更夜は封印世界から出ると、異様な威圧に襲われた。
「ああ、なるほど……。お前らが高天原の……」
更夜が会議室内に現れ、ワイズや剣王を睨み付ける。
「帰って早々、生意気だな、望月更夜……」
ワイズは腕を組み、更夜に笑いかけた。剣王は更夜を品定めするように眺めつつ、言う。
「しかし、白金栄次同様、そそるねぇ……。まだ四百歳と若い神だが、それがしの軍に入れたいくらいだ。君、かなり強そうだねぇ。栄次よりも躊躇いがなく、様々な武器が使えそうだ」
「……どうでもいい。ルナはどこだ?」
更夜は怒りを抑えつつ、剣王を見据えた。
「ああ、あのガキはそこでうずくまってるYO。ちゃんと罰を受けた、素直なガキだったYO。責任を取りに来たらしくて、紅雷王が消えてから、自分に罰を与えてくれと泣きながら言ってきたんで、とりあえず振り向いたら、あんな感じ。大丈夫、生きてるからNE。意識が飛んだだけさ」
会議室の机付近で血を流して倒れているルナが見えた。
「ルナ……」
更夜は小さくルナを呼び、震えながらルナを抱き抱えた。
「なぜ……」
更夜の腕にルナの血がつたう。
「お前ら、ルナをここまで傷つける意味はあったのか……」
更夜は怒りを静かにあらわにし、無意識に神力を放出させた。
「罰は終わった。そいつは連れ帰っていいYO。他に言うこともなし」
ワイズは更夜の質問には答えず、淡々と更夜に言う。
更夜はワイズの発言に青筋をたてると、荒々しく言い放った。
「プラズマが罰を受けたはずだ! この子が責任を取ると言ったとしても、止まるべきだったんじゃねぇのか! 五歳の子供の言葉を真に受けてんじゃねぇぞ……。てめぇら……」
「五歳だとしても神だろが。神はな、人間じゃねぇんだYO」
更夜の鋭い神力に対し、ワイズも同様な神力を出す。
「気を失わせ、体を切り刻んだ理由はなんだ。ルナが何かを話さないよう、口止めしたのか?」
「さあ? 私は普通にルナを見ただけだが?」
ワイズはあきらかに神力をぶつけ、ルナを傷つけているが、ワイズはそれを言わない。
「周りの奴らは見ていたのか? どうなんだ?」
更夜が残りの竜宮オーナーと冷林をタカのような瞳で見据える。
そこでようやくオーナー天津が口を開いた。
「そこの娘は……責任を取りたいとなぜか、ワイズに泣きついた。故、ワイズが娘の罰を終わらせるため、気を失わせたのだ。それだけだ。私はこれで失礼する。望月更夜、望月ルナを大切に」
オーナーはそれだけ言うと、一同に頭を下げ、ドアを開けて出ていった。
「なんも言えなくなったねぇ、望月更夜。そのお嬢ちゃんは責任を理解していない。危ういねぇ」
剣王はにやつきながら更夜を見る。
「理解していないことをわかった上でやったのか! てめぇら……許さねぇ……」
更夜が怒りを抑えられなくなった時、会議室に栄次が入ってきた。栄次は更夜の前に入り、更夜をなだめる。
「栄次! なぜ、ここに?」
「ルナを追いかけたのだ。更夜、退け!」
栄次の目を見た更夜は、栄次が過去見をしたことに気がついた。
「……」
更夜はルナを抱えると、ワイズと剣王を睨み付け、栄次に従い、会議室を出た。
「鶴を呼んでおいたYO。寄り道せず、お帰りを~」
ワイズの陽気な声に更夜は顔を真っ赤にし、歯を食い縛り、悔しさで涙を流した。
「更夜さん……」
「更夜……」
会議室の外で待っていたリカとアヤは更夜の状態を心配そうに見つめていた。
「ルナを傷つけられた……。俺が大切に育てた娘をこんな……」
「更夜、とりあえず、ルナを治療しましょう。駕篭の中で私が怪我の時間を巻き戻すわ」
アヤに背中をさすられ、更夜は唇を噛み締めながら、会議室を離れた。
栄次は更夜の様子を見つつ、ルナの過去を覗いていた。酷い目に遭うルナが泣き叫ぶ姿、苦しそうなプラズマが映り、心が痛んだが、プラズマが発した一言に栄次は眉を寄せる。
……栄次に慰めてもらうんだ……。
プラズマはルナにそう言っていた。
……なるほど。
栄次は納得する。
プラズマは……俺に『ルナの過去を覗かせるため』こう言った。
堂々とルナに言えなかった内容。つまり、ワイズと剣王は『何かの目的でプラズマを封印罰にするために、ルナを人質として使った』。
それを暴いて自分を救えとプラズマは言っているのだ。
そのためには、ルナが落ち着いてからもう一度、『過去見』をする必要がありそうだ。
『過去見』に映ったワイズと剣王をさらに分析するために。
アヤ達はワイズの城から外に出て、鶴が引く駕籠の中にいた。
「更夜、ルナの時間を巻き戻すわね……。怪我の部分だけ」
アヤが悲しそうにそう言ってから、更夜の膝に横たわるルナに目を向ける。
ルナは意識を失っており、目には涙がたまっていた。
「更夜、やるわよ」
「あ……ああ。頼む」
ぼんやりしていた更夜は慌てて返事をする。アヤは慎重に時間を戻し始めた。ルナの傷はすぐに治った。たいした傷ではなかったらしい。
「……ルナは責任をとろうとした」
傷が治ってから、ルナはすぐに目を覚まし、すぐに責任の話をし始めた。
「とれたのかな……。わかんない。ルナは……」
「ルナ!」
更夜はすぐにルナの小さな体を抱きしめる。
「おじいちゃん?」
更夜がいると思わなかったルナは目を見開いて驚いた。わけがわからないまま、唇を震わせる。
「おじいちゃん……なんでいるの?」
「ルナ……ごめんな……」
「なんでおじいちゃんがあやまるの? ルナが……責任をとろうとしたらプラズマがお仕置きされちゃった。ルナ、もうわからない。ルナが悪かったはず。それなのに、皆ルナを守ろうとする」
ルナは更夜を純粋な目で見た。
「それは……お前が一人じゃないからだ。皆、お前の笑顔を守りたい。俺もそうだ。お前は大切な俺の娘。俺はお前を守りたくて厳しくしてしまった。厳しくしすぎたせいでお前は力が制御できなくなり、俺に嫌われたと思ったのだろう? ……ごめんな。お前を殴ってしまったこと……後悔している」
更夜はルナを優しく撫で、ルナは更夜に抱きついた。
「おじいちゃんがいなくなったら、ルナ、悲しい。おじいちゃん……ひどいこといっぱいしてごめんなさい。許してください」
ルナは涙を流しながら更夜に心から謝罪した。
「……ルナ」
「どうしたらいいですか?……どうしたらルナは許されますか? 責任をとりたいです」
今回の高天原会議で体だけではなく、ルナの心もとても傷ついていた事に更夜達は気づく。ルナは責任の話ばかりしている。
「ルナ……」
更夜はルナの手を取り、目を見て言った。
「いいか、ルナ。わかりやすく説明する。まずな、俺はお前の代わりにお仕置きを受ける予定だった。だが、プラズマが上の神から、プラズマがお仕置きを受けるのが正しいのではと言われ、プラズマは頷き、お仕置きを受けた。その後、俺はプラズマに自分を救いだしてほしいと言われた。つまり、今から俺達はプラズマを助けに行かなければならない。となると、誰もお仕置きを受けていないことになる。だが、プラズマ達が世界を元に戻しているので、責任はとっているんだ」
更夜の説明でルナはなんとなく理解した。責任はプラズマがとったらしい。
「でも、ルナはなんか心がモヤモヤする」
「そうだな。だが、ルナは心からあやまった。もう反省もしたようだから……」
「ルナが悪いのにモヤモヤする」
ルナは自分が責任をとれていないことを気にしていた。
「……ルナは俺に似て、しっかりケジメをつけたいのか。わかった。なら、プラズマを救いだし、すべて終わったら……お仕置きをすることにしよう。それでいいか? ルナ」
「……はい」
ルナが素直に返事をし、更夜はもう一度、ルナを抱きしめた。
「本当はいい子なんだ。お前は悪い子じゃない。俺はお前をもっと信じることにする」
「おじいちゃん……」
ルナは更夜に泣きつき、自分の気持ちをしっかり言った。
「怖かった」
「わかっている……。ちゃんと向きあったお前はえらい……」
「おじいちゃん……ルナはおじいちゃんが大好き。おじいちゃん、いなくならないでね」
ルナが更夜を離さないよう、しがみつき、更夜はルナに優しい顔を向けた。
「ルナ、プラズマに何か言われたか?」
話が一段落したあたりで横から栄次がルナの頭を撫でた。
「栄次、ルナ、すごく怖かった。いっぱい叩かれて、血が出て、痛かった」
ルナはプラズマの言った通り、栄次になぐさめてもらおうとした。栄次は更夜を見てから、ルナを抱えて膝に乗せ、優しく抱きしめる。
「そうか、かわいそうにな」
更夜とアヤ、リカが眉を寄せる中、栄次はルナの目を見ながら、なぐさめつつ、過去見をおこなう。
先程の過去を慎重に見ていく栄次。ワイズと剣王に注目し動きを観察した。二人は不自然なほど、プラズマを封印したがっている。
だが、二人の言っている事は正しく、何かを隠していても表には出ていない。
「何がしたかったのだ……」
栄次は焦りながらワイズと剣王の部分の記憶を何度も繰り返し見た。太陽の姫を呼ばなかった理由は、太陽の姫サキはルナへの暴行を黙ってみているわけがなく、邪魔だったからだ。太陽を呼ばないから対の月も呼ばなかったということらしい。
そのうち、机の一番奥にいた高天原北の主、北の冷林(時神達の上司)が何も行動をしていないという違和感に気づいた。
プラズマはそれに対し、なぜ動かないのかと冷林を叱っている。
西と東は北が決めた罰を聞く立場。冷林がプラズマからの報告を聞き、罰を決め、それに対し、冷林が高天原の面々に意見を求め、会議を終わらせるのが普通だ。動かないのは、やはりおかしい。
栄次は冷林を眺める。冷林は顔に渦巻きがついているだけの人型クッキーのような風貌。
表情がまるでなく、わからない。だが、ルナを必死でかばうプラズマを見、どこか焦っているようにも見えた。
「冷林は……東と西に会議を任せているのか……。何か、知っているな?」
栄次がそうつぶやいた時、リカの抜けた声が響いた。
「あれ? なんか、かわいいぬいぐるみが飛んできた! なんだろ……不思議な水色のぬいぐるみ」
リカの声でアヤ、栄次が蒼白になり、慌ててリカを見る。
「リカ! 冷林よ!」
「え?」
「高天原北の主……俺達の上に立つ神だ……」
アヤと栄次の言葉を聞いたリカは、なぜか慌てて冷林を窓から放り投げようとした。
「リカ! なにしてんの!」
「爆弾持ってる気分になっちゃって……ごめん!」
アヤに止められ、リカは動揺しながら、アヤに冷林を押し付けた。
「冷林……何をしにきた」
栄次は突然現れた冷林に刺々しく尋ねた。冷林はアヤにだっこされたまま、何も話さない。
「俺達はこれから、プラズマを助けに行く。お前は何をしに来たのだ? 止めにきたのか?」
栄次の問いに冷林は首を横に振った。
「まあ、良い。何をしにきたのか、過去を見ればわかる」
栄次は冷林に冷たく言い放ち、過去見をする。栄次もルナを助けてくれなかった冷林に怒っていたようだ。
「そういうことか」
栄次はため息混じりに眉間のシワを手で伸ばした。
「どういうこと?」
アヤが尋ね、栄次は頷いた。
「軽く過去を見たが、西と東に何か吹き込まれたようだ。とりあえず、プラズマを助けたいがどうすれば良いか……」
栄次は冷林を睨み付けつつ、腕を組み、更夜は栄次にやることを確認させる。
「ルナはいいように使われた。
今はプラズマを封印した理由を探り、プラズマを封印から解く」
「だが、勝手にはできない。罪に問われる可能性がある。剣王、ワイズは曲者だ。そう簡単には……」
栄次が更夜に目を向けた時、更夜は忍時代と同じ表情で冷淡に笑った。
「栄次、そうやって動かないつもりか?」
「そういう意味ではなく……」
「だからお前は甘いんだ」
更夜は着物の袖から真っ赤なチラシを取り出した。
「これを使って邪魔な剣王を地に落としてやる」
栄次は目を見開いて、珍しく驚く。更夜が取り出したのは、高天原西の仕官方法の紙だった。
西に入るために剣王が指定した神と戦い、勝てば剣王と対戦、剣王が適正と判断すれば軍に加入できる仕組みのようだ。
「お前、どこでそれを!?」
「お前、俺を誰だと思ってる」
更夜は冷酷な笑みを栄次に向け、笑っていた。なんだか、更夜の怒りを心の奥に感じる。
「一応聞くが、これでどうするつもりだ?」
「神力をプラズマに巻いたのは誰だ?」
更夜に逆に問われた栄次は冷や汗をかきながら更夜に答える。
「剣王だ」
「なら、封印を解くのに手っ取り早いのはなんだ?」
更夜にさらに尋ねられ、栄次は頭を抱えた。
「剣王の神力を減らすことだな」
「ぬるいことを言ってるな、栄次。再起不能になるくらい打ちのめすんだ。最高だろ?」
「やはりな……。なぜ、お前はそんなに気性が荒いのだ……」
眉間に再びシワを寄せた栄次を更夜は冷たく笑い飛ばした。
「こいつはな、剣王の駕籠に貼ってあったのを持ってきたんだ。ちょうどいいと思ってなァ。正当に喧嘩ができる」
「ああ……まいった。お前らしいと言えば、お前らしい……。俺は一度、剣王に負けている。簡単ではないぞ」
栄次に言われ、更夜は恐ろしい神力を栄次に向けた。
「俺はまだ四百歳だが、こういうのは神力だけじゃねぇ……。……だろ? 栄次」
「あつくなるな、更夜……。確かにお前は四百歳の神とは思えないな……」
栄次はため息混じりにつぶやく。
「おじいちゃん……怖い……」
気がつくと、ルナが更夜の神力に怯えて泣き始めた。
「……わ、悪かった。ごめんな、ルナ。……とりあえず、もう一度、冷林の過去を見ろ」
更夜は慌てて雰囲気を元に戻し、栄次にそう言った。
「鶴に家に戻るのは待ってもらうわ。この辺を飛んでいてもらうわね」
アヤが冷林を抱きながら、鶴に飛んでいてもらうように言う。
「私もなんか役に立てたら良かったのですが……」
リカは役に立とうと色々考えるが、高天原のことすらよくわかっていないリカには何もできなかった。
「さて、何があったのか、詳しく見させてもらうぞ」
栄次はまた冷林の過去見をし始めた。
栄次は冷林の過去を細かく見ていく。いつの事かはわからないが、冷林はワイズに呼び出され、ワイズの会議室でなにやら話をされていた。
「お前んとこの時神のデータがここんところ、コロコロ変わっている。お前は把握しているのかYO? 新しく時神になった奴らの事についてどれだけ知っている?」
ワイズに尋ねられ、冷林はうつむいた。
「知らないんだな? 管理不足なんじゃねーのか? 冷林」
ワイズに冷林は何も言わない。
「紅雷王に任せすぎだとは思わねーのかYO。あの男が時神をまとめている。その中で、おかしな事があるんだYO」
ワイズはお茶を乱暴に飲むと、湯のみを机に叩きつけるように置いた。
「よく聞け、クソガキ。私達は今まで紅雷王をほとんど知らなかったはずだ。なぜか。彼は元々肆(よん)の世界、未来にいたはずで、私達は現代神アヤしかよく知らないはずなんだYO。ああ、おそらく、肆にいる私達は紅雷王を知っているだろうが、反対にアヤを知らんだろう」
ワイズは黙って聞いている冷林に人差し指を向ける。
「それが、どの世界でも共通で全員わかるようになった。世界が変わった事で私らのデータも変わったんだYO。世界を変えたのは誰かわかるか?」
冷林は首を横に振った。
「それは、お前んとこの時神、突然この世界に来たリカというやつだ。お前はリカについても、リカの影響で出てきた望月ルナについても知らんのだろ?」
冷林は再びうつむく。
「お前、本当に何にも知らねぇんだな? そんなんで北の主か」
冷林は感情を表に出さず、黙っている。
「私達はこちらの世界を守る。やはり、あのリカとかいうやつは世界にとって悪だYO。いままでのデータ改変はまあ、このままで良い。現代神アヤが安定しているからな。だが、これ以上、めんどうな改変をされるのは迷惑だ。なんだ? あのチビが五歳で時神になって世界にとっていいことは起こったか? 世界を混乱させただけだ。私達は世界を守る。お前は何も言う資格はない。何にも知らねぇお前にわざわざ説明してやったんだ。会議での発言権は『ない』と思え。これはただ、罰を決める会議じゃねぇんだYO。世界を守るための仕事だ」
ワイズは冷林の肩だと思われる部分を軽く叩くと、会議をするため、高天原の者達に連絡を始めた。
「……」
栄次は呼吸を荒くし、過去見を終わらせた。
「あいつら……神力が高いプラズマを封印して、リカを消すつもりかっ!」
栄次が突然鋭く叫んだので、リカは肩を跳ね上げて驚いた。
「栄次、落ち着いて……」
アヤが栄次をなだめ、栄次は我に返った。
「あ、ああ……すまぬ。過去見を深く続けると、現実か過去かわからなくなることがあるのだ」
「ええ、だから声をかけたのよ。説明……してくれるかしら?」
アヤに優しく言われ、栄次は気持ちが少し落ち着いた。
「わかった。……過去を見たら、ワイズの目的がわかった。彼女はリカを消すつもりのようだ。いや、はっきりとは言っていない。俺が過去見をすることを予測したのか、だいぶん濁している。だが、リカを狙っているのは間違いない。冷林は『世界を守るための仕事』と言われ、ワイズに仕方なく従ったようだ」
栄次がため息をつき、更夜は軽く笑った。
「さすがオモイカネだな。全部予想してくるか。とりあえず、プラズマを封印したことで、リカを狙う話まで考えた栄次もなかなかだが」
「リカはな、こちらに来た時、奴らに殺されかけているのだ。……俺は……リカが害悪なのか、本当にわからない」
栄次はリカを見た。リカはよくわからず、目を伏せる。
「……私はやっぱり……」
「リカ、大丈夫よ。私は……あなたを守りたい。だから、自分に自信を持って」
アヤにそう言われ、リカはただ、頷くしかできなかった。
「とりあえず、高天原西に行くか? 冷林、お前は俺達を止めに来たわけではないと言ったな。ならば、プラズマを助けることを許可しろ」
更夜はとても偉そうに冷林に言い放つ。冷林はただ、小さく頷いた。
「決まりだ。ルナはサヨ達に預ける。また、奴らに使われたらいけないからな。弐の世界にいれば、奴らは来れないはずだ。ルナはちょうど、眠ってしまったようだから、しばらく動かないだろう。疲れたんだ。かわいそうに」
ルナは更夜の膝にいつの間にか戻り、更夜の胸に顔を埋めたまま、眠ってしまっていた。
「更夜、お前は冷静そうに見えぬが、かなり落ち着いているな。こうだから腕利きの忍なのか」
栄次の言葉に更夜はため息をつくと、鶴に命令をする。
「鶴、お前は弐の世界にも入れるんだろう? 俺が指示するからサヨの世界まで行け。弐の世界は常に変動する。場所は霊しかわからない。常に変動するから鶴が奴らにサヨの世界を教えられるわけもなし、つけられている気配もなし。ルナを安全に隠せる」
更夜は笑みを残しつつ、栄次、アヤ、リカを仰ぐ。
「これは……手強い忍だった理由がわかる……。先手を打つ感じ。敵じゃなくて良かったわ」
「まさしく……」
アヤと栄次は更夜の頭の回転の早さを恐ろしく思った。
鶴はどこをどう飛んだのかわからない内に宇宙空間へと入っていた。弐の世界への入り方は色々あるが、鶴の入り方だけは謎だ。
弐に入ってから更夜は鶴に指示を飛ばし、サヨの世界前にあっという間に辿りつかせた。
鶴にその場にいるように命じ、栄次とアヤ、リカに少し待つよう言った更夜はルナを大切に抱きかかえ、すぐに出ていった。
更夜はサヨの世界を足早に走り、家の引戸を開けると廊下を歩いた。足音がないからか、スズ、サヨは気がついていないらしい。
更夜は忍なため、誰にも気づかれずに背後をとれる。
誰も気がつかない内に布団を敷き、畳の一室にルナを寝かせた。
眠っているルナの目にたまった涙を着物の袖で拭い、優しく頭を撫でた更夜は息をひとつつき、立ち上がる。
そこでようやくスズとサヨが気づいたのか、廊下を渡り、部屋に入ってきた。
「おじいちゃん……」
「更夜?」
サヨ、スズの二人から同時に声をかけられた更夜はため息混じりに口を開いた。
「ただいま帰った。色々あって封印から俺は解かれたのだ。ただ、ルナの心が傷つけられた。起きたら俺を追いかけないように言え」
「え、えっと……」
サヨとスズは心配そうに更夜を仰ぐ。
「更夜、またどこかに行くの?」
スズが動揺しながら尋ね、更夜は頷いた。
「……デカイ喧嘩をしてくる」
いつもの雰囲気から戦国時代時の気迫に戻った更夜は、スズとサヨを震え上がらせつつ、玄関から去っていった。
「え、こわ……」
「更夜は当時の雰囲気を忘れていたわけじゃない。出さないようにしていただけ。あのひとはね、怒らせちゃダメなんだよ。私は彼に逆らえない。あの更夜に反抗していたルナがありえないって思う」
スズに言われ、サヨは固唾を呑み込んだ。
「おじいちゃんは……プラズマに裁かれ、封印になったはずだよね~。それが外に出ていて、デカイ喧嘩をするっていうことは、高天原の会議でプラズマに何かあったってこと。ルナがあんな事になったのは……プラズマと高天原会議に出たんだ。で、ルナが責められてプラズマがおじいちゃんと交代して封印になった……としか考えられないんだけど」
サヨの言葉にスズは首を傾げた。
「そうなると、どうなるの?」
「詳しくはわかんないけど、おじいちゃん、高天原に喧嘩売るつもりだよ。よくわかんないけど、プラズマが封印されたのを良く思っていないみたいじゃん?」
「調査する?」
スズの提案にサヨはにこやかに笑った。
「そうしよっか!」
「後で更夜にお仕置きされない?」
「されるかもね~。スズはおしりペンペンかもよ~。おじいちゃんは子供への重いお仕置きはお尻百叩きって決めてるんだよ。ルナもめっちゃ泣いてたでしょ? 超痛いから経験してみれば?」
サヨは楽観的に笑う。
「……更夜に見つからないように動かないといけないってこと? こわっ」
スズは顔をひきつらせ、サヨを見上げた。
「そういうこと。あたしらが危ないことしたら、ガッツリ叱られてヒドイお仕置きだよ。あんたはお尻百叩き、あたしは正座五時間くらいは覚悟よん!」
「うそぉ……」
「やる?」
サヨに尋ねられ、スズは困惑しつつも頷いた。
「更夜を助けられるなら、助けたい」
「おっけー! じゃあ、ルナが起きるまでルナについていて! あたしはこれから情報を集めてくる! 高天原め、ルナを傷つけたな……」
サヨは更夜と同じ雰囲気を出しつつ、部屋を出ていった。
スズはサヨにも怯える。
「サヨさんも怖いねー……」
スズはルナの様子を見つつ、大人しく待っていることにした。