この社会に瑕疵はなく、あってはならず、人々は恍惚と生きていく。

 また私は足を止めていた。グラスの警告表示で我にかえり、また足を進めた。


4−2 養育院

 昼食の後、待機室へと戻った。

「0818、6476、ちょっとこっちへ」

 3471が待機室を覗き、そう言った。

 私と6476はベンチから立ち上がり、3471の前に行った。

「君たちに命令が来ている。午後は養育院を見て来い」

「どこからの命令ですか?」

 私は訊ねた。6476は横でうなずいている。3471の命令にうなずいているのか、私の質問にうなずいているのかはわからないが。

「もちろん、私の上からのだ」

「そういうことではなく...... そもそもどこから出ている命令ですか?」

 養育院を見に行く理由もなければ、そう命令される理由もわからない。

「どこから? それは問題じゃないだろう。問題は、君たちにそう伝えるように私に命令があり、それを私が君たちに命令しているということだ」

 この回答に対する無力感は、慣れることができない。だが、総統からの昨夜のコールに関係があるのだろうか。むしろ関係がないと考える理由がない。

「午後の割り当ては......」

「それは免除される。0818、君は命令に瑕疵があると思っているのかね?」

「いえ。ただ気になったので」

「ふむ。気にしなくていいのだよ。命令があった。ならば命令に従えばいい」

 そして養育院に着いた。

 誰かが案内してくれると思っていたが、そうではないようだ。ただ、それだけでなく、私と6476のグラスに示される順路も違うようだった。

 私はGreen、Red、Blueの幼年班のフロアへとグラスに示された順路に従って進んだ。

 Green、Red、Blueが集まっている部屋もあれば、Green、Red、Blueが分かれている部屋もあった。ただ、左胸のスラッシュは二本か三本だった。

 どの部屋にも成人の教師が二人いた。いや様子を見ていると教師ではなく、単に監督しているだけに思える。子供たちは、グラスをかけ、おそらくグラスに表示されるのであろう言葉を復唱しているようだった。

 Green、Red、Blueの各々の部屋では、それぞれが自分たちのありかたを唱えていた。Greenは「組織を運営する責任の重大さ」を唱え、RedとBlueは自分たちの命令に従うべきであると唱えていた。Redは「治安維持の責任の重大さ」を唱え、GreenとBlueは自分たちの命令に従うべきであると唱えていた。Blueは「社会を支える責任の重大さ」を唱え、GreenとRedはそれに依存する者たちだと唱えていた。

 Green、Red、Blueが揃っている部屋では、自分達の「社会を支える責任の重大さ」を唱え、特に知的階級であるYellowと医療など専門職であるOrangeは自分たちへの感謝が足りないと唱えていた。支配層であるBlackに対しては、そこには総統も含むが、「無条件の感謝」を唱えていた。Blackは「無条件の愛」を他の者に与えているのだから。統括者、つまりWhiteはもはや人類が到達した至高の存在だと唱えられていた。

 これは私が養育院にいたころとそれほど変わっているわけではなかった。ただ、授業がなかった。言葉、数学、理科など、一切行なっている様子がなかった。6476は、養育院ではもうそのようなことはやっていないと言っていたし、グラスで見る限りそのようだった。そして、養育院で今、見る限り実際にそのようだった。

 私は感情も表情も持たないようにしていた。

 そうして二時間ほどが過ぎた。

「市民0818、どうかね、今の養育院は」

 その声に振り向いた。そこには昨夜の総統が立っていた。

「自らが課せられた役割にふさわしい信条を持つように教育している」

 総統は部屋の子供たちを、目を細めて見ていた。

よろこびにつつまれてWhere stories live. Discover now