非道な言葉により傷ついたサヨの背を、更夜は優しくさする。
......いままで、何も動かなかった父がなぜ、突然に動き出した?
更夜は気持ちを落ち着かせ、疑問を浮かばせた。
「調べる必要があるか......」
「おじいちゃん、あたし......」
「アイツの言った事は気にするな。それっぽく言って信じ込ませる忍術を使ってくる。サヨは、俺にとっても、まわりにとっても大切で、代わりなどいない、頼りになる存在だ」
更夜の言葉を聞いたサヨは少し落ち着き、上がっていた肩をおろす。
「......その件に関してなんだが......」
いつの間にか、更夜に似ている銀髪の男が部屋にいた。
「お兄様でしたか。玄関のチャイムを鳴らし、お入りくださいませ」
更夜の態度に男は軽く笑った。
「あー、ワリィ。急用だったもんで。望月サヨ、お初だな。俺は逢夜(おうや)、更夜の兄だよ」
「......こんにちは」
サヨは逢夜にそっけなく言う。
「元気出せよ。ああいう男はそうそういねぇって。俺は愛妻家だぞ?」
「......うん。ありがと」
サヨの頭を乱暴に撫でた逢夜は優しげに微笑む。サヨは不思議に思った。あの男の側にいたはずなのに、逢夜は穏やかだ。
考え方もあの男にかすりもしない。
「なんで、そんなに平気でいられるの? えーと、逢夜サン」
サヨは更夜からいったん離れ、逢夜を仰ぐ。
「まあ、平気なわけねーけど、望月家の危機だからな。俺は戦うさ。妻を守るためでもあるが。ああ、俺の妻は厄除けの神なんだ。俺も厄除けの神だが、相手がデカイ。妻を置いて来たわけさ」
逢夜の発言に更夜は眉を寄せた。
「厄ですか?」
「ああ......」
逢夜が言いかけた時、騒がしいルナが小柄な少女を連れ、部屋に入ってきた。
「おじーちゃあん! ばあばに遊んでもらったあ!」
「ば、ばあば?」
サヨが不思議そうに更夜を見る。更夜も眉を寄せた。
「ルナ、これは内緒だと言っただろう?」
後ろから入ってきた小柄な少女に更夜は驚いた。
「おっ、お姉様っ!」
更夜が珍しく叫び、サヨは目を見開く。
「おねえさま? おじいちゃん、お姉ちゃんがいたの?」
サヨが驚きの声を上げ、更夜は頷いた。
「ああ、更夜、重要な部分なため、望月家の主、千夜お姉様に来ていただいたんだ」
逢夜が付け加えて答え、ルナが千夜に抱きつく。まるで昔から知っているみたいに親しい。
「ルナ、千夜サンを知ってるわけ? ずいぶん親しいじゃん」
サヨに言われ、ルナは怯えながら千夜と更夜を仰いだ。
「えっと......」
目を泳がせているルナの頭を千夜は優しく撫でた。
「もうよい。いままでよく秘密を守れたな。偉いぞ、ルナ」
「でも......」
更夜は二人の会話を訝しげに見ていた。
「どういう事だ、ルナ」
「えっと......おじいちゃんに隠し事してました......」
怒られると思ったのか、ルナは不安そうにうつ向いた。
「更夜、お前が不在だった時期があっただろう? あの時期にルナを一人にさせておくのはかわいそうだと思い、勝手ながら私が遊びに連れ出したのだ」
千夜に言われ、更夜は栄次の心の世界に囚われたあの時を思い出す。サヨの世界に帰れなくなり、帰る事ばかり考えていた。
よく思い出すと、ルナの事を忘れていた。
これは少し前に栄次が起こした事件である。
その他、ルナはたまにいない。
弐の世界か壱の世界で遊んでいるものだと思っていたが、実はたまに千夜に会いに行っていたのかもしれない。
「まあ、そのあたりで、更夜が寂しがるから、私の話はしてはいけないと約束したんだ。それをいままで守っていたが、私が来たことで隠さなくてもいいと思ったらしい。それだけだ」
千夜は固まっている更夜に柔らかくそう言った。
「おじいちゃん......寂しくなった? えーと、ごめんなさい」
ルナは更夜が寂しがっているか確認していただけのようだ。
「ルナ、大丈夫だ。好きなことをしていいんだぞ。過激なイタズラの場合はお仕置きだがな」
「ひ~!」
ルナはあわてて千夜の後ろに隠れる。
「お姉様、いままでありがとうございます。気がつければ良かったのですが、お姉様は忍。私でもわかりませんでした」
更夜は丁寧に頭を下げた。
「良い。私は気づかれないよう、動いていた故。お前の子育てに水を差したくなかったのだよ」
千夜の言葉に更夜はもう一度、頭を下げた。
ルナとサヨが戸惑う中、逢夜は目を細めて更夜を黙って見据えていた。
「更夜」
逢夜が更夜を威圧的に呼ぶ。
「はい」
更夜は素直に返事をした。
「厄について説明してもいいか?」
「......はい」
更夜の態度にサヨは自分達姉妹とは違うことを感じとる。
序列がある。
明確な上下がある。
「......ねぇ、あたし、敬語の方がいい?」
サヨの言葉に逢夜は笑った。
「今さらだなァ。そのまんまでいいぞ。俺達は父のルールのせいで服従精神が兄弟感、夫婦感で強いだけだ。だが、俺は妻と友のように話している。様付けなんてさせてねぇし、意見も出してもらってる。だから、普通でいい」
「わかった」
サヨは少し怯えながら頷き、逢夜は続きを話し始める。
「じゃあ、厄についてだ。父、望月 凍夜(とうや)は残虐非道だった。あの男には『喜』以外の感情がない。お姉様の夫である、別の望月家の夢夜が反抗し、凍夜を殺した際も凍夜は人の死に方について模索しながら、興味津々に死んだらしい。彼は望月全体から恨まれていたため、魂がきれいにならず、この弐の世界(死後の世界)に残り続けた」
逢夜は深呼吸をし、続きを話す。
「その後、ヤツに対する恨みなどが厄となり、最大級の厄神、オオマガツヒが凍夜に気づいた。オオマガツヒは凍夜に入り込んだが、ヤツには『喜』以外の感情がない。つまり、厄神が入っても力を手にしただけで、人間としては狂わない。負の感情を感じられないからだ」
逢夜は目を伏せてから、また更夜を視界に入れ、さらに続ける。
「それで......、完全に融合したオオマガツヒ、凍夜が力を増やし、再び望月家を支配した上、世界征服を考えている。俺が前回高天原西にいた理由は歴史神からコイツを聞き出すためだ。早めに動いて俺達が凍夜に復讐しないと、高天原が動くぞ」
「そういうことでしたか」
更夜が頷き、サヨは焦った。
「ま、待って! 復讐ってそんなこと......」
サヨの言葉に逢夜の眉が上がり、更夜がサヨの説明をする。
「お兄様、彼女は『K』です。彼女の『正』の力がないと、私達はヤツに飲まれます」
「ああ、そうか。サヨ、お前さんはこの件、関わらねぇ方がいいな」
「で、でも......皆、傷ついたり、怪我じゃすまないってことない? あたしは心配なんだけど」
サヨの不安そうな声を聞き、更夜は眉を寄せた。
「......。この子達を置いては......」
「とりあえず、ヤツを早く倒しに行こう。高天原が動く前に、俺達がアイツをヤる」
逢夜が更夜を睨み、更夜は深呼吸をし、答える。
「私は行きません。様子を見、高天原に任せます」
「なんだと、更夜! アイツを殺りにいかねぇのか」
逢夜は、父に恨みを持つ更夜が必ず動くと思っていた。更夜が動かないことに逢夜は驚く。
「はい。守るべき者がおります故......」
更夜はサヨとルナを見つつ、逢夜にそう伝えた。
「守るべき者?」
逢夜はサヨとルナを横目で見て、眉を寄せた。
「それはお前の子孫じゃねぇだろ。罪滅ぼしでガキ育ててんじゃねーよ」
逢夜の言葉にサヨとルナは顔を見合わせた後、不安そうに更夜を見た。
更夜はうつむき、なにも言わなかった。
......静夜(せいや)。
更夜は幸せにできなかった幼い娘を思い出す。
父の命令通りに城主暗殺をした後、追手から娘を守ろうと、親子の縁を切ろうとした。
父と呼ぶことを禁止し、娘を別の家に無理やり嫁がせようとした。
しかし、娘は更夜を父と呼んではいけない理由が理解できなかった。だから、何回も更夜を父と呼んだ。更夜はいらつき、理解しない娘に暴力を振るい始めた。
「俺を父と呼ぶな! 何度言えばわかるんだ! 殴られてぇのか、クソガキ!」
更夜は怒りに任せ、娘、静夜(せいや)をひっぱたき、静夜は泣きながら謝罪を繰り返す。
しかし、意味がわかっていない。
静夜は
「ごめんなさい、お父様、もう叩かないで」
と泣き、更夜は「父と呼ぶな!」と再び彼女を叩く。
今思えば、追手から娘を守る事に必死で、思い通りにならなかった娘にいらついていただけだ。
静夜はおそらく自分を恨んでいるだろう......と死んでからもずっと、同じ事を何度も考えた。
考えても、今、娘に優しくできるわけではない。
暗い顔で下を向く更夜に逢夜は鋭く言った。
「お前の娘への罪滅ぼしはやめろ。あれは『お姉様』の子孫。お姉様が望月の守護霊だ。お前じゃねぇんだよ」
逢夜の一言に、サヨは戸惑いの表情を浮かべた。
「お、おじいちゃん......」
「わかってんだろ? 更夜。お姉様はお前がいるから、守護霊になりきれてないんだよ」
逢夜の言葉にサヨは動揺しつつ、更夜をただ黙って見据える。
更夜は目を伏せたまま、悲しそうにうつむいていた。
「そうだ......俺は本当の先祖じゃない......。俺は望月静夜......いや、木暮静夜の父だ。つまり、直系望月家の祖先ではない。望月家を騙していた事、申し訳なかった」
更夜はサヨとルナに体を向け、頭を下げた。いつもと違う更夜に二人は困惑する。
「そ、そんなこと急に言われても......。おじいちゃんはあたし達のおじいちゃんで......更夜様じゃん......。急におじいちゃんやめないよね? ルナはおじいちゃんが大好きなんだよ?」
サヨの言葉にルナは今にも泣きそうな顔を向ける。
「おじいちゃん......。ルナのおじいちゃんやめるの? ルナがばあばのこと、話したから?」
ルナの純粋な発言が更夜に静夜を思い出させる。
「この......なんだかわかってないのに、発言してる感じ......静夜に......静夜にそっくりなんだよ......」
更夜は涙ぐみながら言う。
「おじいちゃん......あたしもおじいちゃんがいないと寂しいよ......」
サヨは珍しく悲しい顔をし、更夜を見ていた。
「サヨ......お前も本当に手がかかる子だった......。ルナより厳しく叱ったこともあるな。大きくなっていくお前が、静夜の年齢を抜かした時......静夜が大きくなったらこんな感じなのかと......心のどこかで思っていた。結局は......」
更夜は二人の前で、静夜と比較していたことを告白する。
そう、結局は静夜と重ねていたのだ。
更夜は情けなく泣きながら、望月家の主、望月千夜に頭を下げる。
「お姉様、申し訳ありませんでした......。お姉様......私は静夜の罪滅ぼしでっ......お姉様が......お姉様が黙っているのをいいことに、守護霊のふりをし、彼女達を育てました。申し訳ありませんでした。まるで......静夜を育てているように感じて......かわいくて......」
切れ切れに言葉を発する更夜に、千夜は優しい顔で口を開いた。
「更夜......。お前は優しい弟さ」
千夜は項垂れている更夜に近づき、片膝をついた。
「わかっていた。......私は息子が産まれた時に死んだ。息子と夫と過ごしたかった。ああ、それで......息子をアイツに持っていかれた時、私は逆らえずに泣きながら任務へ行ったんだ。そこで、追われていた敵国の名もなき親子を助けてしまった。息子を産んだばかりだったから、悲しくなったんだ。それでな、命令違反をした私は後ろにいた妹に殺された......」
千夜は目を伏せ、頭を下げ続ける更夜に語る。
「私も......子を育てられなかった。故に......気持ちが良くわかっていた。ああ、逢夜......、よく覚えておけ。苦労して産んだ大切な子を、幸せにできなかった親の苦しみは......簡単には消えないんだ」
千夜は横目で逢夜を視界に入れ、静かに言った。
「わからなくても良い。だが......更夜を責めるな」
「......申し訳ありません。軽率でした。お許しくださいませ」
逢夜は素直に謝罪した。
「逢夜、ありがとう」
「......」
逢夜は静かに頭を下げた。
「更夜」
千夜は再び更夜に目を向ける。
「はい」
「お前の気持ちが痛いほどわかった。......だから私は知らないふりをしたのだ。お前は本当に優しい子だ。ふたりを育ててくれてありがとう。ああ、木暮静夜に会った。お前の娘、木暮静夜はな、木暮の守護霊になっていた。彼女はな、不思議と消えられないらしい。どこか人間のくくりから外れてしまったのかもしれない。その彼女が言っていた。彼女は......木暮静夜はな、お前を心から尊敬していると」
千夜の言葉を聞いた更夜は項垂れながら泣いていた。
「ありがとう......ございます......」
「更夜、だから......このまま二人を育ててやってくれ。私は偉そうにはできぬ。息子を育てていないからな」
千夜は更夜の頭を優しく撫で、離れた。
「お姉様......お姉様はもっと辛かったはず......」
更夜のつぶやきに逢夜が答える。
「......そうだ。更夜が産まれる前の方が......凍夜のしつけが酷かったな。しつけというか、なんだったんだろうな、あれは......。だだの拷問か」
「逢夜、もう良い。思い出したくない。私を度々かばってくれたこと、本当に感謝している」
千夜は話を切り、障子扉の方に目を向ける。
「......お姉様?」
「どうやらお嬢さんが話を聞いていたようだ」
「スズですね」
更夜が言い、千夜が頷いた。
「お前も守るものが多くて、大変だな......」
「お姉様......」
逢夜が小さい声で千夜を呼んだ。
「......?」
「厄を感じます......」
「厄......」
千夜と更夜は同時に眉を寄せた。
スズは布団の中で目を覚まし、首を傾げた。昨夜に更夜と花畑にいたことは思い出せたが、そこから先が思い出せない。
「更夜をなぐさめようとしてたのに......更夜より先に寝ちゃったの? あたし......」
スズはため息をつきつつ、起き上がる。
......更夜はすごく悲しそうだった。あんなに泣いている更夜、初めて見た。
きっとあたしのことよりも、奥さんと娘さんの方が後悔が深いんだ。
スズはなんだか、心の中が気持ち悪かった。
「......嫉妬してるみたい。なんか嫌だな」
スズは水を飲もうと台所へ向かい、廊下へと出た。
「......ん?」
廊下、他の部屋には人がおらず、気配が一ヶ所に集中している。
声がする部屋の近くの壁に背中をつけ、中の様子をうかがった。
......なんか、盗み聞きしてるみたい......。こういうの、更夜怒るんだよね......。
そう思いながら聞き耳を立てると、どうやらスズだけが仲間外れで、サヨとルナの他に二人、知らない男女がいるようだとわかった。
男が威圧的に「娘への罪滅ぼしで子を育てるな」と発言し、更夜が泣きながら謝罪をしている。
「......こうや......」
スズは更夜の謝罪を悲しそうに聞いていた。
娘、静夜と重ね、子孫ではないサヨとルナを育てていたと。
スズは更夜の悲しみを知り、そばにいてやりたいと思った。
しかし同時に自分がどれだけ部外者か思い知る。
「......あたし、関係ないじゃん」
スズは自分が殺された理由も思い出す。
静夜とスズを天秤にかけ、更夜はスズではなく、娘をとった。
「あたしより、娘とお嫁さんが好きだよね。そりゃあそうだよね。そりゃあそうだよ......」
スズは口では納得していたが、心では悔しさが現れていた。
「あたし、関係ないもんね」
なぜか、スズの顔を涙が落ちていく。
「......あたし、なんで泣いてんだろ......」
なぜ、こんなに心が締め付けられるのか。
なぜ、こんなに悔しいのか。
「あたし、醜いなあ......。更夜が自分を一番に思ってくれないから......嫉妬してるだけじゃん」
スズは泣きながら自嘲気味に笑う。
「あたし、初めから関係ないんだ。血が繋がってるわけじゃない。夫婦になってるわけじゃない。あたしはなんなんだろ......」
スズは目を伏せる。
......あたしはなんなんだろ。
スズは黙り込んだ。
スズの影がゆっくりと伸びて、やがて黒い霧となりスズを纏い始めた。
「......ああ......すごく気分が悪い」
スズがつぶやいた刹那、銀髪の男が目の前に現れた。
「更夜を従わせるのに使えそうな魂だ」
常に笑っている。
「ひっ!」
スズは怯えた。
いきなり首を掴まれ、締め上げられた。
「くっ......くるしっ......」
「もっとその感情を『ヤツ』が欲しがっている」
男は小刀を取り出すと、スズの頬を切った。
「やっ......やめ......」
不気味に笑いながら男は、次に怯えているスズの肩を斬った。
「いやっ......」
「良い感情らしいな。『ヤツ』が喜んでる」
男が血を流すスズを愉快に眺めていると、更夜達が慌てて入ってきた。
銀髪の男を視界にいれた三人は同時に叫ぶ。
「......凍夜っ!」
千夜、逢夜、そして更夜は怒りを滲ませ、獣のように呼吸を荒げ始めた。
「スズを......返せっ!」
更夜は叫び、凍夜に飛びかかった。
「待て、言葉遣いが悪いな? 飼い主に......そんな態度をとって良いと思うか?」
凍夜は一言、愉快に笑いながら言った。その一言で、なぜか望月兄弟は皆、動きを止め、頭を下げた。
「もうしわけありません。お父様......お許しくださいませ」
千夜、逢夜だけでなく、更夜も膝をつき、手をつき、頭を床につけた。
「ちょっ......どうなって......」
サヨは廊下からルナを抱きしめ、異様な光景に動揺していた。
三人は怒りに震えているのに、言葉があっていない。
「スズを......返してください......お願い......します」
更夜から弱々しい声が発せられる。
「そんなにコイツが大事なのか? 理解できないなあ。役に立たないガキじゃないか。まあ、俺にとっては役に立つか」
凍夜はスズを畳に叩きつけると、先程斬りつけた肩を踏みつけた。
「ぎゃああっ!」
スズの悲鳴が響き、更夜が震える。
「さあて、お前達、俺はもう行く。ついでにこれは持ってこう。何かの役に立つかもだしなあ」
凍夜は震えながら泣いているスズの首を再び乱暴に掴むと、黒い霧を撒き散らし、消えていった。
「スズっ!」
更夜は必死に手を伸ばす。
スズは恐怖に泣きながら、更夜にか細い声で最後につぶやいた。
「ごめんなさい......助けて......こうや」
血にまみれたスズが更夜を呼び、涙を流しながら、消えた。
更夜は唇をかみしめる。
「なぜだっ! なぜアイツにはいつもっ!」
更夜は畳を思い切り蹴りつけ、鋭く叫んだ。
「俺からスズまでも奪うのか! あの野郎! スズを傷つけやがった! アイツは......許さねぇ......。殺してやる! 絶対に許さねぇ! 殺してやる......! 俺が殺すっ!」
更夜の体から赤色の神力が溢れ、瞳も赤く染まる。
そして更夜は怒りを抑えられないまま、凍夜を追い、外へと飛び出していった。
「更夜っ! 待てっ!」
千夜が更夜を呼び止めようとしたが、更夜が立ち止まる事はなかった。
望月の子孫達は......望月凍夜に逆らえない。
心の傷と共に巻かれた鎖は「恐車の術」として子供達に深くきつく巻き付かれている。
それは今でも、何百年経っても消えることはない『人間の感情』だった。