逢夜の一言に、サヨは戸惑いの表情を浮かべた。 「お、おじいちゃん

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 逢夜の一言に、サヨは戸惑いの表情を浮かべた。
 「お、おじいちゃん......」
 「わかってんだろ? 更夜。お姉様はお前がいるから、守護霊になりきれてないんだよ」
 逢夜の言葉にサヨは動揺しつつ、更夜をただ黙って見据える。
 更夜は目を伏せたまま、悲しそうにうつむいていた。
 
 「そうだ......俺は本当の先祖じゃない......。俺は望月静夜......いや、木暮静夜の父だ。つまり、直系望月家の祖先ではない。望月家を騙していた事、申し訳なかった」
 更夜はサヨとルナに体を向け、頭を下げた。いつもと違う更夜に二人は困惑する。
 「そ、そんなこと急に言われても......。おじいちゃんはあたし達のおじいちゃんで......更夜様じゃん......。急におじいちゃんやめないよね? ルナはおじいちゃんが大好きなんだよ?」
 サヨの言葉にルナは今にも泣きそうな顔を向ける。
 「おじいちゃん......。ルナのおじいちゃんやめるの? ルナがばあばのこと、話したから?」
 ルナの純粋な発言が更夜に静夜を思い出させる。
 「この......なんだかわかってないのに、発言してる感じ......静夜に......静夜にそっくりなんだよ......」
 更夜は涙ぐみながら言う。
 「おじいちゃん......あたしもおじいちゃんがいないと寂しいよ......」
 サヨは珍しく悲しい顔をし、更夜を見ていた。
 「サヨ......お前も本当に手がかかる子だった......。ルナより厳しく叱ったこともあるな。大きくなっていくお前が、静夜の年齢を抜かした時......静夜が大きくなったらこんな感じなのかと......心のどこかで思っていた。結局は......」
 更夜は二人の前で、静夜と比較していたことを告白する。
 そう、結局は静夜と重ねていたのだ。
 更夜は情けなく泣きながら、望月家の主、望月千夜に頭を下げる。
 「お姉様、申し訳ありませんでした......。お姉様......私は静夜の罪滅ぼしでっ......お姉様が......お姉様が黙っているのをいいことに、守護霊のふりをし、彼女達を育てました。申し訳ありませんでした。まるで......静夜を育てているように感じて......かわいくて......」
 切れ切れに言葉を発する更夜に、千夜は優しい顔で口を開いた。

」 切れ切れに言葉を発する更夜に、千夜は優しい顔で口を開いた。

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 「更夜......。お前は優しい弟さ」
 千夜は項垂れている更夜に近づき、片膝をついた。
 「わかっていた。......私は息子が産まれた時に死んだ。息子と夫と過ごしたかった。ああ、それで......息子をアイツに持っていかれた時、私は逆らえずに泣きながら任務へ行ったんだ。そこで、追われていた敵国の名もなき親子を助けてしまった。息子を産んだばかりだったから、悲しくなったんだ。それでな、命令違反をした私は後ろにいた妹に殺された......」
 千夜は目を伏せ、頭を下げ続ける更夜に語る。
 「私も......子を育てられなかった。故に......気持ちが良くわかっていた。ああ、逢夜......、よく覚えておけ。苦労して産んだ大切な子を、幸せにできなかった親の苦しみは......簡単には消えないんだ」
 千夜は横目で逢夜を視界に入れ、静かに言った。
 「わからなくても良い。だが......更夜を責めるな」
 「......申し訳ありません。軽率でした。お許しくださいませ」
 逢夜は素直に謝罪した。
 「逢夜、ありがとう」
 「......」
 逢夜は静かに頭を下げた。
 「更夜」
 千夜は再び更夜に目を向ける。
 「はい」
 「お前の気持ちが痛いほどわかった。......だから私は知らないふりをしたのだ。お前は本当に優しい子だ。ふたりを育ててくれてありがとう。ああ、木暮静夜に会った。お前の娘、木暮静夜はな、木暮の守護霊になっていた。彼女はな、不思議と消えられないらしい。どこか人間のくくりから外れてしまったのかもしれない。その彼女が言っていた。彼女は......木暮静夜はな、お前を心から尊敬していると」
 千夜の言葉を聞いた更夜は項垂れながら泣いていた。
 「ありがとう......ございます......」
 「更夜、だから......このまま二人を育ててやってくれ。私は偉そうにはできぬ。息子を育てていないからな」
 千夜は更夜の頭を優しく撫で、離れた。
 「お姉様......お姉様はもっと辛かったはず......」
 更夜のつぶやきに逢夜が答える。
 「......そうだ。更夜が産まれる前の方が......凍夜のしつけが酷かったな。しつけというか、なんだったんだろうな、あれは......。だだの拷問か」
 「逢夜、もう良い。思い出したくない。私を度々かばってくれたこと、本当に感謝している」
 千夜は話を切り、障子扉の方に目を向ける。
 「......お姉様?」
 「どうやらお嬢さんが話を聞いていたようだ」
 「スズですね」
 更夜が言い、千夜が頷いた。
 「お前も守るものが多くて、大変だな......」
 「お姉様......」
 逢夜が小さい声で千夜を呼んだ。
 「......?」
 「厄を感じます......」
 「厄......」
 千夜と更夜は同時に眉を寄せた。

 スズは布団の中で目を覚まし、首を傾げた。昨夜に更夜と花畑にいたことは思い出せたが、そこから先が思い出せない。
 「更夜をなぐさめようとしてたのに......更夜より先に寝ちゃったの? あたし......」
 スズはため息をつきつつ、起き上がる。
 ......更夜はすごく悲しそうだった。あんなに泣いている更夜、初めて見た。
 きっとあたしのことよりも、奥さんと娘さんの方が後悔が深いんだ。
 スズはなんだか、心の中が気持ち悪かった。
 「......嫉妬してるみたい。なんか嫌だな」
 スズは水を飲もうと台所へ向かい、廊下へと出た。
 「......ん?」
 廊下、他の部屋には人がおらず、気配が一ヶ所に集中している。
 声がする部屋の近くの壁に背中をつけ、中の様子をうかがった。
 ......なんか、盗み聞きしてるみたい......。こういうの、更夜怒るんだよね......。
 そう思いながら聞き耳を立てると、どうやらスズだけが仲間外れで、サヨとルナの他に二人、知らない男女がいるようだとわかった。
 男が威圧的に「娘への罪滅ぼしで子を育てるな」と発言し、更夜が泣きながら謝罪をしている。
 「......こうや......」
 スズは更夜の謝罪を悲しそうに聞いていた。
 娘、静夜と重ね、子孫ではないサヨとルナを育てていたと。
 スズは更夜の悲しみを知り、そばにいてやりたいと思った。
 しかし同時に自分がどれだけ部外者か思い知る。
 「......あたし、関係ないじゃん」
 スズは自分が殺された理由も思い出す。
 静夜とスズを天秤にかけ、更夜はスズではなく、娘をとった。
 「あたしより、娘とお嫁さんが好きだよね。そりゃあそうだよね。そりゃあそうだよ......」
 スズは口では納得していたが、心では悔しさが現れていた。
 「あたし、関係ないもんね」
 なぜか、スズの顔を涙が落ちていく。
 「......あたし、なんで泣いてんだろ......」
 なぜ、こんなに心が締め付けられるのか。
 なぜ、こんなに悔しいのか。
 「あたし、醜いなあ......。更夜が自分を一番に思ってくれないから......嫉妬してるだけじゃん」
 スズは泣きながら自嘲気味に笑う。
 「あたし、初めから関係ないんだ。血が繋がってるわけじゃない。夫婦になってるわけじゃない。あたしはなんなんだろ......」
 スズは目を伏せる。
 ......あたしはなんなんだろ。
 スズは黙り込んだ。
 スズの影がゆっくりと伸びて、やがて黒い霧となりスズを纏い始めた。
 「......ああ......すごく気分が悪い」
 スズがつぶやいた刹那、銀髪の男が目の前に現れた。
 「更夜を従わせるのに使えそうな魂だ」
 常に笑っている。
 「ひっ!」
 スズは怯えた。
 いきなり首を掴まれ、締め上げられた。
 「くっ......くるしっ......」
 「もっとその感情を『ヤツ』が欲しがっている」
 男は小刀を取り出すと、スズの頬を切った。
 「やっ......やめ......」
 不気味に笑いながら男は、次に怯えているスズの肩を斬った。
 「いやっ......」
 「良い感情らしいな。『ヤツ』が喜んでる」
 男が血を流すスズを愉快に眺めていると、更夜達が慌てて入ってきた。
 銀髪の男を視界にいれた三人は同時に叫ぶ。
 「......凍夜っ!」
 千夜、逢夜、そして更夜は怒りを滲ませ、獣のように呼吸を荒げ始めた。
 「スズを......返せっ!」
 更夜は叫び、凍夜に飛びかかった。
 「待て、言葉遣いが悪いな? 飼い主に......そんな態度をとって良いと思うか?」
 凍夜は一言、愉快に笑いながら言った。その一言で、なぜか望月兄弟は皆、動きを止め、頭を下げた。
 「もうしわけありません。お父様......お許しくださいませ」
 千夜、逢夜だけでなく、更夜も膝をつき、手をつき、頭を床につけた。
 「ちょっ......どうなって......」
 サヨは廊下からルナを抱きしめ、異様な光景に動揺していた。
 三人は怒りに震えているのに、言葉があっていない。
 「スズを......返してください......お願い......します」
 更夜から弱々しい声が発せられる。
 「そんなにコイツが大事なのか? 理解できないなあ。役に立たないガキじゃないか。まあ、俺にとっては役に立つか」
 凍夜はスズを畳に叩きつけると、先程斬りつけた肩を踏みつけた。
 「ぎゃああっ!」
 スズの悲鳴が響き、更夜が震える。
 「さあて、お前達、俺はもう行く。ついでにこれは持ってこう。何かの役に立つかもだしなあ」
 凍夜は震えながら泣いているスズの首を再び乱暴に掴むと、黒い霧を撒き散らし、消えていった。
 「スズっ!」
 更夜は必死に手を伸ばす。
 スズは恐怖に泣きながら、更夜にか細い声で最後につぶやいた。
 「ごめんなさい......助けて......こうや」
 血にまみれたスズが更夜を呼び、涙を流しながら、消えた。
 更夜は唇をかみしめる。
 「なぜだっ! なぜアイツにはいつもっ!」
 更夜は畳を思い切り蹴りつけ、鋭く叫んだ。
 「俺からスズまでも奪うのか! あの野郎! スズを傷つけやがった! アイツは......許さねぇ......。殺してやる! 絶対に許さねぇ! 殺してやる......! 俺が殺すっ!」
 更夜の体から赤色の神力が溢れ、瞳も赤く染まる。
 そして更夜は怒りを抑えられないまま、凍夜を追い、外へと飛び出していった。
 「更夜っ! 待てっ!」
 千夜が更夜を呼び止めようとしたが、更夜が立ち止まる事はなかった。
 望月の子孫達は......望月凍夜に逆らえない。
 心の傷と共に巻かれた鎖は「恐車の術」として子供達に深くきつく巻き付かれている。
 それは今でも、何百年経っても消えることはない『人間の感情』だった。
 

 
 
 

(2020〜)SF和風ファンタジー日本神話「TOKIの世界譚」Where stories live. Discover now