「あ~、皆ふわふわになっちゃってぇー」
暗闇の中でサヨの声がした。
最初に声に気づいたのはプラズマだった。
「うっ……」
プラズマはうっすら目を開き、辺りを確認する。
なぜか浮遊しており、辺りは宇宙空間だった。遠くの方にネガフィルムが絡まったかのような何かが多数ある。
DNAの絡まっている感じに似ていた。
プラズマはリカを強く抱きしめている事に気がつき、やや安心する。
「守りきれたか……。しかし、力いっぱい抱きしめちまったから、痛かったかな……」
リカは気を失っていた。
「まさか、俺が殺してねーよな……。女の子を圧殺とかシャレになんねーから。おーい、しっかりしてくれー」
「あーあ、そんなか細い子を力一杯締め付けたら、かわいそうじゃーん」
サヨが呑気に浮遊しながら近づいてきた。
「わかってるが、しかたねーだろ! で、ここはどこだ? アヤは? 栄次は?」
プラズマはサヨに詰め寄る。
「はいはーい、全員回収しましたー。アヤは気を失っているし、サムライも気を失っているよー。ここは弐ですー」
サヨはじぶんの後ろを浮遊しているアヤを指差し、その隣にいた傷ついた栄次を指差す。
「栄次……やられたなあ……。あんた、すげぇよ、よく頑張った。で、剣王は?」
「剣王は弐の担当じゃないからたぶん、入ってこれないんじゃね? あたしが『排除』しといたし。弐は適応データがないと、人の心が渦巻くあのネガフィルム世界に囚われちゃう。永遠に迷っちゃうから、壱の神は普通入らないよ」
「弐については知らねーから、あんた、なんとかしてくれ。皆、気絶しちまってるしな」
プラズマは頭を抱えつつ、ため息をついた。
「あの書庫の神のとこに行くのも考えたんだけどー、あそこ、壱と繋がってるから、剣王入ってきちゃうからヤバポヨ~」
サヨはうかがいながら、プラズマを仰ぐ。
「そういや、未来見で見たな……。天記神(あまのしるしのかみ)のところに逃げた時、剣王に襲われてリカが殺された」
「あ~、その子、殺されちゃうんだ……なんで?」
「違う世界から来た時神なんだってよ。異物データの削除に剣王が動いているらしい。そういや、あんたも……」
プラズマは「K」も味方ではないことを思い出した。「K」だというオモイカネ、東のワイズもリカを狙っているという。
「はあ? あたしはそんな気持ちじゃないけどー」
「そうなのか。『K』によって違うのか?」
「さあ? 聞かれてもわからんちん~」
サヨは敵にはならなそうだ。
プラズマは少しだけ安心した。
「で、どうする? これから」
「これからね~、あたしの先祖んとこ行く?」
「は? 先祖?」
プラズマはサヨの発言に眉を寄せた。
「ここは霊魂の世界でもあって、霊は人の心に住んでいるの。つまり、あのネガフィルム一枚一枚が『どっかで今生きている人間の心の世界』で、その心の世界内に霊が住んでる。あたしの先祖はあたしの心にいるから、あのネガフィルムのどっかにある、あたしの心の中に住んでるってわけ」
「ちょっとわけわからんが……かくまってくれんの?」
プラズマは頭を抱えつつ、サヨに聞いた。
「あたしの心の中の世界だから、大丈夫だよ~。あのネガフィルムからあたしの心を探して、入るだけ。そこにあたしの先祖が住んでる。うちの先祖は弐の時間管理をしている『時神』だから、話が合うんじゃね?」
「え? 情報が多すぎる……。待て! 弐の世界の時神? あんたの先祖が? 弐にも時神がいんの?」
慌てるプラズマにサヨはあきれた顔を向けた。
「だから、そう言ってんじゃん」
「そうなのか……世界は広いな、オイ」
「じゃ、いこーよ!」
サヨは軽く微笑むと、空を飛んだ。すると、プラズマ、栄次、アヤ、リカも自然とサヨに引っ張られるように動き出した。
「あたしのデータの一部にあんたらがなってるから、あたしの動く通りに動けるんだからね」
「わ、わかった……」
プラズマは息を軽くつくと、わけのわからない宇宙空間を呆然と眺めていた。
サヨに連れられ、浮遊していたが、どこを通っているのかまるでわからなかった。
宇宙空間もネガフィルムもずっと同じ風景だ。ループしているようにも思える。
「着いたけど」
「は? え? ここ?」
サヨはあるネガフィルムのひとつで立ち止まった。見た目は二次元に見える。つまり、絵のような感じだ。
「絵じゃねーの?」
「あたしの心だけど。入ろ」
「入ろって……」
プラズマが戸惑っていると体がネガフィルムに吸い込まれていた。
「なんだ、なんだ?」
ふと、気がつくと一軒家の前にいた。昔ながらの日本家屋の周りには白いかわいらしい花が咲いている。
「どこなんだ、ここは」
「だからー、あたしの心の中だって! 先祖が住んでるって言ったじゃん。重力がかかってくるから、サムライとアヤとこの子、抱っこしてよ! おにーさん」
「あ、ああ……悪い悪い……。さすがに重い……。栄次はやっぱ重いな……男だしな」
よく状況が飲み込めていないプラズマはアヤと栄次とリカを抱え、汗だくでサヨを追う。サヨは一軒家の扉を叩いた。
サヨが扉を叩いた刹那、銀髪の鋭い目の男が渋みのある声を出しつつ、玄関先に顔を出した。
「妙な気配は感じていたが……めんどうなのがきたな。サヨか」
「はいはーい、ちょっとワケありで、壱(げんせ)の時神達をかくまってくれない? って話……なんだけど……ダメ?」
サヨは銀髪の男に軽く声をかけ、はにかんだ。サヨの様子が微妙におかしい。男に少し怯えているようだ。
銀髪の男は鋭い眼光の青年で、右目が髪に隠れて見えず、目が悪いのかメガネをかけている。
青い着流しを着ており、髪はてきとうに後ろでまとめていた。
「サヨ、言葉づかいが悪いぞ、どうなっている」
「うっ、ご、ごめそん……。じゃなかった……えーと……ごめんなさい」
「サヨ、しっかり話せ、わからないぞ。なんだ? もう一度」
男が鋭い瞳で問うのでサヨは萎縮していた。プラズマはサヨの変わりように驚いたが、理解できた気がする。この男は怖い。
顔から雰囲気から刺々しさがある。
「現世の時神がなんかに巻き込まれて……かくまってほしい……です。怪我してる神もいて……その……」
「理由は聞いてないのか。まあ、いい。入れ」
男はプラズマをちらりと見た後、プラズマが抱えている栄次に目を向けた。
「ほう……」
男は意味深な笑みを浮かべると、玄関奥へと消えていった。
「なんだ、こえーなあ」
「あのね、あのひと、元々は甲賀望月家の凄腕の忍者……」
サヨが慌てて小声でプラズマに耳打ちする。
「めっちゃ怖いっしょ」
「ああ、怖えー。雰囲気から刺々しいよな」
「早く入れ」
サヨとプラズマが内緒話をしていると、鋭い声が飛んできた。
二人は冷や汗をかきながら、弐の世界の時神だという彼の家に入っていった。
「茶だ。座れ」
「あ、ありがと……」
畳の一室に座らされたプラズマとサヨは萎縮したまま正座していた。
「女二人は外傷なし。……栄次は……くくっ、手酷くやられ、気を失うか。夢は泡沫……なんの夢を見ていることやら」
男はサヨとプラズマに緑茶を出すと、気を失っているアヤとリカを畳に寝かし、栄次を見て軽く笑った。
「あ、あんた、なんで栄次の名前、知ってんだ? ていうか、あんた……名前は……」
「……望月……更夜(こうや)だ。それで、あなたは?」
「お、俺か? 湯瀬(ゆせ)プラズマだ」
プラズマは変な威圧を感じつつ、苦笑いで自己紹介をした。
「ほう。それで? サヨ、これはなんだ?」
「あ、あたしにもわかんないってゆーかぁ……、そこの倒れている女の子がなんか……」
サヨは恐る恐るリカに目線を向ける。
「起こすか」
「乱暴はしちゃダメだからね」
「ふっ、乱暴か。バカにするな」
サヨの言葉に更夜は冷笑を浮かべつつ、リカを軽く揺すった。
刹那、リカは唐突に意識を戻した。
「はっ!」
「おー……、一瞬で戻った。さすが、忍者じゃーん!」
サヨの呑気な声を聞き流し、リカはわかりやすく怯える。
「な、何が……どうなって……」
「どうなってもない。ここは弐の世界内、サヨの心の中。あなたらはかくまえとここにやってきた。それだけだ」
リカは目が覚めたと思ったら、冷たい声の男に話しかけられていた。
「えーと……あなたは誰ですか?」
リカは眼光鋭い銀髪の男、更夜に当然恐怖を抱く。
また、殺されるかもという予感も頭によぎった。
「俺は望月更夜。サヨの先祖であり、霊。そして、弐の世界の時神だ」
「弐の世界の時神? 時神ってこんなにたくさんいるんですか?」
リカは目を忙しなく動かしつつ、動揺した頭で更夜を仰ぐ。
「この世界も時間管理はいる。弐に住む霊達は、自分の魂内のエネルギーを消費しつつ、新しいエネルギー体として消滅するまで、この世界に存在することになるからな。その時間管理がいるだろう。まあ、そんなことはいい。あなたは何をしにきた」
「わけわからない……ですけど、一応、ワールドシステムを開きにきたんです」
「なんだ、それは」
更夜は眉を寄せた。
眉を寄せると栄次よりも怖い。
責められているような気持ちになり、リカは顔を青くした。
「ごめんなさい。私もわかりません……」
「わからない……だと。では、何もわからんではないか」
「は、はい……ごめんなさい」
さらに睨み付けられ、リカは震えながら後退りをした。
「あー、リカをいじめないでくれ。彼女は想像物がなくなった世界伍(ご)から来た時神なんだが、想像物を信じる壱の世界で異物になってしまい、異物排除データのある神に狙われてんだ。で、ワールドシステムに干渉してみようって話になったわけで……」
「ワールドシステムとはなんだ?」
更夜がさらに眉を寄せたので、プラズマは冷や汗をかきながら、てきとうに説明する。
「んあ~……アマノミナカヌシってやつがなんか、関与してるとか」
「アマノミナカヌシ……世界の創造神の一柱か。なぜ、そんなものが開く……普通は開かんぞ」
「知らねーよ……」
「くはは……あなたらを見てればわかるか……くくっ」
更夜は声を抑えて笑った。
「笑いのツボがわからない……」
プラズマはサヨを横目で見て、サヨは苦笑いで頬をかいた。
「あたしにもわかるわけないじゃん」
「……アヤ、栄次さん……」
リカはアヤと栄次を心配そうに見ていた。彼らはリカを守ってくれたが、本来なら傷つかなくてよい神達だ。
タケミカヅチもリカしか狙っていない。
「娘、あの男の治療はしてやる。奴らの目が覚めるまで、どうするか確認することだ」
更夜はリカにそう言うと、栄次の怪我の様子を見始めた。
※※
「へぇ、壱の時神達に対し、『世界』がリカの味方をしろという『命令』を出したわ。適応になったのかな? ただ、まだ『世界』はデータをとってる。壱のシステム通りに向こうの神は動いてるから」
雪の降る公園の滑り台の前に立ったマナは愉快そうに笑っていた。
「さあな、ワールドシステムに入り込んだ時にどう世界が変わるか、楽しみだがね」
公園のベンチに座っていた紫の髪の男神もいたずらっ子のように微笑んだ。
「スサノオ様、リカはこちら産まれの神、向こうにはかなりの影響を与えるはず。世界が繋がる可能性も」
マナはゆっくり歩くと、紫の髪の男、スサノオの横に座った。
「どーなるかねぇ? 世界が『また繋がったら』激しい戦いが起きるのかね? 想像物の定義がどうなるのか、楽しみでもある。ただ……アマテラスあたりが邪魔をしてくる可能性も……」
「あー、アマテラス様は平和を願い、すべてを救う神だからね、争いになるとわかれば、介入してくるわ。たぶんね」
マナは落ちてくる雪を捕まえる。
「ツクヨミはどうかな」
雪はマナの手の中に残ったまま、溶けなかった。
「さあ? ワダツミの先で大人しくしてんじゃねーの? 弐の世界の先で黄泉の門番してるだろ? アイツ」
「そうだったっけかね……」
マナはスサノオに向かい苦笑いを向けた。
更夜は栄次の怪我を治療すると、何も言わずに部屋を出ていった。お礼を言うのを忘れた事にリカは後から気づいたが、もう遅い。
とりあえず、リカはサヨに目を向ける。
「ん? なーに?」
サヨは満面の笑みを向けてこちらを見てきた。
「ワールドシステムに入るために……さっきの剣がいるんですが……持ってます?」
リカはサヨが何も持っていないことに気づき、冷や汗をかいた。
「ん? ああ、これ?」
サヨは右手をかざして剣を出現させた。
「あ、それです……。も、持っていたんですね……。い、今、手から突然出てませんでしたか?」
「ん? そりゃあ、霊的武器だから、当たり前じゃん」
「……その当たり前がわからない……」
不思議そうな顔をしているサヨを横目に見つつ、リカは頭を抱えた。
「で? あんた、ワールドシステムとかいうの出してどーするわけよ?」
「……逃げようと思って出そうとしていたから、よくわからんです」
リカは震える身体を抑えるべく、自身の身体を抱く。
プラズマがリカの背中を撫でながらサヨを仰いだ。
「俺の未来見でワールドシステムについて見てみようとも思ったが、リカのループ未来が強すぎて見えないんだ」
「ふーん……じゃあ、開いてみるしかないってこと? 打開策として」
「そういうことだ。ワールドシステムならリカのループを終わらせられる何かがあるかもしれないだろ?」
「まあ、そうかもしれないけどー、あたしも知らないからね?」
サヨはプラズマに苦笑いを向けた。
「う……」
うめき声と共に栄次が目覚めた。
「栄次さん!」
リカが慌てて栄次の元へ行く。
「リカ……無事か……」
「栄次さんっ。ごめんなさい……怪我をさせてしまい……」
「……泣くな。あやまらなくて良い。ここは?」
栄次は辺りを見回してから首を傾げる。
「ここは、あたしの心の中で、弐の世界だよーん」
リカの頭に飛び付いたサヨが愉快に栄次を覗き込み、言った。
「……弐?」
「まあ、いいの、いいの。それよか、弐の世界からワールドシステムを開きたいんじゃなかった? ね、リカだっけ? あんた」
サヨが面倒な会話をすべて省き、リカに微笑む。
「あ、はい。リカです……」
「かたっくるしいなあ! たぶん、そんなに年齢変わらないからタメ口でいいって」
「う、うん……じゃあ、遠慮なく……。ワールドシステムは弐からじゃないと開けなかった。だから……ここから……」
サヨにおされつつ、リカは栄次に細々と語った。
「そんな話だったのか?」
「だったらしいぜ」
栄次の横にプラズマが座り、お茶を差し出す。
「あ、まだ飲んでねーから、飲む?」
「……すまぬ……」
「しかし、アヤが起きねーな……。剣王のやつ、アヤまで……。起こしてみるか? ……リカかサヨ、やってみろよ」
プラズマが戸惑いつつ、リカとサヨを見る。
「……アヤさん……」
「リカ、泣くなよ。死んでねーから……」
「ずっとわけわからないまま、頑張ってきたけどっ……こんなに親切にされたことなかったから……心が痛いんです」
リカは我慢できなくなり、嗚咽を漏らしながら涙を流し、目を何度もこする。
「リカ、同じ時神じゃねーか、助け合おうぜー」
プラズマがリカを慰める横でサヨがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、立ち上がった。
「じゃ、あたしが起こすわ。アーヤー! へいへい! ツンツンしちゃうよーん!」
「最強に頭悪い起こし方を始めたな……」
アヤの脇腹を突っついてるサヨを眺め、プラズマは頭を抱えた。
「うう……」
そのうち、アヤの呻く声がし、不機嫌そうなアヤが身体を起こした。
「……なんなの?」
あまりにしつこい起こし方だったので、アヤの第一声はこんな感じだった。
「と、いうか、ここは……?」
「あたしの世界で弐の世界! 四回目なんですけどー?」
アヤの言葉にサヨがうんざりしたように答える。
「弐の……」
「アヤ! 良かった! 無事だったんだ! 死んじゃったかと思った!」
アヤの頭が回転する前にリカがアヤに飛び付いた。
「……剣王は?」
「とりあえず、まいた!」
アヤの言葉にすぐさま答えるサヨ。
「そう……。よくわからないけれど……無事ってことね」
「そうそう」
サヨは笑った。
「皆、起きたからワールドシステムに入ってみるか? アヤはまだ休む? お茶飲む?」
プラズマが口をつけていなかったサヨのお茶をアヤに差し出す。
「あ、ありがとう……」
「お茶係じゃん、おにーさん」
サヨの声を聞き流しつつ、アヤはお茶を口に含み、落ち着いた。
「……落ち着いたわ。プラズマ、ありがとう」
「ああ、無理すんなよ。平気か? けっこうきただろ?」
「ま、まあね……。私は大丈夫よ。あなたと栄次のおかげね」
「照れるな~、な? 栄次」
アヤの言葉を聞いたプラズマは軽く笑いながら栄次を見る。
「感謝されることは何もしておらぬ。負けたしな」
栄次はため息をつくと、腰に刀を差し、立ち上がった。
「落ち込むなよ、あんたはよく頑張ったって」
「プラズマ、手当てをしてくれたのか? すまない」
栄次は身体に包帯がまかれているのに気がつき、プラズマにお礼を言ったが、プラズマは首をかしげた。
「俺じゃねーよ、サヨの先祖のおかげだよ」
「その娘の……?」
「まー、いいから、どうすんの? ワールドシステム」
プラズマと栄次の会話を切り、サヨが入り込む。
「ああ、皆が大丈夫ならやってみるか?」
プラズマがリカに目を向けた。
「あ……はい」
リカは震える声を頭を振って散らし、息を吐く。
「はい」
もう一度、今回はハッキリと言葉を口にした。