サヨは廊下に出た所で栄次とプラズマが話しているのに気づいた。
「栄次、リカが怪我をしていた。凍夜はそこまで大変なのか」
「......凍夜は容赦がない上、術を使い惑わせ、おまけに強い。だが、記憶内の凍夜を見ると、更夜の方が強いと思った。故に、そこまで苦戦するほどではない。ただ、恐怖に縛られた子供を奮い立たせ、凍夜を討たせるという部分が難しい」
栄次の言葉にプラズマは何かを考え始め、やがて口を開いた。
「栄次、千夜はお前だけで行け。リカが怪我をしたなら、時神は更夜を探す。凍夜に関わるのはリスクだとわかった。消えた更夜......時神の安否のが大事だろ」
プラズマの発言で栄次は複雑な表情を浮かべつつも頷く。
「やはりそれが一番か」
「今回の、望月家を救うという部分は俺達には関係ない。時神を危険にさらしてまで行うことではない。栄次はかすり傷だけだった。つまり、栄次は凍夜より強い。だから、栄次だけでこちらは問題ないだろう。他は更夜捜索と待機にわける。時神の仕事ができなくなると世界が回らない」
プラズマは冷たい雰囲気で淡々と指示をする。
「時神が関わるのは時神の部分だけにする。アヤが厄に入り込まれる可能性があり、アヤを守ることも忘れずにな。栄次は千夜の術を解いたら、手をひいて、更夜捜索に動け。凍夜と共にいるのは最大級の厄神だ。時神を優先に救い、様子を見た方がいい。高天原はおそらく気がついているが、弐の世界には、なかなか干渉できないため、慎重に動いているはず。弐の世界と壱(現世)の狭間にいる書庫の神、天記神(あめのしるしのかみ)が情報をワイズに流していると思っていい。あの神はワイズ軍だ。だからな、望月家は早く凍夜を処理したいワイズ軍に邪魔されることになるはずだ」
「......確かにそうなりそうだ。わかった。先を見て俺も動く」
栄次の返答にプラズマは頷いた。その様子を見つつ、サヨは思う。
......そう、プラズマくん。
それが正しいよ。
望月のフォローも抜かりない。
プラズマくんは判断を誤らない。
「ほんと、すごいよ......」
サヨはつぶやいてから歩き出す。
......こういう時、あたしはすぐに決断できるのか?
サヨは不安を心にしまい、栄次とプラズマの元へと進んだ。
「リカの処置、終わったよ。だけど、アヤは力の制御が今は難しいみたいで巻き戻しが使えない。リカとアヤを休ませるなら、千夜サンを救うのはおサムライさんだね。逢夜サンも連れて行ったら?」
サヨはプラズマと栄次に軽く話しかける。栄次は黙ったままサヨを見据え、プラズマは少し驚いていた。
「サヨ、いたのか......。そうだな。逢夜の術は解いたんだ。逢夜が動ける。だが、とりあえず今回は栄次もつける。千夜は幼いはずだし、女の子だ。難しいと思われる。で、サヨとヒメは記憶の固定だろ? 俺は......待機する。オオマガツヒに入り込まれる危険がある更夜の親族であったアヤを守る、凍夜に一度会っているリカも守る。それから、ルナも守らないとな。弐の世界の更夜の家で待機する。リカをあまり動かしたくはないが、ひとりでいさせられないから一緒に連れていく」
プラズマの言葉にサヨは頷く。
「それが今は一番かもね? じゃあ、さっそく行く?」
「ああ、そうしよう」
プラズマはサヨの問いに答え、歩きだした。
「戻ったぞ。方針を決めた」
プラズマが部屋に入るなり言った。
「戻ってきたな」
救急箱を片付けている逢夜にプラズマはこれからの進み方を話す。
「まあ、そうなるわな。じゃあ、さっそく戻ろう。サヨ」
逢夜はプラズマの言葉にさっさと同意し、サヨを呼んだ。
「逢夜サン、決断はやっ! ハイハーイ、弐の世界の門、開きまぁす」
サヨはすぐに門を出し、入るように促した。
「じゃあ、ワシは先にいくぞい」
ヒメちゃんが一番に門をくぐる。
「リカ、弐でとりあえず、休め」
栄次はリカを優しくゆっくり抱きかかえ、負担なく歩きだす。
「痛くないか?」
「......はい、大丈夫です。ありがとうございます。千夜さんを助けたかったですが、仕方ないです」
リカは落ち込み、栄次は息を吐いて続けた。
「俺がなんとかする」
「......過去が見えるって辛いですね。初めてこんな気持ちになりました」
リカの言葉を聞きながら、栄次は弐の門をくぐる。
「人に同情的になってしまう。どうにかして助けたいと思ってしまう......。俺は昔からそうだ」
「わかりますよ。栄次さん。私はちゃんと栄次さんの相談は聞きますので、私で良ければ辛い気持ちを吐き出しても......」
リカは心配そうに栄次を見た。
栄次の「過去見」がどういうものかわかり、リカは栄次の気持ちを少し理解していた。
「大丈夫だ。ありがとうな」
栄次はいつも多くを語らない。
人に話しても意味がないことを良く知っている。
「辛かったら......」
「お前に相談することにする。リカ」
栄次がリカに話を合わせたことで、リカは自分の子供っぽさを感じた。栄次は八百年生きている。
十八の青年のはずなのに、精神が自分とはかけ離れている。
自分より重たいものを彼は背負っている。
「俺はお前の方が心配だ。過去見に近い力を見たことで不安定になっている」
「......はい」
「今は休みなさい」
「......わかりました」
栄次とリカの会話を聞きつつ、アヤは複雑な表情を浮かべていた。皆が不安定になっている。
それはアヤ自身もだ。
自分は恐怖が抜けない。
なんだか嫌な予感がする。
「アヤ、門に入りな」
プラズマに声をかけられ、アヤは肩を上げ、怯えた。
「......大丈夫か?」
「......大丈夫なのかしら......私」
「大丈夫じゃねぇな。......逢夜!」
プラズマは門に入りかけた逢夜を呼んだ。
「ん? なんだ?」
「厄除けの神、ルルを呼んでくれ」
プラズマの言葉に逢夜は止まり、振り返った。
「妻は巻き込まない」
「......アヤが一番オオマガツヒに入り込まれる。あんたの妻の力で厄除けをしてくれないか」
「結界を妻に張らせるのか? 妻はそこまでの力はないぞ」
「......そうか」
プラズマが落胆の声を上げた時、すぐ近くから少女の声が響いた。
ヒメちゃんでもサヨでもなさそうだ。
「け、結界なら張れます! アヤを守ることくらい、できるよ!」
「おう? だ、誰だ」
プラズマが慌て、逢夜が頭を抱えて声のした方を見る。
「ルル、こっそりついてきて、盗み聞きとは悪い子だなあ......」
「ルル!? この子が......」
門をくぐっていないのはプラズマとアヤ、門を開いているサヨだけだ。三人は突然の登場に驚いた。
ルルは短い紫の髪をした活発そうに見える少女だった。
「逢夜! なんでウソつくの? 私、結界張れるよ!」
ルルは逢夜の前まで来ると、半分怒りながら言うが、逢夜がルルに目を向けた途端にルルは口を閉ざした。
「ルル、言いたかった事があるんだろ? 続きは?」
「......」
ルルは黙り込んだ。
「黙んなよ。文句あんなら言え」
「文句は......ないです」
ルルが萎縮し、逢夜は慌てて雰囲気を変える。
「あ、ああ、わ、わりぃ......すまねぇ。俺がお前を巻き込みたくなくて言った嘘なんだ。お前が怪我すんのもやだし、ワイズ軍が動くのも嫌なんだ」
「......私、ワイズ軍だけど、私は逢夜のために来たんだよ。だから、疑わないで」
ルルは少しせつなそうに目を伏せた。
「う、疑うよりも怪我が心配でしょうがねぇ......。凍夜に狙われたらと思うと......。い、今もな、ひとり怪我したんだよ。俺にとってお前は一番大事な存在だ......だから......」
ルルに対し、珍しく表情が情けなくなった逢夜にルルはさらに声を上げる。
「逢夜! そんなこと言ってる場合じゃないんだって!」
「どういう......」
逢夜が困惑していると、サヨが横から口を開いた。
「どうやらそうみたいだわ。弐の世界の『個人の心の世界』がオオマガツヒと凍夜に乗っ取られて、個人個人の想像力をなくしてる......」
「なんだと!」
逢夜が叫び、プラズマはアヤに寄り添う。
「あたしの世界はまだ大丈夫。拠点にするなら、ルルが結界を張って少しでも厄が入らないようにするしかないね」
「まずいな......そんなことをやり始めたか。弐(夢幻霊魂)の世界にある感情ある生き物の心を乗っ取り、壱(現世)を支配するつもりか」
プラズマが頭を抱え、アヤの震えが酷くなる。
「......アヤ、お前まさか......」
「わからないっ! やめてっ!」
アヤは突然泣き始めた。
「弐の世界にある心をオオマガツヒに......」
「嫌っ! 助けて......やだ......『凍夜様』が来る......」
プラズマはとりあえず、アヤを優しく抱きしめる。
「大丈夫。俺達がいる。ルル、なんとかできないか?」
「......アヤの心を弐の世界で見つけて、元凶のオオマガツヒを追い出すしかないよ」
ルルは心配そうにアヤを見ていた。プラズマはすぐに答えを出す。
「......更夜を探す前にこっちが先だ。アヤは......『壊れちゃいけない』神なんだよ。サヨ、俺はアヤを優先で助ける。とりあえず、アヤの心に連れていけ」
「......わかった。千夜サンはどうする?」
「俺をアヤの心に連れていくのが先だ。千夜は後回しにしろ」
プラズマはいつもの雰囲気を消し、やや高圧的にサヨに言った。
「......わかった。とりあえず、あたしの世界に」
プラズマはアヤを抱き上げ、背中を優しく撫でながら門をくぐって行った。
「......ルル、ついてきてくれ。さっきはごめんな」
逢夜はルルに手を伸ばし、一回抱きしめると手を引いて門に向かい歩き出す。
「......ひゅ~! ナイスカップゥ~」
サヨはにやつきながら最後に門を閉めた。
全員がサヨの世界に入った。
サヨが戻った時には、千夜がルナの人形遊びに付き合っていたところだった。ルナもスズと更夜が消えて、不安で無理に遊んでいるように見える。
「ああ、帰ってきたか。ずいぶんかかったな」
千夜がおだやかに言い、逢夜が説明をする。
「はい、私の術を解いてもらっておりました。そのままお姉様の術も解きたいところなんですが、それどころではない状況になりまして......」
逢夜は代表して先程のことを話した。
「なるほど」
「では、どうするのだ?」
千夜は頷き、栄次はプラズマに視線を向ける。
「ああ、アヤを先になんとかしないといけなくなった......が、まずはサヨの世界を守るため、ルルに結界を張ってもらう」
プラズマがルルにお願いをし、ルルはサヨの世界に厄除け結界を張る。
「ん~、しかし、西の剣王軍のワシと東のワイズ軍の留女厄神(るうめやくのかみ)ルルがいるとなると......ちと怖いのう」
ヒメちゃんは困惑した顔を向けた。
「うーん、思ったんだけどー、今から千夜サンの術解けるよ。あたしは世界を探して広げる、ヒメちゃんは記憶を固定する、おサムライさんと逢夜サンが千夜サンの世界に入るわけでしょ? あたし、千夜サンの世界には入れないけどー、さっきで慣れたから門開いたまま動けるよ」
サヨがそんなことを言い、プラズマは即座にやることを決める。
「わかった。それができるなら、俺をアヤの世界に連れていってくれ。千夜はここでルナを守っていてほしい」
「わかった。それが最適ならば従う」
千夜はルナと遊びながら答えた。
「プラズマ、アヤの世界にいるのはオオマガツヒの一部だろう? なんとかなるのか?」
栄次が尋ね、プラズマは珍しく真剣な顔で口を開いた。
「未来を見た。アヤに入りこもうとしているのはヒトの魂......負の感情に支配された望月家の子供のうちの誰かだ。そして......」
プラズマは一度言葉を切り、続ける。
「動揺すんなよ、取り乱すなよ。スズは望月凍夜から酷い暴行をうけたようだが、俺は今、それは切り捨てるつもりだ。時神が狂う方がマズイ」
時神達はプラズマの冷たさに驚いたが、最初にプラズマが言った忠告により、押しとどまった。
栄次はひとり、悲しそうに口を開く。
「弐に入ってから過去も見えた。凍夜は負の感情集めにスズのトラウマを再現したようだ......。生前、更夜にやられたことをそのままやっている。スズは怪我をし、泣き叫んでいるのだ......。すぐに助けに行くべきでは......。見ていられない。かわいそうだ」
栄次はスズの状態を把握し、プラズマを見る。しかし、プラズマは首を横に振った。
「感情に流されるな、栄次。まずは千夜を解放し、戦力を増やす。サヨは千夜の心の世界を見つけてから、俺を連れてアヤの世界へ入る。今すぐ動いてくれ。時間がない」
プラズマがそう言ったので、ヒメちゃんは歴史の検索を始め、サヨは千夜の心の世界を開く。
「私はどうすれば良い?」
千夜は冷静にサヨに目を向けた。
「なんもしなくていいよ。そのままで」
「わかった。よろしく頼む」
千夜はサヨに確認をとると、逢夜と栄次に頭を下げた。
「プラズマ......」
いつの間にかルナがプラズマの元に来ており、怪我をし寝かされているリカや、プラズマの側で震えているアヤを見つつ、不安そうにプラズマを仰いでいた。
「ルナ、大丈夫だ。過去見と未来見を使って俺達が何をするのか、見ていってくれ。ルナは能力を使おうとしなければ過去も未来も見えないんだろ? 怖くなったら力を遮断するんだ」
プラズマはルナの頭を優しく撫で、軽く抱きしめて落ち着かせた。
「記憶を繋いだぞい」
ヒメちゃんがそう言い、栄次が千夜の心の世界に向かい歩きだす。後ろから逢夜もついてくる。
「逢夜、気をつけて」
ルルが慌てて声をかけ、逢夜は「ああ」と短く答えた。
「栄次さんもお気をつけて」
逢夜により、いつの間にか布団に寝かされたリカは栄次に小さく言葉を発した。
「すぐ戻る」
栄次はリカを安心させるように言葉を選んで言った。
「じゃ、開いたからあたしはプラズマくんと行くわ。で、アヤは平気なわけ?」
サヨは栄次、逢夜が千夜の世界に入るのを見届け、アヤに目を向ける。
「......わからないわ。ただ、震えが止まらないの。大きな不安に押し潰されそう」
「ヤバそうだね」
「大丈夫だよ。私がここでアヤの肉体を厄から守るから」
ルルがアヤの背中を撫で、プラズマはサヨに目配せをした。
「サヨ、行こう。本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。歴史を繋いでるのはヒメちゃんだし。ヒメちゃん、共有お願い」
サヨはヒメちゃんに手を合わせる。
「わかったのじゃ。映像共有するぞい。必要あったら指示を出すからの。遠くても大丈夫なはずじゃ」
ヒメちゃんは当たり前に言ったが、共有が何かよくわからない。
「共有ってなんかの能力か?」
「いやあ、サヨに神力があるようでの、それを使った画面共有のことじゃ」
「ネット回線みてぇだな......」
プラズマが眉を寄せたが、サヨが急かしたため、口を閉ざした。
「アヤ、今からあんたの心にサヨと入るから、俺達を拒否しないでくれよ」
「ええ......受け入れるわ。ありがとう......」
アヤを残し、サヨとプラズマは屋敷から出ていった。
プラズマとサヨはアヤの世界へと向かった。サヨがいなければプラズマは弐を自由に動けない。
アヤの世界を見つけられるのも「K」であるサヨだけだ。
「アヤの世界は?」
宇宙空間を飛び回るサヨに勝手に引っ張られるプラズマは、どれがどの世界かわからず、とりあえずサヨに尋ねる。弐の世界は生き物分の心の世界がネガフィルムとなり螺旋のように連なっている世界。しかも、変動し、同じところに同じ世界がない。
故に「K」以外は迷い、肉体に魂が戻れず、壱に帰れなくなる。
プラズマはどの世界がどうなっているのかさっぱりわからない。
サヨが頼りだ。
「アヤの世界はここだね」
しばらく宇宙空間を飛び回ったサヨは螺旋状に絡まるネガフィルムの一つで止まった。
「なんか、禍々しいな......」
アヤの世界は黒い砂漠に赤い空の不気味な世界だった。おそらく、元々はこうではなかったはずだ。オオマガツヒの影響か。
「弐の世界の管理者権限システムにアクセス......『排除』」
世界に入ろうとした刹那、横から声が聞こえた。サヨは咄嗟にプラズマをアヤの世界に叩き落とし、カエルのぬいぐるみ『ごぼう』を出現させると『排除』を向けさせた。
「あっぶなっ! 誰? 『K』?」
『排除』が当たったごほうは弐の世界から排除され、サヨは冷や汗をかきながら目の前に立つ少女を見据える。
「私はメグ。ワダツミのメグ。
弐の世界が緊急事態だ。オオマガツヒを『黄泉』に帰さないといけない。あなた達は我々の邪魔だ」
青い髪のツインテールの少女、ワダツミのメグはサヨを表情なく見つめながら言った。
「ああ、なるほど......望月家の問題は関係ないと」
「関係はない。我々に任せれば被害は最小限」
メグの言葉にサヨは軽く笑った。
「あっそ。じゃあ敵だわ。弐の世界管理者権限システムにアクセス『排除』!」
サヨはメグを逆に弐の世界から排除しようとした。
しかし......
「『拒否』」
メグはサヨの雷のような光を水流のような結界で受け流した。
『排除』のプログラムを『拒否』に書き換えたのだ。
「『排除』!」
「『拒否』」
「『排除』!」
「『拒否』」
何度やっても、『排除』が『拒否』に書き変わる。
「ウソ......『排除』できない」
サヨは困惑しながら、メグを追い出す方法を考える。
メグは多数水流を発生させ、神力と「K」の力でサヨを弐から追放しようとしていた。オオマガツヒと戦う中で、平和のシステム「K」であるサヨを守るために、メグはサヨを『排除』しようとしているようだ。
ただ、今は余計なお世話である。
「あたしらが望月の無念を晴らす! だから、邪魔しないでよ」
「関係ない。気絶してもらって、『排除』しよう。痛くないから素直に当たってほしい」
睨み付けているサヨを見つつ、メグは水流のような神力をうねらせ、サヨに攻撃してきた。
本神に攻撃の気持ちがないため、『K』として消滅はしない。
「神はいいよね......。神力が武器になるんだから!」
サヨはカエルぬいぐるみ『ごぼう二号』を出現させ、神力を弾きながら避ける。
「......あなたにも神力があるようだが? 私の水を弾いてる......」
「......っ。やっぱ、あたしもなんかあんのか」
サヨは『排除』を使うため、隙を探す。メグは感情が表に出ない神で、冷静で落ち着いている。
メグに『排除』を使うのはなかなか難しそうだ。
サヨは攻撃的になったり、武器を使うと平和システム「K」に矛盾ができ、消滅してしまう。更夜はそれを心配し、刀を無断で使用したサヨを厳しく叱った。
......そうか。あたしも戦う気持ちじゃない方がいいんだ!
つまり、「メグが危険になる」から『排除』で守る。この気持ちである。
「ただ、並みの精神力だと怒りの感情が出ちゃう」
水流を避けながらサヨはメグをどうするか考えた。
メグを『拒否』が使えないような状態にするのが大事だと気がつく。
......あの子に近づいて、口を塞ぐ!
至近距離になるため、サヨが負ける可能性もあるが、迷っていられない。
「ごぼうちゃん! 弾け!」
サヨは目の前に迫る水流をごぼう二号で弾く。強行突破である。
徐々に近づき、背後をとるのが目標だ。
......おじいちゃんが言ってた......。
視界から外れるのがいいと。
そこにいると思わせて、実はいない。
「......ここだ!」
水流が鞭のように目の前に迫る。メグ側からサヨが見えなくなった。
サヨはごぼう二号で弾かず、身体を低くしながら脇にそれて、脇から来た龍のようにうねる水流の間をギリギリで避け、メグに近づく。
「......あっぶねっ......」
メグは一発目の水流で当たったと思っているらしい。
一瞬の隙にサヨは横からメグに近づき、腕を取り、口を塞いで叫んだ。
「『排除』!!」
「......っ!?」
メグは目を見開いたが、何もできずに弐の世界から消えていった。
「ごめんね......」
サヨは消え去ったメグに一言あやまっておいた。
「あの子、本気じゃなかったよね」
サヨは静かになった宇宙空間でぼんやりつぶやきながら、変動で消えたアヤの世界を探しに向かった。
三番目に連れてこられた少女は一番先に長女である千夜を産んだ。
「女はいらない。だがまあ、誰も子をなしていないから、コイツを男にしておくか」
少女は震えながら産まれたばかりの千夜を抱きしめ、静かに頭を下げた。
「......お姉様の歴史に入るぞ、あんたは全部知ってんだよな」
逢夜は栄次を見てから、目を伏せた。今までもだいぶんおかしい。人の形をした何かを見ているようだ。
幼い千夜は凍夜に無理やり男にされる。四歳辺りから凍夜に虐待され始め、意味のわからない規則を押し付けられた。
女言葉を使わない、女らしい振る舞いをしない、男の鍛練をさせる。
約束が守れず、何度も血にまみれ、泣き叫ぶ千夜に母も震え、涙する。ただ、誰も助けには来ない。
凍夜は千夜に人の急所を教え、躊躇いなく人を攻撃できる方法を教え、息子として、恐ろしい子供に育てていく。
たどり着いた場所は逢夜を助けた時と同じ屋敷の外だ。
女の子の......泣き声が聞こえる。
「......あー、やだなあ......。お姉様は悲惨だったんだよ。こりゃあ、ムチ打ちだ」
逢夜が吐き捨てるように言い、栄次は呼吸を整える。
「......行くぞ」
栄次はすぐに屋敷に入り込んだ。
「栄次、気を落とせ。気づかれる」
逢夜に言われ、栄次は怒りの感情を身体から出していたことに気付き、気持ちを落ち着かせる。
「姉のために、来てくれてありがとうな、栄次」
「......お前はできた弟のようだな。俺にも姉がいたのだ。守れなかったが」
「そうかい。やっぱ守りたい気持ちはあるのか。男だなあ」
「それは関係ない」
「......かな」
静かに会話をしながら二人は廊下を歩き、問題の部屋に近づく。
扉は開け放たれており、中が見えた。悲しい表情の幼い千夜は四つん這いにされ、よくわからないまま泣いている。
「お前は息子だろ。なんでそんな女みたいな言葉をしゃべる? 理解ができんな」
「うっ......! ううっ......」
凍夜は恐ろしく陽気に話し、木の枝を千夜に振り下ろす。
千夜の背中はむき出しにされており、鞭痕が痛々しく残っていた。
望月凍夜は千夜を産んだ少女も同時に責め、髪を引っ張り、壁に打ち付け、蹴り飛ばす。
「お前が女を産んだのも悪いぞ?」
「もうしわけありません......」
少女はよくわからないまま、泣いて謝罪する。少女は千夜を気にかけていた。守りたいのに守れない悔しさと悲しさを感じた。
「......おかあさまっ! 痛いぃ......」
「お父様にあやまりなさい! 頭をつけてあやまりなさい!」
少女は必死に千夜に叫ぶ。
閉塞な空間で、少女はおかしくなっていた。まだ十代の少女。
主である凍夜に逆らうことなど、考えなかった。
「ごめんなさい! お父様! 許してください!」
千夜は震えながら凍夜に謝罪を繰り返す。異様な光景だった。
「お前は男になるんだ。女言葉など使うな。お前が女だから跡取りがいないのだ。お前が悪い」
「誰か、助けて......」
千夜が小さく言葉を発し、栄次と逢夜は部屋に入った。
「お前が......」
凍夜が再び千夜を叩こうとしたので、栄次は怒りに震え、千夜に向けられた木の枝を間に入って受け止めた。
「......お前、誰だ?」
凍夜は興味深そうに口角を上げたまま、突然割り込んできた栄次を見据える。
「誰でも良い。女が上に立てない時期は終わる。彼女は将来の望月家の主だ」
怒りで武神の神力が渦巻き、栄次の瞳が赤く輝く。木の枝は栄次が握りしめ、折れた。
「ずいぶん、力が強いようだな」
凍夜は笑いながら折れた枝を捨てた。
「お姉様、大丈夫ですか?」
逢夜は千夜を抱えて凍夜から離れ、母である少女の近くに連れていった。千夜は姉と呼ばれ、ただ、震えていた。
「お母様......」
逢夜は若い母を心配そうに見つつ、声をかけた。
「......逢夜、やっと来たのね。千夜の記憶が昔に戻ったの。あなたの時と同じで。また、術を解くのね、協力するわ」
この少女は逢夜や千夜の心に住んでいる霊魂である。
霊は持ち主の心に従い、染まる性質がある。栄次がスズを操っていた事件がこれにあたるが、ここでは省く。
よくわかっていないのは幼少記憶の千夜だけだ。
「......お姉さまって私、お姉さまじゃないです」
「あなたは将来の尊敬するお姉様なのです。望月の主となり、あなたの優しい息子明夜が望月を存続させるのです。千夜お姉様、あなたは強い女性なのですよ」
「......あの......女は主になれません故......男にならなければなりません。私が『女だからいけない』のです」
千夜は幼いながら凍夜の思想を受け継いでしまっているようだ。
「そんなことはないです。あなたは望月凍夜に勝てます」
「そっ、そんなことはっ......」
逢夜の言葉に千夜は怯える。
凍夜が千夜に目を合わせていた。
「ごっ、ごめんなさい! そんなこと、思っていません! この人が勝手に......」
「そうだよなあ。なんか狂った思考の奴らが入り込んできたなあ。なんなんだ? お前らは」
凍夜は怒りに震える栄次、千夜をかばう逢夜を見て、満面の笑みを向けた。笑うところではない。
「お前を倒すため、千夜の手助けに来た者だ」
栄次が凍夜を睨み付けながら言う。
「ほう、俺を倒すか。おもしろいな」
「全く笑えん」
笑っている凍夜に栄次は冷たく言い放った。
「さあ、どうする? 俺をどう倒す?」
まだ年齢が若いこの時の凍夜はかなり攻撃性が高く、興味が尽きない。
望月家を作る......そういう強い興味を感じた。
千夜は凍夜に酷く怯えていた。
まだ術にはかかっていない。
栄次は千夜の傷に心を痛め、同時に凍夜に勝てるのかを考える。
今の千夜が凍夜に勝つのは不可能に近い。千夜自体が怪我をしており、恐怖心で身体が動いていない。
「あの......なぜ、私に関わってくるのですか?」
千夜は逢夜と栄次にそう言った。
「関わる理由は今は考えなくて良い。それから......女であることを謝罪する必要もない、後悔する必要もない。お前は今後、守るもの、守ってくれるものができる」
「わかりません、ごめんなさい」
千夜は困惑しながらあやまり、栄次は雰囲気を柔らかくし、答えた。
「それはそうか。お前はまだ、四歳。わからなくても良い。ただ、今戦えば、父の攻撃から逃れられる」
「戦ったら皆が怪我をしてしまいます。戦いはよくありません」
千夜は元々、穏やかで優しい少女だったようだ。
栄次は凍夜から目をそらさず、睨み付けながら、どう言えば良いか考える。
千夜は優しすぎた。
未来を切り開こうとする強さもない。千夜は社会的地位と男尊女卑により、産まれた時から男に逆らおうとはしない。
......これだから当時の女の子は難しいのだ。
服従の時代があったのは栄次も痛いほど知っている。ただ、望月凍夜はおかしい。
女であることすらも否定している。
「お姉様、考えを変えることは難しいでしょうが、今は我々を信じてください。辛かったでしょう、悲しかったでしょう......。あいつの息子ですが、私はあなたの気持ちがわかります」
逢夜は千夜を優しく抱きしめ、涙を流した。
「......わたしの......おとうと? ほんとうに?」
「そうですよ。未来から来た、あなたの弟です」
逢夜は千夜を優しく離し、小さな姉の頭を優しく撫でた。
「千夜、私も戦います。私はね、以前、仲間と一緒に凍夜に勝っているのよ。だから、あなたも勝つの」
横にいた千夜の母は背中を押すようにそう言った。
「で、ですが、お母様......」
千夜の震えが酷くなる。
彼女は単純に、危害を加えたくはないようだ。
「あー、もうめんどうだ。俺を倒したいなら、俺を殺せ」
凍夜が刀を抜き、栄次を殺しにかかった。栄次は凍夜の刀を軽く避けていき、部屋を飛び回る。
「ほう、かなりの腕だな。おもしろいっ!」
凍夜の動きは逢夜の時より荒い。避けやすいが速い。
栄次はどうするか迷った。
とにかく千夜は戦わない。
今も、栄次や凍夜が戦っているのを見て、震えている。
少女が大人の男に立ち向かうのは怖いに違いない。
その前に、彼女は女性らしい母性を持つ、争いを好まない性格。
どうやって勝たせれば良いかわからない。
「逢夜! どうする?」
栄次は逢夜に声をかけた。
「お姉様は戦えない。人を攻撃したくないのにさせるわけにはいかない。でも俺は、お姉様に立ち上がってほしい。時代が変わったことに......気づいてほしい」
逢夜は千夜を離すと立ち上がった。
「お姉様、父親に言いたいことが沢山あるはずだ。言葉は時に強い。力強く、言いたいことを父に向かって叫ぶのです」
「そうしなさい。私はあなたを見守ります。あの人には伝わらないと思う。でも、ここはあなたの心。強い決意で叫べば術を解けるかもしれない」
「怖いよ......。私、女の子だから......ダメなんだよ......」
千夜は涙を浮かべ、必死に逢夜と母を見る。
「女はダメじゃない! あなたはダメじゃない! あなたはこんな小さな世界にいてはいけないわ!」
母である少女は涙を溢れさせ、叫んだ。
「守りたかった。子供を守りたかった......。私の子は皆、あいつの血なんかひいてない! 優しくて、感情豊かで、強いっ! 私は守りたかった......。なんであの時......もっと早くに......子供を連れて逃げなかったのか......あいつを殺さなかったのか......私はずっと後悔してる。だけど、あなたは......そんな私を恨まず、望月家を立て直し、あなたに似た優しい息子の血筋が今も、強く生き残ってる!」
「......わからないよ......」
「大丈夫。皆あなたを守る。だから......あなたが思っていることを叫ぶのよ」
「......」
母の言葉に千夜は目を伏せ、悩んだ後、立ち上がった。
目に涙を浮かべ、震える足を踏みしめ、目の前の凍夜を見据える。
「おとうさまは......おかしい。私は、女の子がいい。女の子でいたい。女の子でいちゃいけない理由はない。......女の子であることをあやまる必要なんかない! 私はずっと嫌だった! おとうさまがおかしいんだ!」
千夜は泣き叫んだ。
千夜が叫んだ刹那、鎖がちぎれたかのような音が響いた。
栄次と戦っていた凍夜が突然に消え、逢夜同様、白い世界に包まれる。
「......なんと情けない勝ち方か」
大人になった千夜が自嘲気味に笑った。
「そんなことはないですよ。優しい......平和的解決です。あなたはもしかすると、元々『K』だったのかもしれません。サヨが......そうみたいなので」
隣にいた逢夜は千夜に微笑んだ。
「......だが、私は......人を殺している。恨まれてもいる。もう、きれいじゃない」
「......だから我々望月家は消えられないんですよ。死んでも」
千夜と逢夜の悲しい会話に栄次も目を伏せる。
「千夜、逢夜。気持ちを下げてはいけません。私達は、心優しい望月家の子孫を助けなければならないのです。望月俊也の行方は凍夜の行方と共に探しています。だから、先に進みなさい。あとは更夜......そして末の妹、憐夜(れんや)はどこに......」
母である少女はさ迷う魂のように子を探し、また静かに消えていった。
「憐夜......」
「......憐夜か」
千夜と逢夜は小さくつぶやいた。二人の背中はどこか深い後悔を背負っているようだった。
幼い千夜は紐で吊り下げられ、木の枝で打たれ、凍夜に焼いた鉄を当てられ、悲鳴を上げる。泣き叫ぶ。
誰も助けに来ない。
誰も女であることを許してくれない。
失神できず、ぼやける視界の先で凍夜が笑っていた。
……もう、嫌だ。
必死で男にならなくては。
……体に消えない傷が残ってしまう。傷が残ったらどうしよう……。
……どうしよう。
「千夜はあの後、術にかかった。悲しい選択をせざる得なかったのだ。傷は……まだ痛むか? 古傷は疼くものだ」
栄次はほぼ初対面であるのだが、昔から知っているかのような会話を千夜にしていた。
「私はあなたを深くは知らないのだが、過去神は怖いな。ご心配、感謝する。傷は残ったものもあるが、夫は気にせず、私を受け入れてくれた。私は……幸せだったよ。あの人は私を守ってくれる。今もそばに」
「そうだな。俺は千夜の幼少から知っているからか、悲しくなっていた。俺はな、体に傷のあるなしではないと思う。ヒトは気持ちが第一だ。だが……ない方がもちろん、良いよな」
栄次がせつなげに千夜を見た。
「……まあ、その通りだな。あなたが落ち込む必要はない。ありがとう。あなたがそう言ってくれると、私の心も軽くなる」
千夜はさりげなく、栄次の気持ちを持ち上げた。
「すまない。初対面で言うことではなかった。偉そうに語り、申し訳ない」
「そんなことはない。心は軽くなったのだ。だからありがたい。あなたは私の旦那様に似ている。そのお優しい気質を大事にこれからも我が子孫達を頼む」
千夜は柔らかく微笑んだ。
「わかり申した。あなたはできたお方だ。俺はあなたを尊敬している」
「ありがとうございます。栄次殿」
二人はなぜか堅苦しく挨拶を交わした。逢夜は静かに見守った後、口を挟んだ。
「ここから、出られますか?」
「ああ、今、サヨに連絡をとっているようだ。少々待て」
「わかりました」
千夜に言われ、逢夜はまた口を閉ざした。
一方、プラズマは黒い砂漠に赤い空の世界に落とされていた。
「サヨ! どうした!?」
サヨに向かい叫ぶがサヨの姿は見えない。プラズマは勢いよく砂の山に落ちた。
「げほ……砂が口に……。真っ黒な砂漠……なんて不気味な……」
プラズマは何もない砂漠をとりあえず歩き始める。
「サヨに何かあったのか」
疑問を抱えながら歩くと突然、銀髪の少女が襲いかかってきた。
「ぐっ! あっぶねっ!」
銀髪の少女の小刀がプラズマの鼻寸前を通りすぎていった。
「なんだ!? じゃない、誰だ?」
「……」
着物を着た銀髪の少女は何も話さない。
少女は黒い砂を巻き上げ、それを神力としてまとめてプラズマに攻撃を始めた。
「オイ! 戦う気はない!」
プラズマが声をかけるが、少女は反応をしない。少女は戸惑うプラズマに針のような神力を飛ばす。プラズマは結界を張って防いだが、始めの方で何回かかすり、傷をつけられた。
「……いてぇ……」
プラズマが仕方なく霊的武器銃を取り出し構える。
「悲しい霊だ。すごく悲しい気持ちを感じる」
プラズマは銃を取り出したが、撃てずにいた。少女は無反応、無表情で操り人形のようにプラズマを襲う。針のような神力は次々とプラズマの体を突き刺していく。
「……いっ、つぅ……」
プラズマはそれほど結界が上手くないため、攻撃がすり抜けてくる。おそらく、オオマガツヒの遥か高い神力の一部だ。プラズマでもしっかりは防げない。
「やっ、やるしかないのか。あの子は女の子なんだぞ……。だが、このままだと俺がやられる!」
プラズマは攻撃的な神力に自分の神力をぶつけ、とりあえず相殺させていく。
「……あんたが……誰か知らないが……」
プラズマは息を吐くと光線銃を構えた。少女を射貫き、位置を予測する。
「ごめんな」
プラズマは目をそらしてから、目を瞑った。
目を頼りにしなくても、どこに少女が来るかわかる。
「俺は……暴力が嫌いなんだ」
小さくつぶやき、プラズマは引き金を引いた。プラズマの神力が矢のように少女を貫通する。
少女はプラズマを見て、初めて言葉を発した。
「わた……し、華夜(はなや)……。助け……千夜お姉様に……あやまり……」
切れ切れに言葉を発した少女は黒い霧に包まれて消えた。
「……後悔の強い……魂。千夜にあやまりたかったのか。わかったよ。名前覚えたし、次、連れてくる。痛かっただろ、ごめんな……」
プラズマはアヤの世界から消えた霊に向かい、どこにともなく返答をした。
余韻が残る中、黒い砂漠が消えていき、赤い空もなくなっていった。彼女がアヤの世界に入り込んだ魂だったようだ。
オオマガツヒは勢力を拡大していく……。