第23場ヒルクレスト荘

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「キャンディさん?」

「......はい?」

ャンディは、まるで白昼夢から覚めたように応えた。


「お会いできて嬉しいですわ、って言ったんですのよ」

「......こちらこそ」

応えながらキャンディは、説明を求めるような眼差しをテリィに投げかけた。

「キャンディ、こちらは、カサンドラ・ラングさん。このホテルの女主人だ」
テリィは、笑みをたたえながら言った。

「どうぞ、私についていらしてください。着替えをなさるのでしたら、お部屋にご案内しますよ」
魅力にあふれたその女性は言った。

「──あ、はい、お願いします」
キャンディは、ほほ笑みながらウインクを向けるテリィを垣間見た。

少し安心したキャンディは、笑みを返し、カサンドラについていった。


「ロビィ、こちらの紳士をお部屋にご案内してくれるかしら?」
カサンドラは、扉近くに立っていた従業員に告げた。


キャンディと一緒に歩きながら、カサンドラが言った。
「テリュースが、もしもの時に備えて、自分達二人の為に部屋を用意しておいて欲しいと云ってきたんですよ」


( この人、テリィのこと、名前で呼ぶんだわ )

まるでキャンディの心を見透かすように、カサンドラは説明し始めた。


「わたしもかつては、ブロードウェーの女優だったんです。テリュースとも一緒に舞台に立っていましたわ。女優業に疲れてしまったんでしょうね。結婚して引退しました。わたしの主人がこのホテルの経営者ですのよ」


キャンディは、優雅なしぐさのカサンドラに見惚れてしまった。

「わたしは、夏はここで過ごすんですよ。ここで宿を営んでいるって言ってはいるけれど、本当のところは、田舎暮らしを楽しんで、のんびりしたいだけなのですけれど──」
カサンドラは、温かみを帯びてはいるものの鋭い眼差しでキャンディを見た。

キャンディは、カサンドラの瞳が美しい紫がかった珍しい色だと、初めて気づいた。

「テリィのことを、よく、──ご存知なんですね?」
キャンディは、興味深く聞いた。

「──さぁどうかしらね。テリュースが他の人に気を許す、同じ程度のことしか、わたしも知らないのですよ」
カサンドラは、ほほ笑んだ。

「テリュースは、社交的とは言い難いですものね」
キャンディは、含み笑いをして言った。

「テリュースは、稀に見る逸材なのでしょうけれど。わたしの最高で最後の役はマクベス夫人でしたわ。テリュースは、スコットランド貴族マクダフを演じていました」

スコットランド貴族、マクダフ役のテリィを思い浮かべて、キャンディは、ほほ笑んだ。

一瞬にして、スコットランドの夏に思いを馳せた。

「テリュースは自分の役だけでは無く、全ての役を習得していました。わたし達はよく、マクベス夫人の精神状態について何時間も語りあったのですよ。その上、テリュースは、才能、容姿、カリスマ性、全てを備えていた!」
カサンドラはそう言うと、躊躇って、黙ってしまった。

「......全てとは言い難いですわね。テリュースの魂は荒んでいました。......混沌としたスザナ・マーロウとの生活やら、偽りの婚約やら、全て......。まったく気の毒なことでしたわ」

「──テリィが話したんですか?」
キャンディは驚いて聞いた。

「いいえ、一言も言いませんでしたよ」
カサンドラは、首を横に振った。

「でも、──そんな感じがしていましたの」
カサンドラは、眉を釣り上げて言った。

キャンディは、今まで会ったことのないタイプのこの女性に魅了された。
二人は二階に上がると、廊下の奥へと歩き進んでいった。

カサンドラが部屋の扉を開けながら言った。
「こちらがあなたのお部屋です、キャンディさん。気に入っていただけると良いのですけれど」

キャンディは、恭しく笑った。

突然キャンディは、着替えを持ってきていないことを思い出した。
「カサンドラさん、わたし、何も着替えが、......何も持ってきていないんです」

気まずそうな顔を見せた。

カサンドラは、ただ「フーン」とつぶやき、手で空気を払うと、こう言った。
「心配なさらなくて大丈夫ですよ。こちらで全てご用意しますわ」


部屋を去り際に、カサンドラは、キャンディに振り返って言った。
「テリュースの秘密の想い人とはどんな女性だろう、ってずっと思いを巡らしていたんですのよ。やっとあなたにお会いできて、嬉しいわ、キャンディさん。テリュースはとても秘密主義でしょう。だからとても光栄なんですよ」

カサンドラは、そう言いながらから、かうような瞳でキャンディをじっと見た。
キャンディは、頬が焼け付くのを感じ、なんと言っていいかわからなくなってしまった。
カサンドラは笑いながら部屋を出ていった。


キャンディは手短に洗面所で顔を洗うと、下の階に戻ろうとした。
しかしその前に、少し躊躇い、婚約指輪を見つめた。

キャンディは罪の意識に囚われながらも、指輪を外すと、財布に入れ、机の引き出しにしまい込んだ。

(わたしを許してください、アーロン。......どうか、......許してください。......4日間だけ......。10年前に得られなかったものを、......この4日間で取り戻したいの......)

The One I Love Belongs to Somebody Else    〜それでも君を愛してる〜  By Alexa KangWhere stories live. Discover now