闇の中に光を

4 1 0
                                    

 「もし……」
 か細い女の声で栄次と逢夜は振り返る。殺気はないので、危険な人物ではなさそうだ。
 「ん? あなたは……」
 栄次が少女の姿を見て、表情を柔らかくした。
 「木暮静夜です」
 銀髪の少女は栄次と逢夜に丁寧にお辞儀をした。
 「やはり! お会いできるとは驚いた。……ああ、いや、馴れ馴れしく申し訳ない」
 栄次は初対面であることに気がつき、慌てて謝罪した。
 静夜は長い銀髪を揺らし、アヤに似た切れ長の目を緩ませて微笑む。
 「お顔を上げてくださいませ。過去神、栄次様」
 「……俺を知っているのか」
 「ええ。それと、厄除け神、逢夜様」
 「俺も知ってんのか、静夜」
 「もちろんですとも」
 静夜は戸惑う逢夜にも笑みを向け、優しい雰囲気のまま、栄次と逢夜より一歩下がって頭を下げる。
 「……静夜、そんな笑ってられる状況じゃねぇだろ、お前」
 「……申し訳ありません。逢夜様。不快な思いをさせてしまいましたか」
 「ああ、いや、ちげぇよ。お前が笑ってられない心境だろって話だ! 俺は言葉足らずですまねぇ」
 逢夜があやまり、静夜は逢夜をかばおうとした。
 「私の頭が悪い故、勘違いをさせてしまいました。お許しくださいませ」
 静夜は手をつき、謝罪を始めたため、逢夜は動揺した。
 「ま、待て! そんなこと、しなくていいっ!」
 「……俺達は人間あがりだ。対等に話してほしい」
 栄次が静夜の顔をあげさせ、困惑しながらつぶやいた。
 「……対等になど、難しいことを……」
 「そもそもなんで、俺らを知ってんだよ……」
 逢夜が気を取り直して尋ねる。
 「ええ……。今の『雇い主様』から聞いております。ああ、驚かないでくださいませ。私は『K』でございます故、弐に連れていってほしいと依頼をうけまして……」
 静夜の言葉に逢夜と栄次が目を見開いた。
 「『K』!?」
 「ええ……」
 「お、落ち着こう。だ、誰に雇われた?」
 逢夜はすぐに頭をきりかえて質問を投げる。
 「太陽神サキ様です。天御柱神様も共に」
 「なんだと!」
 逢夜が叫び、静夜は肩を震わせた。
 「あー……わりぃ。こんな反応してたらお姉様に怒られちまう……」
 「逢夜は荒々しく見えるが、根は優しい。安心すると良い」
 栄次が付け加え、静夜は安堵の表情を浮かべた。
 「私は平和を守る方面なため、マガツヒをなんとかしてくださるならと弐を渡る手助けをしています。逢夜様、栄次様もマガツヒを追っているのですか?」
 「ああ。お前、わかってんのか? オオマガツヒは望月凍夜だぞ」
 逢夜に凍夜の名前を出された静夜は表情を暗くし怯えるが、顔を元に戻して、答える。
 「はい。そのようですね」
 「復讐心はないのか」
 逢夜は静夜に凍夜への恨みがあるかを尋ねていた。
 「ないです。怖いだけです。あのひとは怖かった。笑いながら傷をつけてきて、他はなにも感じない。罰の終わりも見えず、何のために仕置かれているのかもわからず、謝罪を繰り返すも許してはもらえない。自分の失敗はまわりにも飛び、母が殺された理由も未だにわかりません。いえ、わかっておりますよ。私のせいであることはわかっております。しかしながら、納得はしてません。もう、良いのです。私は、凍夜様を恨んではおりませんから」
 「……そうかよ。『K』だもんな、復讐心なんて持っちゃいけねーわな」
 静夜の言葉に逢夜はため息混じりに頷いた。
 「……はい」
 静夜は逢夜の言葉に沈んだ声で答えた。
 「逢夜、彼女はお前達と同じ気持ちではあるが、ただ悲しみの方が強いのだ。微妙な感情だ。わかってやれ」
 栄次に言われ、逢夜は頭をかいた。
 「あー、だからあれか。高天原に早くマガツヒをどうにかしてもらおうとしたのか?」
 「その通りです。凍夜様を救うことにも繋がるかと」
 「あの男に散々ぶん殴られたくせに、救う? ……はあ、で? 俺達に協力はしてくれねぇのか? お前、『K』なんだろ?」
 逢夜の荒々しい雰囲気に静夜は怯えつつ答える。
 「あの、この世界から別の世界に行くなどのことならば、協力いたします」
 「そうか。ああ、怯えんな。俺はお前に何もしねぇから……」
 「……ええ。わかってはいるのです。体の勝手な反応です。ごめんなさい」
 静夜があやまり、逢夜は困惑した。
 「……お前は俺を怖がってるみてぇだが、俺はお前が怖いぜ。更夜がおはるの夫になり、お前の父になり……。それを凍夜に告げ口してたのは俺だ。俺はお前に恨まれんのが怖ええ」
 「ええ。最低だと思いますが、恨んではおりません。あなたもお辛かったでしょう」
 静夜は美しい青色の瞳をしっかりと逢夜に向けた。吸い込まれてしまいそうな深く澄んだ海のような色だった。きれいな魂、守護霊の風格を持つ魂。
 「……これが守護霊か」
 「私は木暮の守護霊です」
 逢夜に答えた静夜は頭を下げると、さらに言葉を発した。
 「それで……お困りですか?」
 「あ、ああ……」
 「静夜、あなたの父、望月更夜が凍夜にとらわれている。助けに向かいたい故、世界を渡ってくれぬか?」
 逢夜が言葉を詰まらせたので、栄次が代わりに発言する。
 「おとうさま……静夜は立派に成長しましたよ……」
 静夜は優しげに目を伏せ、小さく言葉を漏らした後、再びこちらを向いた。
 「凍夜様の場所に行きたいのですか? わかりました。案内いたします」
 静夜は逢夜と栄次をふわりと浮かせ、少しせつなげに赤い空を仰いだ。

(2020〜)SF和風ファンタジー日本神話「TOKIの世界譚」Où les histoires vivent. Découvrez maintenant