サヨとリカは栄次やプラズマの食事中にアヤをあやしつつ、情報の交換をした。
「ルナ、大丈夫かな……」
サヨは心配そうにつぶやき、リカは栄次のオムライスを摘まんでいる栄優を視界に入れる。
「俺の……ごはん……」
「あ~、悪い悪い。うますぎてなァ」
栄優は悲しげな栄次を見て、苦笑いを浮かべながらつまみ食いを止めた。
「はぁー……で、あの人は……最近歴史神になった、栄次さんと同じ顔の神様と」
リカが言い、サヨが頷いた。
「そうそう。謎でしょ? たぶん、双子。お互いに顔を知らないみたい。おんなじ顔だけどー。てか、連れてきても同じ顔だってわかるだけで、お互い知らないんじゃ何にもわかんないよねぇ……」
サヨはあきれた顔をしつつ、栄次を泣かせてしまっている栄優を見る。
「な、泣くなって! ちぃっともらっただけだろうがい!」
「この赤いすっぱいの、取っておいたんだ……」
赤いすっぱいのとは、どうやらケチャップのようだ。栄優はケチャップがたくさんかかっている部分をまるごと食べてしまったらしい。栄次は静かに泣いている。
ちなみにプラズマはオムライスに夢中だ。育ちの良さからか上品に食べている。
「はーいはい……」
サヨは栄優を軽く睨みつつ、栄次のオムライスにケチャップを足す。
「あかい、すっぱいのだ!」
栄次は喜び、栄優から皿を微妙に離して食べ始めた。
「いやあ、しっかし、こいつは俺にそっくりだ! 見た瞬間笑っちまったぞ」
栄優がリカ達の前に座り、にこやかに笑った。
「クセ強めな神様ですね……」
リカが小さくつぶやくと、寝てしまったアヤを抱えて膝に乗せ、栄優に目を向けた。
「ふむ。お嬢さん、ちと変わってる時神さんかい?」
栄優は突然に栄次と同じように目を細め、リカを見る。
リカは不思議な威圧に少し怯えてしまった。
「あー、怯えんでいい。ワシは元々、こういう顔なんだ。それより、あの子供らとお嬢さんらについて詳しく聞かせてくれ。ワシはナオのように歴史を検索できる神じゃあない。過去を時間方面ではなく、歴史方面で管理する神だ」
栄優はそこで言葉を切ると、頭を指差した。
「全部、ココに叩き込む必要がある……。全体をな……。ワシは鎌倉時代初期の産まれ。『旧世界』を知っている。時神の役割は違ったはずだ。しかし、ワシは時神の歴史を何も知らない」
「旧世界……」
リカやサヨには考えが浮かばない世界だ。プラズマや栄次ならわかる話なのかもしれない。
そもそも壱(現世)と伍(異世界)がわかれたのはいつなのか、くっついていた世界を旧世界と呼んでいるのか、それもよくわからない。
「時神の役割が変わったのは最近だよ。リカがこちらに来てからだいぶん、変わった。けど、ワールドシステムがリカを受け入れているんだ。危険性はないよ」
サヨが軽く説明を入れる。
「そもそも……なんで神がいないはずの伍から神が来た? 価値観が違いすぎるだろう」
栄優は神になりたてだが、世界の仕組みがある程度わかっているようだ。以前のリカのように情報を集めている。
サヨとリカは栄優が敵になるか味方になるかわからず、情報をどこまで話すか迷っていた。
「あー、はいはい。何か知ってるが、ワシの存在がよくわかんないから言わないのな? リカは本神からの説明を期待したんだがね」
「ごめんなさい。こういう判断はプラズマさんやアヤがしてるので……」
リカはマナの話や仕組みのせいで壱の神に消されそうになっていることなどを話せなかった。
「ま、これはいいか。とりあえず、時神の確認をさせてくれ。お嬢さん達は何の時神なんだね?」
栄優が現在皆が知っている質問をしてきたので、サヨがすぐに答えた。
「あたしはナオに確認してもらう前になんとなく理解しちゃったけど、時神再生神らしいよ。今じゃあ、ナオが怪しすぎて検索も怖いって……あの神、何か隠してるよねぇ?」
サヨの言葉に栄優はただ眉を寄せる。
「さぁ? ナオについてワシは知らん。まあ、あのお嬢さんはよーく寝るお嬢さんなんだ」
「よく寝る……」
「いつも寝ている印象だなァ。んで? あの子供らは……?」
栄優は栄次とプラズマが何の時神か聞いた。
「あー、えーとね、あんたと同じ顔なのが時神過去神(ときがみかこしん)、栄次。もう一人が時神未来神(ときがみみらいしん)プラズマ。ああ、それで、リカの膝にいる赤ちゃんが時神現代神(ときがみげんだいしん)アヤ。なんでか皆、子供とか赤ちゃんになっちゃったんだけど、歴史神が元に戻すらしいよ」
サヨが答え、栄優は黙って聞いていた。藤原氏の主だったからか、会話にあまり隙がない男だ。
常になにかをさぐっている。
「なるほどなァ。いずれ戻るってんなら、戻るのを観察してようじゃないか」
栄優は呑気に言う。
サヨとリカは元に戻るのをただ待っていて良いのかと心の中では思っていた。
更夜、スズ、壱のルナはトケイに掴まり、ルナを探す。
「見つからんな……。そんなに遠くに行くとは思えないんだが」
「更夜……ルナはワイズってやつに責められていたから、何かに巻き込まれたかも……」
更夜の横でトケイに掴まっていたスズは不安そうに答えた。
「他の霊魂さんにルナちゃんを見てないか聞いてみる?」
トケイは高速で動きながら、ネガフィルムが絡まる二次元の世界を眺めていくがルナはいない。
「……いや、神力で見つけよう。穏やかに過ごす霊魂を不安にさせてはいけない」
「更夜、じゃあ、前にいる女の子に聞かなくていい? あの子、ただの霊魂じゃなさそうなんだけど」
トケイの発言で更夜は慌てて前を見た。宇宙空間で着物姿の銀髪少女と目があった。
少女は十歳程度の年齢に見える子供だった。
「……なぜ……こんな近くに?」
少女を視界に入れた刹那、更夜が意味深な言葉をつぶやく。
「……え?」
トケイだけでなく、スズや壱のルナも首を傾げた。
「トケイ、止まれ」
更夜に言われ、トケイはとりあえず止まった。
「れんっ……憐夜(れんや)……なのか?」
更夜がそう尋ねると、少女は目を見開いてこちらを見た。更夜の手は震えている。
「お兄様……」
更夜に憐夜(れんや)と呼ばれた少女は更夜を見ると酷く震え始めた。
「お兄様……?? えーと……」
トケイは二人を交互に見て困りながら、最後になぜかスズに目を向ける。
「トケイ、あたし見てもわかんないって。どういうこと? 三きょうだいだったんじゃ……? 更夜、妹がいたの!?」
スズが驚きの声を上げ、更夜は辛そうな顔で目を伏せた。
「……憐夜は望月ではないんだ。抜け忍になって、俺から逃げた」
更夜は唇を震わせる。
「だから……だから……」
更夜らしくなく、先が続かない。
「俺が自由にしたんだ……」
更夜は壱のルナがいたため、残虐な事が言えなかった。
本当は……自由にしてやりたかったが正解だ。
更夜はあの時、彼女を逃がしてやった。今は亡き、すべての父、望月凍夜(とうや)は妹を逃がした更夜を罰するだけでなく、連帯責任という独自ルールにて兄の逢夜、姉の千夜にも、罰を与えた。
抜け忍となった憐夜を、一番きょうだいを大事にしている逢夜に殺させるため、千夜を拷問し、逢夜に「憐夜を消すのが先か、千夜が死ぬのが先か」と脅し、殺しにいかせた。
逢夜は気性が荒いが、優しい男である。
更夜は逢夜が泣きながら妹を殺すのを震えながら見ていたのである。
望月を抜けた妹を死後、望月に縛りたくないと、墓を立てた三きょうだいは彼女を望月から外した。
憐夜はおそらく、三きょうだいに起こった事情は知らずに亡くなったのだろう。
「お前は……絵描きになりたかったんだよな。夢を応援できず、すまない」
更夜があやまり、憐夜は唇を噛みしめ下を向いた。
「何を今さら……お兄様に会うとは思いませんでした。まだ、こちらにいらしたんですね」
憐夜は冷たく更夜に言い放った。
「……話しかけられたくは、ないよな」
更夜はつぶやくと、さらに続けた。
「もう、会うことはないかもしれない。会えて良かった」
更夜の言葉に憐夜は一瞬だけ悲しげな表情をすると、頭を下げて去っていった。
「更夜、これで良かったの? 彼女、ただの霊じゃなさそうだったけど」
トケイが更夜に尋ねるが、更夜は何も答えなかった。
「更夜……あの子、たぶん『K 』だよ。ルナについて知ってるかも……」
スズも話しかけるが更夜の返答はなかった。
鶴に連れられ、しばらく宇宙空間を進み、再び降ろされたのは先程と同じような世界だった。
ルナはナオに「待っていて」と言われ、その場で待機していた。
夕焼け空の夏の世界。
先程の世界と同じか?
微妙に昔の時代のような雰囲気を感じた。
ひぐらしが沢山鳴いている。
ルナが少しの不安を覚えつつ、ナオと待っていると、銀髪の少女が現れた。ルナよりも少しだけ年が上だと思われる少女だ。
青い瞳で千夜や更夜に似ているような気がする。
「……誰?」
ルナは現れた少女に恐る恐る尋ねた。相手が子供だったため、自然に会話ができたようだ。
「私、憐夜(れんや)。よろしくね。私の世界へようこそ」
憐夜と名乗った少女は優しげに微笑んだ。
「憐夜……。夜がつくの? よろしく」
ルナはやはり名前が引っ掛かったが、あまり気にせずに握手をかわした。
「憐夜さんは『K』なので、目的の世界へ簡単に行くことができます。一緒に行きましょう」
「……そうなんだ」
ルナはよくわからないまま頷いた。
「私ね、絵を描くのが好きなの。私から生まれたもう一柱の神様がね……」
憐夜はルナに饒舌に話し始める。
「ああ、どこから説明がいるんだろう? 私、酷い死に方したんだ。絵描きさんに出会って、筆をもらって、夢を叶えるために家族から逃げたの。でも、その家族に殺された」
「……家族から……逃げた……」
ルナがつぶやいた刹那、過去が流れた。唐突に起こる『過去見』だ。
更夜に似ている少年が憐夜を木の上から悲しげに見ているのが見えた。憐夜は山を必死に降り、逃げている。
「殺されちゃった後にね、私と仲良かった絵描きさんのおじいちゃんが、私を昔話にしてね、私は長い年月で祭られたの。昔話の私はお話でキャラクター。私じゃないから、神社が建ってから別の神が産まれた。それが……」
憐夜はそこで言葉を切り、沈む太陽を眺める。沈む太陽から突然にドアが現れ、中から一人の少女が現れた。
「あの子……芸術神ライ。夢見神社の祭神。ドアを描くことでどこにでも行ける。描いたものを具現化できる能力がある。弐の世界から人の心に干渉して、『芸術のひらめき』を引き出して信仰を集めてる神だよ」
「わかんないよ……」
ルナはそっけなくつぶやいた。
「ああ、ライさん、いらっしゃいましたか」
ナオがベレー帽をかぶった金髪のかわいらしい少女に話しかけた。
「先程は私の世界に来てくれてありがとう。これで憐夜と世界を繋げられた。私、ワイズ軍だから大した協力できないかもだけど、私の産みの親、憐夜ちゃんの頼みだからね。まさか世界を恨んでアマノミナカヌシを倒す方面に行くとは思わなかったよ? 『K』なのに」
ライが心配そうに憐夜を見るが憐夜は目を伏せただけだった。
先程、ルナがうろついていた世界は芸術神ライの世界だったらしい。そして、こちらは憐夜の世界のようだ。
ルナは過去見で憐夜の事が見え始めていた。
憐夜の死に際の感情が手に取るようにわかる。
「自分はなんで産まれたのか。ひどい目にあって死ぬために産まれたのか? この人生はなんだ? 私には産まれた時から自由がなかったというのか? これでは牢に入れられ鞭で打たれるだけの奴隷ではないか」
憐夜は殺した逢夜、自分を拘束し続けた更夜、非道に押さえつける千夜を恨み、おかしな状態を作り出した凍夜望月家を恨み、自分をこの世に産んだ世界を恨んで、死んだ。
「産まれた意味がわからなくて、恨みになったんだ……」
ルナは小さくつぶやき、憐夜を仰ぐ。
「ちょっとわかるな。ルナは産まれてもないけど」
ルナがつぶやいた直後、柔らかい風が通りすぎる。風が通りすぎるのを眺めながら、ルナは『運命』とは何かを考え始めた。
産まれることすらできなかった自分の運命は何なのか。
向こうのルナとは違いすぎる自分。自分は本当に今、『存在』しているのか。
ナオが手を伸ばしてきた。
「行きましょう。ルナさん。憐夜さんとライさんの世界が繋がり、ライさんがこちらに入れました。準備ができましたよ」
「……うん。何してるかわかんないけど」
ルナはナオの手を優しく握った。
「これから、ワールドシステムに不正アクセスします。こないだ、黄泉が開いたので黄泉も閉じておきたいところです。古い害のある記憶が出てしまう……」
ナオはライと憐夜に目配せをし、ルナを見る。
「ルナさん、あなたのその不思議なデータ、壱に縛られていない自由なデータが世界を変えるのです」
ナオは巻物を取り出し、ルナの神力を引き出す。弐の世界の時間が曖昧になり、世界が歪む。
そしてそのまま憐夜が皆を浮かせ、ルナ達は世界から離脱した。
「彼らが子供のうちに……アマノミナカヌシを……」
ナオはルナ達を連れ、ライが空間に描いたドアのドアノブを握る。
「ルナさんの『世界から外れた力』と憐夜さんのKの能力でワールドシステムにアクセス……」
時間が歪んでいる。
黄泉の扉が緩くなり、過去の世界が覗き込む。
「まずはドアからワールドシステムに。そして黄泉を私の歴史管理能力で完全に閉じます」
ドアを開けて次の世界に入った。足を着けた世界は夕焼けの海辺の世界。しかし、太陽はない。
夕日はどこにも見えないが、なぜか海はオレンジ色に染まっている。砂浜に打ち寄せる波のみ生きていて、生物がまるでいない不思議な世界だ。
不思議というより不気味。
少し離れた海の上に小さな社が浮かんでいた。
「あーあ、来ちまったか」
ふと男の声がし、ナオ達は体を固まらせた。目の前に紫の髪を肩先で切り揃えている甲冑を着こんだ男が現れた。
「スサノオ様ですね?」
ナオはすぐに相手が『今、この世界にはいないはずの神』だと気がついた。
「歴史神だからな、旧世界で記憶をなくさなかったのか、意図的に記憶を残したのかで俺を覚えていたか」
スサノオは軽く笑っている。
「黄泉が開きかけ、旧世界を思い出す者が増えてきました。不正でしたが、歴史検索にてアマノミナカヌシにたどり着きました。アマノミナカヌシから分離した彼女を我々はこちらの世界を守るため消滅させなければなりません」
ナオは冷や汗を拭いながらスサノオに答えた。
「お前、ただ自分の罪を隠したいだけだろ? そこのK は世界を作ったらしいアマノミナカヌシに恨みをぶつけたいだけ、芸術神はK に感情移入してるだけ。で? お前は……」
スサノオはルナを見ておかしそうに笑った。
「正義の味方気取りに見せて、そこらのガキと同じように感情のぶつけ先を探してるだけ」
スサノオの発言にルナは眉を寄せる。スサノオのふざけて笑っている様子がルナをいらつかせた。
おそらく、図星だった。
少し前(更夜編)にすごい強い神としてルナの前に現れたスサノオ。
あの時は動揺していたが、今は怒りのが勝る。
「……マナに会わせてください」
ナオは静かにスサノオに言った。
「はあ、めんどくせ……。次から次へと壱を守るようなツラしたやつらが現れやがる。でも、まあ……暇潰しにはなりそうだ」
スサノオは神力を高め、剣を手から出現させた。
「うわわっ、ナオ、この神、すごく強そう!」
芸術神ライはスサノオを知らないようだ。スサノオの神力に怯えている。憐夜はK なため、神力を感じていない。
「大丈夫です。私にも考えがあります」
ナオは巻物を取り出した。
「俺とやる気か。女に子供、普段なら手加減してやるところだが、お前らの行動は死んでも文句は言えない行動だぜ? なあ?」
「……あなたに勝つしかなさそうですね」
ナオは深呼吸すると戦闘になることを仲間に伝えた。
「まあ、わかんなけりゃあ全員でかかってこい。俺は女子供をズタズタにする趣味はねぇんだが、どっかなくして動けなくする方が手っ取り早い。足かな?」
スサノオの発言にライは震え、憐夜も息を飲んだ。
ルナには意味がわからなかった。
「……火の神、カグヅチ!」
ナオは巻物を読み、スサノオを襲い始める。スサノオはため息をつくと、「アメノオハバリ」とつぶやき、以前、剣王が持っていた剣と同じ剣を取り出した。
そしてあっけなくカグヅチを切り捨ててしまった。
「で? 次は?」
「やはりアメノオハバリを持っていましたか……。カグヅチを斬った剣を……」
ナオが冷や汗を流しつつ、つぶやくと、スサノオは神力を飛ばして来ていた。
鋭い刃物のような神力。
憐夜が手を前に出し、「K」の能力を解放させる。ウサギのぬいぐるみが飛び出した。
「弐の世界、管理者権限システムにアクセス、『消去』! うーちゃん、『弾く』!」
憐夜が叫ぶとウサギのぬいぐるみが動きだし、スサノオの神力を弾く。うまく弾ききれず、そのまま光に包まれ消えてしまったが、神力はナオに当たらず、横に逸れていった。
その後、憐夜の消去命令がスサノオの神力を危なげにかき消す。
その後、ナオは巻物を再び取りだした。
「武神ヤマトタケルノミコト!」
ナオが巻物を読むと、悲しそうな表情の男性が現れ、剣でスサノオを攻撃し始めた。
ヤマトタケルノミコト。
命令通りに戦い、勝っていくが、兵が揃わないまま戦いに行かされ、「父は私に早く死んでほしいのか?」と泣きながら力尽きた若い勇者である。
戦い、傷つき、瀕死のまま都まで帰ろうとしたが、それは叶わなかった。
怒り、悲しみにも似た感情部分をナオは歴史から引き出し、スサノオを襲わせている。
「俺とは違う悲劇なヒーローじゃねぇか。お前のことはよく知ってるぜ。お前もこの世界のどこかにまだ、いるのか?」
ヤマトタケルノミコトはスサノオになにも語らず、ただ、攻撃を仕掛ける。
「悲劇のヒーロー……」
ルナはヤマトタケルをなんとも言えない気持ちで見つめた。
このヤマトタケルはナオが歴史を読み、その時代を具現化した彼である。つまり幻だ。
ナオの神力が作り出しているにすぎないのだ。
スサノオは偽物の力で勝てる神ではない。
あっけなくヤマトタケルを斬り捨て、ナオに神力を向ける。
「くっ……」
ナオは神力が高い神を二柱出現させたことにより、神力を消耗し始めた。ナオは神力の高い神ではない。
「つ……次は……」
肩で息をしながら別の巻物を取り出した刹那、スサノオの神力をもろに浴びた。
「まずい!」
ライが叫び、憐夜が「K」の力を使い、うさぎのぬいぐるみと『排除』を行う。
しかし、スサノオの力のが早く、ナオは鞭のようにしなる神力に当たり、激しい音と共に倒れた。
「がふっ……」
腹を抑え、呻くナオ。
血が滴る。
「な、ナオ!」
ライが戸惑いながら叫び、筆を取り出した。
「……トロンプルイユ!」
ライは体を大きく動かし、巨大な迷路を描く。迷路は立体になり、スサノオを塞いだ。
トロンプルイユは騙し絵。
道だと思う場所は全部平面の絵だ。スサノオがしばらく迷うという、ただの時間稼ぎにしかならない。
「ナオ、大丈夫?」
ライはナオを心配し、憐夜は傷を見る。
「あの男、スサノオは私達を全く相手にしてないよ」
憐夜はナオの怪我が大した傷ではなかったことに気がつき、つぶやいた。
「……致命傷ではないですね……。ですが、あの男を抜けないとおそらく黄泉を閉じるどころか、アマノミナカヌシにすら会えない……」
ナオは腹を抑えながら立ち上がった。
「ダメだよ、あの神、破格すぎる! ワイズと同等な雰囲気があるよ……」
ライはナオを止め、逃げる方向を考え始める。ライは東のワイズ軍の末端。スサノオがどの位置付けかよくわからないのだ。
一方で後ろに立っていただけのルナは怪我をしたナオを怯えた目で見つめていた。
……ルナは何かできないか?
仲間を早く救わないと。
いや……ルナはなんかヤバいことに巻き込まれてる?
これはヒーローになれる行動?
ルナはよくわからないまま、立ち尽くす。
「なんか……取り返しのつかないこと、やってる気がする……」
ルナが小さくつぶやいた刹那、ライのトロンプルイユが音を立てて崩れ、スサノオが砂煙の中、ゆっくりと歩いてきた。
「さっきから何してんだ? 足止めか? 手加減してやったんだ、大したことないだろ? ほら」
スサノオは神力をさらに飛ばし、ナオを神力の鞭で叩きつけ、頭を下げさせる。
「自分で喧嘩ふってきたんだ。頭を下げて命乞いをしろ。主犯はお前なんだろ?」
「……黄泉を完全に閉じないといけないんですよ! アマノミナカヌシが余計なことをするから、『統合時代』からの記憶を、消した記憶を思い出してきた者が現れました! あなた達、上位神が記憶を消せと歴史ごと消せと私に命令したのではないですか!」
血にまみれたナオは珍しく声を荒げた。
「はあ? お前はそのことに必死になってるわけじゃねぇだろ? 『お前が勝手にシステムをいじって消した、立花こばるとの存在を時神が思い出していること』に危機を覚えてんだろうがよ。あれはお前の罪だ。いつまでも逃げてんなっての」
スサノオはあっという間に距離を詰め、芸術神ライを神力で気絶させ、隣にいた憐夜の首上に手刀を叩きつけ気絶させた。
ライと憐夜は同時に呻くとその場に崩れ、倒れる。
ルナは残された。
「俺は英雄と邪神、両方の神力を持つ……。俺の逸話は記述ごとに様々だ。ある時は邪神、ある時は英雄。前の世界では色々あったもんだぜ。今はどっちかな?」
冷たい目をしたスサノオがヘビのようにナオを見下ろしている。
スサノオが座り込むナオの頭に足を置き、砂浜に顔をつけさせた。
「アーァ……振れる触れる。俺は今、どちらか? 女にあんま、ひでぇことしたくないんだがね。お前が喧嘩売ってきたんだから、仕方ないか? なあ、罪神」
「……害は害でしょう……。世界はこのままのが……」
苦しむナオに冷たいスサノオ。
ルナはナオを助けようと無意識に神力を解放してしまった。
「た、助けなきゃだよね……」
「ま、待ってください! その力はっ!」
ナオが焦り、スサノオが咄嗟に飛び退く。
ナオとその周辺にいたライ、憐夜を巻き込み、弐の世界でなぜか大規模な過去戻りが発動した。
「な、なんで……? ルナは時神のリカと『K』のお姉ちゃん(サヨ)しか過去に連れていけないのに! ルナはしかも何にもしてないっ!」
ルナが叫んだ刹那、辺りが森の中へと変わった。見たことのない森の中。
そこにルナとナオだけがなぜかいた。
空気がなんだか今の時代とは違う。どこか冷たく、厳しい。
「ど、どこにいるの?」
ルナが戸惑いながら辺りを見回していると、木の影で憐夜がこちらを覗いているのが見えた。
しかし、憐夜はルナとナオを見ているわけではなく、何か違うものを見ているようだった。
「えっと……ルナ達が見えてないの?」
ルナは声をかけるが憐夜は反応しない。
「……どうなってるの?」
ルナは腹を抑えているナオに寄り添いながら不安げに憐夜を見ていた。