レースの始まり

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独りの夜はいつも近所のバーで飲んでいる。落ち着いた雰囲気で、結構評価が高い酒が棚に並んでいて、東京の夜にぴったりな穏やかなピアノのソロのジャズ音楽が鳴るのだ。
「へぇー、友達と江ノ島行ったんだ。」土曜日に居るバーのママがグラスを拭きながら言った。
「はい。せっかく夏なのにママはどっか行かないんすか。」
「そうね... 旅行とかあまり行かないからね。静香さんは今年こそ何処か連れて行ってくれるかしら、うふふ!」
麗奈ママは正に日本の大和撫子。和服が良く似合い、美しく、頭の良いどの日本男子の理想の女性。俺は一度八つ年上のママを誘ってみたが、丁寧に優しく断りもう結婚しているから、男に興味なのだ。いや、他の男に興味ないというわけではなく、まぁ、残念ながらママはレズビアンで、画家の岩本静香さん(奥さん)にベタ惚れである。俺は何回もその静香さんと会ったことがある。男の俺でも認めるかっこいい女性なのだ。アーティストだからこそスタイルセンスがよく、静香さんの赤く染めたショートカットがかっこいい。正反対の二人。

素敵だ。

麗奈ママは孝也の次に話しやすい相談相手だ。人生の先輩と言ってもいいな。
「いいですよね、ママは静香みたいな最高なパートナーがいて。」俺は二人を羨ましがって褒めた。するとママは拭き終わったグラスをカウンターに置きニコッと微笑んだ。
「そうね。今になっては最高の女よ。結婚してもう二年、高校時代からの片思いが叶ってここまで来たの。でも当時は大変だったわ...」
「なんでですか。」
「丁度拓海くんくらいの歳に付き合い始めて、大学の男子に静香さんはよくちょっかい出してて。当時の静香さんはバイだったから嫌がっていなかったの。好きな人が他の人に奪われそうな感覚、恐ろしいわ。」
他の人に... 胸にグッと言葉が刺さった。俺、全然そんなこと考えてなかったのだ。俺ばっかりのこと考えてて、彼女にも人生があるということを今気付いた。時は勝手に彼女に新しい人に出会って、俺以外の人に... なんでこんなに落ち込むのだろう。ダメだ。すみれは俺のになるんだ、なんて好き勝手な事言えねえな。
「奪い返すためにママはどうしたんすか。」
「うん... そうね... それは... あっ、いらっしゃい。あら、久しぶり雄二さん。」
「ご無沙汰っす。おっ、三浦、また独り酒かい?」入口に振り向くと何度もお世話、雑誌のカメラマンの森山さんだった。
「ご無沙汰しております...」本当ご無沙汰だ。最後に会ったのは去年の十一月くらいだろう。髪伸びたなぁ。もう結わかないといけない長さに。
彼は俺の隣の席を引いた。
「ジムビームある?」
「かしこまり。」
ママはカウンターの後ろの棚の中を探し始めた。
「大っきくなったなぁ。」
「俺は子供じゃありませんよ。」
「そうだなぁ、俺がオッサンになってきてるのかもな。可愛い女子高たちに癒されちゃうからな。」
「今日はKarenの撮影だったんですか?」
「そう。でな、またまた美人さんに再会しちゃってさ!」
「運命の出会いとかですか...」
「運命、とはまぁ。」
おい、もしかしたらと俺は尋ねると...
「黒木すみれという名前だったりして...」
「えっ、」
「んなわけないですよね。」
「確かそんな名前だった気がするけど。知り合いだったの?」
えっ、マジかよ。
「えぇ、まぁ。その、同じ大学で。」
「へぇ... ん?まさか、三浦がその、黒木さんを泣かせたのか...?」
グッ!な、なんで森山さんが知ってるんだ!俺は無言で体が固まった。こんなことしたら完全にバレるだろ!ご、誤魔化さないと... 森山さんに嫌われるぞ... 森山さんは俺が尊敬する先輩だ。ずいぶん過去にお世話になっていたし。
「そ、そんな。俺がですか?俺はそんなことしないですよ... ね、ママ?」
「ん?そうですよ、雄二さん。拓海くんも一様女性には紳士ですわ。」
「そーだよな!んなことするわけないよな。でも黒木さん、綺麗だよな... スタイルもいいし、優しいし、清楚で。」
!ま、まさか。たとえ森山さんでも...
「...」
「もし彼氏とかいなかったら誘ってみようかなぁ。」
「!?」
「なーんてな。」
「...」
おいおい、俺のすみれに手出すなよ... (最初から俺のモノじゃないし) てか、俺やべえじゃねえか!すみれの好きなタイプとか知らないし。もしかしたら森山さんみたいな人だったら...

恋は戦争というが、この人じゃ。

競争だ。

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