(2020〜)SF和風ファンタジー日本神話「TOKIの世界...

By goboukaeru

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Fantasy and Japanese-style sci-fi story! This is a fantasy novel and fiction. Don't criticize me. Comments in... More

リカの世界書
出会ってはいけない
選択肢
抜け出せ!
新たな世界
記憶をたどれ!
弐の世界へ!
ワールドシステム
戦いはまだ
壱と伍の行方
最終戦
エピローグ
TOKIの世界譚 栄次編 あらすじ
月夜は過去を映す
竜宮へ
栄次はどこに?
栄次を探せ!
栄次と更夜
弐の世界の真髄へ
栄次の心
エピローグ
TOKIの世界譚 更夜編あらすじ
月の女神
すれ違う二人
責任とは
リカを守れ!
更夜の兄様
巻き戻せ!
真実へ
最後まで戦え!
最終話
TOKIの世界譚 サヨ編あらすじ
うつつとも夢とも知らず
夜の子孫達
戦いは始まる
夜の一族に光は
鬼神の更夜
闇の中に光を
黄泉へ返せ!
心の行く先は
花は咲き、月は沈む
最終話
TOKIの世界譚 ルナ編あらすじ
ルナはふたりいる
時空が歪む
チルドレンズドリーム
歴史神の隠し事
月は隠れる
進む先は
ルナの思うこと
子供は知っている
すべての結果は?
最終話

憐夜とライ

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By goboukaeru

 「あ、来た! おじいさん!」
 憐夜はルナを通りすぎ、走り去る。ルナは慌てて振り返った。
 ルナの後ろで杖をついたおじいさんが憐夜に優しげな表情をしながら歩いてきていた。
 「……?」
 ルナやナオはまるでいないかのような扱い。
 やがておじいさんは杖で地面に絵を描き始めた。
 「わあ! おじいさん、これはお馬さん?」
 憐夜は目を輝かせて地面に描かれた馬を熱心に見つめていた。
 「今日はお馬さんを描いてみたよ。描き方はこんな感じで……」
 「教えて!」
 二人は楽しそうに笑い合っていた。ルナは憐夜の楽しそうな顔を見つめた。
 木の枝で馬を描く憐夜の袖から青アザだらけの腕が見える。
 ……アザがある。
 でも、すごく楽しそう。
 お馬さんを描いてるだけなのに。
 楽しそうだ。
 絵ってそんなにおもしろいかな。
 気がつくと夕方になっていた。
 時間の感覚がよくわからない。
 ここにいたのは本当に少しだ。
 なのに、もう夕方になっている。
 「おじいさん! 今日もありがとう! また、明日ね!」
 「また、来るね」
 おじいさんは一言だけ言うと手を振り、山を降りていった。
 憐夜はその後、走りだし、何かを集め始める。
 なぜか風景が憐夜を追い、ルナが動いていないのに森が動きだした。
 「ただの過去戻りじゃない……。これは、あの子の過去だけど、普通の過去戻りじゃない」
 ルナはつぶやくが過去は流れていく。まるで映画を観ているかような感覚だ。
 憐夜は食べられそうな木の実や木の枝を拾っていた。
 どこか焦っている。
 暗くなる前に家に帰りたいのか?
 「憐夜、遅いぞ。忍がのろまでどうする」
 家の近くにある川岸の岩に腰かけていたのは、若い更夜。
 「おじいちゃん……?」
 ルナは若い風貌の更夜に驚いた。初めて見たからだ。
 「ごめんなさい……お兄様。木の実がなかなか見つからなくて……」
 憐夜は絵描きさんに会っていたことを隠しているようだ。
 「……出来が悪すぎる……。お前はすべてにおいて、忍としてできていない。これでは使えない」
 更夜は木の枝を組んで火をつけた。とったらしい魚を木の枝に刺して焼き始める。
 「……次は早く調達します……」
 「余計なことをしていたのはわかっているぞ……憐夜。本日、教えた忍術の練習もしていないだろう。練習すると嘘をついていなくなった。俺はお前を監視していないが、わかるぞ」
 「ひっ……」
 人殺しの冷たい目をした更夜に睨まれ、憐夜は小さく悲鳴を上げた。
 「わた、わたしは……人を殺す術など覚えたくないです……」
 「覚えないとお前が死ぬ! お父様は使えない忍は処分すると言っている! このままではお前がそうなるんだ! 何度言えばわかる!」
 更夜は憐夜を怒りに任せて蹴り飛ばした。
 「……痛い……。なんで、こんな思いをしなくてはいけないのか……。他の子供達は楽しそうにしてるのに」
 憐夜は唇を噛み締め、拳を握りしめる。
 「更夜、また憐夜が言うことを聞かねぇのか?」
 気がつくと更夜の兄、逢夜が立っていた。
 「毎回、聞き分けがないと困るな、わからせるか」
 逢夜の横に姉、千夜も現れる。
 ルナは千夜を見て震えた。
 自分が知っているおばあちゃんと全然違うからだ。この時代の千夜は更夜、逢夜の上に立つ、残忍な少女。
 憐夜は兄、姉の冷たい瞳に体を震わせていた。
 凍夜望月は命令違反、口答えを許さない。
 逢夜が憐夜を引っ張り、近くの岩に手をつかせ、腰から尻まで着物を脱がせる。千夜に背を向けたまま、逢夜に押さえつけられた憐夜は涙を浮かべ謝罪を始めた。
 「ごめんなさい! 逆らいませんから!」
 「憐夜、命令違反の罰だ。暴れず受けなさい」
 「嫌だァァ! やめてぇぇ!」
 更夜が憐夜の口に布を噛ませ、食い縛りを防ぐ。
 「……百叩きだ、いいな」
 千夜は木の枝を思い切り憐夜の背中に打ち付け、憐夜は痛みにのけ反りながら呻き、泣く。
 「……な、なにやってるの……。ね、ねぇ……」
 ルナは憐夜の背中が痛々しくなっていくのを震えながら見ていた。憐夜は岩に食い込む勢いで手を握りしめている。
 その赤くなる背中に怒り、憎悪、悲しみすべてが混ざっているような気がした。
 「け……ケジメでしょうね」
 隣にいたナオがようやく言葉を発してきた。
 「こ、これ……ケジメじゃなくてイジメだよね……。ダメだよね……」
 「ええ。押さえつけて三人で痛め付けている。非人道的ですよ。ですが、これが彼らの日常でした。彼らは悪いとは思っていません。あの子を生かすため、必死なのです。……これは本ですね。私達は今、本の中にいます。この能力……」
 ナオは空を見上げた。
 雲の端にページ番号が書いてあった。
 「天記神の図書館にある、木々の記憶の本。弐の世界の特殊な世界観と天記神の能力で作られた歴史を追体験できる本ですよ。木々は紙になりますから、もう今は亡くなった木から記憶を引き出して天記神が編集してるのです」
 ルナは眉を寄せる。
 「わかんない」
 「ま、まあ、ですよね……。なんでここに飛ばされたかわかりませんけど、本から出るには『しおり』か物語を最後まで見ないといけません」
 ナオの説明にルナは目を細めてから憐夜を見た。
 「わかんない。でも、あれはイジメだ! ルナ、許せない」
 「ルナさん、物語の登場人物達に読者を認識させてはいけません。干渉したら気づかれます」
 「でも、あれは!」
 ルナが叫んだ頃には憐夜は解放されており、その場にうなだれて泣いていた。きょうだい達は焼いた魚を無言で食べ、憐夜にも魚を渡す。
 「さっさと食え。食ったら修行だ」
 「……はい」
 憐夜は逢夜の冷たい一言に素直に返事をした。
 その後、小さくつぶやく。
 「もう嫌だ……。『この記憶』をなんでもう一度繰り返さないといけないの……。私はなんで記憶通りにしか動けないの?」
 その言葉はルナ達の耳に届いた。
 「もしかすると、憐夜さんだけ物語の憐夜さんではない? これはルナさんの力で『本の記憶内の憐夜さん』を現在の憐夜さんに上書きしてしまったのでしょうか? 過去戻りは憐夜さん、ライさんを巻き込んだはず……」
 「わかんないけど、ルナは憐夜を救う!」
 ルナは走り出していた。
 「ま、待ってください!」
 ナオはルナの手を掴んだ。
 「何?」
 「もっと様子を見ましょう……。天記神に気づかれたら、私の立場が……」
 「誰? それ。ルナ、知らない!」
 ルナがナオを振り払った時、ページが進んだ。
 「なぜ、言うことを聞かない! お父様に従え! 死ぬぞ!」
 若い更夜が憐夜を叱りつけている。
 「あぐ……」
 憐夜は殴られ、木に打ち付けられた。
 「手裏剣は! 当たったら怪我をしてしまいます! 刃物を持つなら筆を持ちたい!」
 憐夜は泣きながら更夜に叫んでいた。
 「許されるわけないだろう……。そんなこと。お前はお父様に尽くして望月のため、生き抜くんだ。それしか道がないんだよ!」
 「そんなわけ……そんなわけない! 私は自由になりたい! 人を殺したり、騙したりしたくない! 私には意思が……意思があります! 絵を描いて皆に喜んでもらう人生を歩みたいんです!」
 憐夜は全く忍らしくなかった。
 初めから忍になろうとせず、ずっと家に反対し続けていた。
 「そんな人生、お前には存在しない。あるわけねぇもんにすがるな!」
 更夜も感情を抑えられていない。憐夜のような考えに触れたことはなく、父、兄、姉の言いなりだった更夜。
 更夜は心のどこかで困惑していたのかもしれない。
 「兄に逆らうなら……」
 「それもおかしいとは思わないんですか! また、暴力振るうんですか! 痛みを与えれば従うとそう思っているんですか?」
 憐夜は震え始める。
 憐夜は暴力が嫌いだ。
 叩かれるのも殴られるのも縛り付けられるのも焼かれるのも全部嫌いだ。
 痛いから、苦しいからやめてくれと懇願し、謝罪し、従うことを約束する。
 いつも同じことをしているのだ。
 「上に逆らう、それは望月では大罪だ。仕置きは足の爪二つ」
 「嫌っ! 嫌アァ!」
 憐夜は狂ったように叫び出した。
 「……両足の小指でいい。出せ」
 「そんなこと……じっ、自由になれないなら、自由を掴みます!」
 憐夜は近くにあった木の枝を掴み、構え、涙を流しながら更夜を睨み付けた。
 「ウワアアア!」
 憐夜は叫びながら更夜に殴りかかる。
 更夜は憐夜の木の枝を軽く弾き、胸ぐらを掴んで地面に叩きつけた。
 「いっ……」
 憐夜が呻く。
 更夜は憐夜に馬乗りになると口を開いた。
 「修行もしてないのに、俺に勝てるわけはない」
 「はな……離して……」
 「仕置きが終わっていない」
 「ひっぐ……」
 憐夜は変わらないきょうだい達に悲しくなり、憎しみが深くなり、静かに泣いた。
 同時にこの世に自分を産み落とした世界を恨むようになった。
 ルナは更夜の残虐さに震え、何も動けなかった。
 「ギャアア! いだい! いだぃ! もうやだ! もうイヤァ!」
 憐夜の血にまみれた叫び声が響く。
 「おじいちゃん……酷いよ……。酷すぎるよ……。ルナは……胸が苦しい」
 ルナは拳を握りしめ、泣く。
 「許せない! ルナはおじいちゃん嫌いになる! だいっきらい!」
 ルナは怒りに任せて叫んだ。
 更夜がふとこちらを向いた。
 更夜はルナを見て、すごく悲しい顔をした。
 そのままページは進む。
 「なんで……そんな顔、するの……おじいちゃん……。こんな怖さと痛みで支配するなんて、おかしいんだよ……」
 ルナは自分がやってしまった暴力支配にまた、心を痛め始めた。
 ……やっぱり……痛みでわからせるのはおかしい……。
 ルナはおかしいことしてたんだ。あのおじいちゃんの顔……きっと、思いどおりにならなくてあの子達を殴った自分と同じ顔だ。
 「また、先へ進んだ……」
 ルナの心は限界を迎えていた。
 今までの更夜、千夜像がすべて崩れ去っていたからだ。
 なぜ、自分にはあんなに優しくしてくれていたのに、こんな酷い事をしていたのか。
 ルナにはわからない。
 わかるにはルナは幼すぎる。
 「憐夜……今日はお前が……食料を調達してこい……」
 「……え?」
 更夜の言葉に憐夜は眉を寄せた。今までは枝拾いや食べられる物を見つけてこいなどの指示だった。
 それが食料調達だ。
 望月家はある程度裕福である。
 ただ、外に出る仕事なら食べるものを見分けるのは必要だ。
 憐夜はそれの修行中だった。
 望月家にはそんなに食べ物がないのか?
 「山を降りて村から野菜をわけてもらってこい」
 「……それは……」
 「何も言うな、さっさといけ」
 更夜は憐夜に米を少量持たせ、その場から去っていった。
 「……山を降りて逃げろということ?」
 憐夜は兄の行動を疑い、眉を寄せた。
 
  憐夜は更夜の気持ちがわからないまま、山を降り逃げ出す。
 「逃げるのは今だ。逃げるのは今だ!」
 憐夜は少量の米を包んだ布を握りしめ、必死に山をかける。
 「はあはあ……」
 自然と涙があふれてくる。
 更夜のことは嫌いではなかった。兄はいつも何かと戦っていた。自分をかばって父親に暴行されていたのを見たこともある。
 兄も逃げたかったに違いない。
 もうひとりの兄逢夜も、姉の千夜もなんだかんだ言いながら憐夜を守る。
 元々はどういう性格だったのか。皆、優しかったに違いない。
 人を殺すことなんて、人に感情なく攻撃することなんて、できなかったはずだ。
 ……あの父親のせいだ。
 あいつがこの世に産まれたから、人生に差が出ている。
 なぜ、この世は幸せな人と不幸な人がいるのか。
 なぜ、平等に幸せになれないのか。
 憐夜は涙を拭い、山のふもとで立ち止まった。
 「私はこれから……自由を掴めるだろうか?」
 夕日が沈む。
 眩しい橙の光は憐夜の気持ちを救うことはなく、沈んでいく。
 ……明日の朝、野菜を米と交換して更夜の元へ帰るか、このまま米を財産として持ったまま逃げるか。
 「私を逃がしたお兄様は……どうなるのだろう……」
 憐夜はわかっていない。
 望月の山から出たら『抜け忍』になることを。
 『父』の命令なしに望月一族は山から出られないことを。
 更夜の命令が独断であったことを。
 「……山を出て……絵描きに……」
 憐夜は村近くの道に足をつけた。
 一方で、逢夜は父親に呼び出しを食らっていた。
 灯し油に火をつけただけの暗い部屋で逢夜は父親を前に震えながら正座をしていた。
 「憐夜が山を降りたようだが?」
 「わ、私は……把握していません……」
 「逃げた。更夜が逃がした」
 父、望月凍夜はなぜか愉快に笑っている。彼には『喜』以外の感情と興味しかない。
 「なぜだろう?」
 単純な興味で逢夜に聞く。
 「わ、わかりませぬ……。こ、更夜はどこに?」
 「あー……どこ置いたかな? 拷問しても何にも吐かないから、そこら辺に」
 凍夜は軽く微笑み、逢夜に再び聞いた。
 「なんで、あいつは憐夜を逃がした?」
 「……憐夜は……」
 逢夜が何かを言おうとした時、凍夜は質問に飽きたのか「まあ、いい」と答えた。
 「じゃあ、お前、憐夜を殺してこい。我々の他一族は抜け忍に対し甘いが、これではいけない。抜け忍はコロセ」
 「あ、あの子はっ……逃げても大した情報を持っていませんので……殺しても……」
 逢夜が憐夜を守ろうとする発言をしたが、凍夜は不気味に笑っていた。
 ゆっくり立ち上がると逢夜についてくるように目配せをする。
 逢夜は震えながら、凍夜についていき、いつもだいたい暴行を受けている別棟の拷問部屋に入れられた。
 ただの小屋のような場所だが、置いてあるものが凶悪な物ばかりだ。
 「私が代わりにすべての罰を受けます……。連帯責任なのはわかっています! 私が……」
 逢夜は更夜、千夜、憐夜すべてをかばう発言をするが、凍夜は笑いながら扉を開けた。
 「……っ!」
 扉を開けた先の暗い部屋に千夜が吊るされていた。
 「お姉さま……」
 「逢夜……憐夜を殺すな……」
 千夜は力なく逢夜に言っていた。
 「連帯責任だが、お前達の管理をしていた千夜は一番罪が重いよな? そこで提案だ。十数えるごとに千夜に何かしらの罰を与える。逢夜が憐夜を殺した段階で千夜を解放しよう。それでいいよな」
 凍夜は陽気に微笑むと庭への扉を開き、木を組んで火をつけ始めた。千夜は火を見て震え始める。
 「では、ここから……数を数えようか」
 「お……お父様……お許しください! お許しください!」
 千夜が珍しく泣き叫び出した。
 逢夜はどうするべきか悩み、過呼吸に近い症状になっていた。
 千夜は幼い頃、父親に焼いた鉄を押し付けられたのがトラウマとなっており、これに一番の恐怖を持っていた。
 逢夜はそれがわかっている。
 「十だ」
 「ギャアアア!」
 千夜の悲鳴が逢夜に届く。
 逢夜は千夜を見ることができず、目を瞑り、耳を塞いだ。
 ……どうしよう、どうしよう……。
 逢夜は葛藤している。
 姉を助けるか、妹を助けるか。
 ……俺はどうしたらいい?
 誰か……誰か……。
 逢夜が動揺しながら目を動かしていると、小屋の端で血まみれで泣いている更夜が視界に入った。
 「……更夜……」
 苦しんでいる姉は逢夜に何かを言っている。
 逢夜は更夜から目をそらし、千夜に目を向けてしまった。
 弱々しい表情で逢夜を見ていた千夜は泣きながら「憐夜を殺さないで……」と必死に言っていた。
 「……十か?」
 感情のない声が聞こえ、千夜の悲鳴が響く。
 「お姉様! ……もうしわけありません……」
 逢夜は耐えられずに走り出しだ。憐夜を殺すことにしたのである。
 「憐夜を殺さないでェ!」
 千夜の叫び声を背に逢夜は怯えながら走った。
 ルナは歪なきょうだいに恐怖を抱いたが、価値観のわからない優しさがあることを感じ取った。
 「こんなの、怖いよ……。怖いよぉ……」
 ルナは震えながら泣いている。
 ナオがルナの肩を優しく抱きながら、なんとも言えない顔をしていた。
 「子供はただ、恐怖に思うだけ。もう、天記神に謝罪し、助けてもらう方が良いのかもしれません……。これは、この小屋に使われている木が見た記憶を天記神が編集し、本にしたのでしょうね。それで、次は……憐夜さん周辺に生えていた木の記憶が……」
 ページが変わり、視点が憐夜に飛ぶ。星が輝きはじめ、夕方と夜が共存している時間帯か。
 時期は夏の終わりのようで、生き残ったヒグラシがむなしく鳴いている。
 憐夜が村に向かって歩いているところへ逢夜が現れた。
 「……! お兄様?」
 「……憐夜。山を降りたら抜け忍になるんだ。抜け忍を望月は許さない。お前は死ぬしかない」
 逢夜は辛そうに顔を歪めて憐夜を見ていた。
 「……そうですよね。あんな好意、あるわけない。邪魔な私を殺したかったんですね。おかしいとは思っていました」
 憐夜は淡々と言い、逢夜に米を差し出した。
 「いりません、これ」
 「……米? 更夜が持ち出したのか……ばか野郎……」
 「私は死ぬしかない。なんだろ? この運命。私、産まれても産まれなくても良かったじゃない」
 憐夜は空を仰ぎ、涙を堪えて笑った。
 「なんだったんだ、この人生。こんな人生なら、産まれたくなかった。『存在』したくなかった。消えてしまいたい……」
 憐夜の言葉は逢夜に刺さる。
 逢夜は憐夜の生を否定できなかった。妹が産まれてすごく愛おしかった。更夜は影で妹をかわいがり、千夜は妹を抱きかかえて優しく微笑んでいたこともある。
 産まれてこなければ良かったなんて思ってほしくなかった。
 壊れてしまったきょうだい。
 いつしか、妹を『生かす』ことしか考えられなくなった。
 逢夜はそっと小刀を出す。
 空を見上げる憐夜の首目掛けてすばやく小刀を振り下ろした。
 大量の血が辺りに散らばる。
 憐夜はゆっくり倒れた。
 憐夜は最期の力を振り絞り、自身の血を使い、指で馬の親子を描いていた。
 仲良しに見える馬の親子。
 「きゅ、急所を外した……」
 逢夜は震えながら憐夜の首にもう一度、刃物を突き立てトドメを刺した……。
 「うっ……うう……」
 逢夜は茂みに嘔吐する。
 「……ゲホゲホ……もう嫌だ……」
 星が輝く夜空の下、秋の虫が鳴き始め、逢夜は座り込み声を上げて泣く。
 「俺は……俺達は誰も欠けないはずだった……。お前は裏切り者だ!」
 冷たくなった憐夜を抱き、逢夜は歯を食い縛りながら歩き出す。
 血溜まりの中に筆が落ちていた。
 「こんなもののために、望月家を裏切るなんて……。お姉様と更夜を助けないと……殺した証明を持っていかないと……」
 逢夜は涙を流しながら、千夜の元へと向かった。
 ルナは何にもできなかった。
 ただ、怖くてナオにすがる。
 「怖い……怖い……」
 「……子供が見る記憶ではありませんからね……。ですが、これは事実。憐夜さんはこうやって亡くなりました」
 「なんで憐夜はこんな酷いことされていたの? 理不尽だ! ルナはなんでこんな生活をしている人がいるのかわからない! 誰も助けてくれないなんておかしい!」
 ルナは泣きながら怒りの感情で叫んだ。
 「そうだね、こんな運命の人もいるの。納得できないでしょ? 幸せに何の不自由なく生きている人もいる。なぜ、こんなに差があるんだろうって。こんな世界、おかしいよねって」
 ルナとナオの後ろに暗い顔の憐夜が立っていた。
 「私はね、この村への道に『世界を恨む気持ち』を置いてきてしまって、それが具現化して怨念になってしまった」
 憐夜は自分が死んだ場所を指差した。次の日、絵描きのおじいさんが山道へ入ろうとこの道を通り、血溜まりと筆を見つける。
 血溜まりの上に馬の親子が描いてあった。
 自分が教えた馬の描き方。
 自分があげた筆。
 おじいさんはあの少女が殺されてしまったことに気がついた。
 死体がなかった。
 おじいさんは彼女が虐待をされ、山に囲われていることに気がついていた。
 「……いい子だったのにな……」
 おじいさんは血にまみれた筆を持ち上げ、優しく抱きしめ、泣いた。
 その後、この道を通る人に災いがふりかかるようになった。
 怪我をする人も現れた。
 被害にあった人々が口々に言うのは幼い銀髪の女の子の霊が膝を抱えて泣いているのを見たと。
 おじいさんと村人達はあの少女の霊が深い悲しみの感情をここに残したまま亡くなったことを知り、災いが起きないようにと近くに神社を建て、手を合わせた。
 その神社は芸術の神様がいらっしゃることになり、時が経つにつれ、芸術神の神社として村の名所となった。
 そしてライが産まれた。
 芸術神の神社と言うことで、願い事は芸術のことばかり。
 ここ、夢見神社は芸術関係の願い事をすると、夢の世界で閃きへのヒントを教えてくれると有名な神社となった。
 しばらく時間が経ち……ライの目の前を暗い顔をした三人の親子が通りすぎる。
 銀髪の青年、青年に寄り添う少女、そして小さな女の子。
 「更夜様、大丈夫ですか?」
 少女が青年に声をかける。
 「大丈夫だ。凍夜に娘を望月にしてもらうよう、交渉もできたらしてみる……。大丈夫だ。守る」
 ライは心配そうに三人の親子をうかがっていた。
 しばらくして、帰ってきたのは青年一人。
 青年は神社の社を仰ぎ、せつなげな表情で吐き捨てるように言った。
 「神様は、いない」
 青年、望月更夜は目を伏せると、静かに去っていった。
 「……いるよ? ここに。あなたに幸福がおとずれますように」
 ライは届かない声で不思議そうにつぶやいた。
 時間が経つにつれ、村は町になり、夢見神社は芸術の神の神社として大きくなる。
 夏祭り、例大祭、おみこし、正月など様々な行事で賑やかになった。
 絵が好きな子供達が七五三のために訪れたり、イラストレーターの学校に入りたい人が願いにきたり、アニメーター、映画作家、画家など様々なクリエイターがゲン担ぎにきたりなど、かなり有名になった。プロジェクションマッピングなども受け入れている神社で、お祭り開催中はかなり賑わっていて、テレビ中継もしている。
 そんな変わってしまった神社だが、ライは変わらなかった。
 ずっと自分の産みの親、憐夜の悲しみ、想いを心にライは幸せを願い続けていた。
 
 「おしまい」

 「はっ! 私は?」
 ライは急に我に返った。
 目の前に怪我をしたナオ、泣いてるルナ、暗い顔をしている憐夜が立っていた。
 「物語がようやく終わりましたか。憐夜さんとライさんは物語の登場人物とすり変わっていたのです。あなた達の記憶なので、過去のあなた達が今のあなた達と置き変わった感じでしょうか」
 ナオの説明にライは首を傾げた。
 「なんでそんなことに? スサノオって男は?」
 「ルナさんが過去戻りを発動させました。ただ、なぜ私達三人まで過去戻りに巻き込まれたのかはわかりません。そして、ここは天記神の本の中です」
 ナオは頭を悩ませた。
 アマノミナカヌシを倒しに行ったことが歴史神のボス、天記神にバレてしまう。
 「もしかしたら、旧世界の木々の記憶とルナさんの過去戻りが何かしらで繋がってしまった? スサノオがいたあそこは今は存在しないはずの場所……三貴神のうち、ツクヨミが守る弐の世界内の海原と黄泉の空間です」
 ナオは次を悩んでいた。このまま外へ出たら、天記神と対面することになる。
 本を閉じたら、天記神の図書館に出てしまう。
 「再確認したわ。私、世界を壊したい。皆が平等になる世界じゃないから」
 憐夜がそうつぶやき、ライは迷った顔をした。
 「でも、憐夜、破壊は『K』から遠ざかってしまうよ……」
 「私は皆を平等に幸せにしたい。これは『K』のデータで間違いない」
 憐夜はアマノミナカヌシを倒し、世界のシステムを変えるつもりだ。
 世界は相変わらず、幸福な者と不幸な者にわけられている。
 「これは、『個性的な人生』なんかじゃない。不平等だ」
 憐夜はルナを見た。
 「あなたも、相手(向こうのルナ)が生きていて幸せに暮らしてて、自分は生きるべき世界で存在が許されず、こちらの世界で生きる意味もなく生かされているはず。私とはちょっと違うけど、辛いよね?」
 「……それは」
 憐夜にそう言われ、ルナは戸惑った。自分は今の人生をどう思っているのかわからない。
 ルナが答えを出せずにいると、ナオがある提案をしてきた。
 「ライさん、あなたはもしかすると、この本の中からドアを描いて、天記神の図書館に出ずに別の場所に行けますか?」
 「えーと、わからないけど、やってみるよ」
 ライは筆を取りだし、慣れた手付きでドアを描いた。

 ライはドアを描き、恐る恐るドアノブを握る。
 ドアノブを握った所で警告音が鳴った。
 「しまった……」
 『警告! 警告! 不正に本から出ようとしています』
 警告は鳴り続ける。
 「はあ……天記神は私達が本に入った段階で気づいていたようです」
 ナオはため息をついた。
 「え、じゃあどうするの?」
 ライが不安そうに尋ね、ナオはしばらく考える。
 そして閃いた。
 「この記憶にある木々から、旧世界時の別の本にそのまま飛びます」
 「え、どういうこと?」
 「天記神が作る本は他の木々の記憶とリンクした本があります。つまり、本になっている木が見つかれば、違う本に入れるわけです。それを渡っていき、今、生きている木の心の世界、弐へ入ります」
 ナオは慎重に歩き出す。
 とりあえず、ライと憐夜、ルナはナオの後をついていった。
 「そんなこと可能なの?」
 「ええ」
 ライは疑いの目を向けるが、ナオは頷いた。
 気がつくと辺りが真っ暗になっていた。
 「ここは?」
 憐夜がナオに尋ね、ナオは歩きながら答える。
 「ここは、本の最終ページとあとがきの間です。私は神々の歴史を検索、見ることができますので、座標を合わせて、『この近くの神を記録した木々の記憶』を本にしたものの中に侵入します」
 「そんな裏技みたいな……」
 ライは怯えながらつぶやき、ナオは座標を計算している。
 「右に三十、上に二十五……左に十五の位置にある木……。この木は逢夜さんの奥さんの記述をしている木の一つですね」
 ナオは決まった順に歩き出す。辺りは真っ暗で木すらもないが、裏でプログラムが書かれているのだろうか?
 よくわからないまま、ナオについていくと突然に森の中へ出た。
 「ええっ……」
 ライは驚き、ルナは不安そうに辺りを見回した。
 『留女厄神(るうめやくのかみ)誕生』
 横にタイトルが書いてあった。
 「あ、ワイズ軍で一緒のルルちゃんの歴史書?」
 ライの言葉にナオは頷く。
 「はい。逢夜さんの妻、厄除け神のルルさんの歴史書です。望月家は神との記述が多く、旧世界の本に沢山書いてあります」
 「おうや……憐夜のお兄ちゃん……」
 ルナがつぶやき、憐夜はため息をついた。見たくないようだ。
 「はい、ここから……また別の歴史書に……」
 その時の木の記憶部分を編集しているため、途中から物語は始まった。
 逢夜はある姫の殺害を命じられる。敵国の姫。
 望月は殿の国盗りを円滑に進めるべく、敵国のある城を落とすことに決め、それを逢夜に任せた。
 この木は逢夜が通りすぎる時を記録するため、編集されたようだ。
 ページが進む。
 場所は姫がいる敵国の城周辺。
 本の中なので気温などはわからないが、雰囲気は秋から冬のようだ。
 木々に葉はあまりついておらず、枯れ葉が飛んでいく。
 「全然違う地域に飛びました。この周辺の木でまた、別の歴史に飛びます」
 ナオが座標計算しているうちに内容は進む。
 逢夜は言葉巧みに敵国の主と仲良くなり、姫と結婚した。しばらく潜伏しながら殿と姫を殺害し、城を落とす予定なため、偽装結婚したらしい。
 城の一室。
 「何度も言わせんじゃねぇ!」
 逢夜は姫を殴り付けていた。
 「でっ、ですが……子をなさないと……」
 「子はいらねぇって言ってるだろ! 俺に指図すんな!」
 逢夜はセツ姫に度々暴力を振るう。セツ姫は思い通りになかなか動かない。逢夜は気性の荒い青年になっており、愛を受けたことがないため、偽装でも愛し方がわかっていなかった。
 「あなたは優しい方なのに、なぜ……急に暴力的になるのですか」
 「……」
 セツ姫の言葉を聞き、逢夜は悲しげに下を向いた。
 ナオはページを飛ばし飛ばしめくり、今、現在生きている木か、歴史書になっている木を探している。
 ページをめくると城が燃えていた。城主は死に、セツ姫は燃える城を呆然と眺めていた。
 夜中のことだった。
 「なんで……逢夜さま」
 セツ姫は目の前に立つ逢夜に涙を流しながら尋ねる。
 「どうして、お父様を!」
 「……もう夫婦じゃねぇ。お前にも死んでもらう」
 逢夜は小刀を持ち、ゆっくりセツ姫に近づいた。
 「……もしや、敵国の……忍。……私は嫁になかなか行けなかった女……。そんな私に一時的な幸せをくれたあなた……。あなたには優しい心がありましたね。嘘で塗り固められてない心……。私には感じました」
 「そんなもんねぇよ」
 逢夜はセツ姫と目を合わせずに吐き捨てた。
 「……そう……ですか」
 「……さっさと死……」
 逢夜が小刀を振り上げた刹那、憐夜を殺した時と重なってしまった。気持ち悪くなり、小刀を下ろす。
 「……私を殺さないのですか?」
 「……殺せない……殺せねぇよ」
 「どうしてですか?」
 「うるせぇ……」
 逢夜はセツ姫の前に膝をついた。
 「お前は俺なんかに関わってはいけなかった。俺はお前を殺さないといけないんだよ……」
 「……あなたも何かを背負っているのですね」
 セツ姫は逢夜の手を優しく撫でた。
 「こんなにお前を殴っちまったのに、なんで俺に優しくするんだ」
 「あなたこそ、なぜそんなに悪者になろうとするのですか? 私に恨まれたいからですか?」
 「……恨まれた方が自分が人でなしだと思えて殺しやすい」
 逢夜は燃える城を見上げてから目を伏せた。
 「あなたも私も……戦国を生きられる人間ではない……ですね」
 背後で複数の足音が聞こえ、声が聞こえ、セツ姫は敵国が攻めてきたことに気づいた。
 城にいる兵達を皆殺しにするつもりか。どこからともなく、火矢などが飛んでくる。
 「セツ……来い」
 逢夜は殺すつもりだったセツ姫を連れて、逃げてしまった。
 「逢夜の過去も……救われない」
 ルナはナオの横でつぶやいた。
 しばらく逃げていたが兵達は敗走し、攻める兵が残党狩りを始め、誰が誰だかわからない状態になった。流れ弾が激しく、矢などがセツ姫に飛んでくる。
 逢夜はセツ姫を必死で守っていた。なんで守っていたのかわからない。
 セツ姫を守り、矢に刺された。
 沢山の矢が逢夜を突き刺した。
 それでも逢夜はセツ姫を守り、安全な場所まで逃げた。
 「がふっ……ごほ……」
 人里離れた静かな山の中、逢夜は血を吐いた。
 「逢夜さま……」
 心配そうに泣くセツ姫は無傷だった。逢夜はこんな簡単に討ち取れる人間ではない。セツ姫を守るため、自分が盾になったのだ。
 「……俺はもうダメだな。この山の上に集落がある……。そこまで逃げろ……」
 「逢夜さま……手当てを……」
 「俺はいい! さっさと行け!」
 「ひ、人を……人を呼んできます!」
 セツ姫は涙ながらに優しく逢夜の頬を撫でると山を駆けていった。
 「……俺はもう死ぬよ。セツ」
 逢夜はセツ姫の背中を優しい顔で見ていた。
 ……助けちまった。
 本当は好きだったんだよ。
 夫婦になれて幸せだったんだ。
 お前との子供……ほしかったよ。
 情けねぇ死に方。
 憐夜を殺して、更夜を不幸にして、幸せになんて生きれねぇよ。
 「ははは……バカな死に方」
 逢夜は自嘲気味に笑い、死んだ。
 寒い夜だった。
 雪がちらつき始める。
 その後、セツ姫は村人を連れて戻り、逢夜の亡骸を見つけた。
 セツ姫は逢夜の亡骸に寄り添い、泣き、村人にかくまってもらうも、再び逢夜の亡骸の元へと戻り、寄り添って凍死した。
 雪が二人を覆い、やがて春になる。
 村人達が悲劇の夫婦の後ろにあった大きな岩を『絆岩』と名付け、二人を供養した。それはやがて神格化し、そこに厄除けの神社がたてられた。
 留女厄神(るうめやくのかみ)、ルルが誕生する。
 山の中腹、ちょうど集落と山の下との真ん中。登山客はこの絆岩をパワースポットとして手を合わせていく。悪い人生を良いものにしてくれる……悪い方向を変えてくれる。そんな場所となった。
 神社は分社が山の下にある町の近くにもできた。
 お祭りは毎回、こちらで開催される。山の上の集落は村人が山から降りたためなくなり、だいたいの登山客はパワースポット『絆岩』まで登山し、下山するのが一般的となった。
 夫婦は死後にあちらで出会い、厄除けの神として仲良く暮らしている。

 「おしまい」

 「……死んじゃったんだ。二人とも。生きていた時、幸せになれなかったんだ」
 ルナはせつなげに『絆岩』を仰ぎ、周辺になぜか咲いているピンク色の花を眺める。
 「幸せに……。皆が普通に暮らしてるのに、こうやって救われない人がいる。なぜ?」
 ルナはだんだんと『世界』への疑問が強くなっていった。
 「不思議だ。これは不幸だよね。不平等だよね。すごい幸せでなんでもできる人がいるけど、何にもできない人もいる」
 ルナはナオの座標計算を見ながらぼんやりとそんなことを思った。
 「ルナは生きられなかった。ルナは幸せじゃなかった。パパとママに会えなかった。もしかしたら、逢夜とお姫様のとこに行きたかった子供、いたかもしれない。でも……『存在』すらできなかった」
 「座標、計算しました。今も生きていて、本に組み込まれている木を見つけました。まずはその本に入ります」
 ナオが再び歩き出す。
 また、真っ暗な場所を的確に歩いている。
 しばらくすると、望月凍夜の屋敷付近に出た。
 「また、ここですか……。場所は微妙に違いますが。つまり、望月家の誰かの歴史の中に今も壱を生きているが本としての記憶提供をしている木があるみたいです」
 「木って不思議だね」
 ライがつぶやく中、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
 屋敷のすぐ近くに小屋が建てられており、赤子を抱いた千夜がその屋敷から出てきた。
 「今日はいい天気だ、明夜(めいや)。日光浴だ。泣き止め、泣き止め、ああ、おっぱいか?」
 赤子を抱いた千夜は優しげに微笑んでいる。
 「……おばあちゃん……」
 ルナは今とあまり変わらない千夜を複雑な表情で見つめた。
 
 「今日はいい天気だな」
 小屋から千夜の婿養子、他望月家だった夢夜(ゆめや)が千夜の肩を優しく抱いた。
 「そうですね。心地良い春の風」
 蝶が飛んでいき、あたたかい、のどかな1日。
 「まだ、体が戻ってないだろう? 休んでいたらどうだ」
 「先ほど昼寝をしていましたので、もう寝られません。明夜がかわいいのでついつい見ていたくなってしまう」
 千夜が泣き止んだ明夜をまだまだあやしつつ、夢夜に寄り添った。
 「赤子はかわいいな。指を明夜の手にいれるとな、握り返してくるんだ。ちっこい手で」
 夢夜が手足の曲げ伸ばしをしている明夜の頬を軽くつつく。
 明夜は再び泣き出した。
 「ああっ……ごめんな……」
 「やはりおっぱいかな?」
 二人は微笑みながら小屋に帰っていった。
 幸せそうに見えた。
 千夜だけ幸せになったのか?
 いや、ルナは千夜が子供を育てられなかったことを知っている。
 話が進み、小屋に凍夜がやってきた。
 「男を産んだようだな」
 祝福しているようには見えない笑みを浮かべた凍夜は千夜から突然に息子を奪いとった。
 「お父様……返して……。そんなに乱暴に……」
 千夜は泣き叫ぶ明夜に手を伸ばすが奪い返すことはできなかった。
 「跡取りだ。望月はまだまだ続くぞ」
 凍夜は乱暴に赤子の首を掴んでいる。
 旦那の夢夜が千夜をかばい、立ち上がった。
 「返せ……。その子は俺と千夜の子。お前の子じゃあない」
 夢夜は凍夜に怒りをぶつけるが、凍夜はわかっていない。
 夢夜を無視し、凍夜は話を勝手に進めた。
 「コイツは乳母に預けるからお前は仕事に行け」
 凍夜は千夜に戦場に行くよう命令を出した。
 「そんな……まだ、おっぱいも出るのに……」
 千夜は悲しさに泣き、夢夜は怒りに震えていた。
 「お前に人の心はないのか。千夜は体が戻っていない!」
 「だからなんだ? 望月を留まらせる理由になるのか?」
 凍夜の発言に夢夜は刀をとった。積もりに積もった怒りが凍夜に向く。自分の愛した妻を傷つけていた、こいつのせいで幸せになったやつがいない、明夜を奪われた……。
 何より言動がおかしい。
 「お前は……俺が殺す……」
 「ほう」
 凍夜は愉快そうに笑った。
 夢夜が刀を構え、攻撃しようとした刹那、千夜が叫んだ。
 「言うことを聞きますから! 夢夜様に何もしないで!」
 「千夜……なぜ」
 「夢夜様……あなたの実力ではお父様には勝てない。今のかかる寸前の忍術がわかりましたか? あなたはわかっていなかった。今、斬りかかっていたら返り討ちに合い、死んでいました。それに、明夜がいます」
 千夜は静かに涙を流し、せつなげに夢夜を見た。
 「私、行きますね」
 「千夜……待て!」
 「……明夜を守ってください」
 千夜はそれだけ言うと、凍夜と共に去っていった。
 夢夜は呆然と立ち尽くし、やがて膝を折り、刀を床に落とした。
 「俺は弱い……。弱すぎる。妻も息子も守れなかった……」
 話は飛び、千夜に視点が動く。
 千夜は敵国の撹乱をしていた。
 人を産んだのに、人を殺している。殺した人間にも家族があり、誰かの子供なのだ。
 千夜は息子を産んでから躊躇いなく人を殺せなくなった。
 誰かの子供……誰かの父……誰かの母……。
 自分の子供が死ぬために駆り出されるのは価値があることのようには思えなかった。
 千夜は母の気持ちになってしまっていた。他人のことを考えてしまうようになってしまった。
 この一瞬のために死ぬのは意味のあることなんだろうか。
 千夜は木の上から敗走している兵士、近くで燃えている村をせつなげに見ていた。
 村人も逃げている。
 千夜がいる木の下で手を繋いで走る親子がいた。親子は泣きながら逃げている。母と息子。
 負けた国は悲惨だ。
 勝った侵略者は敗戦国に何をしても良い。
 親子を追いかけている複数の兵士は戦によって精神が壊れた男達。女を殺したい、犯したい、敗戦国に自分達の強さを見せつけたい、子供を殺したい、支配したい……。
 破壊の力が強い時代。
 男達もどこかの親の子供だった。誰かの父だった。
 戦はすべてをおかしくする。
 「……悲しい時代だ」
 千夜は手裏剣を手に持つと、追いかける男達の首に手裏剣を投げた。
 男達の首に手裏剣が刺さり、うめいているうちに、すばやく下に降り、千夜は男一人一人にトドメを刺していく。
 中には少年もいた。
 敗走者を逃すまいと追いかけていたのか。
 震えている親子を千夜は血にまみれながら、優しく見つめ、言った。
 「まっすぐ走れ。我々はこの道の先には行かず、引き返す予定だ。次に攻める時までに遠くに逃げるのだ」
 「……ひぃ……」
 母は息子を抱きしめるようにかばいながら悲鳴を上げて走り去った。
 「……助けてどうするんだ。私」
 千夜が下を向いた刹那、毒矢が千夜の胸に刺さった。
 「がふっ……」
 千夜は急に体が痺れ、動けないままふらつく。そこへ何本もの弓矢が千夜を貫いた。
 血が溢れ、千夜は倒れる。
 「違反……か」
 千夜は望月家の制裁だと思い、望月家を探す。目の前に無表情の幼い銀髪の少女が立っていた。
 若い時の自分のような子だった。おそらく凍夜にしつけられた異母兄弟のひとり。
 「……お前も……かわいそうにな」
 千夜はそうつぶやいて、息子と旦那のことを想い、涙を流しながら死んだ。
 千夜が肌身離さなかった小刀を少女はそっと手に取った。
 「これがあれば……夢夜様が凍夜を殺してくれる動機になる」
 少女は急いで走り去っていった。
 千夜の遺品として夢夜の元に少女から小刀が届いた。
 「華夜(はなや)……千夜は死んだのか……」
 「はい」
 華夜は目をそらして答えた。
 「千夜……そんな……だから……体が戻ってないと……妻は産んでから時間が経ってなかったんだ……それなのに……。戦場に……。なぜ妻が行かなければならなかったのか」
 夢夜は泣き叫んでいた。
 華夜は夢夜がずっと泣き叫んでいることに恐怖を覚えた。
 自分がやってしまったことに恐怖を感じた。華夜は夢夜が恨んで凍夜を殺してくれるという単純な気持ちで千夜を殺した。
 「千夜……千夜……」
 妻の名を呼び、泣きつづける夢夜。華夜は震えながら夢夜の前から去り、屋敷に戻ったが、屋敷内で夢夜の子が激しく泣いており、華夜はさらに恐怖した。
 母が死んだことを感じ取っているのか。
 「家族を壊してしまった」
 華夜は幼いながらそう思った。
 自分が彼らを不幸にしてしまった。
 自分には幸せは何も来ない。
 自分の存在は、命を絶ち、罪を償うこと。
 華夜は泣きながら姉にあやまった。
 「お姉さま、ごめんなさい。あたし、間違ってたみたい」
 華夜は自分の小刀を取り出すと、森の深くまで行き、誰にも知られずに自身の首を刺して果てた。
 一方、夢夜は凍夜の妻、三人と凍夜殺害計画を立て始める。
 凍夜に勝つため、夢夜は凍夜に従うふりをし、修行を積んだ。
 息子が十歳になった日、夢夜は立ち上がった。凍夜の子供達はもう、ほとんど残っていない。
 皆、なにかを背負って死んだ。
 一度も見たことがない千夜の弟達は一度もこちらに帰って来ていない。二人とももう亡くなっているのだろう。
 他の異母兄弟もほとんどが死んだ。彼らの子供達はまだ、幼い。
 凍夜の呪縛にかかる前に元凶を倒す必要があった。
 「今日は凍夜が屋敷にいる」
 夢夜は刀を抜くと屋敷に入り、凍夜を突然に襲った。
 三人の妻達も懐に忍ばせた小刀を持つ。千夜の母は千夜の形見の小刀を構えていた。
 凍夜は咄嗟に振り向き、夢夜の刀を受け止める。
 「殺りにきたか」
 凍夜は刀で夢夜を抑えつつ、襲いかかる妻達を蹴り飛ばす。
 夢夜は凍夜の影縫いにかからぬよう、すばやく飛び退き、再び刀を構えた。
 夢夜と凍夜はその後、激しい攻防を続けた。
 凍夜は「喜」しか感情がないため、躊躇いがない。故に強い。
 夢夜は凍夜の腕を斬る。
 しかし、凍夜には痛覚がない。
 笑ったままだ。
 夢夜は肩で息をしながら、身体中切り刻まれながら凍夜を殺そうと動く。
 疲弊した夢夜は凍夜に腹を刺された。
 「ぐっ……」
 血を吐いた夢夜だったが、そのまま凍夜を抑え込む。
 「今だ! 俺ごとやれ!」
 夢夜が凍夜の腹に同じように刀を突き刺し、凍夜の妻三人は恨みの感情のまま、凍夜を夢夜ごと小刀で刺し続けた。 
 凍夜は「死とはこういうものか」と笑いながら死に、夢夜は達成感と後悔を持ったまま死んだ。
 息子と妻と過ごしたかった。
 最期の気持ちはそれだった。
 凍夜の三人の妻は「次は幸せな人生を。子供達に会いたい」と涙を流しながらお互いの首を刺し、自害した。
 なんとも悲しい最期だった。
 望月家はその後、明夜によって新しく生まれ変わった。
 残った凍夜の孫達は夢夜を武神として祭り、悲惨な時代を悲しんだ。
 夢夜の子、明夜は望月の主としての人生を生き抜き、夢夜はいつしか望月家を守る武神から地域を守る武神へと姿を変えていた。
 そして千夜は望月の守護霊として神格化されることとなったのだ。

 「おしまい」

 「最後まで読ませてしまいまして、すみません。天記神の干渉がない、ページとページの間に行くために最後のページとあとがきの間に行く必要がありました」
 ナオは皆の暗い顔を見て、謝罪した。
 「これは……だいぶん」
 ライは続けて残酷な歴史を見てしまったため、頭を抱えていた。
 憐夜は何かを考えるように下を向き、ルナは悲しい記憶は幸せなのかを考えた。
 望月家の歴史は皆、なぜか悲しい。救いのない戦国時代。
 生きている内に誰も助けてくれなかった。
 希望がなかった。
 「成長するための試練を神は与える……みたいなこと、よく聞くでしょ」
 ふと、憐夜がそんなことを言った。
 「……そうなの?」
 「そんなわけないよね」
 憐夜は冷たく言い放つ。
 「うん、ルナもそう思う」
 「頑張れる人に神は試練を与える? バカじゃない? そんなわけないじゃない。病気になった人は死んでるし、弱い立場の人はどう頑張っても生きられずに死んでしまう。乗り越える、乗り越えないの域じゃない人だっているじゃない。人間が都合よくそう解釈しただけ。私はね、怒りすら覚えるわ」
 「……確かに」
 ルナは憐夜の言葉で納得してしまった。自分の先祖は救いのない人生を生きてしまった。
 誰にも助けてもらえず、命を落とした。
 なんで、こんな人生を歩まなければいけなかったのか。
 こんな人生を望んで産まれたわけではないではないか。
 不幸な人生なのは生まれ変わる前の人生で何か悪事をやったから?
 そんなわけはない。
 人は産まれた時にその人になる。
 神がわざわざ成長できる人に試練を与える?
 幸せに生きて成長している人はなんなのか。
 どうしようもなくて死しか道がない人は成長するための試練だと言えるのか。
 「……ルナはわかんなくなった。いじめられてたルーちゃんは成長するためにいじめられてるのか? おかしいよ。いじめられてなくて、成長してる子だっているよ。世界がおかしいよ」
 「そうだね」
 憐夜はルナの頭を優しく撫でた。
 「さあ、準備ができました。生きていて書物に協力している木を見つけました。憐夜さん、弍の世界のシステムにアクセスしてください。その後、ライさんは扉を作って下さい。ルナさんは神力を放出して時期を現代に固定です」
 ナオは冷や汗をかきながら三人に指示をした。

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