リカが世界から出られず、途方にくれていると、またも誰かの声がした。
抑揚のない女の声。
「......って、この声、聞いたことがある!」
「ワールドシステム内に入ってしまった神を助けに来た」
リカが声の出所を探していると、目の前に青い髪のツインテールの少女が現れた。
「......やっぱり、ワダツミのメグだ!」
眉を寄せてメグを見ていると、メグは首を傾げてリカに近づいてきた。
「うん。......私は誤ってシステムに入ってしまった者を外に出す『K』でもあるから。おかしくないけれども」
「え......? 『K 』なの?」
さらりと言ったメグの言葉にリカは目を見開いて驚いた。
「ワダツミだけれど、『K』でもある。あなたをここから出してあげる。データ改変であなたを伍へ送らなくてもよくなったよう」
「え......ちょっと待って......」
「なにかな?」
メグは表情なく首を傾げた。
「......いや、別になにもないんだけど......この世界ってどうなってるのかな? マナさんは......」
「......世界は世界だ。神は神。『K』は『K』。マナサンとは何?」
メグは表情なく、淡々と尋ねてきた。
「えー......えーと......あ、アマノミナカヌシ!」
「......ああ、ワールドシステムの先にいる『存在のない何か』か。私は知らない。ビッグバン前にこの世界にいた『何か』のようだが、『滅んでいる』ため、わからない。『前回の世界』を参考にするため、『世界』がデータだけ残したようだが」
「......そ、そう」
リカには届かない所の話なので、よくわからなかった。
「では、出ようか」
「......うん」
メグがよくわからない言葉を発し、言葉は電子数字に変わってリカの周りを回る。
「では、ワールドシステムにアクセス『転送』」
そこだけハッキリ聞こえ、リカの視界はホワイトアウトした。
※※
「なかなかしぶといな」
ずっと夕闇の海辺でスサノオは時神達に笑みを向けていた。
プラズマ、栄次はアヤをかばい、負傷するが、アヤがすぐに回復させる。
「そこの現代神が厄介なんだが、そろそろ疲れてきたか? 神力が乱れているぞ」
「見抜かれているわね......。こんなに連続してやるともたないわ......」
アヤは荒い息を漏らしながら、栄次に時間の鎖を巻き、神力を浴びる前に戻す。
「アヤ......」
「大丈夫よ。まだ......」
栄次は心配するが、すぐにスサノオの攻撃に集中し、神力はプラズマが結界で弾いていく。
「......私が倒れたら負け。でも、本当はもう......神力が出ないの......」
アヤは膝から崩れ落ち、砂浜に座り込んでしまった。
体が重い。足はもう動かない。
スサノオはアヤの様子を見、攻撃をアヤに向けた。
「アヤを狙うんじゃねぇよ」
プラズマがスサノオを睨み付け、結界をアヤに向けて張り、栄次はアヤの前に飛び込んで、スサノオの剣を受け止めた。
プラズマはすぐに、銃をスサノオに向けて撃つ。
スサノオには当たらなかったが、栄次は一瞬の隙に剣を刀で受け流すとアヤを抱いて逃げた。
スサノオは栄次が逃げた先に神力を向け、プラズマが栄次の前に結界を張り、失神を防ぐ。
「しぶといねぇ」
スサノオはいまだに笑みを向けている。
「栄次、ありがとう」
「もう、動けぬか? 動けるならば、お前だけでも逃げるのだ」
「そんなこと、できないわよ。最期まで一緒にいるわ」
アヤは栄次に苦笑いを向けた。
「そうか。スサノオにお前だけは斬らぬよう......俺の最期に願ってみよう。斬殺される女は見たくない故。非力な俺を許せ......アヤ」
「やめて。なんとかして生き残るのよ」
「......ああ、だな」
栄次とアヤが軽くそんな会話をしているところに、突然リカが投げ出されてきた。リカは派手に砂浜に叩きつけられると、涙目で起き上がる。
「いったた......」
「リカ!」
時神三柱は驚き、それぞれ叫んだ。
「ワールドシステムには入れたの?」
アヤは不安げな顔でリカを見た。
「う、うん......入れた。でね、色々変わったみたいで......」
リカはスサノオを恐々見据えながら、アヤに細々と語る。
「ふむ、マナが負けたか」
スサノオはリカを見、苦笑いをし、続ける。
「じゃ、俺は手をひく。アマノミナカヌシのデータが負けたなら、何をやっても負けよ。命拾いしたな。まあ、次会ったらどうなるかわからないが。今回の運命はあんたらの勝ちだな」
スサノオはあっさりと剣を鞘にしまうと、陽気に去っていった。
「うそ......そんなあっさり......」
アヤがつぶやき、栄次とプラズマが同時にその場に座り込んだ。
「生きてた......はあ......」
プラズマが拳を天に向かって突き上げ、栄次が刀を鞘に戻す。
「なかなかに手強い相手だった」
「プラズマ、栄次、ありがとう。私を守ってくれて......あんまり役に立てなくてごめんなさい」
アヤは心配そうに栄次とプラズマの怪我を見つつ、申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。あんたはよく頑張ったし、アヤがいなきゃ、死んでたぞ。俺ら」
プラズマはヨロヨロと三人の元へ歩き、座り込んだ。
「アヤ、すまぬ、助かった。お前は大丈夫か?」
「ええ、私は疲れただけよ」
栄次の言葉にアヤは、安堵のため息と共に小さく答えた。
「リカ、怪我をしている。大丈夫か? お前も戦ったのか......」
栄次はリカを心配し、プラズマが顔をしかめた。
「あんた、何と戦ってきたんだよ......。顔に傷とかかわいそうだなあ......女の子なのに」
「そう、ですよね......。なおるかな......」
リカはやや落ち込んでいた。
「プラズマ、顔は軽い傷だが、それよりも腹の傷のが重そうだ。処置できるものがない故、先程の場所に戻るのが良さそうだが......」
栄次は辺りを見回すが、戻れそうな場所はない。
「どうやって戻るの? 壱に戻ったら、剣王は襲ってくるのかしら?」
アヤはリカの背を撫でながら考える。
「たぶん......ここに入ったのと同じことをすれば、帰れるんじゃないかな? これ、使えそうだけど」
リカはアマノミナカヌシの槍を出現させ、軽く振った。
「......なんだよ、それ......初めて見たぞ」
プラズマは槍を興味深そうに眺めつつ、首を傾げた。
「これ、実はよくわからないんです。ですが、ワールドシステム内にいたアマノミナカヌシの......マナさんと同じ槍で......」
「じゃあ、私の血で五芒星がでるか試して、その槍を五芒星に刺せば元に戻るのかしら? リカ、ナイフを出して」
アヤがリカに近づこうとした刹那、尖った三角のサングラスをかけた、不思議なニット帽をかぶった少女が不気味に笑みを浮かべながら現れた。袴を着ているところからすると、なにかの神か。
「いや、あの子は......たしか......」
リカが最後に死んだ時、リカを覗き込んでいた少女だ。
たしか......
「ワイズかよ......」
プラズマが頭を抱えつつ、少女を睨み付ける。
「そうだYO! 東のワイズこと、オモイカネ! ワールドシステムに入ったんだNE? データが書きかわっているYO。そのうち、人間達が時神の認識を改めるだろうNE。時神は同じ世界線にいるとな」
「ん? どういうことだ」
栄次が目を細め、プラズマが頭を抱えた。
「俺達が同じ世界にいるというデータに変わっただと?」
「そうだYO。過去の世界、参にもお前ら三柱は存在し、未来の世界、肆にもお前らが存在するということだYO。お前ら三人はこれから同じ世界で存在する」
「なんてこった......。で? あんたは俺達とやり合う気なのかよ?」
ワイズの言葉にプラズマはため息をもらす。
「幼いおなごの風貌のお前を斬りたくはないが、俺自身が負けそうだ」
栄次は自嘲気味に笑った。
「ははは、私は戦う術をもたない。頭脳だからNE。だから剣王が動いたんだ。ただ......壱を守るため、異世界少女を邪魔してみようかとは思うYO」
「なんなの......」
リカがワイズの異常さに怯えていると、世界が歪み、海の世界から強制的に外に出された。
「頭脳勝負といこうかYO。この世界をハッキングした。そう簡単には出さないYO。出られたらお前の好きにするがいいYO」
ワイズはそう言うと、電子数字に紛れ、消えいった。
リカと時神達は不思議な浮き島に取り残されていた。
浮き島は空を浮遊しており、他は何もない。
「何......ここ」
リカは困惑し、時神三神を見据えた。
「うーん......ワイズ、何考えてんだか......」
プラズマは苦笑いでリカを見た。
「俺はな、俺達をリカと共にこの世界から脱出させるのはおかしいと思うのだ。狙われているのはリカ。なぜ、俺達をここに閉じ込めた?」
栄次は腕を組み、ため息をつく。
「......つまり、もう狙う気はないのよ。さっさと出ましょう。あの神は何を考えているのかわからないけれど、無駄なことはしないの。私達をここに閉じ込めたのも理由があるはずだけれど、今はわからないわ」
アヤは冷静に分析し、世界からの脱出方法を考え始める。
その横で栄次はため息まじりに口を開いた。
「おそらく、ここは弐の世界だ。時神全員がこの世界にとらわれてるということは、壱の世界の時間がどうなっているかわからぬ」
「それだな。ワイズはこのタイミングでなんか裏でやってんじゃねぇか......」
「なにかって何をしてるんですか?」
栄次とプラズマの会話にリカが入り込み、尋ねた。
「んー、わからねーが、アイツ、『K』だよな」
「そうね......」
プラズマの言葉にアヤが答える。
「で、剣王と同じく、壱の世界を守ってる。んで、異物データのあるリカを排除しに来ないで、俺達皆合わせてここに閉じ込めた......つまり......どういうこと?」
プラズマは良いところで首を傾げた。
「時間関係がなくなった所で、壱と伍を完全に切り離そうとしているのではないか? 時間という厄介な部分がないのだ。比較的自由にいじれるのではと」
栄次が頭を抱えつつ、答えを導きだす。
「そうね。リカはこちらの世界で適応したのよ。排除をする必要はない。そうすると、どうするか......壱を守るために今後、伍からの情報を遮断し、二度と争いを生まないようにする」
アヤが頷きつつ、リカの背中を撫でた。
「じゃあ、私......元の世界には帰れないの?」
リカが不安そうにアヤに尋ねた。
「......帰りたい? たぶん、帰っても誰もあなたを覚えてないわ。壱に入った段階で、伍にいた時とはデータが書き換えられて違うんだもの。人間に認識はされないと思うわ」
アヤは言いにくそうにリカに言う。神はデータでできている。
壱で適応可能なデータに書き換えられたのなら、伍にいた時のデータとは違う。
伍は想像物が乏しい世界。
壱は神々や『K』など、人間が想像したものが実際に「存在」している世界。
リカは伍の世界での神だった。
それが壱の世界に入ったのだから、もう壱の神でもある。
「......お母さんとお父さんも偽りで私の家族じゃなかったんだ......。向こうに帰っても私、ひとりぼっちか......」
リカはうつむく。
「リカ、私達は側にいるわ」
アヤが優しくリカを抱きしめた。
「そうだ。あんたが新しく存在を始めたから、俺と栄次も元の世界に帰らなくてよくなったらしいじゃねぇか。だから、一緒にいるよ」
「ああ、そうだな。共に歩もう」
プラズマと栄次はリカの頭を撫でる。リカは十代の風貌だが、産まれてまだ一年だ。
わけのわからないことばかりが襲い、泣いてばかりだった。
少なくとも壱の世界にいれば、味方がいる。
リカは壱に残る決意をした。
「私は......全然世界のことがわからない。......だから、皆がいるこっちの世界にいることにするよ」
リカは元の世界に帰らない判断をした。それは世界の判断か、リカの判断かはわからない。
リカはまだ、生まれて一年。
そんなことすら知りもしない。
「リカ......泣くな。お前は泣かないで戦ったのだろう? よく頑張ったではないか。だが、まだ終わっておらぬ......。まずは立て、リカ。お前はまだ強くあろうとしなくともよいが、お前が戦うべき相手は思ったよりも大きいのだ」
栄次がリカの目にたまった涙を拭き、プラズマとアヤを見る。
「とりあえず、出るぞ」
「で? どうやって出るかだよな......」
「ここは浮島しかないわね、さあ、どうしましょうか」
プラズマとアヤはリカを気にかけながら、出る方法を考え始めた。
アヤは出る方法を考える。
「この世界でワイズがハッキングし、私達を閉じ込めた。閉じ込められたけれど、弐の世界なはず。つまり、誰かの心の世界。ワイズが私達を人間の心に閉じ込めるわけがないので、おそらく、どっかの神の心の世界」
アヤはリカの背中を撫でながら、栄次とプラズマを仰いだ。
「なるほど、そう考えると、神力の提示をして『命令』すれば出られるかもなあ」
「神力の高い神なら、負けるがな」
プラズマは眉を寄せ、栄次がつぶやく。
その後、プラズマは眉を寄せたまま、再び、静かに言った。
「この中で一番神力が高いのが俺か。俺より神力が高い神......ワイズの世界とかならヤバいな」
「それはないんじゃないかしら。ワイズはハッキングしているのよ。ハッキングしてまでこの世界に私達を割り込ませたのなら、ワイズの世界とは考えにくいんじゃないかしら。ただ、プラズマより神力が高い可能性もあるけれど」
アヤが答え、栄次が頷く。
「とりあえず、やってみるとしよう。プラズマ、神力を最大まで上げろ」
「はあー、あれ疲れるんだよなあ。口上は任せたぞ、栄次。女の子にはやらせたくないからな」
「ああ」
「......何をするの?」
リカはプラズマと栄次の会話を怯えながら聞いていた。
それを見たアヤがリカの背中を撫でながら答える。
「プラズマが神力の提示をするの。対象の神に気づいてもらうため、儀式をするのよ」
「どういう......」
「まあ、見ていて」
アヤがプラズマを見るよう促したので、リカは口を閉じた。
「いくぞ、神力解放」
プラズマが神力を解放し、最大まで上げる。手を横に広げると、プラズマの服は一瞬で水干袴のようなものに変わり、赤い髪が腰辺りまで突然に伸びた。
「あれが本来のプラズマよ。リカ。神は必ず、霊的着物っていう礼服を一着持ってるの。存在を始めた時の姿になるから、プラズマは奈良後期から平安初期。千年ほど前かしら」
「千年......」
リカは呆然とつぶやいた。プラズマは千年も生きているのか。
「髪の長さは神にとっての神力の強さ。プラズマは神力をある程度にしているから、普段は短いの」
「へ、へぇ......調節とかもできるんだ......」
リカは神聖なものをプラズマから感じた。やはり、彼は神なのだ。人間離れした雰囲気を今は纏っている。
「栄次、平伏し口上を」
プラズマが普段の陽気な雰囲気を消し、栄次を静かに見た。
「......はい」
栄次は膝をつき、プラズマに平伏する。
「え、栄次さん......」
リカは以前、スサノオから平伏させられたことを思い出した。
あれとは違う雰囲気だが、元は同じな気がする。
「わたくしは、時の神、過去神、白金(はくきん)栄次(えいじ)でございます。神力の解放、まことに感謝いたします」
栄次は平伏しつつ、言葉を発する。
「お名前をお聞かせくださいませ」
「私は時の神、未来神、湯瀬(ゆせ)紅雷王(こうらいおう)である。......あー、本名言いたくねぇ......ダセェし......」
「......名乗ってくださり、感謝いたします。この世界の持ち主の神にも、神力の提示をお願いいたします。紅雷王様」
プラズマを無視し、丁寧にことを進める栄次。プラズマはため息をつきながら、空を仰いだ。
「神力が下という設定でいくぞ。......この世界を守る神よ、私は時の神、未来神、湯瀬紅雷王である。こちらの世界から出していただきたい。勝手に入り込んでしまい、まことにすまない」
プラズマが空に語りかけると、すぐに女の声がした。
リカの知っている声だ。
誰だったか......。
「な、なんで私の世界(夢)に時神がいるのですか!?」
「この声、ナオか」
栄次がつぶやき、リカは思い出した。あの神々の歴史を管理しているという、歴史神ナオだ。
「ああ、ナオだったか。なら、俺より下だ。と、いうか知り合いだし、出してくれるよなあ......」
プラズマはいつもの雰囲気に戻ると、陽気に笑った。
「出しますよ」
「その前に、寝る前にワイズに会ったか?」
プラズマが尋ね、ナオは素直に答える。
「はい。会いました。壱と伍の切り離しをするとか......剣王と話しておりましたが......」
「時間関係はおかしくなっているか?」
今度は栄次が尋ねた。
「ええ、時計が止まって、調査に行こうとしたら、突然に眠気が......」
「そうか、ワイズだな......」
プラズマが頭を抱え、ナオが控えめに再び声を発する。
「とりあえず、出しますね......」
「......おかしいですね......。出せない。ああ、ムスビとも繋がってしまっているようです。元々、私達は二人でひとりの神でしたので、夢の世界もつながっているのかと思われます。あ、暦結神(こよみむすびのかみ)のことです」
ナオの言葉にプラズマが頭を抱えた。
「マジかよ......ワイズ、二段構えにしやがったな......」
「その神って......栄次さんが神力が高いって言っていた神ですよね?」
リカが栄次に尋ねるが、栄次は首を傾げた。リカは今の時間軸の栄次ではないことに気がつき、なかったことにしようとしたが、栄次は納得したように頷く。
「ああ、そうだな。過去見で見た俺が言っていたな。そうだ。神力はかなり高い」
「......ムスビにも気づいてもらうために、もう一度やるわよ。なんなら、今度は私が......」
アヤが言った刹那、プラズマがアヤを見た。アヤは一瞬で口をつぐみ、冷や汗をかいていた。
「ああ、悪い。神力落とせねぇからさ。怖い?」
「......気絶しそうだわ......。無理ね」
「栄次、前に入れ」
アヤを心配したプラズマは栄次を間に挟ませた。
「......はい」
「栄次、あんたが俺に敬語使うの、違和感しかないなあ。わらっちゃうんだけど」
プラズマが複雑な顔で栄次を見る。
「......神力がぶれております、紅雷王様」
「その名で呼ぶんじゃねーよ......」
「それよりも、早急にお願いします。あなた様の神力はわたくしには強すぎます故」
栄次は神力を高め、プラズマの神力に耐えていた。
「ああ、わかった。やるか」
「では、もう一度、お願いします」
栄次が平伏しようとしたが、プラズマが止めた。
「平伏は命じていない。そのままで良い。栄次」
「はい」
栄次はそのままでプラズマを見据えた。
「では、お名前をお聞かせくださいませ」
「......私は時の神未来神、湯瀬紅雷王である」
「この世界の持ち主の神にも、神力の提示をお願いいたします。紅雷王様」
栄次は丁寧にプラズマに頭を下げる。
「了解した。私は時の神未来神、湯瀬紅雷王である。領域に踏み込んでしまったこと、まことに申し訳ない。すみやかに出ていく故、見逃してはもらえないだろうか?」
プラズマは空に向かって声をかけた。
すぐに男の声がプラズマに答えた。
「時神......よくアクセスを思いついたね」
男の声はリカが以前会ったムスビのものだった。
「......暦結神、出してはくれぬか?」
プラズマはさらに声をかける。
「俺達の上司、剣王に出すなと言われているんだ。ナオさんは言われてないけどね。残念、交渉失敗だね」
ムスビはそっけなく言い放った。
「......夢をみているのでは? こちらは弐の世界にある、あなたの心の世界であり、夢の世界なはずだが」
「ああ、たぶん、俺は寝ている。夢(弐)の俺は壱にいる時とは違うのかもしれない」
「......もうよい。早く出せ」
プラズマは神力をさらに高め、空を睨む。
「出せないと言っている」
空から強力な神力が降ってきた。プラズマは結界を張って神力を弾く。
「ここから出せと言っている!」
プラズマが今度は強い神力を天に向かい放出する。
「神力は同じくらいね。......いや、プラズマのが上かしら?」
「これで、出られるの?」
アヤとリカは遠くで静かに見守っていた。
「出さない。君達を守るためでもあるから。壱と伍を完全に切り離せれば誰も消えないだろう?」
「......では、強行突破といくが、よいか?」
「乱暴だね、俺は戦える神ではないんだ。ご容赦願う」
ムスビは態度を変えない。
挑発にも乗らない。
頭が良く、冷静な男だ。
「......栄次、どうする......? ムスビは夢の中にいる。起きている状態とはだいぶん、違うぞ」
プラズマは栄次をちらりと見た。
「......戦いを拒否する神に乱暴はできませぬ。そうしましたら、暦結神を『起こして』みるのはいかがでしょうか」
「夢から覚めさせるか」
「はい」
栄次の言葉にプラズマはしばらく考える。彼に似合わない真面目な顔だ。
「......アヤ」
プラズマはふと、アヤを呼んだ。アヤはプラズマがいつもと違う雰囲気なので怯え、小さく返事をした。
「......はい」
「ごめんな、怯えさせるつもりはないんだ。神力をこのまま一定にしていた事がすげぇ昔の話だったから、すぐぶれちまうんだよ。こんな話をしたいわけではなく、アヤ、頼みがある」
「はい」
プラズマはアヤとは目を合わさずに言う。目を合わせるとアヤが倒れてしまうからだ。
「この世界の主であるムスビの時間を寝る前に戻せるか?」
「......そ、それはできません。暦結神の神力は私よりも上でございます。自分よりも上の神に時間の鎖は巻けません」
「......そうだった。なんで、アヤまで丁寧語なんだよ......。ちくしょう、ワイズめ、めんどくさいことをしやがって」
アヤの返答を聞き、プラズマは苛立ちを見せた。
「紅雷王様、アヤとリカに危害は加えませぬよう......」
栄次の言葉にプラズマは慌てて神力を安定させる。
「栄次、まだやれるか?」
「......はい」
「じゃあ、ナオをこの世界に呼び寄せ、拘束しろ」
「......はい」
栄次が少しだけ動揺を見せたので、プラズマは慌てて栄次に耳打ちした。
「いや、拘束しろってのは演技な。ナオとムスビは相思相愛らしいから、ナオに協力してもらえばムスビとの交渉もうまくいくだろ? 卑怯だけど」
「わかりました」
栄次はさらに神力を高め、ナオをムスビが展開している夢の世界へ呼んだ。
「霊史直神(れいしなおのかみ)、ナオ......こちらに出現を命ず」
栄次が言葉を神力に乗せて空へ飛ばす。するとすぐにナオが現れた。
「はい......応じました」
赤髪の少女ナオは栄次の荒々しい神力に怯え、震えながらこちらを見ていた。
「なにもせん。安心しろ。突然の強い神力、まことに申し訳ない。力を貸してほしい」
栄次は神力を抑え、なるべく優しく話しかける。それにより、ナオの表情がいくらか明るくなった。
「ムスビを焦らせ、俺達をこの世界から出させるのだ。ナオ、悪いが捕まったふりをしてくれ」
「......は、はい」
「怯えなくて良い。酷いことはせん」
栄次は軽くナオの体を後ろから抱くと、首に腕を回し、締め付けるふりをした。
「痛くないか? 苦しければ言ってくれ」
「だ、大丈夫です......」
栄次とナオの会話を聞き、プラズマが苦笑しつつ、ムスビに話しかける。
「見ろ、ナオはこちらにいるぞ。どうする?」
プラズマは我ながら卑怯だなと思いつつ、相手の反応をうかがった。
「ナオさんに触るな!」
ムスビはすぐに世界に現れた。
「お、おう......本神が直々にくるとは......」
プラズマは慌てつつ、神力がぶれないよう調整した。
「ナオさんを離せ......。栄次、ナオさんが好きなのはお前じゃなく、俺だ!」
栄次の拘束の仕方が甘すぎたのか、ムスビはナオを抱きしめていると思ったようだ。方向性真逆に怒っていた。
「あ、あれ......? 何言ってんの? こいつ」
プラズマははにかみ、栄次はため息をつく。
「申し訳ありません。紅雷王様、違う方面に伝わったようでございます」
ムスビは怒りながら栄次に襲いかかっていた。
「まいったな......。人質にして、ナオを離せーってなってから、ムスビが慌てて俺達を外に出すっていう方向だったのに、本神登場で襲いかかってくるとは......どうしよう」
プラズマは冷や汗が止まらなかった。
ムスビは神力を言葉に乗せて威圧的に言い放つ。
「ナオさんを、返せ」
立っていられない重圧がアヤやリカをも襲い、プラズマは慌てて結界を張った。
「栄次、ナオは渡すなよ。あいつは武器を持たない神だ。こちらは武器を向けてはいけないし、世界を壊すこともいけない。一般的な神の世界でワールドシステムなんて開けない。世界を壊すことになるからな」
プラズマは横でアマノミナカヌシの槍を出していたリカに小さく言った。
「あ......ごめんなさい。だから、やらなかったんですね......」
「やると自分から言った場合はいいのだが、サヨのような状態になることはほとんどないんだ。な? ワイズの怖さがわかったか? 八方塞がりにしてくんだよ。こうやって」
ワイズはムスビの神力の高さを知っていて、なおかつ、武器を持たない神ということも当然知っている。おまけに神力対話になったとしても、邪魔ができるよう、ナオを前に置いていた。
「今回は参りました。この神には刀を抜けませぬ。紅雷王様が神力勝負を行うことになります。相手の武器は神力故。相手方の神力がなくなった時、アヤよりも神力が下がった時、アヤは巻き戻しができるのではないでしょうか?」
栄次がナオを抱えたまま、ムスビが飛びかかるのを軽く避けつつ、プラズマに言った。
「やっぱ、そうなるか」
プラズマはため息混じりに言うと、栄次の前に結界を張る。
「時神同士なら、時間をある程度はいじれるんだけれど......」
アヤが控えめにつぶやいた。
「アヤ、先程の戦いで神力をかなり削っただろう? 今、プラズマがムスビを抑える間で回復させてくれ」
栄次は華麗に避けつつ、アヤに小声で言う。
「わかったわ......」
アヤは不安そうな顔のまま、神力を上げ始めた。
「ナオを返せよ!」
ムスビが再び、神力を解放し、言葉に乗せる。凶器に近い鋭い神力がプラズマを突き刺すが、プラズマは未来見で未来予知をし、素早く結界を張り、防いだ。
ムスビは神力を最大まで上げ、プラズマと同じく霊的着物水干袴になると、髪も腰辺りまで伸ばした。
「本気かよ」
プラズマがうんざりした顔をしつつ、ムスビの神力を結界で防いでいく。
「ナオさんは俺が好きなんだよ!」
「ああ、あんたが好きなんだろうよ......めんどくせーなァ......」
ムスビは自身の心の世界にいるため、栄次への嫉妬心が強く表に出ているらしい。
ムスビからの強烈な神力を再び弾くプラズマ。お互い神力を消耗していく。
「栄次、刀は抜くなよ」
「......そのつもりです」
栄次が冷静に答えたので、プラズマはムスビに向き直り、槍のような神力を再び弾いた。
「オイ、ムスビ、そんなに神力一気に出したらぶっ倒れんぞ!」
「お前がナオさんを離せば良いんだよ!」
ムスビは全力で神力を放つので、プラズマも全力で防ぐしかなかった。
お互いは徐々に神力を減らしていく。
「......はあはあ」
そのうち、ムスビが肩で息を始め、霊的着物が剥がれかかってきた。
「そろそろ、神力切れか?」
「ちくしょう!」
ムスビは焦りからか、プラズマに殴りかかる。必死な男の拳は、鋭くプラズマを貫くが、プラズマはムスビの拳を受け流し、余裕なく構えた。
そして一言。
「俺の勝ちだっ! ......すまん! ムスビ、後で酒飲もう!」
プラズマは呼吸を整えると、拳を握り、ムスビの顔面を振り抜いた。
ムスビは空を舞い、地面に力なく、だが派手に落ちる。
「飯もおごる! 許せ!」
「......おい、何をやっている......。暴力はいかぬとお前自分で......」
栄次が頭を抱え、ナオが半泣きでムスビを見ていた。
「ナオ、すまぬ。泣かないでくれ。ムスビは大丈夫だ」
「うう......ムスビ......」
栄次がナオを慰めつつ、プラズマを睨み付ける。
「どうするつもりだ」
「い、いやあ、ごめん......。向こうが殴りかかってきたからよ。男同士の戦いでなんか、気分が変になってきちまって、俺もけっこうギリギリだったんだよ......、ムスビは夢の中だから大丈夫だ。それに、アヤが今から巻き戻してくれるはず。そう、そのはず!」
プラズマは言い訳を並べ、アヤを見た。
「わ、わかったわ......。一回くらいならできそうだから」
アヤは手を前にかざすと、巻き戻しの鎖を意識を失っているムスビに巻く。ムスビは光に包まれ、すぐにその場から消えていった。
ムスビが消えたら、ナオも消え、世界が崩壊を始めた。主の神が夢から覚めたことで、この世界はなくなる。
おまけに巻き戻しで寝る前に戻されているため、毎回変わる夢の世界では存在が危うくなったのだろう。
「......ムスビが夢から覚めて、世界が崩壊を始めたが......どうやって逃げればいいのか」
栄次はアヤとリカのそばに寄ると、困惑した顔をしていた。
青い空はガラスが割れたように崩れていき、宇宙空間が見えてきた。
「やほー! こんなとこでなにしてんの? ワールドシステムは?」
呆然とする時神達の元へ、やたらと陽気な少女の声が響く。
上を見上げると、にこやかに笑っているサヨがふよふよと浮いていた。
「あれ? そんな雰囲気じゃない感じ?」
「サヨだ!」
「助けて!」
「サヨ! 助けてー!」
プラズマ、アヤ、リカはサヨだとわかると必死に助けを求め始めた。