更夜は何度も栄次に負けた。
栄次を殺すわけにはいかないからだ。栄次が納得するまで付き合う。
「サヨが......サヨが泣いている......。もう戻りたい」
更夜は血にまみれ、フラフラと歩きながら栄次に向かい刀を構えた。更夜の傷は歩く度になくなり、栄次の前に立つ頃には傷口は完全に消えていた。
「もう一度か、何回やるんだ」
更夜の問いに栄次は苦しそうな表情を浮かべる。
「あの子は......復讐を望んでいない、泣いているぞ」
更夜の呼び掛けに、栄次は答えない。
「過去は変えられない。いい加減にわかれ、栄次」
さらに更夜は声をかける。
栄次はまだ更夜に刃を向けた。
「お前があの子を苦しめている。このままだと彼女に『厄』がたまるぞ。負の感情を消さなければ、魂を消費できない。この世界に居続ける事になるんだぞ」
更夜は一本の桜の木に視線を移した。栄次には何を見ているのかわかっていた。
先程からそちらを見ていないのに、『そう言っているはずだ』、『こんな表情をしているはずだ』と彼女の顔が勝手に浮かぶ。
桜の木の上にあの子がいる。
栄次と更夜を相討ちさせようと企み、残酷な笑みを浮かべている少女が。
「皆死んじゃえ! 私の計画通りに相討ちしてる! 憎い更夜を何度も殺してくれてる! 今度は栄次を殺してよ。あたしは二人殺さないといけないんだから」
桜の木の枝が揺れ、忍び装束を着こんだ幼い少女が降りてきた。
「スズ......、辛いよな。目に涙を浮かべて、憎しみを全面に出したような表情をさせられて......」
「......」
更夜にそう言われたスズはさらに目に涙を浮かべる。
「栄次......、お前はスズが長い年月をかけて自ら消費した厄を増やしているんだ」
更夜が栄次を睨み、鋭く言った。それに反応したのか栄次は頭を抱え、感情的に叫ぶ。
「お前達はっ......そんな考えではなかったはずだ! どうして俺だけ取り残されるんだ! いつも、そうなんだ! スズは俺と更夜を恨んでいて、更夜は俺を殺そうと、今までのいらだちを俺にぶつけようとしてきたはず! それが過去だ! それがお前達だ!」
「栄次、よく考えろ、そして思い出せ。俺達はもう、ずいぶん前に『死んでいる』んだ。『もう死んでいる』んだぞ、栄次」
更夜に肩を掴まれ、栄次は目に涙を浮かべた。
「......もしかしたらと」
栄次が目を伏せ、悲しそうに涙をこぼし始める。
「もしかしたら、自分は『戦国時代』のままで......お前達の『未来』を何かの間違いで見たのかと。故に、助けられると思ったのだ」
「それが最初か。お前は自分の心で、『もうすでに死んでいる』俺達を巻き込んでループしていただけだ」
更夜は栄次の肩を掴んだまま、まっすぐ栄次を見据える。
「......ああ。もうとっくに気づいていた。俺はいつも取り残される。もう疲れていたのかもしれぬ」
栄次は涙を流しながら肩を震わせた。
「お前の心の真髄は、もう限界だったんだな。俺も神になってわかったさ。お前の気持ちがな」
更夜は栄次の肩から手をそっと離した。
「更夜......お前が神になったのは、『俺のせい』なんだろう?」
栄次は袖で涙を拭いながら、更夜に尋ねた。
「ああ、お前のせいさ。お前が唯一斬り殺した人間が俺だ。世界に矛盾ができてしまい、俺は神になった。この世界は、参(過去)の世界だけじゃない。壱(現代)、肆(未来)、陸(バックアップ世界)がある。俺は参でお前に殺されたんだが、他の世界ではお前に殺されていない。だから、世界が矛盾をなくそうと、俺を時神にした。神が決闘で人間を殺すと面倒なことになるんだ。お前は人間を殺してはいけないはずだ。なぜなら、お前は過去を守るだけの神だから」
「......その通りだ」
更夜の言葉に栄次はうなだれた。
「スズもそうだ。お前がこのループを起こしたから、彼女も人間の霊ではなくなってしまうかもしれない」
更夜はうつむいているスズを横目で見る。栄次はスズの本当に悲しそうな顔を見て、心をえぐられた。
「......すまぬ。......ああ、もう消えてしまいたい」
栄次は心の真髄でずっとこの言葉を叫んでいた。心を隠し、嘘の心を上部の世界に置いた。
強く戦う自分の姿で弱い自分をずっと隠していたのである。
「......何をしていたんだろうな、俺は......」
自嘲気味に笑った栄次の後ろで不思議な少年が無表情のまま浮いていた。
アヤとプラズマは桜が咲く、青空がきれいな世界に立っていた。
地面に刀が転がっている。
どうやら、この刀から二人は出てきたらしい。
「ここが栄次の?」
「待て! リカがいねぇ!」
アヤが辺りを見回し、プラズマがリカがいないことに気がついた。
「リカ? まさか、一緒に来れなかったの?」
「そういやあ、リカ、神力を出してなかったな。サヨの世界に取り残されたか」
アヤが不安そうにプラズマを仰いだ。プラズマはアヤの肩を軽く叩き、続ける。
「もう戻れないし、サヨの世界にいるんなら安全だろ......たぶん」
「......心配だわ」
アヤが目を伏せた時、近くで呻き声が聞こえた。
「アヤと......おにーさん......」
すすり泣く声が地面から聞こえ、アヤとプラズマは声のする方を向いた。地面を這いずるようにこちらに来ていたのは銀髪の少女、サヨだった。身体中傷だらけで痛みに顔をしかめている。
「サヨ!」
アヤとプラズマが慌てて駆け寄り、サヨを抱き起こす。
「ひでぇ傷だ......。動くなよ」
「おじいちゃんがっ! 破壊の時神に......おじいちゃんがっ!」
サヨはアヤとプラズマに泣きながら叫んでいた。
「サヨ......そいつにやられたんだな......。未来見であんたが泣く未来ばかり見えたんだ」
「そんなことはいい! おじいちゃんが死んじゃう! はやく! あいつを追って!」
サヨが泣き叫び、傷の痛みでうずくまる。
「プラズマ、サヨの神力が落ちてるわ。傷は私が巻き戻しの鎖で巻き戻すから、あなたは......」
「そんなこと、いいんだってば!」
アヤの言葉を遮り、サヨが狼狽したまま、再び叫ぶ。
「......なんであんたに神力があるんだ......? あんた、神じゃないだろ......」
プラズマが動揺した声を上げた時、サヨがしゃがんでいたプラズマの胸ぐらを掴んだ。
「早く行けって言ってんの! おサムライさんもおじいちゃんも両方死ぬっつーの! うぐ......お腹が痛いぃ......」
「......動くな、叫ぶな......。状況はわかった。あんたを安全な状態にしてから、追う」
「それじゃあ遅いっ!」
サヨが無理に立ち上がり走ろうとしたので、プラズマは乱暴にサヨを押さえつけた。
「動くな。いいか、栄次と更夜はいまんとこ平気だ。俺は未来が見える」
プラズマはサヨの服の下に素早く手を入れ、サヨの腹を触る。
「やめて! 何すんの! 傷ついた女の子にやることじゃないじゃん! 変態っ!」
「怒んな、怒んな! 襲ってんじゃねーって! そもそも俺は女の子に酷いことする男じゃねーよ。俺の神力をわけてんだけ。一部あんたのデータが壊れてんだ。破壊の時神ってやつに触れるとデータが破損していくようだ......。てか、腹を蹴るな!」
サヨに腹を思い切り蹴られたプラズマは涙目になりながら、サヨを落ち着かせる。
気がつくと、サヨに時間の鎖が巻かれていた。冷静なアヤが先に鎖を巻いたらしい。
傷は徐々になくなっていくが、サヨは動けなさそうだった。
「後は時間の鎖があなたの傷を巻き戻してなかったことにしてくれるわ」
「......ありがと」
サヨは少し落ち着き、アヤとプラズマにお礼を言う。
「じゃ、ちょっとそこにいろ。後は俺とアヤがやる」
プラズマが走りだし、アヤもサヨを心配そうに見つつ、プラズマを追って走り出した。
「あー......おにーさんの股、ガチで蹴らなくて良かった......」
後ろでぼんやりつぶやいたサヨにプラズマは青い顔をしつつ、アヤを連れて桜の咲く世界をひたすらに走った。
アヤとプラズマは走った。
「ちょっとプラズマ! 走ったら栄次の所に行けるわけ?」
桜並木が永遠に続いている。
「わからねぇ......。どこまでも続きそうだな。この桜の道」
「栄次を見つけるなら......たぶん、この世界の下に行かないといけないんじゃないかしら......。わからないけれど、なんだかモヤモヤするのよ」
アヤの発言にプラズマは眉を寄せた。
「......モヤモヤする......?」
「あの子の気配がする」
「......あの子?」
プラズマがアヤに目を向けた刹那、アヤの足元に時計の形をした陣が浮かび上がった。
「十四年......前......」
アヤがつぶやき、辺りに電子数字が飛び出す。
そのまま地面が丸型にくり貫かれ、時計の陣ごとアヤとプラズマは下へ強制的に下ろされ始めた。
「なんかわかんねーけど、下に連れていってくれるらしいな、この陣。十四年前......立花こばるとの事か? アヤ」
「......十四年経ったのね......。もう、十四年も」
辺りは真っ暗に変わり、やたらとまぶしい電子数字が流れていく。
「......泣くなよ。立花こばるとは......もういない」
「......」
アヤは静かに涙をこぼしていた。
「自分が殺したなんて、思うなよ」
プラズマはアヤを優しく抱きしめる。
「私が......」
「違うよ」
やがて時計の陣が消え、辺りの風景が夜桜の風景に変わった。
桜はやたらと桃色に輝き、地面は浅い水溜まりがずっと続いていて、まるで池のようだ。
暗いが、桜がなぜか輝いているため、明るい。
一瞬だけ時間が止まり、プラズマとアヤの瞳に電子数字が流れた。
「ちょ、ちょっと! なんで私を抱きしめているのよ......」
「え? なんで泣いてるの? てか、俺がアヤを抱きしめたから泣いてるの? ん? 俺、なんでアヤを抱きしめてんの?」
アヤとプラズマはお互い戸惑い、顔を赤くしつつ離れた。
「知らないわよ......」
「......す、すまん。なんかやったか? な、何にも覚えてなくて......さっきの事なのに」
「......私もわからないの。だから、大丈夫よ、たぶん」
「......俺、マジでなんもやってねぇよな?」
困惑しているふたりは足元を濡らしながら、夜桜の世界を歩き始めた。
「まず、どこだかわからないけれど、栄次を探しましょう。誰もいなそうだから、誰かいたら音が聞こえるはずよ」
アヤは火照る頬を元に戻しながら、プラズマを仰ぐ。
「とりあえず、なんかすごい音が響いてる方向に向かうか」
気がつくと、すぐ近くで破裂音や風を切る音が響いていた。
「やだ......全然気づいてなかったわ......。すごい音がしていたのに」
「......本当に俺、何もしてないよな?」
二人は別々に動揺しつつ、音がする方へ走った。
※※
一方、リカは電子数字が舞うだけの何もない世界を浮いていた。
「弐の世界の排除システムに、更夜さんと栄次さんが狙われている......。どういうことだろう? 私はどうすれば......」
この世界は、マナが言っていた「ワールドシステム」に違いない。
「私がワールドシステムにふたりを狙わないように言えばいいの?」
つぶやいてみるが、誰からの返答もない。
「神力の出し方も実はよくわからない......」
助けを求めるようにもう一度言ってみるが、本当に誰もいない。
「どうしたらいいの? 栄次さんも更夜さんも......危ないみたいなのに」
リカは辺りを見回し、打開策を探す。ここには本当に何もない。
「ふーん、けっこう困ってるね?」
ふと、後ろから聞いたことのない男の声がした。リカは体を震わせて振り返る。
「だっ、誰......」
「あれ? 僕に話しかけていたわけではないのか? じゃ、いいや」
「ちょ、ちょ! 待ってください!」
声は後ろから聞こえたが姿がない。
「誰ですか? 姿が見えなくて......」
「んじゃあ、ちょいとこっちに来なよ」
男の声は手招いているように聞こえた。
「そ、そちらにいるんですか?」
「うん。いるよ」
どこか抜けている男の声に、リカは警戒しながら近づく。
歩くというか、泳ぐ感じでなんとか声に近づくと、突然塩辛い水に飲まれた。
「んぐぅ!」
リカは呻き、もがく。
突然、水の中に入ってしまったリカは水面に向かって必死に泳いだ。足はつかない。波のようなものがリカの上を通りすぎていく。
......やだよ! 今度は本当に死んじゃう!
必死でもがいていると、水干袴を着た、紫色の長髪の男がリカを引き上げていた。
そのまま、海から出て、リカを抱いたまま空に浮く。
「へ?」
「大丈夫だった? 死んだ?」
「い、いや......死んでませんが......」
リカはようやく声の主を見ることができた。
男は端正な顔立ちで、以前会ったスサノオに良く似ていた。
「って、ここは!」
リカは辺りを見回してようやく、場所がわかった。夕焼けの空、全てを飲み込んでしまうかのような海、そして......海に浮かぶ小さな社。
以前、リカがこちらに来た事件で、スサノオに襲われた世界だ。
リカは一人、海を泳ぎ、小さな社からワールドシステムに入った。ずいぶん前の事のように感じる。
「ん? ここは僕の社だよ? そっちじゃなくて、上」
リカは下に見える小さな社を見たが、男は上を指差す。
あの時は気づかなかったが、小さな社の上に大きな社が遥か上に浮いていた。
「神社が浮いてる......。ていうか、あの......あなたは......?」
リカは混乱した頭で、とりあえず男に名前を尋ねる。
「ん? ああ、名乗るの忘れてた。僕はツクヨミだよ。弐の世界と黄泉と海を守ってる。ワダツミのメグの上司って感じかなあ? メグは知ってるの?」
「わ、ワダツミのメグさんは知っていますが......つ、ツクヨミ様なんですか......! 本当に?」
呑気な声を上げるツクヨミにリカは目を回して驚いた。
「なに? 大丈夫? 死んだの?」
「死んでないですってば......。えっと......弐の世界を守る役目があるんですか?」
「うん」
「で、では、栄次さんと更夜さんを助ける方法を教えてください!」
リカは動揺しつつも、ツクヨミに助けを求めた。この神はスサノオのように荒々しくはなさそうだったからだ。敵なのか、味方なのかはよくわからないが、害はなさそうである。
「ああ、あの黄泉に入りそうな危ない子達かぁ。君なら止められるんじゃない? あの子を」
「......?」
「あの子はね、時神現代神に役割を変えられたんだ。そうだなあ、だから、元に戻しとけば?」
ツクヨミは軽く微笑んできた。
リカはツクヨミの言っている意味がわからず、顔を青くする。
「全然、なに言ってるのか、わからない」
「だから、君があの子に感情を戻してあげなよ。十四年前から破壊システムなっちゃってる。いままで何もなかったから放置してたけど、時神二柱が突然消えるのは面倒だ。だってほら、新しい時神を作らなくちゃいけないじゃない?」
ツクヨミは淡白にそうリカに伝えた。ツクヨミはあまり人間らしい思考を持っていないようだ。
その辺はスサノオにやや似ている。あまり気にしないようにして、リカは重要な部分を拾う。
「破壊システムに感情を戻せばいいんですか?」
「うん。そしたら、元に戻るんじゃない? もしくはあの時神達はエラーじゃないと世界に伝えるか。じゃあ、ちょっとやってきて」
ツクヨミはリカを再び小さな社に押し込み、微笑んだまま、手を振った。
「ちょっ......ちょっと待って! どうしたら......ワールドシステムに......」
リカの声は途中で途切れて消えた。
「なんだこいつは......」
更夜は突然襲ってきた少年を見据えた。栄次はなぜか反撃せず、少年の暴力を受け入れている。
「栄次! 何してるんだ!」
更夜が叫ぶが、栄次は動かない。少年は物を壊すかのように栄次を殴り、蹴り、踏みつける。
そこに感情はない。
一撃が重く、栄次が今にも壊れてしまいそうだ。
地面は栄次の血で埋め尽くされ始める。
「こいつは異常だ! 栄次、防御をしろ! 受け身を取れ! 何やってんだ! あいつは! 死ぬぞ!」
更夜は小刀を取り出すと栄次を守るため、動き出す。
「スズ、危ない。桜の木の上で隠れているんだ!」
「......えいじ......」
スズは悲しそうに血だまりに横たわる栄次を見ると、近づこうとした。
「行くな、俺がなんとかする。お前は......休みなさい。今はな、子供が皆笑える時代になったんだ。過去は変えられないが、これからは変えられる。俺は娘や子孫を見てそう思った」
更夜はスズにそう言うと、小刀を構え、少年に向かい走っていった。
「......こうや、娘さんと子孫がいるんだ......」
スズは更夜の背中を見ながら、そうつぶやき、素直に桜の木の枝に飛び上がり、避難した。
栄次はもう意識がない。
「なにしてんだ! 死にたいのか!」
更夜が栄次に声をかけるが、栄次の意識は戻らない。
力なく倒れ、体から血が流れ続けている。
......ああ、そうか。
栄次は破壊システムに忠実に従っているのか。
気持ちが壊れたんだ、栄次。
お前は気持ちが壊れたんだ。
データじゃない。
お前は優しすぎる。
......ああ、
この少年は、「破壊の時神」か。
「栄次を守らねば......殺すにはもったいない男だ」
少年は栄次を狙い、機械のように動く。更夜は間に入り、少年の気を自分に向け始めた。
「......感情を感じられんな......」
少年は攻撃をしてきた更夜を敵と判断し、襲いかかる。
少年は空に浮きながら、バランスを取り、高速で更夜に打撃を繰り出した。少年の拳は鉄よりも固く、攻撃すべてが重い。神力をまとっているためか。
とにかく速くて重いため、更夜は刀で防御はせず、勘で避けていく事にする。
手裏剣を投げ、小刀で致命傷にならない場所を狙い攻撃しつつ、少年の鋭い攻撃を避けている更夜。それは栄次と互角に戦っていた当時のままだった。
少年は表情なく更夜を壊そうと動いているが、更夜はその目から涙が落ちていることに気がついた。
「......お前......泣いているのか」
「......敵対立......八十パーセント」
「感情があるのか? じゃあ、もうやめてくれ。俺はデータを自分で直す。栄次は連れ戻すからな」
少年は更夜の言葉を理解せず、更夜に再び襲いかかる。
「ちっ......」
更夜は紙一重で少年の蹴りを避け、拳を飛んでかわした。
少年は涙は見せたものの、感情を感じられず、ロボットのように更夜を殴り、蹴る。
更夜はトケイの攻撃をすべてとりあえず避けているが、いつまでも終わらない戦いに打開策が見つからない。
「更夜だ!」
ふと、遠くでプラズマの声が響いた。
「......あちらの時神が来たようだ......。栄次、お前はまだ戻れる。過去神としての役目を果たせ」
更夜は気を失っている栄次に声をかける。
「まだ、死んでないだろ? 目を覚ませ!」
「ちょ、ちょっと栄次が......」
血にまみれた栄次を見、アヤが震えていた。
「未来神、現代神! 栄次はコイツにやられた。こいつは破壊システムを持つ時神だ。栄次を連れて逃げろ! こいつはしばらく俺が抑える」
プラズマとアヤが動揺しながら栄次を抱え、なんとか少年から離した。
「まんまだな、破壊システムに狙われてるって、栄次がこんなになってるのは予想外だったけどな......。栄次、生きているか? しっかりしろよ......」
プラズマが栄次を揺すると、栄次がうっすらと目を開けた。
「栄次、ちょっと待ってて......今、時間を巻き戻すから......」
アヤが泣きながら血にまみれた栄次の手を握る。
栄次はぼんやりとアヤとプラズマを視界に入れていた。
......俺は何をやっているんだろう。
このまま消えてもいいと思っていたが......。
アヤが泣いている......。
悲しそうに。
俺を見て泣いているのか。
プラズマ......気が乱れている。
俺を心配しているのか。
「栄次、すぐにアヤが治すからな。死ぬなよ......。まさかお前、死に場所を探してたんじゃないよな? 俺とアヤ達を置いて死んだら許さねーからな!」
プラズマは必死に栄次に呼び掛け、アヤは泣きながら時間を巻き戻す。
「あんたはもう、一人じゃねーんだぞ! 勝手に死のうとすんな! 俺は最初にあんたに帰ってこいと言ったはずだ! アヤもリカもあんたを心配していたんだぜ! こんなところまで......お前を追いかけてきたんだぞ......。皆傷ついた。アヤもリカもボロボロになりながらお前を探して......」
プラズマは栄次を乱暴に揺すりながら涙を浮かべた。
「プラズマ......傷が酷いの。揺らしてはダメよ......」
アヤがプラズマの手を優しく握り栄次から離す。
「ああ......わりぃ」
「アヤ、プラズマ......すまない。もう俺は死んでしまおうかと思っていたのだ。お前達を忘れて......」
栄次がか細い声で目を閉じ、そう言った。
「そんな悲しい事を言わないで......。更夜だってあなたを守ろうとしている。私達もあなたを守りにきたわ。あなたは反対に私達を守らないといけないの。リカは置いてきたけれど、リカが一番守らないといけない存在でしょう? あの子は産まれたばかりの神。私達が守らなくてどうするの」
「......ああ」
アヤは涙をこぼしながら栄次の手を強く握る。栄次は時神達の優しい顔を思いだし、涙を浮かべた。
「俺は......弱いのだ。強いふりをしているだけだ。強くなりたい。お前達のように......。あの少女のように、更夜のように......」
「栄次、あんたは弱くてもいいんだ。俺らは皆弱い。だから助け合うんだよ。誰かが欠けたら皆崩れちまう。それが、俺達だろ。だから、勝手に死ぬなよ。あんたが死んだら俺は立ち上がれないかもしれない。あんたは俺の友達で、家族だから」
嗚咽を漏らす栄次にプラズマは優しく言葉をかけた。
「ああ......俺もだ。お前達から離れたくない......。居心地が良かったのだ。俺はひとりではなかったのだな。皆、同じ気持ちだったのか」
「そうよ、栄次。私も時神皆で同じところに住めて幸せなの。毎日、楽しいわ。だから、戻ってきて、栄次。......良かった......。怪我が治ってる......」
栄次が安堵の表情を浮かべた時、アヤは神力の出しすぎにより、肩で息をし始めた。
「アヤ......ありがとう。すまない。もう大丈夫だ。俺が泣かせてしまった。もう......死のうとは思わない。帰ろう」
栄次はゆっくり立ち上がると、異様な動きを見せる少年を見据えた。
「更夜を助けねば」
「栄次、俺達もお前を助ける」
栄次はプラズマの言葉を聞き、軽く微笑んでいた。
※※
一方リカは電子数字の海の中にいた。
「どうすれば......。早くしないと栄次さんと更夜さんが死んじゃうかもしれない」
リカは必死に考えた。
しかし、何も思い付かない。
「ワールドシステム! 何とかしてよ! 破壊システムってやつに感情を入れて、早く止めて!」
とりあえず叫ぶ。
リカの言葉は電子数字になり消えていった。
「ワールドシステム! どうしたらいいの......」
リカはこちらに来た時の事を思い出した。リカが分かれていた時神をひとつにした事件である。
あの時はどうやって世界を変えたのか......。
「お願い......ふたりが死んじゃう......破壊システムってのに感情を入れないといけないんだって! 聞いてるの?」
わからない。
どうしていたか思い出せない。
あの時、リカは着物のようなものになった。
「着物になったんだ、そういえば......。プラズマさんがやっていたやつ......神力の解放......」
神力の解放。
リカは一度こちらに来たとき、それをやった。あの時は必死だった。
どうやったのか......。
手に力を込めた。
手を横に広げた。
流れをイメージした。
動揺しつつも、冷静に思い出したリカは静かに目を閉じ、血の流れをイメージする。
そして手を横に広げた。
オレンジ色の光が辺りに舞い、何かがずっと吸い取られていくような感覚が続く。気がつくと、桃色の創作な着物姿に変わっていた。
「できたのかな......。着物に変わってるよね? できた!」
喜ぶのもつかの間、すぐに疲れてきた。集中していないと力がなくなりそうだ。
「プラズマさんや栄次さんのすごさがわかった気がする......」
そんなことをつぶやきつつ、リカは命じる。
「破壊システムに感情を! 栄次さんと更夜さんに救いを!」
今ならできる気がした。
リカは神力を無意識に一気に放出し、栄次と更夜の救済のみ考えた。
「破壊システムに感情を! って意味わかんないけど、そうしないと二人は助からないみたいだから、お願いっ!」
リカはただ願う。
「おねがっ......やば......意識が飛ぶ......」
その後、神力を放出しきったのかそのまま意識を失った。
体から力が抜けたリカはそのまま電子数字の海をさ迷い始める。
意識を失ってすぐに、機械音声のように感情のない声がリカから発せられた。
......アマノミナカヌシが世界改変を命じる。
「トケイ」を元に戻せ。
十四年前に戻すのだ......。
エラーが発生しました。
歴史神「ナオ」が矛盾に対するコンタクトを拒否しました。
トケイのシステムを戻します。
その他の時神はロックがかかっており、介入できません。
インストール完了しました。
時神に
「エラーが発生しました」
※※
栄次は神力を解放し、武神の神力を引き出す。そのまま破壊システムを退けるため、走り出した。
「栄次。怪我が治ったのか?」
更夜が少年の蹴りを避けながら栄次に声をかける。
「ああ、もう大丈夫だ。加勢する」
「気持ちも回復したようだな」
更夜は少年の拳を紙一重で避け、軽く微笑んだ。
「ああ。ありがとう。後で、スズとお前と話したい......」
栄次は少年のウィングを狙い、刀を振る。
「話そう。スズと」
少年は高速で旋回し、鋭い拳をふたりに撃ち込むが、栄次と更夜は軽く避けた。
「とりあえず、こいつはずっと俺達を狙ってくるぞ、どうする?」
更夜が栄次に尋ね、栄次は眉を寄せ、少年に向かい声をかける。
「俺はもう、死にたいとは思わない。お前はなぜ、攻撃をしてくる......」
「......」
栄次の問いに少年は何も話さなかった。
「あいつは感情がないらしい」
「......そうなのか。俺は......ちゃんと感情のある彼が見える......。うっ......」
「栄次......?」
栄次が一瞬怯み、更夜が栄次を引っ張り少年の攻撃を避ける。
「......見えなくなった......先が見えない。こんなこと、今まで」
栄次がつぶやいた刹那、少年の瞳が急に優しくなった。
「......?」
手を止めた少年は困惑した顔で栄次と更夜を見る。
「......僕......誰?」
先ほどの機械的な声ではなく、しっかり感情のこもった声でか細く言葉を発していた。
「......っ。僕......僕は......。えいじ? プラズマ......アヤ......?」
「......え」
少年は突然に三人の名を呼んだ。三人は動揺した表情でお互いを見る。
「なぜ、俺達を知っている......」
栄次の言葉を聞いた少年はとても悲しそうな顔をすると、うつむいたままウィングを動かし、去っていった。
「アヤ......」
少年は最後にアヤの名を呼ぶと、振り返らずに消えた。
「な、なんだったんだ?」
更夜も困惑した表情になり、しばらく時が止まった。
「ま、まあ助かったじゃねぇか」
少年がいなくなり、安堵したプラズマとアヤが栄次と更夜の元にやってきた。
安全になったと判断したスズも桜の木から降りてきた。
「んじゃあ......とりあえず......三人で話すか?」
プラズマがアヤに目配せをして、アヤが頷いた。
「そうね。待っているわ。サヨもリカも心配だから早めに。私達はここから出る方法を考える」
「......ありがとう、アヤ、プラズマ」
栄次は目を伏せ、目の前に立つ更夜とスズを視界に入れる。
「スズ、更夜......すまなかった。全部俺のせいだった。俺は自分の心の醜さに気がついた。こんなことを自分の心の中で思っていたとは思わなかったのだ。心は自分ではわからぬものだな......」
栄次の言葉に更夜は頷いた。
「そうだ。俺達は、お前が心の内部で計画した指示通りに動いて、演じていた。俺は霊だが神だ、まだ逆らえた。ただ、スズは......」
更夜はスズに目を向ける。
スズは目に涙を浮かべ、震えていた。
「何度も何度も......忘れようとしていた後悔と憎しみを思い出させられたよ。自分は何回も死んだの。更夜に殺されたの。更夜が憎くなった。殺したくなったし痛かった。苦しかった。でも、栄次は許してくれなかった」
「......すまなかった」
悲しそうに泣くスズを栄次は優しく抱きしめ、謝罪した。
「私はね、栄次......。こちらに来てからずっと寂しかった。だけれど、あたたかい何かに抱かれているような場所を見つけて、そこで寝ていたら、気持ちが穏やかになっていったんだよ。私は想像が乏しくてこちらにある自分の世界を飾り付けられなかった。でも、あのあたたかい場所は、私が想像したお母様とお父様の......」
スズはそこで言葉を切り、嗚咽を漏らし始める。
「俺がお前をそこから連れ出し、死ぬ直前までの記憶を何回もやらせたのだな。俺は......むごいことをしてしまった。まるで拷問ではないか。身を引き裂かれそうだ。本当に......すまない」
涙を流す栄次に抱かれながら、スズは栄次を抱きしめ返した。
「......やっぱり、あたたかいね。ひとりで想像するぬくもりより、あたたかい。あの時、私を必死で守ろうとしてくれて、ありがとう。私はこちらの世界で成長しようとしてなかったから、魂年齢を大人にできないの。だから、子供っぽいことしか言えないし、できない......。更夜がね......」
スズは言葉を切ると、更夜に目を向けた。
「更夜がこの繰り返しの中で、私をすごく気遣ってくれたの。殺された後、すぐに抱きしめてくれたり、抜け出せるよう頑張るからって励ましてくれたり、頭も撫でてくれて......生前なら考えられないくらい優しくしてくれた」
「そうだったのか」
栄次はスズにならい、更夜を仰ぐ。
「ああ。俺は何回もスズを殺したからな。さすがに精神をやられかけた。俺は忘れてはいけない記憶だと何度も向き合ったが、心では必死にお前に話しかけていたんだ。もうやめてくれ、スズを殺したくないとな。スズを見捨てて娘を助けた事を何度も思い出させられた。俺も世界が憎くなった。スズと共に厄を溜め込むところだったんだ」
更夜はあの時の軽薄な雰囲気はなく、スズを本当に心配していた。
「更夜......ありがとう。私、頑張れたよ。更夜がこんなに優しいなんて思わなかった。......じゃあ、私はそろそろ行くね。元の場所に......」
「待て」
スズは離れたくなくなる前に、離れようとしていた。ただの霊が神に接触して良いのかもわからなかったからだ。
離れようとしたスズを止めたのは更夜だった。
「更夜......?」
「俺達と暮らさないか? お前と同じくらいの年齢の子もいるんだ。ルナって言ってな、俺のかわいい子孫なんだ。友達になれるかもしれない」
更夜はスズの手を握り、優しい顔でそう言った。
「......でも、神様と暮らしちゃダメなんじゃない? 私、ただの霊だよ」
「関係ない。厄をなくすには、お前には優しさが必要だ。それに、俺はお前に会えて良かったと思っているんだ。心に引っ掛かっていた後悔がなくなるような気がしてな」
更夜の言葉にスズはせつなそうに口を開く。
「更夜も苦しかったんだね」
「俺はお前の方が苦しかったと思う。お前は七歳だったんだぞ......。七歳で俺に殺された。俺達二人を殺せと言われ、親に捨てられ、脅され、鼻血が出るくらい頬を叩かれて、腕を折られて、周りから嘲笑されながら、首を落とされた。こんな残酷な記憶がそう簡単に消えるわけがない。だから、今度はお前を助けたいと思ったんだ」
今度は更夜がスズを抱きしめた。
「俺は俺なりにお前を守ろうとしたのだが、俺は不器用だ。お前を怒らせることしかできなかったな。心ではな、お前を引き取って、娘の......静夜の姉にしたいと思っていたんだ。まあ、俺は静夜にも恨まれる事しかできなかったんだが。......もう一度、やり直せるならやり直したい」
更夜の言葉を聞き、スズは安堵の表情を見せる。
「やり直す......か。そうかもね。私、更夜を恨まなくて良かった。更夜がいいなら、一緒に住みたい」
「良かった。俺の娘になってくれるか?」
スズは首を横に振った。
「娘じゃないよ、更夜の妻になる」
「......ま、まあそれでもよい。では、共に」
更夜が手を出し、スズがそっとその手を握った。
「更夜、スズ......良かった」
栄次は申し訳なさを感じつつ、幸せそうに笑う二人を微笑んで見つめていた。
「一緒に帰ろう」
※※
「大丈夫? またワールドシステムに入ったの?」
青いツインテールの少女、メグがぼんやりと浮いているリカに話しかけていた。
音もない静かな電子数字世界でメグは、気を失っているリカを引っ張り、宇宙空間を出現させると、外に出た。
「私はワールドシステムに迷い込んだ異物を出す役目もあるから。このままあの子の世界に送ってあげるね」
メグは気を失って動かないリカに小さくそう言うと、サヨの世界へ向かい、飛んでいった。
※※
「話は終わったか?」
栄次の表情を見たプラズマが静かに尋ねた。
「ああ、すまなかった。お前達に怪我はないか?」
「いまんとこはないな。心配すんな。とりあえず、出よう」
プラズマはアヤに目を向ける。
「アヤ、さっきみたいに神力を解放してみようか?」
「あの時は私達が神力の提示をしたから、栄次の心が開いたのよ。逆はわからない」
アヤがため息混じりにプラズマに答える。
しばらくどうするか考えていると、サヨが光に包まれ現れた。
「サヨ!」
「あー、迎えにきたぽよ! あたしは『K』だから皆を運べるんだけど、状況は大丈夫? 全然わかんないんですけど~」
サヨは先程の怪我がアヤにより巻き戻り、元気に戻っていた。
「サヨ!」
更夜がサヨを見つけ、慌てて駆け寄る。サヨと更夜は心が繋がっているのかお互いの感情をずっと感じていた。
「おじいちゃん! 大丈夫? ずっと苦しそうだったから」
「ああ……お前も悲しそうだったな。無事だったか?」
「ああ~、まあ大丈夫だったよ!」
「無事じゃなかったぜ。あの少年にボコボコにされてて、アヤが怪我を治したんだ。時間を巻き戻してな」
更夜にプラズマがため息をつきつつ、言った。
「なんだと……サヨ。そんな……」
「おじいちゃん!」
サヨは更夜に抱きつき、泣いた。更夜はサヨを抱きしめ、頭を撫でる。
「俺を探しに来てくれたんだな。もう痛くないか?」
「……うん。もう平気」
「良かった。俺も大丈夫だ。怖かっただろう。お前は戦わなくていいんだ。平和を守る『K』が戦いに入らなくても良い。お前の世界を留守にし、申し訳なかった」
「……」
サヨは更夜の言葉で小さく震えた。
「サヨ?」
「と、とりあえずっ! あたしの世界に帰ろ!」
「……」
プラズマとアヤは訝しげにサヨを見たが、頷いた。
「じゃ、じゃあ……」
サヨは手を広げ、プラズマ、アヤ、栄次をふわりと簡単に浮かせ、指で円を描いて宇宙空間を出現させた。
「俺とスズは後ろをついていく。ほら、スズ行こう」
「……うん」
更夜に手を引かれ、スズは幸せそうにつぶやいた。
サヨに連れられ、あっけなく宇宙空間へ出られた一同はサヨに強制的に連れられ、右へ左へ動く。
あちらこちらにあるネガフィルムを確認し、いつもの弐の世界に帰ってきたのだと気づいた。
「どうなってるのかしら……。本当に」
アヤがつぶやくが、サヨは珍しく何も言わなかった。なんだか、いつもの雰囲気がない。
「ね、ねぇ……」
アヤが心配して声をかけた時、サヨが声を上げた。
「ついた! い、行こ!」
気がつくとサヨの世界内に来ていた。大きな日本家屋のまわりに白い花が咲いている。
「あ……このお花……」
スズは白い小さな花を見て立ち止まった。
「ああ、お前の墓に置いた花だ。返事を聞いていなかったが……この花は好きか?」
更夜は少し恥ずかしそうにスズから目を離す。
「うん。好き! ありがとう……更夜」
スズは頬を赤く染めると、少女らしく微笑んだ。その顔に更夜も少し赤くなる。
「そ、そうか。お前はかわいい顔で笑うんだな」
更夜にそう言われ、スズはさらに顔を赤くした。
「更夜、ここに住むの?」
「ああ、いいところだろう? サヨが想像した世界なんだ」
更夜は引戸を開け、時神達を中に入れた。
「リカは……待っているのかしら?」
アヤはプラズマに小さく尋ねる。
「一緒に来てなかったなら、ここにいるだろ……たぶん」
プラズマも不安に思いながら家に入った。
「おじいちゃん! お姉ちゃんもおかえり!」
家に入るなり、幼い少女が元気に更夜とサヨを迎えた。
「ルナ、ひとりで大丈夫だったか? 遅くなったな」
「大丈夫! ん? こんにちは~!」
更夜にルナと呼ばれた少女は手を腰に当て、元気に挨拶してきた。
「こ、こんにちは~……元気だな」
プラズマは苦笑いでルナに手を振る。
「あー! おともだちー! 一緒に遊ぼ!」
ルナはすぐにスズを見つけ、手を取った。
「え……えっと……」
「すまん、ルナはいつもこんな感じなんだ。一緒に遊んでくれるか? ルナとなら先程の暗い気分もほぐれるかもしれない」
更夜の言葉にスズは少し嬉しそうにルナを見た。
「お友達……初めて。一緒に遊びたい」
スズは更夜を嬉しそうに見上げた。
「ああ、行っておいで」
更夜は優しくスズの頭を撫でると、スズの背を押す。
スズはルナと手を繋ぎ、昔からの友達のように楽しそうに子供部屋へと消えていった。
「……ルナに友達ができた。良かった。あの子はサヨと俺以外遊ぶ相手がいなかったんだ」
「そうなの? 壱(現世)で生活しているんじゃないの?」
アヤの疑問に更夜は首を横に振った。
「あの子はな……。産まれた時から現世の人間の目に映らない。サヨは『K』だからか人間の目に映った。ルナは……元水子だ。だが、霊ではないんだ。まあ、その話は今度する。今は……ほら、もうひとりの時神がここにいるのでは? 出てこないが……」
「そうだ! リカ!」
「リカ、帰ったわよ……。いないの?」
更夜の言葉で慌てた二人はリカを呼んだ。
返事がない。
「いないわけないわよね……」
「いるはずだが。上がるぞ」
心配になった二人はあの「お仕置き部屋」に入る。
「リカ!」
アヤとプラズマは部屋で倒れているリカを見つけた。
「リカ?」
「寝てるみたいだな……」
リカの寝息を聞き、プラズマとアヤは胸を撫で下ろした。
「変な事ばかり起こるから、リカもどっか飛ばされたかと思ったわ」
「ああ、寝てて良かった。このまま寝かせとくか」
「待て……リカは……」
後から追い付いてきた栄次が何か過去を見ており、プラズマとアヤは栄次を見据えたまま、固まる。
「リカはメガネの少女にどこかに連れていかれている。そこからは見えない。次はワダツミに抱えられ、こちらに戻ってきた」
「なんかしていたってことか」
プラズマが答え、栄次は頷いた。
「とりあえず、リカが起きるのを待ちましょう」
「だな」
三人が座ろうとした時、更夜が入ってきた。
「ああ、ここはお仕置き部屋だ。ここではなく、別の場所でリカを寝かせろ。布団を敷いてくる」
「まっ……待っておじい……ちゃん」
更夜が布団を出しに部屋から出た刹那、サヨが怯えた顔で更夜を呼んだ。
「なんだ? どこか痛むか?」
「それはもう大丈夫」
「……どうした?」
更夜はサヨが自分と目を合わせないので不思議に思い、部屋に戻ってきた。
アヤ、プラズマ、栄次は不思議そうに二人を見ている。
「あの……更夜さま」
サヨは言いにくそうに下を向いた。
「お前が俺をそう呼ぶ時は、昔から何かをした時だな」
「……あの」
サヨは震えながら涙をこぼす。
「……」
更夜は何も言わず、サヨから話すのを待った。
「あたし……あたしね。ごめんなさいっ! あたし……更夜様との約束を破って刀を……使いました」
「サヨ……座りなさい」
更夜はサヨを落ち着かせ、時神達の前に座らせる。
「刀を使ったのか」
「はい」
サヨはうつむきながら、震えていた。
「体に不調はないか?」
「ありません」
「相手を傷つけたのか?」
「……いいえ。しかし、たまたま傷つかなかっただけです」
サヨの言葉を聞き、更夜は安堵し、ため息をついた。
「俺はお前が五歳の時に、厳しく叱ったはずだ」
「はい」
サヨは久々に更夜の気にさらされ、肩を跳ね上げながら更夜の言葉一つ一つに怯えている。
横に飾られていた刀を見たサヨはさらに小さくなった。
「手を出せ」
「はい」
サヨは素直に手を出す。
更夜はサヨの手の甲を思い切り叩いた。
「いっ……」
「俺が五歳のお前にあれだけ厳しくした理由がわからないのか」
「ごめんなさいっ……ひっ!」
更夜はもう一度、サヨの手を叩いた。鋭い破裂音が部屋に響く。
「こ、更夜……」
戸惑った時神達が更夜を見つめていた。
「お前は『K』だ。武器を使えば消滅するんだぞ。俺は使うなと言ったはずだ」
「ごめんなさいっ……いっ!」
更夜はサヨの手を叩く。
「『K』は戦いに入ってはいけないんだ。理由はどうあれ、約束を破るとは」
「ごめんなさいっ……あうっ!」
サヨは叩かれている手を見つめ、震えながら泣いている。
「これは絶対に破ってはいけない約束だった。お前もわかっているはずだ」
「ごめんなさいっ! ううっ!」
更夜はサヨの手を叩き続ける。
更夜の厳しさを見て、サヨがどうしつけられて来たのかを時神達は深く知った。
サヨの手は更夜により赤く染まる。
「ごめんなさいっ! もう二度としませんっ! 二度としませんから」
サヨは更夜に頭を下げ、謝罪を繰り返した。
「……お前が消えたら、俺は立ち上がれない……。あのループに入り込んだ時も……お前の元に帰る事を考え自分を保っていたんだ」
「更夜さま……ごめんなさい」
「更夜……もう仕置きは良いだろう。見ていられん。かわいそうだ。彼女はそうしなければ、もっと酷い怪我をしていた。言い訳をしない、良い子ではないか。彼女は防御しかしていないぞ。お前との約束を守っている」
栄次が更夜を止め、目にわずかに涙を浮かべた更夜はサヨを抱きしめた。
「もう危ないことはするな……。お前は普通の人間ではないんだ。……頼む」
「……わかってる。許してくださいってあたしは言わないから。昔みたいにお尻叩かれるかと思ったんだけど……」
サヨは叩かれた手をさすりながら、更夜を見上げた。
「バカを言うな。お前は十七だろう。立派に女だ。ガキじゃあない。辱しめるわけにはいかないからな。それから、お前は『K』なんだ。自覚をしろ」
「それに関してなんだが……」
プラズマが言いにくそうに更夜に話しかけた。
「なんだ?」
「サヨに神力があるのはなぜだ? 『K』は神じゃないだろ?」
プラズマの言葉に更夜は眉を寄せる。
「ああ、やはり……そんな気はした。まだ、神力が安定していないようだな。今後、歴史神『ナオ』にデータの検索をしてもらおう。それと……」
更夜はちらりとリカを見た。
「……俺達のデータがやや変わったようだ。俺は弐の世界から出られるようになった。なぜかはわからんがな」
「確かに俺達もこの世界に来れるようになったようだぜ」
更夜にプラズマがそう答えた。
今回の事件で時神達の何かがまた、変わったようだ。
「……更夜」
話が一段落した辺りで栄次が更夜を呼ぶ。
「なんだ?」
更夜はサヨを優しく撫でながら栄次に目を向ける。
「俺を救ってくれてありがとう。それと、スズも救ってくれたな。申し訳なかった」
「俺もスズは心残りだった。俺はな、人をたくさん殺しているから魂がきれいに戻らず、この世界に居続けていたのだ。人を殺したことに後悔があり、厄を溜め込んでいた。時神になったのも、罰なのかもな。人間の恨みが、逃げるなと俺に言っているのかもしれない。サヨやルナを育てたのも娘に対する罪悪感を二人で埋めていただけなのかもしれない」
更夜はサヨを抱きしめる力を強めた。
「おじいちゃん……そんなこと言わないで。あたし達はね、おじいちゃんに感謝してる。だから、助けに行ったの。あんな強い男の子に襲われるとは思ってなかったけど」
「よく無事だったな……。あいつは異常だった」
更夜はサヨの頭を撫で、サヨの赤くなった手を優しくさする。
栄次が他に言葉をかけようとした刹那、元気な少女の声が響いた。
「あー! おじいちゃん! お仕置き部屋でなにしてんの? おねーちゃん抱きしめてる!」
「お仕置き……部屋!?」
ルナとスズがこちらを覗いていた。
「そうなんだよー、スズもお尻ぺんぺんだよ! 悪い子だとここで椅子に座れなくさせられる~」
「それはいやー!」
「はあ……ルナ。大袈裟に言うのはやめなさい……。言っておくが、ルナはイタズラばかりするんだ。だが、サヨにしたみたいな厳しいのは一度もしていない」
更夜は栄次に小さくつぶやいた。
「ああ、そのようだな。過去を見ると、お前は幸せそうだ。これからも様子を見に来る」
「ああ、遊びに来い。皆喜ぶ」
栄次と更夜は拳を軽く突き合わせ、軽く笑った。
「栄次と更夜っていい友達なんだな、アヤ」
プラズマがアヤにそうささやき、アヤもにこやかに頷いた。
「そのようね。今回で栄次にあった後悔もなくなったみたいだし、皆無事でよかったわ。……リカは平気かしら」
「ん……」
アヤがリカに視線を移した時、リカが目を覚ました。