
 更夜の発言に、アヤ、リカだけでなく、栄次も驚く。
 「お兄さん?」
 リカがつぶやくが、更夜は答えなかった。
 「ああ~……マジかよ……。オイ、更夜、何しに来たんだよ。嫌な予感しかしねぇんだけどなァ」
 「……西に加入したく思いまして、正当な手続きをするための場所はここで間違いないでしょうか?」
 更夜は丁寧に話を進め始める。自分の兄がいたことに驚いているはずだが、彼は何事もなかったかのように振るまっていた。
 「……ええ、そうですよ」
 更夜の兄だと思われる男も更夜に合わせ、にこやかに頷く。
 「では、まずあなたと手合わせすると言うことでしょうか? あなたが……西に入れるか試す役目の方ですか?」
 「そうですよ。雇われですがねぇ。私の神格は武神と厄除けです。あなたは?」
 更夜の兄も更夜を探るような雰囲気で尋ねてくる。兄弟揃って雰囲気が同じだ。
 「私は時神です」
 「なら、冷林のところにいらっしゃる神なのでは?」
 「冷林が許可しました」
 「ああ、そうですか」
 更夜の兄は笑顔で頷いているのだが、目元が鋭く、恐ろしい気を発しており、とても怖い。二人の会話にアヤ、リカの他に栄次も口をつぐむ。
 「なら、まず私が西に入るのにふさわしいか試します。外に行きましょう。私は望月逢夜(おうや)。よろしくお願いします」
 「私は望月更夜です。よろしくお願いします」
 銀髪の二人はお互い名乗ると外へと出ていった。
 「いや、ちょっと……なんか淡白な会話じゃないですか? 兄弟……なんですよね? しかも、久々に会ったっぽい感じだったし」
 リカが蒼白な顔で栄次、アヤを仰ぎ、冷や汗を拭う。
 「お互い忍だからああなのね……。仲が良いのか悪いのか、わからないわね……。今の段階だと」
 アヤは頭を抱えながら更夜を追った。
 「……ここは更夜に任せるしかなさそうだ。更夜が勝てば剣王に会える。しかしだ、俺達も共に中に入れるか……。仕官は更夜のみとなれば俺達は入れない」
 栄次は不安そうにつぶやき、外に出る。
 「そこは大丈夫そうですよ……」
 リカが更夜と兄の逢夜(おうや)の会話を聞くよう促した。
 「ひとつ、よろしいでしょうか? あなたに勝てたら、剣王の城に、彼ら全員を入れてくれますか? 彼女達は剣王にとってかなり大事な存在、そして彼は……剣王が欲しがっていた男です。私のみ、剣王に力を示した事がなく、正当に戦わねばなりません」
 更夜はこんなことを言っていた。
 「この男は……」
 栄次はあきれながら、感心した。剣王が栄次を欲しがっているのは正しく、彼女達、特にリカは剣王が一番欲しがっている(消滅させたい)女だ。
 更夜は頭の回転が早すぎる。
 強さを示さなければならないのが自分だけだと、彼はさりげなく言ったのである。
 「はあ、まあ、いいのでは? 私に権限はないですからね。……んじゃ、やろうか。望月更夜」
 逢夜は更夜と同じ、冷酷な笑みを浮かべると突然に襲いかかってきた。
 「……栄次、アヤとリカを遠ざけろ。邪魔だ」
 更夜がそう言った時には更夜はもうその場にいなかった。
 風が吹き抜けていく。
 「久々だな、天才な弟、更夜との戦闘は」
 逢夜と更夜、兄弟対決が心の準備なく始まった。
 
  更夜は兄逢夜の動きを読み行動を開始する。逢夜は武神の力を持つとのこと。人間時代とは違うのだろうか。
 ……しかし、お兄様まで神になっていたとは……。我が望月家はいよいよ人間ではなかったと証明できるようになってしまったな。
 「……」
 突然後ろに現れた逢夜の小刀を変わり身の木の枝で防ぎ、近くの木の上に着地する。一秒立たないうちに高速で動き、体を八人に変える「八ツ身」で逢夜を追う。
 逢夜は更夜に手裏剣を放ち、更夜の頭上から刀を振りかぶった。
 「……」
 更夜はまたも変わり身を使い、逢夜の足元から小刀を振り抜く。
 風が通っただけで紙一重でかわされる。
 先程からお互いに「影縫い」をかけているが、術にかからない。
 のんびり影が一ヵ所にとどまっていないためだ。影に刺す針は術にかからなかった段階ですばやく回収する。
 「み、見えない……」
 リカは呆然と風が唸る音を聞いていた。どこにいるのかもわからない。
 「ほんと、速すぎてどこにいるかわからないわね」
 アヤも見えておらず、強い風が通りすぎる音を聞いているだけだった。なんせ、地面に飛び道具すら刺さっていないのだ。
 投げている音はするのだが。
 「……速いな。同じ場所にとどまらず、空中までもが攻撃対象だ。近くの木を使って飛び上がったりしている。まるで猿だな……」
 「栄次さん、見えるんですか?」
 「ああ」
 栄次は目を左右に忙しなく動かしていた。更夜と逢夜を目で追っているようだ。
 鉤縄を使い、逢夜は更夜を捕まえようとしていたが、更夜は関節を外し、軽く抜けた。
 「マジかよ……」
 初めて逢夜が声を漏らす。
 気がつくと逢夜のまわりに細い糸が張り巡らされていた。
 「糸縛りか」
 逢夜は体が切れるのを気にせず、小刀で糸を切りながら飛び上がる。そのさらに上から大量の手裏剣が振ってきて逢夜は血を流しながらはにかんだ。
 鉤縄を使い、近くの木の枝へ飛び移り、手裏剣を回避する。
 しかし、逢夜は血を流してしまい、居場所がわかるようになってしまった。逢夜が再び動きだそうとしたところに焙烙玉(ほうろくだま)が投げ込まれる。
 爆弾はそのまま爆発し、木を吹き飛ばした。
 逢夜は飛び上がりすばやくかわす。飛び上がったところに更夜がおり、爆弾の風に乗って逢夜の首を落としにきていた。
 逢夜は変わり身を使い、下に逃げる。
 更夜は着地するなり、後方回転で飛び上がり、逢夜の前を塞いだ。
 「お兄様、やっと止まりましたか」
 「ちっ……相変わらず化け物だなァ……」
 逢夜は体が動かなくなっていたことに気づく。更夜が前を塞いだことで一瞬だけ隙ができ、それを見た更夜が逢夜の影に針を刺し、「影縫い」の術をかけたのである。
 逢夜は軽く影縫いを破ってきた。武神の力を放出し、更夜に威圧をかける。しかし、更夜は怯むことはなく、逢夜を睨み付けた。
 「はああ、なるほどなァ。相当何かにご立腹か。負けたよ。もういいや。剣王に会うんだろ?」
 逢夜は力の放出をやめ、更夜ににこやかに笑いかけた。
 「ありがとうございました。では、良いのですね? 手加減していただき、まことに感謝しています」
 「てめぇ、マジで言ってんのか?」
 頭を下げた更夜に逢夜はおかしそうに笑った。

(2020〜)SF和風ファンタジー日本神話「TOKIの世界譚」Where stories live. Discover now