介入

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4−1 最適化システムとキューブと総統と

 翌日、教学院の待機室には既に6476が来ていた。

「何を話したんだ?」

 6476は座ったまま私の目を覗き込んでくる。

「最適化システム、総統、統括者による法、社会秩序。そしてその執行に感謝している。つまり普通の話だよ」

 また6476は私の目を覗き込んだ。しはらく無言で。

「それだけ?」

 6476はベンチの上で力を抜いた。

 総統は6476に、「最適化システムに対抗する非公式な組織」の話でもしたのだろうか。6476がそれを聞いていたとして、6476はどういうことを考えたのだろうか。だとしても、ここで話すようなことではないだろう。

 始業時間になり、私は一人で担当の棟を回っていた。

 キューブから学んだ最適化システムの仕組み。そのようには機能していないように見える社会。

 最適化システムは、必ずしも地球上で強い権限を持つようには作られなかった。あるいは実際に運用されるようには作られなかった。

 宇宙船やコロニーという資源の配分が極めて重要となる環境での運用を想定されていた。人工知能であり、それに資源配分のパラメータの操作に関する能力を持たせたものであり、通信のインフラであった。

 そんな最適化システムが、なぜこのような社会を作ったのか。よりよい効率化だろうか。

 最適化システムが提案したとしても、それを受け入れるかどうかは人間の問題だ。なぜ人間は受け入れたのだろう。

 結局最適化システムについてもよくわからない。

 ただ、キューブによれば、祖母の代には、地球上の資源も、その量についても配分についても問題となってきていた。そこで地球上でも最適化システムを導入しようとしたのかもしれない。

 だとすれば、誰がだろう? 経済圏と文明圏が再構成された際に設けられた総統たちだろうか。

 わからないと言えば、もう一つある。統括者だ。名前だけはたまに出るが、それが何者なのかが一切わからない。総統のように、たまには顔を見せるということもない。だが、総統たちより上位にいるとされている。

「こんなものが本当にヒトを幸せにすると思うかい?」

 祖母の声が蘇えった。

 祖母は――祖母だったとして――、何を指して「こんなもの」と言ったのだろう。幼なかった私は、単にグラスだと思い、その後は最適化システムだと思っていた。

 だが、祖母は最適化システムの当初の開発者だった。その祖母が、「こんなもの」と言うだろうか。それとも、後に別のものに書き換えられ、それを「こんなもの」と言ったのあろうか。もしそうなら、私は祖母と同僚を一つのチームと考えていたが、それを改める必要があるのかもしれない。だが、キューブには、祖母の記録も、同僚の記録も同じように存在する。それは祖母が「こんなもの」と言うようなものとは思えない。まだ学んでいない先に、それがあるのだろうか。

 総統からのコールも気になる。いや、それを言うなら、8579が現われたことも気になる。

 私は隠れる方がいいだろうか。シティーを囲う塀から、どうにかして出て、荒野か原野か、それはわからないが、いない人間になった方がいいのだろうか。

 ただ、そうするなら、キューブからはもう何も学べなくなる。

 学べなくなる。それは恐ろしい考えだった。あまりに恐ろしく、ほんの数秒だろうが足が止まった。

 グラスに警告表示が現われ、我にかえった。

 もし、私が学ぶのを止めてしまったらどうなるのだろう。止めざるをえない状況になったらどうなるのだろう。あるいは、学びきることができなくなった時にはどうなるのだろう。

 そうなった時には、誰かにキューブを託すしかないのだろうか。

 それとも、むしろキューブを破壊する方が望ましいのだろうか。そんな物は存在しなかった。そして社会は、人々は恍惚と生きていく。

よろこびにつつまれてWhere stories live. Discover now