夏が終わり、秋がはじまる曖昧な時期。
ルナの家に忍だという霊の女の子がやってきた。七歳だというその少女は、スズという名前らしい。これから共に生活するようだ。
「ルナ、友達ができて良かったな」
更夜がルナを優しく撫でながら笑顔で言った。
「うん。スズがきて毎日楽しいよ!」
ルナは遊び友達のスズと毎日楽しく遊んだ。
ある日、ルナはスズとケンカをしてしまった。
「ルナが私が描いた更夜の絵を破ったー!」
「しょうがないじゃん! うらっかえしになってたから、ゴミだと思ったんだもん!」
「ゴミじゃない! 表を確認してから判断してよ!」
ルナとスズは言い争いを始めたが、ふとルナが破った絵を見て黙った。
「なによ! なんとか言いなさいよ!」
「スズ、ルナが戻してあげる」
「え……」
スズがあっけにとられている内に、ルナはスズの絵を元に戻した。力が上手く使えないルナは机に置いてあった紙の時間まで巻き戻し、紙は持ってくる前のひきだしにおさまった。
「ルナ、いいことをする!」
「……はあ?」
スズが呆然としているところへ更夜が慌てて部屋に入ってきた。
「ルナ! 力は使うなといったはずだ!」
「ルナはいいことに使ったの! 部屋も片付けられた!」
ルナは更夜に反抗的に怒鳴る。
更夜はため息をつき、ルナに目線を合わせた。
「いいか、いいことでも力は使ってはいけない。あんなに厳しくお尻を叩いてもわからないのか?」
「ルナはいいことに力を使った! 今回は迷惑かけてないもん」
「ルナ!」
更夜がルナを呼ぼうとした時には、ルナは泣きながら走り出していた。時間停止をかけて。
「ルナはいいことをするんだ。ヒーローみたいな力がある。イタズラじゃなくて迷惑をかけなければいいんだ」
ルナは再び現世へと足を踏み入れ、更夜に対する反抗心からか、力をさらに使い始めた。
影で人を助けることに優越感を持ったのかもしれない。
ルナはオモチャが壊れて泣いている子のオモチャを巻き戻して直し、引っ越しの重い荷物を運んでいる人に早送りをし、荷物を短時間で運ばせ、壁に挟まっていた猫を巻き戻して助けた。
「ルナはいいことをする」
ルナが満足して次の行動を考えていた時、こないだ見た少女、同じ名前、同じ顔のルナが住んでいるらしい家の前にいた。
ルナはずっと気になっていた。
自分と同じ顔の少女がいるこの家のこと。
ルナはこっそり忍びこむ事にする。だいたいルナは人間の目に映らない。家に入り込んでも誰もわからない。
ルナと呼ばれた少女の後を追い、家に侵入したルナは部屋を見てまわった。
階段を上がり、二階へなんとなく入ったルナは部屋の一室でサヨが使っていたアクセサリーを見つけた。
しかもサヨが使っていた複数のアクセサリーがすべてあった。
「これ、かわいい!」
カエルモチーフのブレスレットを見つけたルナは、ズボンのポケットになんとなくしまった。
「待てよ、お姉ちゃんが使ってた物が全部ある……」
勉強机にはこないだ更夜に見せていた参考書がてきとうに置かれていた。
「お姉ちゃんの字」
参考書には「望月サヨ」と名前が書いてあったが、ルナはまだ完璧に文字が読めない。ただ、サヨがいつも書いていた字体はわかった。
「……ここ、お姉ちゃんのお部屋? あの子はルナって名前でお父さん、お母さんがいる。……じゃあ、ルナは……ルナは……?」
ルナはせつなげに部屋を眺めると、更夜に会いたくなり、霊魂の世界を出して、うちに帰った。
ルナはうつむきながら引戸を開け、廊下を歩く。頭が少し混乱していた。
「俺はサヨがいないと現世にはいけないんだ。現世への扉の開け方がわからない」
子供部屋にしている畳の部屋で更夜がスズと会話をしていた。
「さ、サヨさんは?」
「学校だ。……ああ、心配ない戻ってきた」
更夜はルナの姿を確認し、安堵のため息をもらす。
「ルナ! また現世で力を使ったな?」
「……いいことをしてきただけだよ」
そう言い訳をしたルナはポケットのブレスレットを持ってきてしまった事に気がついた。
「あ……」
ブレスレットを盗ったことが更夜に気づかれたら、良いことをしたと言えなくなる事に気づいたルナは『時間停止』をかけ、ブレスレットをスズの赤い着物の袖に入れ、時間停止を解いた。
時間停止を解いた刹那、ブレスレットが畳に鈍く落ちる音が響く。
「……え?」
スズは驚き、ブレスレットを拾い上げた。
「……? これはサヨのお気に入りだ。なぜ、スズが持っている? それよりルナ! 今、時を止めたな?」
「止めてないよ!」
「嘘をつくのか。ああ、よくわかった。俺はな、いつも神力を最低にしているんだ。神として産まれたばかりのお前が気絶をしてしまうからな。だが、これからはある程度、神力を放出し、お前の術がかからんようにするつもりだ」
更夜から神力が軽く溢れただけで、ルナの体が勝手に震えだしていた。
「俺は四百年ほど神をしている。お前の術など本来きかないのだ。これはサヨのものだ。お前が現世にあるサヨの部屋から盗んだのだろう。そして、先程、スズのせいにした」
更夜に見透かされ、ルナは目を泳がせ、苦しい言い訳をする。
「スズが盗ったのをみたの! だからスズが悪い! このブレスレット、お姉ちゃんが机に置いてて……」
「え、ちょっと、る、ルナ……?」
ルナの言葉にスズは困惑した声をもらした。
「スズ、それは本当か?」
「ち、違う! 違うよ! あたし、サヨさんの物すらも知らない! ここに来たばかりなのに、こんなこと言われたら悲しい……」
スズは悲しげに涙を流し、更夜はスズの頭を撫でる。
「疑ってはいない。……ルナ。スズがお前の嘘に傷つき泣いているぞ。お前、心は痛まないのか」
「……ご、ごめん! ルナが持ってきた。持ってきちゃった。スズ、ごめんね」
ルナはスズが悲しげに泣くのを見て、うつむきながらあやまった。
「ルナ、力を使うなと言った約束もまた、破ったんだな」
更夜の厳しい視線を受け、ルナは目を伏せた。ヒーローになる予定がブレスレットのせいで何も言えなくなってしまった。
「ルナはいいことをする予定だった」
「もう一度、お前には厳しいお仕置きが必要なようだ。約束を二度破ったんだ、覚悟しておけ」
「……ルナは悪くない」
「いいから来い」
「ルナは悪くない! ルナは悪くない!」
ルナは泣き叫びながら、更夜に手を引かれ、部屋を出ていった。
ルナはだんだんと力の使い方がわからなくなっていた。
なかなか制御ができない。
たまに、感情の高ぶりで勝手に発動する。
ルナの感情が不安定になり、神力が半分暴走していただけだが、ルナがそれを知るはずもない。
ルナは更夜の前で正座させられていた。場所はお仕置き部屋だ。
嘘をついてばかりだったルナは更夜に泣いて言い訳をしても信じてもらえない。
もう、あれから何度もこの部屋に入れられている。
更夜は日に日に厳しくなり、ルナに優しくしてくれなくなった。
常に厳しくルナを管理している。
「ルナ、何度目だ」
「ちがう! ルナは知らない! 力が勝手にやったの!」
ルナは必死で更夜に叫ぶが、更夜は優しい顔はしてくれなかった。
「嘘ばかりつくのはなぜだ!」
更夜はルナの肩を乱暴に掴み、揺する。更夜にいままでこんな乱暴にされたことがないルナは悲しくなり、泣いた。
「なんでわからないの! お姉ちゃんのカエル消しゴムはなんとなく持っただけ!」
「いい加減にしろ! 叱っているのは俺だ! 言葉を直せ!」
更夜はいつもより強くルナの手を叩いた。
「痛いぃ!」
「言ってわからんやつは叩くしかないだろう」
「うぇぇぇん! 今回は勝手に時間停止が出たのー!」
ルナは大泣きし、更夜はルナに毎回厳しいお仕置きをする。
ルナはだんだん気持ちが曲がっていった。
「同じことの繰り返しだな」
「ちが……ちがうの」
「ああ、サヨ達に夕飯を作る時間だ」
更夜は部屋の電気を消すと立ち上がった。
「ま、待って! おじいちゃん! ルナ反省したからだっこして! おじいちゃん、置いていかないで!」
「何度目だ! 時間を停止させ、サヨの物をとり、スズのせいにする」
「それをやろうとしてやったのは一回だけだったの!」
ルナは泣きながら更夜にすがるが更夜はルナを振り払うと、厳しく言った。
「お仕置きはサヨ達の夕飯の後だ。お前はそこで正座していろ。夕飯は抜きだ」
「そんな……」
障子扉は乱暴に閉められた。
暗い部屋の中、ルナの嗚咽が静かに響く。
「ルナのごはんないんだ。皆でごはん食べ終わって遊ぶ時間にルナは、おしりをいっぱい叩かれるんだね。わかったよ。……おじいちゃんはルナが嫌いなんだ」
ルナは悲しくなった。
……あっちのルナはお父さん、お母さんがいて、とても幸せそうだった。
ルナは涙をこぼしながら、素直に正座をし、更夜が来るのを暗い部屋でただ、待っていた。
涙を流すルナの瞳に再び電子数字が流れる。
「かこ、みらい、異世界を見る能力? ルナは……時神の上に立つ……神? そうなんだ。ルナ、おじいちゃんより偉いんだ」
ルナは軽く微笑む。
更夜への反抗心が明確に芽生えた。
更夜はルナの好きなじゃがバターを大量に作っていた。
手が勝手にじゃがいもの皮を剥き、食べやすいように切っている。
……どうして言うことをきかないんだ。
親玉のプラズマから何度も警告がきている。早くなんとかしなければ。高天原にバレる。
気がつくと、無意識に味噌汁も作っていた。ルナの事を考えすぎて味噌汁にまでじゃがいもを入れた。
そのうち、いつもは呼ばなければ来ないサヨが席についており、スズが気まずそうにいつの間にか座っていた。
「お前達、いつの間に来たんだ」
更夜は机に食事を置き、自分も席につく。
ここ最近、ちゃんとした食事をしていない事に気がついたが、食べる気にならない。
「おじいちゃん、ちょっとルナに厳しすぎない? ルナのじゃがバタこんなに作って嫌み? ルナ、かわいそうなんですけどー」
サヨが更夜にトゲを含む言葉を発し、更夜はため息をついた。
「ルナのために作ったんだ。後で食べさせる。俺はルナと食事をするからお前達は先に食べなさい」
「おじいちゃん、最近ルナが泣いてばかりなんだけど、何度もお尻叩いてるの?」
「……言うことを聞かないからだ。俺だってやりたくない!」
更夜はいらだちながら立ち上がるとルナの元へと向かう。
更夜はルナの気持ちがわからなくなっていた。
「もう一度、ルナと話そう。叩かずに」
更夜はルナを正座させている部屋に入り、電気をつけた。
ルナは泣きながら正座をしてうずくまっていた。
「ルナ……」
更夜はつらそうにルナを見た。
「……おじいちゃんはルナが嫌いなんだ」
「ちがうんだ……ルナ」
更夜はルナの前に座り、静かに口を開く。
ルナは唇を噛みしめ、先程のデータを確認していた。
……更夜さまはいつもルナを怒る。ルナは神力があるし、
時神を監視する時神なんだ。
「ルナ、不必要に力を使ってはいかぬと何度言わせる。世界が滅ぶぞ。反省もしておらんのか? 悪い子だ。反省するまでお仕置きが必要か? お前は賢い子なはず。なぜこんなことばかりする」
更夜の言葉にルナはいらつき、立ち上がった。
「ルナ?」
「ルナはおじいちゃんよりえらい」
「……?」
「ルナには力がある。過去だって、未来だって、異世界だって見える」
ルナは涙を乱暴に拭うと、不気味に笑い、現世への扉を開く。
「待て! ルナ!」
更夜はルナに手を伸ばすが、ルナは現世へと入っていった。
ルナはお腹をすかせながら、暗い夜道を寂しく歩いていた。
この辺は自然と共存している住宅地。街灯も最小限しかない。
ルナは何度もここに来ていた。
そう、ここには「ルナ」がいる。
自分ではないルナが。
隣の家の庭からルナの家を覗いた。
電気がついていて、あたたかい感じだった。
「あっちのルナは幸せなのかな」
小さくつぶやいた時、後ろから声をかけられた。
「うちの庭で何してるのよ。あなた、更夜のうちのルナでしょ?」
ルナは始め、自分に声をかけられたと思っていなかった。
ルナは人間には見えないからだ。
「ねぇ、どうしたの? 大丈夫?」
肩に手を置かれ、ルナは驚いた顔で振り向いた。
「え? えっと……誰だっけ……! あ、ああ~、こないだ、一緒にごはん食べた人?」
「そうね。私はアヤ。時神現代神、アヤ。ところで、どうしてこんなところにいるの?」
茶色のショートヘアーの少女、アヤはルナの背中を優しくさする。
「別に……」
「おうちに来る? お腹がすいてそうね。どうしたの? 更夜と喧嘩したの?」
アヤはルナの背中を軽く押しながら、家へと促した。
ルナが見ていた家の隣の家が時神の家らしい。
ルナはうつむいたまま、アヤに従った。
家に入ると和室の一部屋からテレビの音がした。
「ああ、こちらの時神は四柱いるのよ。今は皆でテレビを観ているの。夕飯の途中だから、一緒に食べましょう? まあ、私が作ったものは更夜の料理と比べたらおいしくないかもだけれど」
アヤに連れられ、廊下を渡り、障子を開けるとサムライと三つあみの少女、赤髪の青年の三人がこちらを振り返った。
「ああ、いらっしゃい。俺は時神未来神、プラズマ。アヤの手料理はうまいぜ。食うか?」
赤髪の青年プラズマはルナを横の座布団に座らせ、余ったお皿をサムライに渡した。
「ああ、俺は時神過去神、栄次だ。今、新しくカレーを持ってくる。……ところで、最近はずいぶんと更夜を怒らせているようだな。望月ルナ」
「……っ!」
茶色の総髪、緑の着物の男、栄次は鋭い瞳でルナを横目で見てから、カレーをお皿に盛り、お茶もお盆に乗せて、丁寧にルナの前に置いた。
「ほら、食え。更夜に叱られて、ふてくされ、こちらに来たのだろう?」
「なんで、知ってるの……」
ルナは栄次を怯えながら見上げる。
「俺は過去が見える故」
「過去が見える……」
「そうだ。そんなに怯えるな。俺はよく顔が怖いと言われる」
栄次はリモコンを迷いながら押し、二、三回電源を落としつつ、子供番組をつける。
「そろそろ、寒くなってきたな、こたつ出す? ごちそうさん~」
「み、皆さん、なんでこんなにのんびりしてるんですか……」
ウェットシートで丁寧に口を拭くプラズマを見ながら、三つ編みの少女リカは頭を抱えた。
「リカ、落ち着けよ。もう少しで更夜が迎えに来る。それよか、望月ルナに挨拶しておけよ」
プラズマはそう言うと、からになったお皿を集め、流しに運んだ。ルナはカレーを頬張りながら、四柱を不思議そうに見上げる。
「あ、ああ、そうだったね。私は時神のリカだよ」
「……リカ、リカはなんか……弱そうだね」
ルナに言われたリカは苦笑いをする。
「まあ、私は産まれて一年目だからねー……あはは。たぶん、すごい弱い」
「……そっか。じゃあ……」
ルナは先程入ったデータ、時神の上に立つというデータを試してみることにした。
本当に「平伏」するのか、試したくなったのである。ルナは更夜の反抗心で善悪がよくわからなくなっていた。
「……平伏せよ!」
「あう……」
ルナは神力を過剰に解放し、神力の解放が上手くできないリカを失神させてしまった。
「あれ……おかしいな」
「リカっ! ああ、遅かったか」
プラズマがリカを抱き起こし、リカの状態を見る。
「あ、たぶん死んでないと思うよ」
ルナは動揺しながらつぶやき、アヤと栄次はルナに頭を抱えた。
「知ってはいたけれど……」
「ここまで純粋に力を試すとはな……」
「る、ルナは偉いんだ! 誰よりも偉いんだ!」
ルナは動揺してわめき、栄次がなだめた。
「落ち着くのだ。神力の解放は相手を気絶させてしまうことがある」
栄次がルナの頭を撫でた時、プラズマがため息混じりにつぶやいた。
「更夜が来た。なげぇ夜になりそうだ」
プラズマの言葉を聞いたルナは拳を握りしめた。