雨の夜

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な、なんでドキドキしてるんだ?!拓海の本心を知って嫌いになったはずなのに!流石にあんな照れ臭そうにデートに誘われちゃ、キュンキュンするよね?彼奴、案外ツンデレだったりして・・・いや、結果的にはただの俺様。今夜行かないと怒られそうでまずいな。
ちょうど今は春から夏へ移り変わる時期、昼になると太陽の日差しが強くなり、ちょっぴり汗が流れる程暑い。昼の授業は音声テストをやった。講師の寺島教授に久しぶりに褒められた。声の調子が良いと寺島教授は三十五歳の独身で、私はあまり好まない。ストイックでキリッとした目付きがあって、若干怖い印象なのだ。歌声は性格とは正反対でとても美しく、流石オペラ歌手と言える。
気まずい今日の授業は午後四時に終わり、サークルは私を置いて合宿の行き先に着いているだろう。事務所オーディションの日が近付いて来ているので参加しないことにした。
電車の列車もラッシュアワーにつき、混んでいた。疲れたサラリーマンの臭い脇汗や昼頃に吸った煙草に匂い、そして昼食に味わったカレーうどんの匂いやシミがシャツに付き、私が一番好まない光景なのだ。匂いが移って家に帰ってシャワーを浴びた。
浴びているうちに着る服を考え、天気の事も考えた。夕方の赤く輝くオレンジ色が突然、雨雲が曇り空に入れ替わった。雨、降るか。
またまた着せ替えゲームを始めておよそ12くらいでやっと服が決まったところ。
少しシックだけどカジュアルなコーディネート。紺と黒のストライプのタイトワンピースに灰色の皮のパンプス。メイクは程良く色をマジ合わせ、リッチな雰囲気になる。
外を出る前に突然強い雨のザーザーとする音が聞こえた。傘ではあまりにも濡れるし・・・タクシー呼ぼう。でも傘、一様持って行こう。

「お客さん、かなり時間かかりそうですよ。約束だとおっしゃっていましたけど。」
やはり高速に乗ると車で混んでいた。色とりどりのヘッドライト達が眩しい。心の中がムズムズして来た。雨の中、大丈夫かな?いや、それより私の方が危ないだろう。時刻は六時十五分、怒るだろうな。
しばらく経つとやっと高速を降りれた。雨は全然止まずに降り続け、段々彼のことが心配になって来た。電話しよう。
「拓海!雨と渋滞で遅れそう!殺さないで!」
「・・・」
返事が来ない。やばい。無視された?怒ってる?やっぱり?道路は相変わらず混みまくり。
「あの!ここで降ります!お釣りは要りません!」
「えっ?」
傘を差し、寒い雨の中に走って行った。夜の東京の表参道を潜り抜け、レストランが見えなくなった。夜のリッチなカップルが相合傘をして笑い合っている。右や左を探しても拓海らしき人物は見当たらない。体力も無くなって来てるところだ。
「拓海ー!拓海!」
心配・・・恐怖・・・どうしよう。
時間もわからないし、何処にいるかもわからない。結局迷子のまま、近くの屋根がある商店街に立ち止まったまま。

***

ふぅー。もう三十分も経ってる。いや、一時間も経っているかも。拓海の心配より自分の心配をしてる。どうしよう、帰ろっかな・・・って言っても帰り道わからないし。雨はポツポツと止み、体がベタベタした。地面を見つめるしかなかった。
ぴちゃ
ぴちゃ
ぴちゃ
ゼーゼー。

誰かがいる。左を向くと、背の高いサングラスを頭にかけた青年が妙な呼吸をしていた。
「な・・・く、黒木すみれ・・・」
何故か聞き覚えがある声。あまりの驚きで一言も出なかった。
ぴちゃぴちゃぴちゃ
突然、その人に強く抱き寄せられた!やばい、何これ?!胸の鼓動が完全に外から聞こえる!頭の中もくるくる・・・
「やっと、見つけた・・・ひ、ひ、一人にすんな!」と怯えながら震えた声で彼は言った。困難はあったが、数秒後に気持ちが落ち着き、温もりを感じた。
「ご、ごめん。私が悪かった。」
ゆっくりと離され、彼の両手が私の肩を支え、正面から向き合えた。彼自身は何故か泣きそうな顔をしていた。まさか、寂しがり屋・・・
「拓海、びしょ濡れじゃん。」
「当たり前だろ!ずっと雨の中で走って探したんだぞ、お前を。」
むっ!ずっと!?案外高潔。それより、寒い。すごく。肌と肌の感触なのか、濡れた服に染み込んだ雨水か。
「あんた、寒くないの?」
「寒い。腹減った。風呂入りたい。」
「どうしよう。私んち、遠いんだよね。」
戸惑ってた場合ではない。いや、今夜はこうなるはずではなかった。
「俺んとこ、泊まる?」
「えっ・・・」
「そういう意味じゃなくて!ここから近いし、風呂とか、飯とか・・・流石に濡れたまま店に行けねえし。俺としては恥ずいし。」
結局、泊まらせてもらうことになった。

本当の君はまだ知らない。Where stories live. Discover now