「TOKIの世界譚」龍神編

By goboukaeru

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竜宮城の日常です! More

(2017完)ようこそ竜宮城編ドラゴンパーク

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By goboukaeru

たにぐち

 神々の住まう場所、高天原。その高天原の南に神々のテーマパーク、竜宮城があった。

 ここは龍神達の生活する場所でもあり、龍神達の仕事場でもある。

 テーマパークなので龍神達は他から来る神々をもてなす仕事を請け負っていた。

 これはその高天原内の竜宮で働くある龍神の日常話である。

 「おい、そこのお前、なんで俺様んとこに来たんだよ......。」

 黄緑の短い髪に謎のシュノーケルを差している着物姿の男が呆れた顔で目の前に佇む少女を見ていた。

 「はいぃ!私は谷龍地神(たにりゅうちのかみ)と申しますっ!志望動機は私が祭られていた谷村(たにむら)の活性化のためですっ!元気と勇気で頑張ります!よろしくお願いしますっ!」

 少女は緑色のおかっぱ頭を何度も男に向かって下げた。

 「あー......いやいや......志望動機を聞いたんじゃなくてだな......。なんでここに来たのかって聞いてんだよ。」

 黄緑の髪の男は頭を抱えながら少女に声をかけた。

 「え?で、ですから......谷村の活性化のため......」

 「ちげぇって!お前、ここ、竜宮と勘違いしてんだろ!ここは竜宮じゃねぇよ。ここは竜宮ツアーコンダクターの詰め所だぜ。お前さ、今日、竜宮で面接受けにいくやつの一神だろ?」

 「え!」

 男の言葉で少女の顔がじわじわと青くなっていった。

 少女がそっと上を見上げると男の頭の上辺りに『ツアーコンダクター』と汚い字で看板がぶら下がっていた。

 「とんだ馬鹿野郎だな。もう面接時間過ぎちまってんぞ。オーナーは時間にうるせぇからなあ。......遅刻は特に嫌うぜ?竜宮はここからかなり遠いし、もう間に合わねぇな。かわいそうに。」

 「そんなあ......。」

 少女はぺたんとその場に座り込むとしくしく泣き始めた。

 「あ!おいおい!泣くなよ。......んー......お前、まだ龍神になって間もないだろ?......仕方ねぇから俺様がオーナーの代わりに面接してやるぜ。外見年齢は十四......五だろ。」

 「はい......今年で十四です。本当に面接してくれるんですか!?」

 少女は先程の絶望しきった顔から一転、目を輝かせた。

 「面接はしてやる。後は天津彦根神(あまつひこねのかみ)、オーナーの判断だ。ああ、俺はツアーコンダクターの龍神、流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)だ。皆からはリュウと呼ばれている。」

 リュウと名乗った目つきの悪い緑の髪の男は椅子にドカッと座ると指でこんこん机をたたいた。

 「は、はい!お願いします!」

 少女は再び深くお辞儀をした。

 「で......お前、名前なんだっけ?谷口(たにぐち)だっけ?日本人の苗字みてぇだな。」

 「あ......いや......谷龍地神(たにりゅうちのかみ)です。『たにりゅうち』です。」

 少女はひかえめにリュウが言った名前を訂正した。

 「たに......なんだって?『たにぐち』にしか聞こえねぇな......。滑舌が悪い。んん......タニでいいか。」

 リュウは勝手に『タニ』というあだ名を少女につけた。

 「......たに......。」

 勝手にあだ名をつけられた少女、タニは困惑した顔をリュウに向けた。

 「んで......志望動機はさっき聞いたし、後は......オーナーは何を聞くかな......。んまあ、こんなんでいいか。」

 「......では......採用......。」

 タニが輝かしい顔でリュウを見据えたがリュウは机をこんこんと指で叩くと首を横に振った。

 「採用かどうかはわからねぇ。俺はお前を推しておいてやるよ。だけどなあ、オーナーの面接に出てないってのが痛ぇよなあ。ああ、一つ、オーナーが面接の最後に絶対言う言葉がある。」

 「は、はい......。」

 また不安げな顔に戻されたタニは身体を震わせながらリュウの言葉の続きを待った。

 「時間厳守、ルールは守る、客に対する言葉遣い、これは必ず守る事。それから、遅刻した者とルールを破った者は例外を除いて厳罰の対象だ。わかったか?」

 「は、はいぃ!」

 リュウの低く鋭い声にタニは震え上がった。

 「とまあ、こんな感じだな。オーナーは厳罰も容赦ない。注意しろよ。採用されたらな。合否はのちにオーナーが伝えるだろ。この面接内容とお前の外見、やる気、一生懸命さをオーナーに報告しておくから採用されたらまた会おうぜ。」

 リュウは鋭い感じを解き、柔らかい笑みを浮かべた。

 「は、はいぃ!お願いします!」

 タニは背筋を伸ばし、再び深くお辞儀をした。

 タニが意気込んでいるとガララと障子戸が開いた。ここは古民家のような造りである。障子戸も立て付けが悪いのかスムーズには開かなかった。

 「......ん。客だな。ちょっとどいてろ。邪魔だ。」

 リュウが再び鋭く言い放ったのでタニは慌てて横に避けた。障子戸からこれから竜宮のツアーを頼みたい客神がぞろぞろと入ってきた。

 「はい。こちら、竜宮ツアーの組み立て、それからご案内をさせていただいております。わたくし、ツアーコンダクターの『流河龍神』でございます。本日はどういったご用件で?」

 リュウが先程とはまったく違う話し方で客の相手をしていた。

 「顔もニコニコ......。」

 タニはリュウの変貌ぶりに驚きつつ、どこかかっこよくも見え、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

 タニはなぜだか竜宮の面接に合格した。リュウに感謝の念を抱きつつ、夏も近づく竜宮城にやってきた。ここは竜宮のリゾート地のビーチ前である。まだ時期は早いので目の前の美しい海に入って遊んでいる客はいない。

 タニはこの美しい海辺でなぜか待たされていた。

 「あー、わりぃな。時間ぎりぎりになっちまったぜ。ああ、俺様の事、覚えてるか?」

 タニがぼうっと待っているとリュウが慌てて走ってきた。

 「あ、リュウ先輩ですね!この間はありがとうございました!」

 「りゅ......リュウ先輩だと?」

 タニの深いお辞儀をリュウは戸惑いながら見ていた。

 「無事に合格できました!今日は竜宮で働く初日なのですがこの海辺で待つようにとの指示で......」

 「ああ、そりゃあ、俺様を待てっていう指示だぜ。これから俺様が竜宮へ行く門を開く。ちなみに竜宮はこの海の中だぜ。そんでお前には従業員用の入り口の開け方を教えてやる。後、一、二か月もすりゃあ、ここは観光客で一杯。繁盛繁盛の地獄が始まるわけだ。従業員用の入り口の開け方がわからなきゃあ、一生竜宮には入れねぇよ。」

 「りゅ、竜宮って海の中にあるんですね......。」

 タニの発言にリュウが盛大にため息をついた。

 「はあ......お前、そんなことも知らずに面接受けに来たのか?正確に言えばこの海の下だ。まあ、行ってみりゃあわかるぜ。」

 「は......はいぃ!お、お願いします!」

 タニが背筋をピンと伸ばしてリュウに言うとリュウはケラケラと笑っていた。

 「ははは!あんた、かてぇな。ガチガチだ。緊張してんのか?」

 「は、はぃい!た、谷村の信仰心のため全力で頑張りますっ!」

 タニの生真面目な返答にリュウはさらに笑い出した。

 「はははは!ダメだ、なんかツボに入った......。ひひひ......。『は、はいいっ』って......はははは!」

 リュウがデカい声で笑っていると横から突然女性の声が聞こえた。

 「もし......リュウ様......。......と、タニ様?」

 「ん?」

 リュウとタニが声の聞こえた方を向くとそこにはきれいな女性が立っていた。女性は京都の舞子さんのような恰好をしており、眉毛をマロ眉にしている可愛らしい方だった。

 背中には緑の大きな甲羅をしょっている......。

 「......甲羅......ああ、亀さん!カメさんですね!」

 タニは龍神の使いの亀だと雰囲気で読み取った。ちなみに神々の使いは皆、動物で人型をとっていないものを漢字で人型をとっているものをカタカナで表記する。

 この亀は「亀」ではなく「カメ」である。

 「ああ、やっぱりわかっちゃったさね?そう、わちきはカメです。龍神の使いさね。」

 カメはサバサバ、オドオドどっちともとれる感じで自己紹介をしてきた。

 「よ、よろしくお願いします......。」

 タニが深々とお辞儀をする横でリュウはなぜかニヤニヤしていた。

 「おう、カメ!ずいぶんと偉そうじゃねぇか。新神(しんじん)に対するあれか?」

 「りゅ、リュウ様......もういじわる。」

 カメは戸惑いながらリュウを睨んだ。

 「ほら、カメ、タニに説明してやれ。さっさとしろよ。俺様がオーナーに大目玉くらうからな。」

 リュウはカメに鋭く言い放った。カメはビシッと背筋を伸ばすとタニに説明を始めた。

 「タニ様、わたくし達カメは竜宮へ行くための乗り物もやっておりますし、おもてなしの踊りも担当しております......えーとそれから......龍神様達のお世話もしております。えーと......それで......従業員用の扉の開き方を教えてあげるさね。」

 カメはたどたどしく敬語を使うがリュウに一喝された。

 「言葉遣いがなってねぇなあ......。龍神に丁寧語が使えなきゃあお客に接する事なんてできねぇぞ。」

 「......リュウ様だって同じさね!龍神様は気性が荒いから丁寧に接する事ができないさね。リュウ様が一番たどたどしいさね!」

 カメも負けじと声を上げるがリュウが持っていた柄杓でぽかんと頭を叩かれていた。

 「うっせーな。おら、生意気なんだよ。そもそも俺様にだってお前は敬語を使わなきゃなんねぇんだぞ。」

 「ひぃ......ごめんなさいさね......。」

 リュウに睨まれてカメは小さく縮こまった。実際はとても臆病で弱いらしい。

 「あ、あのぉ......。」

 タニは状況についていけず、まごまごとその場をうろうろとしていた。

 「おら、カメ、タニが困ってんだろうが。さっさと教えてやれ。」

 リュウはカメを小突くとカメはビシッとまた立ち直った。

 「はい。ではまず竜宮に案内するさね!」

 「......だから敬語を......。」

 元に戻ったカメにリュウはため息をついたがもう何も言わなかった。いつもの事らしい。

 「ではレッツゴーさね!」

 カメはタニの手をそっと取るとそのまま突然走り出し、海へとダイブした。

 「ええ!?」

 急に海に飛び込んでいったカメになんだかわからずタニも叫びながら海に連れ込まれていった。

 「ちょっ......お前な......。ちゃんと説明してからやれよ。」

 ふと隣でリュウの声が聞こえた。

 タニはいつの間にか瞑っていたらしい目を開いた。

 「あ、あれ?」

 タニは海の中にいた。しかし、泳いでいるというよりかは空を浮いている感覚に近かった。

 カメに手を引かれ、知らぬ間にタニは優雅に海の中を下降していた。

 「あ、ごめんね。びっくりした?こういうのは体験してもらうのが一番いいと思ったさね。」

 海の中には明かりが灯っており、明かりは街灯のように等間隔で配置されていた。まるで道のようだ。カメはタニを連れてその明かりの道をスイスイと進んでいく。

 その横にリュウがいた。

 「お前......ただ説明できなかっただけだろ......。」

 リュウは呆れた声を上げながらカメの横を優雅に泳いでいた。不思議と息は苦しくない。一体どういう仕組みの海なのかタニにはよくわからなかった。

 しばらく進むと赤い鳥居が物理の法則などを丸無視した形で佇んでいた。重りもないのにまるで地面に建っているかのように微動だにしなかった。海底はまだ見えない。この海がどこまで深いのかよくわからないが明かりのおかげで暗くはない。しかし、下の方はまるでわからない。

 「は、はーい、ここさね!この鳥居に名前と役柄を言うさね!さあ!」

 カメは突然タニにやり方を振った。

 「え......ええ?あ、あの......説明をしてください!」

 タニは助けを求める顔でカメを見つめた。

 「だから、名前と役柄を......。」

 「アホ。お前はどんだけ口下手なんだよ。ああ、役柄はタニの場合は新神でいい。後は自分の名前をこの鳥居の前で言う。それだけだぜ。」

 リュウがカメを再び小突くとタニにため息交じりに説明した。

 「え......は、はいぃ!」

 タニはなんだか緊張していた。とりあえず、鳥居の前で謎の返事をした。

 「なにガチガチになってんだよ......。普通に言やあいいんだよ。普通にな。」

 「は、はい......。」

 リュウに言われ、タニは深呼吸をするとビシッと言い放った。

 「新神の谷龍地神(たにりゅうちのかみ)です!よろしくお願いします!」

 タニは律儀にお辞儀をすると棒のようにピンと体を伸ばした。

 少し時間が経った。

 「......ん?」

 しばらくしてリュウが声を上げた。

 「あれ?竜宮に飛べないさね?」

 カメも反応しない鳥居を不思議そうに眺めた。

 「え......?反応しないってどういう事ですか?私、本当は採用されていないんですか?」

 タニは戸惑いと焦りで目に涙を浮かべしくしくと泣き始めた。

 「うわっ!おい、泣くなってば......。あれ......おっかしいな......。これで反応して竜宮に飛ぶはずなのに......あ......。」

 リュウはタニの頭を優しく撫でながらある事に気が付いた。

 「ん?リュウ様どうしたさね?ああ、タニ様......泣かないで......。」

 リュウを気にしつつカメは心配そうにタニの手を握った。

 「ああ、思い出した!俺様、こいつを谷口(たにぐち)で登録したんだった。オーナーにも谷口って言っちまったわ。あははは!」

 リュウは突然、爆笑しはじめた。

 「だから谷口じゃないです!谷龍地です!」

 タニはしくしく泣きながら叫んだ。

 「リュウ様......ひどいさね......。管理がてきとうさね!これは天津様(オーナー)に報告するさね!」

 カメはタニを優しく撫でながらリュウを睨みつけ、厳しく言い放った。

 「う......。わ、悪かった。オーナーの罰則だけは受けたくねぇ......。後でハッキングして直しておくぜ。」

 リュウはカメの言葉にしゅんと肩を落とした。

 「影で直そうとしないでちゃんとオーナーにミスの報告をするさね!リュウ様はちょっとガサツすぎるさね!」

 「お前、ちょっと言い過ぎだぜ......。色々とタニの手続きに追われててミスっちまっただけだろうが。......はあ、ああ、とにかく、今は谷口って言っておいてくれ。」

 リュウはカメの頬をみょんと伸ばしながらタニに言った。

 「たにぐち......。そんなあ......。......新神、谷口です......。」

 タニは少し落ち込みながらあやまった名前を口にした。

 すると、鳥居が白く光りだし、タニは鳥居に吸い込まれていった。

 気が付くとタニはホテルのロビーのような所にいた。

 ロビーには他の神は全くいなかったが龍神らしい神はちょろちょろと歩いていた。窓から外をちらりと見ると外は何やら遊園地のようになっている。けっこう賑わっているようで龍神ではない神々が列を作ってアトラクションに乗っているのが見えた。

 「すげぇだろ。ここが竜宮だぜ。」

 ふとリュウの声が隣から聞こえた。タニは窓から目を離して慌ててリュウの方を向いた。

 「こ、ここが竜宮なんですか?」

 「ああ、ここは竜宮のロビーだ。外は遊園地でこのロビーの上の階はバーチャルアトラクションで宿泊施設と宴会席も用意してあるんだぜ。遊びどころはいっぱいあるがお前は仕事だから遊んでいる暇はないぜ。」

 リュウは得意げにふふんと笑うとタニを促して歩き出した。

 「あ、あの......カメさんは?」

 タニはカメがいない事に気が付いた。

 「ああ、あいつは別の用事で呼ばれちまったからな。別れたぜ。本当は一緒にこの中を案内する予定だったんだが......まあ、あいつがいてもいなくてもどうせ説明にならねぇからいなくてもいいだろ。」

 「そ、そうですか......。」

 「おら、行くぜ。」

 リュウ様が二階へ上がる階段へと歩き出したため、タニも慌てて追いかけた。

 しかし、二階に行く前にタニの前を何者かが乱入してきた。

 「わっ!」

 「お!新神なんだナ!シャウ!」

 タニの前に現れたのはシルクハットを被ったハイカラ雰囲気の青年だった。ワイシャツと着物に袴だ。目が悪いのかなんなのかわからないが眼鏡をしている。

 青年は端正な顔立ちに似合わない言葉遣いでタニに話しかけてきた。

 「竜宮はいつ来ても楽しいんだナ!シャシャシャシャーウ!」

 「あ......えっと......お、お客様......?ですか?」

 タニが困っていると呆れ顔のリュウがタニと青年の間に割り込んできた。

 「シャウ、邪魔だ。今は頼むから俺様の邪魔だけはすんな。」

 「お!リュウなんだナ!シャウはお客様なんだナ!その態度はダメなんだナ!シャウ!」

 リュウにシャウと呼ばれていた男は手に持ったステッキで謎のダンスをしながら楽しそうにリュウに詰め寄った。

 「うわっ!こっち来んな!来んなっつってんだろ!お前は確かにお得意様だがめんどくせぇんだよ。」

 「ひどいんだナ!電気びりびりやってお仕置きするんだナ!シャーウ!」

 シャウと呼ばれた青年はビリビリと体中から火花を散らし始めた。

 「お、おわっ!や、やめろ!ここには新神もいるんだ!」

 リュウが慌ててシャウを止める。シャウはちらりとタニを見るとにこやかに笑い、大きく頷いた。

 「うん。さすがに女の子を丸焦げにするのはかわいそうなんだナ。巻き込んじゃう所だったんだナ。ごめんなんだナ......。シャウ!」

 シャウは目に涙を浮かべながらビクビクしているタニをそっと撫でた。

 「あわ......あわわ......。」

 タニはなんだか目が回りそうだった。いきなり高電圧の放電を食らう所だったのだ。パニックになるのも無理はない。

 「わりぃな......こいつは加茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)、雷神だ。神格はかなり高いはずだがオチャラケなんだ。俺様とはまあ、腐れ縁で『シャウシャウ』うるせぇから俺様はシャウって呼んでる。」

 気絶寸前のタニを元に戻しながらリュウはシャウの紹介をした。

 「シャウ様~りゅう~ぐ~じょ~へようこそ~......。」

 タニは目を回しながらシャウにとりあえず挨拶をした。

 「シャウ!ああ、ごめんなんだナ!シャウのせいなんだナ!」

 シャウはオドオドとタニの様子を窺いながら謎のダンスを始めた。

 「ええい!邪魔だ!向こうへ行ってろ!......じゃねぇな......お客様、大変申し訳ありませんが質問等がございましたらあちらのサービスカウンターでお願いいたします。」

 リュウは後半シャウに丁寧な言葉遣いでやんわり向こうへ行けと言っていた。

 「......リュウが気持ち悪いんだナ。よそよそしくなってなんだか冷たいんだナ......。シャウ!」

 シャウはしゅんとした顔で下を向いた。

 「......おめぇはどっちがいいんだよ......。さっきと言ってる事逆じゃねぇか......。」

 「ま、いいんだナ!じゃあ、向こうで遊んでくるんだナ!バイバーイ!シャーウ!」

 リュウが頭を抱えているとシャウは突然、元気になりさっさと外へ飛び出していった。

 「あー......なんなんだよ......めんどくせぇやつ......。おい、タニ、平気かよ?」

 「あ......はい。あー......びっくりしました......。」

 リュウが揺すってタニを元に戻す。

 「いきなりすげぇのに当たったな。あいつはいつもああだがワリィやつじゃねぇんだ。それからあいつ程度でビビってちゃあ駄目だぜ。ここ、竜宮は高天原四大勢力と月と太陽の姫君もよく宴会などで遊びに来る。ものすげぇ威圧を発しているが本神達は普通だ。そのうち、お目にかかる事もあると思うがビビんなよ。」

 「は、はぃい!」

 タニはまたビシッと背筋を伸ばして勢いよく返事をした。

 「お前の返事の仕方ってなんでそんなにおもしれぇんだよ......。よし、じゃあ、まずは竜宮の案内から行くぜ。」

 「はいぃ!」

 リュウはタニの返事にケラケラと笑いながら竜宮の案内を始めた。

 ......なんだか曲者が多そう......。やっていけるかなあ......。

 タニは沢山の不安を抱えながら恐る恐るリュウについていった。

シャウのお願い

 ここは神々の住まう所、高天原の竜宮城。

リュウに竜宮の案内をされてから二週間ほどが経った。タニは住み込みで竜宮で働き、この二週間は場所の確認と案内を覚える事に必死だった。まだオーナーの天津(あまつ)には会えていない。

 タニは竜宮内の従業員生活スペースの自身の部屋で竜宮案内ガイドを必死に覚えていた。

 「ひぃいん......いっぱいありすぎて覚えられない......。」

 タニが目に涙を浮かべつつ、ぼやいているとドアをバンバン乱暴に叩く音がした。

 ちなみに竜宮従業員スペースは洋風のホテルのようで一部屋一部屋しっかりと分けられていた。

 「あ......はーい!」

 タニが慌てて返事をしてドアを開けた。

 「よう!」

 「あ、リュウ先輩!」

 タニの前に奇抜な格好をしている強面の男が立っていた。黄緑色の短い髪にシュノーケルを身に着け、黒い着物は肩半分だけ出して袴は紺色だ。

 「今日は仕事を持ってきてやったぜ。」

 「お仕事ですか!」

 リュウの言葉にタニは嬉々とした表情を浮かべた。その顔を眺め、リュウはニコニコと頷いた。

 「ああ。CM撮影をしようと思うんだ。そろそろ竜宮は夏を迎える。竜宮のきれいな海とアトラクションを主にPRしていきたい。そこでだ。お前、まだ入って間もないだろ?客に顔を覚えられていないから従業員だと思われねぇ。だからお前にはCMのモデルになってもらう。子供も狙っているんだがお前はちょうどガキみてぇにちっこいしいいだろ。」

 「も、モデル!?モデルさん!......ちっこい......。」

 リュウの言葉にタニは一喜一憂した。

 「まあ、とにかく来い!」

 「あ、ちょっと待ってください!」

 「ん?」

 タニが慌てて声を上げたのでリュウは首を傾げた。

 「ちょっと待っててください!着替えます!」

 「......着替え?」

 タニは半ば強制にドアを閉めた。リュウはぽかんとした顔で閉められたドアを見つめた。

 しばらくしてタニが出てきた。

 「お、お待たせしました!」

 「うっ!お前、なんつー格好をしてんだよ!」

 リュウはタニの格好を見て半歩後ろに下がった。

 「あの......水着ですけど。」

 タニは布のほとんどない水着に着替えていた。赤色のなんというか少しエッチな水着だ。

 「い、いや......水着ですけどじゃねぇよ......。何がお前をそんな恰好にさせた!つーか、なんでそんなもん持ってんだよ!あ、あわわわ......。」

 リュウは突然のタニの変貌に驚き、顔を真っ赤にしながら見ないように顔を背けた。

 「あの......?海の撮影ですよね?ちょっと気合入れてみたんですけど。」

 「馬鹿野郎!それじゃあエッチなビデオの撮影になるだろうが!やめろ!やめろ!ああ......どちらかと言えば清楚な感じのが俺様の......って何を言わすんだ!布が少なすぎるぞ!さっさと着替えろ!普通でいいんだよ!普通で!」

 めちゃくちゃ動揺しているリュウは実はとてもウブなようでタニを部屋に押し込むと乱暴にドアを閉めた。

 またしばらくしてタニがドアから出てきた。格好は元の着物の格好に戻っている。

 「......これで海のCM撮影するんですか?」

 タニはどこか不満げにリュウに言った。

 「あ、ああ......びっくりした......。それで行こう。お前は子供っぽいからそっちのがあってるぜ......。」

 「子供っぽい......。」

 リュウは胸を撫でおろし、タニは納得がいかない顔をしていた。

 「......んじゃあ、まずは海に行くぜ!」

 「......は、はぃい!」

 リュウのビシッと言い放った言葉にタニはピンと背筋を伸ばし、元気よく返事をした。

 竜宮従業員用の鳥居からリュウに連れられて浜辺へと向かったタニは不思議そうに首を傾げた。

 「......なんだか海の中から浜辺へ行くのは変な感じがしますね。」

 「まあ、竜宮が海の中にあるからな。初めは変に感じるがそのうち、こんなの変に感じる事なく毎日が過ぎていくぜ。」

 タニとリュウは海から浜辺に上がった。

 「そういえばリュウ先輩はCMの監督さんをやるんですか?」

 「ん......そうするぜ。俺様が楽しそうに海辺で遊んだり、アトラクションに乗ってたりしたらなんか変だろ?俺様はツアーコンダクターだしなあ。ほら、これ見ろ。」

 リュウは目の前の空間をタッチし、アンドロイド画面を出す。フォルダから一枚の写真を画面に映した。

 「う......うーん......。」

 タニは複雑な顔でリュウを見た。写真はアトラクションのジェットコースターに楽しそうに乗っているリュウが映っていた。落ちる時にご丁寧に手まで上げている。

 「お前、これ見てどう思うよ?」

 「......仕事サボって遊んでいるようにしか見えません......。」

 「......だろ。ははは!去年はこれで客から苦情が来たぜ!オーナーからも遊んでいるのと勘違いされてひでぇお仕置きを受けた。はははー!......はあ......思い出したくもねぇ。」

 リュウは笑っていたが途中から頭を抱えた。

 「ちょ、ちょっと待ってください!も、もし仕事で何か失敗をしたら天津(オーナー)様からの罰が飛ぶんですか?」

 タニはリュウの顔がげっそりしていたのでプルプル震えながら尋ねた。

 「え?ああ、ダイジョーブだって。まじめにやってりゃあ罰なんて飛ばねぇよ。......たぶん。」

 リュウは最後自信なさそうにつぶやいた。

 「たぶんって......ひぃいん......こわいよぉ......。」

 自信なさそうなリュウを見てタニは目に涙を浮かべた。このCM撮影に失敗したらどんなお仕置きが待っているのかとタニは縮こまり、その場から動けなくなった。

 「お、おいおい......。そんなにオーナーを怖がるなよ。お前、オーナーを化け物かなにかだと思ってんだろ?まあ、確かに神格と雰囲気は化け物級だが......女の子のミスには優しいんだぜ。正座させられて気絶するほど叱られるだけだ。安心しろ。」

 「気絶......するほど......。」

 リュウの言葉でタニの頭の中では恐ろしい化け物が出来上がっていた。

 「ちなみに男の罰はかなり厳しいぜ......。去年のCM撮影の苦情で俺様はあの化け物級の神力を浴びながら一日中オーナーの部屋で腹筋させられてなあ......。足に神力の鎖巻かれて逃げれないようにされて、もうありゃあ腹筋するしかなかったぜ!そんで腹筋が割れた!ははは!」

 「腹筋!?無理無理!そんなの絶対にできませんよ!私、そんなに筋肉ないですよ......。ふえええん......。」

 タニはまだ何も悪いことをしていないのだがメソメソと泣き始めた。

 「なんでお前、撮影にミスる気満々なんだよ......。オーナーは女の子にそんな過酷な罰は与えねぇよ。これは間違いねぇってば。あの男、意外に紳士だからな。......だから泣くな。そして......おら!逃げんなよ!」

 リュウは徐々に後ろに下がっているタニの肩を乱暴に掴んだ。

 「ひぃいいん!」

 「お前、俺様を見捨てる気なのか?ああ?お前はモデルなんだ!笑え!ほら!さっさと笑え!」

 リュウはタニの頬をみょんみょん伸ばした。

 「お?いい絵なんだナ!シャウ!」

 ふと若い男の声が聞こえた。それと同時にカシャっと写真を撮るような音が響いた。

 リュウとタニは慌てて声の聞こえた方を向いた。いつの間に来たのかすぐ目の前に眼鏡をかけ、シルクハットを被っている着物姿の青年が立っていた。

 「シャウ......か......この忙しい時に!」

 リュウはイラつきながら青年をシャウと呼んだ。彼は加茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)、有名な雷神である。

 「リュウが後輩の、しかも女の子をいじめているんだナ!いい証拠写真なんだナ!シャウ!」

 「ばっ!いじめてねぇよ!こいつが勝手に泣き始めて俺様が笑顔に戻そうと必死だったんじゃねぇか!」

 シャウにリュウは怒鳴った。

 「いじめる男は皆同じことを言うんだナ!正義のためにシャウがこの写真をメールに添付してオーナーに送るんだナ!シャアウ!」

 「うわー!やめろぉ!お前が動くと話がややこしくなるだろうが!ていうか、お前なんでオーナーのメルアド知ってんだよ!」

 リュウはシャウのアンドロイド機械を奪おうと動き回るがシャウは軽く避けた。

 「シャウは雷神なんだナ!電気だからサクッとハッキングなんだナ!シャウ!」

 「おーい......誰かこいつを捕まえてくれー!この能天気野郎!」

 「シャアウ!」

 リュウは必死にシャウを追うがシャウはとても楽しそうだった。

 「お前、何の用でまた竜宮に来たんだよ!」

 「リュウがタニちゃんとCM撮影するって聞いたからシャウも出させてもらおうと思ったんだナ!シャウ!」

 「どこで漏れたんだ?その情報......。」

 ニコニコ笑っているシャウをリュウは蒼白の顔で見つめた。

 そんな二神を窺いながらタニがそっと口を開いた。

 「あ......シャウさんもCMに出るんですか?あ、シャウさんはお客さんなのでちょうどいいですね。これでオーナーからお仕置きされなくて済みますよ。」

 「おまっ......俺様を信用してなかったな?コラァ!」

 リュウが怖い顔でタニを睨んだ。タニはプルプル震えると再び目に涙を浮かべた。

 「ごめんなしゃい......。」

 「ああっと......わりぃわりぃ。頼むから笑ってくれー......。こっちは去年の事もあってわりとガチなんだよー......。」

 リュウは慌ててタニをなだめる。

 「かわいそうなんだナ!こんなかわいい女の子に『コルァ!』はないんだナ。リュウは顔も怖いから余計に泣かせちゃうんだナ。タニちゃん、おいでおいでなんだナ!シャウがよしよししてあげるんだナ!シャウ!」

 シャウはまるで猫でも撫でるかのようにタニを可愛がり始めた。

 タニは徐々に顔がほころんできてほんわかした顔に戻った。

 「お!」

 リュウがタニとシャウの様子を見、これだ!と写真を撮り始めた。

 ほんわかとした少女を優しく包み込む青年。バックはきれいな海。

 「おお......実に楽しそうだぜ!これはサイトのトップ画面に......。タニ!いい笑顔だ!その調子!」

 「......っ!」

 リュウが盛り上がり始めた刹那、タニの雰囲気が焦りに変わった。

 「ん?おーい、どうした?」

 「あっ......あの!顔が元に戻りません!あ、あれ?笑顔のままなんですけど!」

 「はあ?馬鹿言ってないでもっといい笑顔を見せろ!」

 タニは必死に声を上げているが必死そうに見えない。顔はニコニコと楽しそうに笑っている。

 「笑顔が一番なんだナ!シャアアウ!」

 「あああ!頬がぴくぴくします!助けて!元に戻らない!怖いぃぃ!」

 タニは必死に泣き叫び、リュウは慌ててタニを救出した。

 シャウから......。

 「ひぃいいいん。顔が元に戻らないよぉ!怖いよぉ!」

 タニは泣きながらリュウに抱き着いていた。

 「はあ......シャウ、てめぇ......微弱の電流をタニに流して筋肉をつり上げただろ?」

 「ちょっとだけなんだナ!女の子は笑顔が一番なんだナ!スマイルスマイルなんだナ!シャアウ!」

 「......馬鹿野郎!てめぇのが悪魔だろ......。」

 楽しそうなシャウにリュウは呆れながら深くため息をついた。

 「......ん?タニ......おい!大丈夫か?」

 リュウはしがみついたままのタニに声をかけた。しかし、反応がない。

 「おい!タニ!......って気絶してやがる......。」

 タニはリュウにしがみつきながら気を失っていた。

 「元はと言えばリュウがあんな怖い顔をしているからいけないんだナ!タニちゃん、かわいそうなんだナ!シャウ!」

 シャウはリュウに対し、なぜか怒っていた。

 「い、いや、これはお前だからな......。はあ......神格が低い女神ってどう接したらいいかわかんねぇなあ......。よっと。」

 リュウは固まっているタニを優しく抱き上げた。

 「ん?撮影は終わるんだナ?シャウ?」

 「このままじゃあタニのメンタルがぶっ壊れちまうだろうが。少し休ませてから今度はジェットコースターのCM撮影だ。これは写真じゃなくてムービーだぜ。」

 「シャウもやるんだナ!シャウ!」

 元気に返事をしたシャウにリュウはまたも深くため息をついた。

 「ああ、そうだなあ。本当は断りてぇがお前しかいないし......。お前と......やっぱり女の子がほしいんだよ。タニとふたりで乗ってもらって『きゃー』っていうのが撮りたいぜ。」

 「よし、じゃあ、さっそく彼女を優しく起こすんだナ!シャウ!」

 シャウが細やかな電流をピリピリ出し始めたのでリュウは慌ててシャウを遠ざけた。

 「馬鹿野郎!お前、話聞いてたか?こいつは少し休ませる。それと、『優しく起こす』じゃなくてお前の場合、『優しい電流で起こす』なんだろ?やめろっつーの。」

 リュウはタニを片腕に抱きながら持っていた柄杓でシャウの頭をぽかんと叩いた。

 「おお、リュウがなんだか優しいんだナ!シャウは知っているんだナ!リュウは実は後輩ができてうれしいんだナ!シャアウ!」

 「馬鹿野郎!うっせーよ!黙れっつーの。」

 茶化すシャウにリュウは顔を赤くすると柄杓でまたもシャウの頭をぽかんと叩いた。

 しばらくしてタニが目覚めた。

 「......んむ......。」

 タニは目をこすりながらゆっくりと起き上がる。タニは竜宮のロビーのソファで寝かされていた。

 「......あれ?私......どうなっちゃったの?」

 タニがぼうっと向かい合わせのソファを見つめる。目の前のソファにはリュウが座っていた。

 「お。目覚めるの早えな。んじゃ撮影に......。」

 「ん?え?ちょ、ちょっと待ってください!」

 「あんだよ?」

 リュウが寝起きのタニを連れて行こうとしたのでタニは慌ててリュウを止めた。

 「私、なんで寝ているんですか?」

 「そりゃあ、お前が気絶しちまったからだよ。」

 「え!気絶!?」

 タニはまたも気絶しかけた。それをリュウが肩をゆすって元に戻す。

 「おい!しっかりしやがれよ。これから撮影だって言うのに。」

 「撮影はもう終わったんじゃないんですか?」

 タニがきょとんとした顔でリュウを見た。

 「ああ?終わっているわけねぇだろ。おら、行くぞ。」

 「え?あのっ!ちょっとぉ!」

 タニはリュウに半ば強引に外へと連れ出された。

 気が付くとタニは竜宮内の名物、二神乗りジェットコースターに乗せられていた。

 「......はっ!ちょ......これ......ジェットコースター!」

 タニはシートベルトを締められて安全バーが降りたところで我に返った。

 「ひぃいいい!う、動けないぃ!」

 「動いたら危ないんだナ!スマイルスマイルなんだナ。シャウ!」

 ふとタニの隣でシャウの声が聞こえた。タニが恐る恐る横を向くと隣で先程の犯神(はんじん)シャウが楽しそうに笑いながらタニを見ていた。

 「しゃ......シャウさんっ!ひぃいい!」

 タニがシャウに悲鳴を上げた時、二神乗りジェットコースターは無情にも動き始めた。

 「だっ......誰か助けてー!リュウ先輩!助けて―!」

 タニはなぜかリュウに助けを求めた。このジェットコースターに乗せたのはリュウなのだが。

 「んん......まあ、その顔もありだぜ。かなりデンジャラスなジェットコースターだからなあ。」

 ジェットコースターが昇っている最中、大きな龍が一緒に横を泳いでいた。その龍からはリュウの声が聞こえた。

 リュウは龍神なのでもちろん、本来の龍にもなれるのだ。

 「シャシャシャシャーウ!」

 シャウは楽しそうに歌を歌っているがタニはもうすでに絶叫を漏らしていた。

 リュウは龍のまま、空間をタッチし、空間にアンドロイド画面を起動させる。そのままムービーボタンを押してムービーの撮影をはじめた。画面にはばっちりタニの泣き顔が映っていた。

 ついに頂上へ達し、二神乗りジェットコースターは急降下をはじめた。

 「いやあああ!」

 「シャーウ!」

 それぞれ真逆の反応をしながら二神は奈落へと突き落とされた。タニが絶叫を漏らしながらわけがわからなくなっている最中、リュウが弾んだ声でタニに声をかけていた。

 「おぅ!いいぞぉ!怖い感じがちゃーんと出てやがるぜ。」

 「ぎゃああああ!」

 しかし、リュウの声はタニの絶叫でかき消された。隣のシャウは楽しそうにしている。シャウは気分が高まってきたのか体中からピリピリ電気を発し始めた。

 それを横で感じ取ったタニはさらに顔を青くし、叫び始めた。

 「ぎゃあ!助けて!ほぅ......ほぅでん!?ほぅでんがああ!いやああ!」

 「うわっ!こりゃあまずい!タニ、安全バー外してジェットコースターから飛び降りろ!」

 「ふえええ!?いきなり何言ってんですか!飛び降りろってなんですか!馬鹿言わないでください!無理ですってば!」

 シャウの電撃具合を見て慌てたリュウはタニにかなり無理な指示を出した。

 「っち......やっぱ無理か。シャウ、てめぇ、タニを襲うなよ!我慢しろ!いいな!」

 「シャウ?シャウは別にタニちゃんにムラムラきているわけじゃないんだナ。」

 「お前の頭はこんにゃくゼリーか!馬鹿野郎!電気を我慢しろって言ってんだよ!」

 呑気なシャウにリュウは鋭く言い放った。

 しばらくして恐怖のジェットコースターが元の定位置に戻ってきた。

 「あ、終わったんだナ!あ、あれ?くしゃみが......。」

 シャウが鼻を触り始めた刹那、リュウは半分気絶しているタニを引っ張り出し、慌てて走り出した。

 「ひぃいいっ!やっべえ!」

 タニを抱きかかえてリュウが走っているとシャウがデカいくしゃみをした。

 「シャアウ!」

 シャウがくしゃみをした時、強い光と共に強力な電撃が地面を這い、大規模な爆発を起こした。

 「ひぃいいいいい!」

 リュウとタニはお互いを抱きしめ合いながら涙目で大爆発を見つめた。

 しばらくして砂埃もクリアになると焼け焦げた二神用のジェットコースターが無残にも転がっていた。その前にシャウが立っており、首を傾げている。

 「なんだかすごい電気が出ちゃったんだナ......。ここまでなのは久しぶりなんだナ!シャウ!」

 「てめぇ!何てことしてくれてんだ!特撮の最後のシーンみたいになっちまったじゃねぇか!あぶねーだろうがよ!」

 リュウは柄杓でシャウの頭をぽかんと叩いた。

 「ごめんなんだナ!あ、あれ?タニちゃんはまた寝ちゃったんだナ?シャウ!」

 シャウが全く動かないタニを心配そうに見つめた。タニは白目をむいたまま完全に気を失っている。

 ちーん......。

 「てめぇのせいだからな!あーあー......ジェットコースターがこんな無残に......。タニもこんな無残に......。」

 リュウが焼け焦げたジェットコースターを眺め、その後、タニを抱き上げた。

 「危なかったんだナ......。ごめんなんだナ!シャウ!」

 「ああ、お前は大いに反省しろ!頼むから電気を操れるようになれよな......。」

 「で?ムービーはどうなったんだナ?」

 シャウはリュウの目線に浮いているアンドロイド画面を覗いてきた。

 「ん?ああ、まーまー撮れたが......。」

 リュウはシャウのアンドロイド画面にデータを送った。

 「おお!この最後の爆発まできれいに撮れているんだナ!シャウ!」

 「正直そこはいらなかったし、このままじゃあ、オーナーに殺されるぜ......俺様。」

 リュウは深いため息をついた。

 気絶したタニが目覚めて数時間が経った。タニが竜宮の従業員生活スペースを歩いていると様々な龍神から声をかけられた。

 「今回はツアーコンダクターが斬新なPR動画を配信したね!」

 「あれに出ているの君でしょ?いやあ、いい顔だったよ。」

 「しかし、最後の爆破は大丈夫だったのだろうか?」

 龍神達はタニを見つけるたびに何かしらの声をかけてきた。情報のまわりがとても早いようだ......。

 タニは愛想笑いをしながら内心では泣きたい気分だった。

 そのまま竜宮のアミューズメント施設に入る。ふと上を見上げると大きな画面にタニが出演しているCMが永遠と流れていた。

 シャウの笑顔とタニの真っ青な顔。その下に『怖いよ怖いよ!スリルを味わおう!』とテロップが流れており、最後の爆発で『君もこの夏、楽しもう!』とか続けて流れていた。

 「ふええええん......。」

 タニはもっとエレガントなCMを期待していた。しかし、現実は残酷だった。

 泣きながら遊園地エリアに出るとリュウとシャウを見つけた。

 リュウとシャウは必死に焼け焦げたジェットコースターを直している所だった。

 「う......シャウさん......。」

 今回の件で完璧にトラウマを植え付けられたタニは恐る恐る後ろに下がっていた。

 そこを運悪くリュウに見つかった。

 「ん?おう!タニじゃねぇか!なんだ?後輩として手伝いに来てくれたのか?助かるぜ!お前は良い子だなあ。」

 タニは何も言っていないのだがリュウはニコニコ笑いながらタニの頭を撫でてきた。

 「いや......その......えーと......今日はこれから用事が......。」

 「オーナーは今、ちょうど高天原の会議でいねぇ。帰ってくるまでが勝負だ!わかったな?わかったよな?」

 タニが言い淀んでいるとリュウは怖い顔でタニの頭をわしづかみにした。

 「うええええん......。わかりました......。」

 「リュウ、これはパワハラなんだナ!タニちゃん、かわいそうなんだナ!シャウ!」

 タニの様子を見ながらシャウがリュウに鋭く言い放った。

 「うるせぇ!お前が言うんじゃねぇよ!この電気男が!俺様に整備の技術がなかったらどうなってたと思ってんだ!コルァ!」

 「......それはリュウがオーナーから雷を落とされるだけなんだナ?シャウ!」

 「っち......くそっ!まったくもってその通りだな。」

 シャウを脅すつもりだったリュウは反論のしようがなく、頭を抱えて頷いた。

 その後、タニはジェットコースターが元に戻るまで手伝いをさせられた。

 もう......ここでやっていける自信がないよ......。

 タニは曲者に囲まれてこの先どうなってしまうのか非常に心配した......。

飛龍のゲーム大会

 本格的な夏が目の前に迫っているアミューズメントパーク竜宮では観光客用のプランの確認などでそこそこ忙しかった。

 前回、タニが死ぬ気で頑張ったCMは大々的に様々な神々へと広まり、今年の竜宮の評価もまあまあ高そうだった。

 今日は竜宮の整備なのでパーク自体はお休みとなっている。観光客もおらず、龍神達はのんびりとしていた。

 タニも暇だったのでアトラクションを覚えるためパーク内をウロウロと動いていた。

 何をするのか謎のアトラクション、滝壺ライダーの付近でリュウともう一神見たことがない女の龍神が何やら楽しそうにスイカを食べていた。女の龍神はなんだかとてもグラマーだった。胸が大きくてほどよい肉付きだ。袖がなく、丈がやたらと短い着物を着ていた。

 「お?タニ!ちょうど良かった!お前もスイカ食え!おら!来い!」

 リュウがタニを見つけ、ニコニコ笑いながらガラ悪く声をかけてきた。

 「え?あ、あの......。」

 「いいから、ほら!」

 タニは半ば強引にリュウに引っ張られスイカが乗っている木箱まで連れていかれた。

 タニはリュウの隣にいた赤い髪の怖そうな女の龍神をちらりと見上げた。

近くで滝壺ライダーだと思われるアトラクション用のプールの水音を聞きながらタニはごくりとつばを飲み込む。

 女の龍神はスイカを咀嚼しながらタニを見返してきた。鋭い瞳にタニは震え上がる。

 「おらよ!食え。そこの滝壺ライダーの水で冷やしたんだぜ。ひひひ。」

 異様な空気の中、リュウが笑顔で切られたスイカをタニの手に乗せた。

 「あ......ありがとうございます......。いただきます。」

 タニは動揺しながらとりあえず頂いたスイカをパクッと食べた。

 「......!」

 食べた瞬間、タニが涙目で飛び上がった。

 「やーい!引っかかった!引っかかった!そのスイカはハバネロパウダーがかかってんだぜぃ!」

 リュウはタニの反応を楽しそうに眺めながらいたずらっ子のような笑みを向けた。

 「うえええん......辛いよぉ......。舌がびりびりするよぉ......。」

 タニはおいしいスイカを期待していたので子供の様にしくしくと泣き始めた。

 「うっ......ええ?お前、マジ泣きかよ......。ああ、悪かった。ごめん。ごめんな。えっと......その......。」

 ちょっとからかうつもりが大事になってしまい、リュウは慌てた。

 「ん......。」

 その時、赤い髪の女龍神がぶっきらぼうにタニに自分が食べていたスイカを渡してきた。

 「え......?あ、ありがとうございます......。」

 「それもらうから。」

 赤い髪の女龍神はタニが持っていたハバネロ入りスイカを乱暴に奪い取った。

 そしてそのハバネロ入りスイカをリュウに投げつけるように押し付けた。

 「う......飛龍(ひりゅう)......これを俺様に......。」

 「てめぇが食え。全部な。この馬鹿男。」

 リュウに飛龍と呼ばれた女龍神は鋭い声で言い放った。

 「んん......わーったよ!俺様が食う!食うから睨むな!怖えよ!」

 なんだか異様な神力がする飛龍にリュウは怯え、小さくなりながらハバネロ入りスイカをしぶしぶ食べ始めた。

 「うげぇ......辛れぇ......。た......タニ、わりぃな......ちょっとかけすぎたぜ......。」

 「りゅ、リュウ先輩......顔色が......。」

 リュウの顔色がどんどん蒼白になっていくのでタニは心配になって声をかけた。

 「いーんだよ。ほっとけ。」

 飛龍は乱暴にタニに言った。

 「は、はあ......。」

 タニは飛龍に怯えながらもとりあえず頷いた。

 「あ、そうだ!あんた、これからあたしのアトラクションでデモプレイしてくれないか?いいだろ?な?」

 飛龍は突然笑顔になると狂気的な笑みでタニに詰め寄ってきた。

 「ひぃい!ざ、残念ですけどっ......」

 なんだかいやな予感がしたタニは断ろうと口を開いたが飛龍のごり押しにより黙らされた。

 「いいだろ?え?そこのツアコンも連れてきな!なーに、サクッとプレイしてくれりゃあいいんだ。オッケー?いいだろ?ええ?」

 「は、はい......。」

 「よし!んじゃあ、竜宮バーチャル施設の二階で待ってんぜ!じゃ。」

 飛龍は強引にタニに約束を取り付けると上機嫌で去っていった。

 「ど......どうしよう......なんかヤバい感じがむんむんしてたけど......。」

 タニは慌てて隣で苦しんでいるリュウに目を向けた。

 「う......うう......く、くそう......辛さで声がでねぇうちに......妙な約束を取り付けやがって......あのくそアマ......。ゲホゲホ......。」

 ちゃんとスイカを全部食べたリュウが苦しそうに咳こみながら去っていく飛龍を睨みつけた。

 「あの......大丈夫ですか?」

 「......馬鹿野郎!なんでちゃんと断らなかったんだよ!あいつはかなりクレイジーなんだぞ!お前じゃ確実に死ぬ!」

 「しっ......!?」

 リュウはスイカを飲み込んでタニの頭を乱暴に掴む。タニはリュウの言葉で顔色を青くした。

 「っち......こうなったら死んだ気で行くぜ!」

 「死んだ気で行くんですか!?死ぬ気じゃなくてもう死んでいるんですか!」

 リュウの言葉に何か起こるのかわからなかったがタニはすでに気絶しそうだった。

 スイカを食べたタニとリュウは足取り重く、竜宮のバーチャルアトラクションが固まっている広い建物内に向かった。このバーチャルアトラクションの建物はかなり近未来的に作られており、ガラス張りの六角形のビルだった。そのビルから渡り廊下で宴会席と宿泊施設へと行ける。

 タニとリュウはビル内へと入りロビーを抜けて二階へのエスカレーターに乗った。

 「あ、あの......本当に私じゃ死んじゃうんですか?」

 タニがリュウのげっそりとした顔を眺めながら恐る恐る尋ねた。

 「間違いなく死ぬな。ま、俺様も一緒に死んでやるから竜宮の伝説になろうぜ!」

 「そ、そんなのいやですよ!」

 タニが涙目で叫んだ時、エスカレーターのドアがバッと開いた。

 「......っ!」

 エスカレーターの向こう側はコロッセウムのような闘技場だった。

 「よう!待ってたぜ!難易度は最上級にしといた!ははっ!デモプレイだ!楽しもうぜぃ!」

 闘技場の真ん中に狂気的に笑っている飛龍が立っていた。

 「何がデモプレイだよ......。本当だったらお前のアトラクションなんてツアーに絶対に入れねぇんだがなぜか人気なんだよな......。」

 リュウが死んだ顔で頭を抱える。飛龍は楽しそうに指を鳴らした。

 刹那、タニ達の頭に緑色のバーがバーチャルで浮かんだ。

 「はーい、ゲームの説明するぜぃ!この緑のバーはヒットポイント!HPだ!これがなくなったら終わりな。よし!じゃあ始めるぜ!」

 「はやっ!」

 飛龍があっという間にゲームの説明を終わらせたのでタニは思わず声を上げてしまった。

 「ぼさっとしている場合じゃないぜ。」

 飛龍はもうその場におらず、タニのすぐ後ろから声をかけてきた。

 「え......っ!」

 タニが振り返ろうとした刹那、リュウがタニの手を引き、空高く飛んだ。

 「きゃあっ!」

 リュウがタニを抱きかかえつつ、闘技場の真ん中あたりに着地した。

 「な、何?なんですか?」

 「お前、戦闘の経験は?」

 リュウがタニを下ろし、早口で聞いてきた。

 「え?戦闘?」

 「戦闘の経験はあるかって聞いてんだ!あるのか?ねぇのか?早く言え!」

 「な、ないですっ!」

 「まじかよ......。」

 リュウが舌打ちしながら再びタニを引っ張る。タニは乱暴にリュウに引っ張られた。

 「な、何ですか?さっきから!」

 「お前、何にも見えてねぇのか。」

 風だけがタニの横をかすめて行った。休む暇もなく、今度はタニの下から風が吹いた。今度ははっきりと風が見えた。飛龍が狂気的な笑みを浮かべながら拳を突き上げてきていた。

 「......っ!」

 「ボケっとしてんじゃねぇよ!」

 リュウがタニを引っ張り飛龍の攻撃をかわす。

 飛龍はまたその場から消えた。するとすぐに辺りに沢山の竜巻が発生した。

 「え......?なんですか?これ竜巻?」

 「あいつが起こした竜巻だ。あいつ、風の神でもあるからな!」

 リュウが叫んだ刹那、タニが竜巻にさらわれて飛ばされた。

 「きゃあああ!」

 「ゲッ......タニ!」

 タニが空高く舞う。空中で動きが取れないタニに飛龍がバレーボールのスパイクのように叩きつけようとしていた。

 「......!」

 咄嗟にリュウが空を飛んでタニを庇う。飛龍の手はリュウの背中に当たり、リュウは勢いよく地面にたたきつけられた。

 「ぐあっ......!」

 リュウは痛みに顔をしかめながら立ち上がり、落ちてくるタニを受け止めようとしたがバレーボールのトスをしてしまった。

 「げっ......やべっ......反射でバレーボールやっちまった......。あいつボールみてぇだから......。」

 「いやあっ!」

 タニは再び空へと舞った。飛龍はリュウから上がったトスに笑いながらスパイクの構えを取った。

 「私はボールじゃありません~......。」

 「あー......もう......。」

 リュウは頭を抱えながら再び飛び上がった。飛龍の掌打を手に持った柄杓で弾く。しかし、飛龍はそのままリュウの腹に回し蹴りを食らわせた。

 「がっ......!」

 リュウは勢いよく飛ばされ、闘技場の壁に思い切り激突した。闘技場の壁が壊れるほどの衝撃だった。

 タニはそのままダイレクトに地面に落ち、怯えた表情で空を浮いている飛龍を仰いだ。

 「す、すごい衝撃......リュウ先輩が死んじゃった!」

 「勝手に殺すんじゃねぇ!」

 リュウはボロボロの体でタニのそばまで寄りタニの手を掴み飛龍から離れた。

 「リュウ先輩......なんで生きているんですか!」

 「お前は俺様を殺したいのかよ......。これくらいじゃあ死なねぇが......そこそこのダメージだぜ......。あのアマ......なかなか本気だな。」

 「私なら死にます!絶対死にます!」

 「偉そうに言うんじゃねぇー!」

 なぜか自信満々なタニにリュウは必死な顔で叫んだ。

 「よし......これはゲームだ。いいか、一発食らってHPをゼロにして終わらせよう!......って、お前、なんでムンクの叫びのような顔をしてんだ。」

 リュウがそう提案したがタニはぶんぶんと頭を振った。

 「痛いのは嫌です。」

 「このままじゃ痛いじゃなくて遺体になっちまうぞ!あー、何俺様、うまい事言ってんだ!じゃなくて、おら、一緒に行けば大丈夫だって!」

 「なんですか!赤信号をみんなで渡れば怖くないみたいな感じ!」

 リュウの言葉にタニはしくしく泣き始めた。

 「ああああ!泣くな泣くな!わーったよ......俺様がなんとかするぜ......。」

 リュウはため息をつくとがらりと雰囲気を変えた。リュウの体から荒々しい神力があふれ出る。

 「りゅ......リュウ先輩?」

 「俺様、あんま女をボコりたくねぇんだよな......。」

 リュウは呆れた顔をしながら飛龍に向かい飛んでいった。

 「リュウ先輩って本当はすごく強......」

 タニがときめきそうになった刹那、リュウがさらにボロボロになって戻ってきた。

 「......ダメだ......あいつ強い......。」

 「......くなかったですね。」

 「うるせぇ!本気になれねぇだけだぜ......。そういやあ、あいつに勝ったのは四神がかりで攻めたあの時だけだったぜ......。あんときは......シャウとカメと......時神のアヤちゃんがいたなあ......。俺様とタニじゃあ勝てねぇわ......。」

 リュウはため息をついた。

 よく見るとリュウの頭に浮いている緑のバーはもうほとんどない。タニは自分が危機的状態な事に気が付いた。

 「りゅ......リュウ先輩のHPがなくなったら私が一神で飛龍さんと戦うんですか?」

 「そうだぜ......。だから俺様はあの時、お前を全力で止めたかったんだよ......。あ、ちなみにお前、龍神だしなんか特殊能力があるだろ?なんだ?」

 リュウに問われ、タニは顔を赤くしながら小さくつぶやいた。

 「......リュウノヒゲとかタマリュウとか呼ばれている植物を出せます......。」

 「......はあ?」

 「ですからタマリュウを出せます!」

 タニはやけくそで緑色のモコモコした植物を沢山出して見せた。

 「......え?ちょっと待て。それだけ?」

 「はい!」

 開き直ったタニは頬を赤く染めながら胸を張った。

 「おい......お前、龍神だよな?本当に龍神か?地味すぎるぜ......。どっかの民家を守る龍神を思い出したぜ......。ま、まあいいや。よし、その緑のよくわかんねぇ植物を飛龍に向かって投げろ!悪あがきだ!」

 「はいぃ!」

 リュウとタニは必死でタマリュウを飛龍に向かい投げ始めた。

 「......ああ?何やってんだあいつら?馬鹿なのか?」

 飛龍はため息をつくと手で小さな風を作ると横に凪いだ。

 「ぎゃあ......!」

 タニとリュウは遠くに飛ばされ、壁にぶつかった。

 リュウとタニは目を回しながら倒れた。二神ともHPがゼロになっていた。

 「だ......大丈夫か......タニ?」

 リュウはタニがケガしないように抱きかかえて守ったがタニは精神的にダメージを受けHPがゼロになったらしい。

 「わああああん!」

 タニは目を回しながら大声で泣き始めた。それと正反対に飛龍は大声で笑っていた。

 「あーはははは!ダメージ食らってないのにHPがゼロになる奴なんて初めてだぜ!え?なんで?何のダメージ?やべえ!傑作!ははは!」

 「笑いごとじゃねぇ!こりゃあなんのデモプレイなんだよ!」

 怖い顔でリュウは笑っている飛龍を睨んだ。

 「んまあ、デモプレイっていうか、ほら、あれ見ろ。」

 飛龍が闘技場の端っこを指差した。闘技場の端っこには大きなテレビモニターがついていて観客が沢山映っていた。

 「ああ?」

 リュウは観客の一喜一憂している会話に耳を向けた。

 「やった!当たった!飛龍の勝ちだよ!」

 「っち......ダメなツアーコンダクターめ......飛龍にいれときゃあよかった。」

 なんだかよからぬ会話を観客がしている。観客といっても今日は竜宮がお休みなので皆従業員の龍神なのだが......。

 「あいつら......。おい、飛龍、これはカケごとだよな?俺様達をダシに使ったのかよ!あー、腹立つぜ。」

 リュウが頭をクシャクシャとかきながら唸った。

 「そうだねぇ。賭け事だ!金じゃなくて商品券とかを景品にするデモをやってみたわけだ。挑戦者の客も楽しいし観客も楽しいだろ?そしてあたしのアトラクションは商売繁盛ってわけよ。」

 飛龍がいたずらっ子のような笑みを向けた。リュウはため息をつくと何か反撃の言葉を探した。

 「ああ、カケは基本的に無断でやるのはよくねぇだろ!今回だってちゃんとオーナーに言ったのか?ああ?」

 リュウは意気込みながら飛龍に鋭く言い放った。

 「ん?言ってないよ?」

 「呑気な顔をしてんのも今の内だぜ。俺様がこの件をばっちりオーナーに報告しておくからな!お前は厳罰だ!覚悟しとけ!コラァ!」

 リュウの脅しに飛龍はケラケラと笑った。

 「え?オーナーのお仕置き?ああ、受けてみてぇなあ。ああ、やられた事ないけど鞭とかでビシバシ叩かれてぇ。うんうん。あの鋭い声でお仕置きだとか言われてみてぇ。」

 飛龍は頬を赤くするとうっとりとした顔を向けた。

 「......うっ......お前ひょっとするとドМ?その色っぽい顔やめろ!お前、オーナーに怒られて喜んでいたのかよ......。」

 「ああ、さいっこう❤」

 ドン引きのリュウに飛龍は再びケラケラと笑った。

 「お前......ドМだったのかよ......。」

 「りゅ、リュウ先輩......衝撃を受けすぎです......。」

 リュウの茫然とした声にタニは思わず小さく突っ込んだ。

 観客も飛龍もなんだかわからないがどんどん盛り上がっていき、最終的には騒動が大事になり飛龍はオーナーの部屋への呼び出しを食らっていた。

 しばらくして飛龍がなんだか残念そうにリュウとタニの元へと戻ってきた。

 観客であった従業員達はオーナーの怒りを買わないようにそそくさと波が引くように去ったようだ。今は誰もいない。

 「あーあー、つまんねぇの。」

 「飛龍、お前、オーナーに呼び出し食らってたが大丈夫だったのかよ?」

 リュウは不安げに飛龍を心配していた。

 「え?ああ、別に。......『お前は女の子なんだから男相手に無理な事はするな、ケガして傷になったらどうするつもりだ。』だってさ。あたしは指で数えられるくらいしか負けてねぇのに。」

 「ああ?心配されてんじゃねぇか!なんで残念そうなんだよ。お前。」

 リュウは呆れた顔を飛龍に向けた。

 「だってさ、あたしは厳罰を期待して行ったのに......。」

 「相変わらず頭がブッ飛んでんだな。お前。」

 リュウが再びため息をついた時、飛龍が大きく伸びをした。

 「ったく、オーナーは優しすぎんだよ。ま、いいや。あたしはこれからこのフロアの整備に入るからお前ら、もう用済みだわ。」

 「さんざん暴れといて用済みとか言うなよ......。これから殺されそうじゃねぇか俺様達......。」

 リュウは脱力しその場に膝をついた。

 飛龍はリュウとタニに手を振るとルンルンと歩き出した。

 「飛龍さんの頬、真っ赤でしたね。これは恋です!」

 「あ?なんだよ、いきなり。急に元気になりやがって。」

 タニは興奮気味にリュウにささやいた。

 「飛龍さん、きっとオーナーに心配されてとてもきゅんときたんですよ!きっと!間違いないです!恋です!これは恋なんです!」

 「あー......女ってこういう話題好きだよな。直接どうなのか聞いて来いよ。おら。」

 リュウは頭を抱えながらタニの背中を押した。

 「え?い、いや......いいですよ!もうトラウマだらけですから......。」

 タニは慌ててリュウの影に隠れた。

 「ん......ああ、なんか悪かったな。色々と。」

 リュウはとりあえずあやまってからタニの頭をポンポンと叩いた。

 こうしてタニはまたもトラウマを植え付けられる事となった。

地味子の暴走

 ここは神々のテーマパーク竜宮。竜宮は龍神達の住まうところであり仕事場でもある。

 新しく竜宮へ入社した緑の髪のオカッパ少女タニは必死で竜宮の施設を覚えていた。

 季節は八月に近く、メンテナンス期間も終わったので竜宮は観光客で一杯だった。

 観光客はもちろん皆神である。

 「ああう......。」

 タニは涙目になりながら龍神達の住み込み寮で竜宮案内のマニュアル本と戦っていた。

 「うわーん......このジェットかえる、赤、青、黄色、緑って何~......。これ、ただの色のついた蛙の写真......。」

 マニュアル本には全五百六十種のアトラクション名が写真付きで事細かに書かれていた。

 「ジェットかえる赤が......左方向に飛ぶ......青が右斜め......黄色が北北東......北北東!?......緑が回れ右......回れ右って何?......どうしよう......全然わからない......。まず飛ぶ方向を統一してほしい......。」

 タニは頭を抱えながら続きを読む。その続きには『実は紫も存在する。赤と青の混合の能力を持つかえる。ちなみに橙、黄緑も存在し......』とさらにかえるの種類が増えていた。

 「あああああ!赤と青の混合の紫はどの方角に飛ぶの!?左方向の右斜めって何!どっち?そしたら黄緑の北北東で回れ右もどうしたらいいかわかんないよ......。」

 「たーにぃ!」

 タニが悶えていた刹那、すぐ後ろでタニを呼ぶ声が聞こえた。

 「え?ぎゃあ!......リュ......リュウ先輩でしたか......。」

 タニの後ろには竜宮ツアーコンダクターのリュウがいたずらっ子のような表情を浮かべ立っていた。見た目は怖そうなお兄さんである。

 黒い着物を肩半分だけ出しているのもなかなか怖く見える。

 「りゅ......リュウ先輩......どうして私の部屋に......。」

 「あ?ドアの鍵が開いてたんだよ。何度もノックして声かけたが返事がなかったんで試しにドアノブをひねったら開いたからよ。なーにしてんのかなあと顔出したわけよ。......お?そりゃあ従業員用のマニュアル本だな?もうそろそろ覚えてないとお仕置きだぜ?」

 「おし......」

 蒼白になりつつあるタニにリュウは楽しそうに笑っていた。

 「うしっ!じゃあテストやるか!」

 「まままままっ!待ってください!」

 「うおっ!な、何だよ?ままままま......って。おめぇはバグったおもちゃかよ。ほんと、おもしれーやつ。さーて、ダメだった時のお仕置きは何にしようかな~。」

 さらに蒼白になったタニにリュウは黒い笑顔を浮かべる。

 リュウは隠れドSのようだ。いや、タニの前では隠れていないのかもしれない......。

 「ひぃいいい!あと......あと一時間くださいぃ!」

 「だーめだ。そうだなあ。滝壺ライダーに安全バーなしで乗るとか?そりゃあ、ちと危ねぇか。下手したら海の藻屑だ。」

 「なんだかわかりませんがたぶんそれはとても危険だと思いますっ!」

 タニはあわあわと目を回しながらリュウの暴走を止めようと必死になった。

 「うしっ!じゃあ柄杓でケツバットな!これなら危なくないしお仕置きとしては最適だろ!よーし、じゃあ俺様が問題出すぜぃ!」

 「わーっ!ちょちょちょっ......ちょっと待ってください!」

 タニが慌ててリュウを止めた時、すぐ近くで女の声が聞こえた。

 「......リュウ、それは男臭い野球部ならまだしも女の子にやる事じゃないでしょ......。何馬鹿な事言ってんの。まあ、君は元々馬鹿なんだけど。」

 振り向くとタニとリュウの後ろで女が腕を組んで立っていた。女は麦わら帽子にピンクのシャツ、下はオレンジ色のスカートというちょっと地味な格好をしていた。

 「うげっ!地味子(じみこ)!いつの間に!」

 「地味子じゃない!ヤモリ!君ね、そろそろ絞めるよ!」

 驚くリュウに地味子もとい、ヤモリは声を荒げた。

 「わっ......悪かった!ヤモリだな!ヤモリ!てか、なんでお前今、竜宮にいんだよ!いつもほとんど竜宮にいねぇじゃねぇか。他の龍神達はお前の事覚えてねぇぞ......。」

 リュウは戸惑いながらヤモリを見据えた。

 「あー......えっとね、これから竜宮が戦場みたいに忙しくなるからって天津様から手伝いの要請が来てね。それで来たんだけど......」

 ヤモリはそこまで言うとなぜだかわからないがしくしくと涙をこぼし始めた。

 「ん!お、おいおい?なんだよ、いきなりすぎでビビるぜ......。」

 「来たんだけど......私の部屋がなくなっているの!こんなのあんまりだよ......。そりゃあ私は地味だし......影も薄いし......付け合わせの野菜の食べ残しにすらなれない存在だけどこれはひどいよ!私の部屋がなくなっているなんて......うう......。」

 ヤモリは両手で顔を覆うと本格的に泣き始めた。

 「うっ?うわっ!な、泣くんじゃねぇよ!......付け合わせの野菜の食べ残しってどういう状態なんだよ......。だ、大丈夫だ......きっと全部食べてもらえるさ!な!」

 リュウは焦りながらよくわからない言葉を並べヤモリを慰めていた。

 「リュウ先輩?あ、あの......まさかとは思うんですけど......。」

 タニがこっそりリュウにささやこうとしたらリュウに止められた。

 「わ、わかってるぜ......ああ、わかっている。俺様がお前を推して入社させたから今年は入社神数が一神多い......つ、つまり......地味子の空き部屋はお前の部屋になったってわけだぜ......。」

 リュウがさらに声を小さくしてタニの耳にささやいた。

 「そ、そうですよね......。やっぱりこのお部屋が......。わ、私......出て行きますよ......。」

 「馬鹿野郎......。お前、この部屋から出たらどこに泊まるんだよ......。俺様の部屋か?ちょっとそりゃあまずいだろ......。ほら、男女の関係で色々と!......と、とにかく......気を紛らわそうぜ......。地味子の。」

 「ちょっと何こそこそ話してるの?......そこの君は誰なの?」

 ヤモリはタニに目を向けると首を傾げた。

 「え?あ......えっと......私は新神の谷龍地神(たにりゅうちのかみ)です!よろしくお願いします!」

 タニは動揺しながらも頭を下げて自己紹介した。

 「たにぐち?変わった名前だね。私は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)、ヤモリだよ。」

 「あの......『たにりゅうち』です......。たにぐちじゃないです......。ヤモリ先輩、よろしくお願いします。」

 タニは名前をもう一度言い直すがヤモリには軽く流されてしまった。

 「ん?だから『たにぐちさん』でしょ?」

 その光景をとなりでみていたリュウは笑いを堪えていたが結局笑っていた。

 「たにぐちさん、それ、竜宮のマニュアル本?私も怪しい所けっこうあるから一緒に勉強させてよ。」

 「はい、ヤモリ先輩。私は『たにりゅうち』です。いいですよ。一緒にやりましょう!私なんて全然覚えられなくて......。」

 タニはヤモリの名前ミスを丁寧に指摘するとマニュアル本をヤモリに見えるように置いた。

 「ああ、それでリュウからのお仕置きがどうとか言ってたわけね。」

 「言っておくがジョークだったんだぜ......。」

 頷くヤモリにリュウがため息交じりに答えた。

 「まあ、いいや。とにかく......じゃあ、リュウ、なんか問題出して!たにぐちさん、一緒に覚えよう?」

 「え......?あ、はい......『たにりゅうち』なんですけど......。」

 タニが控えめにつぶやいた言葉はヤモリには届いていなかった。

 「じゃ、問題出すぜぇ!数式結界の問題な。ちなみにこれができなきゃあ従業員用の鳥居が壊れた時に竜宮内に入る事ができねぇからな。けっこう大事だと思うぜ。そしてこれはけっこう簡単な問題だ。」

 リュウは数式が沢山書かれているページをトントンと指差す。それを見てヤモリがあからさまに嫌そうな顔をした。

 「うげぇ......私、数学苦手なんだよね......。たしかリュウは『結界破りのリュウ』とか呼ばれてたよね......。どんな難しい数式結界も簡単に解いちゃうんでしょ。だったら君を連れまわせばこんなこと覚えなくてもいいよね?ていうか捕縛して連れまわす。今、そういうゲームあるでしょ?」

 「馬鹿野郎!俺様はポ○モンか!なんでお前はそうやって丸投げすんだ!俺様が丁寧に教えてやるからちゃっちゃと覚えやがれ!」

 リュウはビシッとやる気のないヤモリに言い放った。

 「あー......リュウだったらけっこうスキル高そうだよね。ていうか、竜宮内で龍神を捕まえるドラゴンGOとかアトラクションに入れたら面白いと思うー。」

 「最近の流行をとるな!まるパクリじゃねぇか......。しかも捕まえるとかお前は俺様達をなんだと思っていやがる......。」

 さらにやる気のないコメントをするヤモリにリュウは素早くツッコむ。

 「ほら、天津様(オーナー)は『伝説のドラゴン』ね。そして捕まえたら私達を守ってくれるの!よくない?」

 「よくねえよ!捕まえに行ったやつらリアルに墓場行きだぞ!」

 リュウは頭を抱えた。

 「わ、私のスキルはなんでしょうか......。」

 ヤモリの隣でタニはなぜかワクワクした顔をしていた。

 「お前もなんでノリノリなんだよ......。お前なんてタマリュウとかいう草しか出せねぇじゃねぇか。」

 「でもタマリュウは無限に出せます!すぐに消えてしまいますが......。」

 タニは胸を張って自慢したがこれは何の自慢にもならない。

 「なんでどいつもこいつもオリジナリティがねぇんだ......。飛龍なんてこないだ、ドラゴンクワトロとかいうけっこう危ねぇタイトルのゲーム作ってたぜ......。」

 「あ、それってドラゴンクエ......」

 「そこまでだ!そっからは言うな!色々とあるから!」

 タニの口を慌ててリュウが塞いだ。

 「じゃあ、私達もオリジナリティあるゲーム作る?そしたら私も忘れ去られる事ないよね?」

 ヤモリがタニを見てほほ笑んだ。なんだかとても楽しそうに見える。

 「なんで勉強から主旨が変わってんだよ......。」

 リュウが呆れた声を上げたがヤモリのテンションは上がっていくばかりだった。

 「よし!じゃあ......そうだね......地味を卒業するなら......たにぐちさんと一緒にユニットを作って廃園になりそうな竜宮を活性化するためにドラゴンアイドルとして活躍するとかいうストーリーはどう?『R'usリューズ』とかいいと思う!あ、チーム名ね。」

 「地味子......そのストーリー構成、どこから持ってきた?それ、俺様、なんかどっかのスマホゲームで見た気がするぜ......。」

 リュウの横ではタニが目を輝かせていた。

 「アイドル!いいですね!憧れです!アトラクション名は『ドラライブ』でどうでしょうか!」

 興奮気味にタニはヤモリとリュウを見た。

 「それも危ねぇ発言だな!オイ!......いや、だからよ......さっきから危ねぇ発言ばっかで俺様とっても怖いんだが......それ放送して大丈夫か?お前らワザと言ってんだろ......。有名ゲームのカスリばかり言いやがって。」

 リュウは柄杓でヤモリとタニの頭をぽかんと叩いた。

 「でもアイドルはいいと思うの......。」

 ヤモリは頭をさすりながらリュウに涙目で言った。

 「私もそう思います!アイドル憧れます!ラブラ○ブみたいな!」

 タニも同じく頭をさすりながらリュウに必死で言い寄った。

 「そう、それだよ......。そのゲームだよ......。ああ......ついに言っちまったか......。」

 「曲はリュウに作ってもらおう!おおおお!なんだかやる気が出てきたわ!いつもこんなテンションにならないのに!存在感が出た気がするの!」

 ヤモリは戸惑っているリュウを無駄に絞めるとこぶしを天井に振り上げた。

 「いででで......なんで俺様を絞める!それからなんで俺様がアイドルソングなんて作んないとなんねぇんだよ!勝手にやれよ!」

 テンションが上昇気流なヤモリはリュウを絞めながらなぜか突然に意識を失った。

 「......っ!?」

 突然倒れたヤモリにタニとリュウはビクッと肩を震わせた。

 「ん!?お、おい......俺様が失神するのはわかるが......地味子?どうしたんだ?」

 「ヤモリせんぱーい?大変!なぜだかわかりませんが突然、気を失ってしまったようです!」

 リュウとタニは慌ててヤモリを抱き起した。抱き起した瞬間、二神が吹っ飛ばされるほどの突風がヤモリから発せられた。

 「うわああ!......何なに!?」

 リュウとタニは開け放たれたドアの先、廊下辺りまでぶっ飛ばされた。近くにあった障子戸の窓は跡形もなく吹き飛んでいた。

 リュウはタニがケガしないように守りながら茫然とした顔でヤモリを見つめた。

 「なっ......なんだ?おい!地味子!」

 暴風は竜巻のような風に変わり、周りの机や本などを巻き上げ、やがてヤモリの体も浮かせた。

 「ひぃいい!リュウ先輩......これなんですか?」

 「し、知らねぇがなんだかヤベェ感じがムンムンするぜ......。」

 タニとリュウはお互いを抱き合いながらヤモリの変貌ぶりにただ目を見開いていた。

 風は天井をぶっ壊し、周りの龍神達はザワザワと騒ぎ始めた。しばらくしてヤモリの外見が変わり始め、黒い髪からピンク色の髪に変わり、頭に龍のツノが生え、服装も着物を崩したような格好に変わった。

 まるで別神のようだ。

 「おい!お前ら!何してんだ!」

 あちらこちらから休憩中の龍神達が集まってきた。

 「なんだかわかんねぇんだが......じ、地味子が......。」

 リュウは他の龍神達に部屋の中を見るように言った。部屋の中ではピンクの髪の龍神が冷たい目でこちらを見ていた。

 「うわあああ!でたァ!あいつだ!」

 「あいつがでた!」

 「え?おい?なんだ?」

 リュウが問いかける前に大方の龍神達は慌てて逃げだした。

 「な、なあ、タニ......これやべぇやつだよな......あれ、地味子だよな......?とりあえず逃げるか!」

 タニが何か言う前にリュウはタニを抱き上げて廊下を走って逃げ始めた。ふと後ろから爆発の音が聞こえた。後ろを振り向くと先程リュウ達がいた場所の壁が破壊され、煙がもくもくと上がっていた。

 「ひぃいいい!」

 再び大きな爆発が起こる。リュウはタニを連れて全力で走った。

 竜宮の従業員住み込み寮から外に出ると変貌したヤモリが空をふわふわと浮いていた。

 何かを破壊するつもりなのか手には禍々しい力を蓄えている。

 「おい!あれは何だ!なんか構えてるぞ!おい!」

 リュウは近くで怯えている龍神の胸ぐらをつかみ、鋭く尋ねた。

 「うわあああ......!知らねぇよ!あいつはたまに突然現れて竜宮を破壊してまわる龍神だ!誰か止めてくれ!くそ......こんな時に飛龍も天津様も不在なんだ!このままじゃ客に被害が出る!俺も死ぬ!ひぃいい!」

 男の龍神の一神は尋常ではない怯え方で走り去って行ってしまった。

 「おい......なんか知らねぇが皆にトラウマを植え付けているみたいだな......あれは......。」

 「あれは......や、ヤモリ先輩ですよね......。きゃっ!」

 タニが声を上げた刹那、近くの建物がヤモリのなんだかわからない力で消し飛んだ。

 「ああ!私の部屋が!......うう......なんとかしてください!リュウ先輩~......。」

 タニはめそめそ泣きながらリュウに抱き着いた。

 「なんとかしろって言われてもよ......。どうすりゃあいいんだよ......。」

 「どうすりゃあいいんでしょう?......うえええん。」

 めそめそ泣いているタニを撫でながらリュウは必死にどうするか考えた。

 「っち......仕方ねぇ!タニ、しっかり見てろ!俺様の数式結界を見せてやるぜ!」

 リュウはシュノーケルを目にかける。目にかけたとたん、リュウのシュノーケルに大量の電子数字が流れ始めた。

 「何をするんですか?」

 「結界を張ってあいつをはじき出す。空間の座標とかの数字を見つけて計算してそれを線で結ぶんだよ。5534421677......マイナス二乗の重力加速度9・8......。」

 リュウが集中をはじめ、タニは自分も何かしなければと一生懸命に考えた。

 しかし、何にも思いつかなかったのでとりあえず、タマリュウを沢山出す事に全力を注ぐ事にした。

 「だああ!何やってんだ!横でうるせぇ!なんでそれを量産してんだ!迷惑だ!いますぐやめろ!」

 「な、なんか役に立つかもしれないと思いまして......。」

 「もう結界はできた!奴はもう結界の外だぜ......。」

 リュウは頭を抱え、ぐったりとその場に座り込んだ。

 「なんだかよくわかりませんが早いですね!ふう......良かったあ......。......あ、でもヤモリ先輩は大丈夫なんでしょうか?」

 タニが心配するように空を見上げた。もうヤモリはいない。竜宮外へと飛ばされたらしい。

 「......お前、またあれの餌食になりたいか?」

 「......いいえ。」

 「だろ?」

 リュウとタニが脱力し、その場にへたり込んでいた時、元気な女の声が響いた。

 「よっ!こんなとこで何やってんだ?お前ら?」

 「......飛龍......お前、遅せぇんだよ......。」

 赤い髪のナイスボディの女、戦闘狂飛龍はケラケラと笑っていた。

 「何が?」 

 「『何が』じゃねぇよ!ほら!」

 リュウが壊れた建物を勢いよく指差した。

 「......ん?ケンカでも起こったか?」

 「じゃなくてピンクの髪の龍神......たぶん地味子だと思うが......そいつが暴れてったんだよ......。」

 リュウの言葉に飛龍はお気楽に笑いながら「ああ!」と閃いた声を上げた。

 「あいつは二重神格(にじゅうじんかく)だからな。気持ちが昂ったり、最上級に怯えたりするとあの神格が出るらしいぜ。あたしも何回かあれと戦った事あるわ!元々はあのピンクの方が元らしいけどな、人間の祈りで民家を守る龍神になってあの格好に落ち着いたらしい。だが、いまだに昔の神格をもっていてたまに形だけ出る事があるんだってよ。気分が昂った時にな。」

 飛龍の発言にリュウとタニは盛大にため息をついた。

 「......気持ちを盛り上げちゃいましたね......盛大に......。」

 「ああ......盛り上げちゃったな......。」

 「でもあの性格はすぐになくなるんだぜ?だからつまんねぇんだよなあ。」

 飛龍がタニとリュウの様子を窺いながら呆れた顔を向けた。

 「ん?すぐになくなるのか?」

 「ああ、もう戻ってんじゃないかな?」

 飛龍はケラケラと笑い、手を振りながら去っていった。

 タニとリュウはお互いの顔を見合わすと慌てて上空に目を向けた。

 「もう戻っているのならいきなり全然違うところにいてしくしく泣いているかもしれません!」

 「俺様もそんな気がするんだよな......。ちょっと探しに行くか......。」

 タニとリュウは慌てて竜宮から外に出て海から浜辺へと向かった。ちなみに竜宮は海の中にある。

 浜辺にあがったリュウとタニは砂浜付近の森でうずくまって泣いているヤモリを見つけた。ヤモリはもう元の姿に戻っており、リュウ達を見つけるともっと泣き始めた。

 「うっわ......。ガチ泣きじゃねぇか......。」

 「うええん......気が付いたら竜宮の外に出されていてまた竜宮に入ろうとしたらエラーが出て......私は竜宮にまで忘れ去られたのね......。天津様にも嫌われたんだ......。」

 大泣きのヤモリにリュウははにかみながらタニに目を向けた。

 タニもなんて言うべきか悩み同じくリュウに向かいはにかんだ。

 エラーが出たのはリュウがヤモリ除けの結界を張ったからである。もちろん、ヤモリは竜宮をぶっ壊した事をまったく覚えていない。

 「おい......このままだと気分がどん底になりまた、あの神格が出るんじゃねぇのか......。」

 「と、とにかく少し持ち上げましょう!」

 リュウとタニは焦りながらヤモリを盛り上げた。

 「ヤモリ先輩!アイドルやりましょう!リュウ先輩が曲作ってくれるそうです!」

 「おま......勝手な事言うんじゃねぇって......ごほん......わ、わかった、なんとかしてみるぜ......。だからとりあえず、もう一度竜宮に戻ろうぜ。」

 タニとリュウの言葉にヤモリは少し顔色を明るくした。

 「でも、私竜宮に入れない......よ......。」

 「ああ、さっきのはちょっとシステムエラーが出てたらしいんだ!今は大丈夫だ!」

 リュウは慌てて結界を解いた。

 「なんか今ホワンと結界が外れたような気がしたんだけど私除けの結界が張ってあったって事なの?」

 ヤモリの言葉にリュウは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 「なんでそういう所を気づくのは早ええんだよ......。」

 「と、とにかく......竜宮に戻って一緒にアイドル用の衣装作りましょうよ!」

 タニは冷汗をかきながらヤモリの気分を再び上げる。

 「うん。そうだね。たにぐちさんとならうまくいくような気がするよ。」

 「......たにりゅうち......なんですけど......。」

 ヤモリの気分が元に戻ってきてタニも心が落ち着いてきた時、リュウが声を上げた。

 「あーっ!しまった!俺様ちょっと仕事が......。」

 リュウが仕事を思い出し叫んだ刹那、タニが涙目でリュウの着物を掴み、ブンブンと首を振っていた。

 目がひとりにしないでくれと言っていた。

 「うあー......大丈夫だ!一応、飛龍に頼んでおくから......。」

 リュウがなだめるようにタニに言ったがタニはさらに首を振るとめそめそと泣き始めた。

 「あ、ああ......わかった!仕事片づけたらすぐに戻るからよ。」

 リュウがタニの耳元でそっとささやいた。それを見ながらヤモリは不思議そうに首を傾げていた。

 「たにぐちさん......どうしたの?本当はやりたくないとか?」

 ヤモリが心配そうにタニを見る。

 「え......?い、いや、すごくやりたいです!はい!それから私は『たにりゅうち』です!」

 「たにぐちさん、自己紹介の練習?それ大事だよね。私も皆に覚えてもらえるように頑張ろうっと。」

 ヤモリの意気込んだ顔を見てリュウは『もう一神の方の地味子を知らないやつはいないだろう......。』と思ったが口には出さなかった。

 「いえ......その......私は『たにぐち』ではなくて......『たにりゅうち』なんですけど......。」

 「......?だからたにぐちさんだよね?いちいち確認しなくてもちゃんと名前覚えているよ。心配性なんだね。あ、リュウはこのままツアーコンダクターの詰め所で仕事でしょ?じゃあ、私とたにぐちさんは先に竜宮に帰るね。」

 「ですから......たにりゅうち......なんですけど。」

 リュウににこやかに手を振ったヤモリの横でタニはこの世の終わりのような顔でリュウに涙目で手を振っていた。

 ......すぐに戻るから泣くなよ......。

 ......死に装束作って待ってます......。

 リュウとタニはそれぞれアイコンタクトを送ると疲れた顔で別れた。

 まあ、そこからは特に何もなかったのだがタニはまたも出会った龍神にトラウマを植え付けられたようだった......。

 竜宮住み込み寮の壊れた部分はよくわからないが何らかの力できれいさっぱりと直っていた。

アイドル!月子さん

 神々が生活する高天原にあるテーマパーク竜宮で働き始めた谷龍地神(たにりゅうちのかみ)、タニはテンションの高いお客様に常に頭を抱えていた。

 時期は八月。竜宮は行楽シーズンを迎え、目が回るほどに忙しい。

 「えー......ま、迷子のお知らせです......!ね、ねえ、君、なんて名前なんだっけ?」

 タニは迷子センターでアナウンスをしていた。近くで大泣きな子供の神。この世界に誕生したばかりの神らしい。まだまだ修行も足りない。

 「ヴェヴェルディ・インディラカ・ポエマ・ルーベン・サジェスティン......デス。」

 泣いている子供神は涙声で自己紹介した。どうやら外国神のようだ。この竜宮には観光で外国神も来る。

 おそらくどこぞの国のお偉いさんの子供だろう。

 「まさかの外国神......泣いているから名前もよくわからないぃ!最後のデスは名前?それとも日本語の『です』?」

 神の名前を決めているのは人間だ。元々人間が想像して神が生まれる。この長い名前もどこかの国の人間がつけたのだろう。

 いまいち、親になる神の仕組みがわからない。どうやって子供神が登場して親神と親子になるのか......。

 ......やっぱり......男女の営みで?

 タニは忙しさのせいか余計な事を考え始めた。顔を真っ赤にし、慌てて頭を振る。

 「もうこうなったら感覚で名前を言う!べべんでー・いいでらか・えー......ぽえむ?なんだっけ......。」

 タニはこっそり子供神に名前を確認する。子供神はとっくに泣き止み、冷静に名前を言った。

 「ヴェヴェルディ・インディラカ・ポエマ・ルーベン・サジェスティン、デス。嫁とハグレテ、寂しくて泣いちゃいまシタ。」

 「......嫁!?」

 タニは固まった。

 神に年齢はない。人間が子供の姿を思い浮かべたならその神は子供の姿になる。

 「え?嫁?よめ?じゃ、じゃあ大人神?た、大変失礼いたしました!あ、あの......年齢は......?」

 「五百歳ちょっとデス。サキホドはトリミダシテすみません。昔、妻と百年近くハナサレタ記憶がアルノデ、サミシクテ......。自分で名前イイマス。」

 「あ......はい......。」

 タニは冷静に戻った子供神にぽかんと口を開けながらマイクから離れた。

 どこかの国の神話かなんかで彼は妻と百年近くはぐれてしまったようだ。

 しばらくして狼の耳がついている若い女が現れ子供神と共にこちらに手を振りながら去っていった。

 「......奥さんは見た目大人なんだ......。ケモ耳ついてたけど......。」

 しばらくタニは迷子センターで茫然としていた。

若干、放心状態になりかけていた時、誰かが自分の名前を呼んでいる事に気が付いた。

 「あ!いたいた!おーい!タニ!」

 タニは自分を呼ぶ声にビクッと肩を震わせた。この声は......この厄を呼び込む声は......。

 「りゅ......リュウ先輩......お、お疲れ様ですぅ......。」

 タニの前にちょっと怖い外見の青年がニコニコ笑いながら立っていた。彼はタニの先輩でリュウ先輩という。本名は流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)である。

黄緑色の短い髪に謎のシュノーケルをつけ、黒い着物を半分脱いでいる。入れ墨とかしていたら本当に怖いお兄さんだ。

 「なんだァ?せっかく俺様が来てやったのにそのテンション。」

 「ご、ごめんなさい......。」

 リュウに睨まれ、タニは小さく縮こまった。

 なんというかタニはここに来てからリュウに関わって色々とひどい目に遭っている。毎日何かしら事件を持ち込むのだ。

 「そんなに怯えんなよ。俺様、いつも優しいだろ?なあ?女の子には優しくするのはあたりめぇだからな?なあ?」

 リュウはタニの肩をガシっと抱くとニコリと笑った。

 タニはまた何かあるのかとしくしく泣き始めた。

 「うおっ......おいおい......なんで俺様に会ったとたんにマジ泣きすんだよ......。俺様地味に傷つくぜ......。俺様のこと、そんなに怖えか?優しくしてるつもりなんだがなあ......。」

 いや、リュウはいつも優しい。タニは首を横に振った。だがなぜか涙が止まらなかった。

 「おい、なんで泣いてんだよ......。お腹でも痛いのか?ちょっと休むか?」

 リュウの優しさにタニは涙を拭うと首を横に振った。

 「だ、大丈夫です!ありがとうございます。」

 「あ、じゃあ、ちょっと頼みてぇ事があるんだが......いいか?」

 「え......?」

 リュウは優しくほほ笑むとタニを連れて歩き出した。

 「ちょ、ちょっと待ってください!要件によります!ええ!要件に......。私、返事してないんですけど!」

 血の気が引いたタニはリュウに引っ張られながら、これが一番怖いのだと『これに怯えているんだ』と心の中で叫んだ。

 タニはリュウに半ば強引に連れ去られ、気が付くと竜宮内の宴会席にいた。

 「あ、あの......まだお客様がいらっしゃるのに私達、宴会するんですか?」

 タニは仕事仲間の飲み会だと思った。

 「はあ?こんな昼間から客もいんのに飲むわけねぇだろ。」

 リュウは呆れた顔でタニに言い放った。

 「あ、あの......では何の用件で?あ、接客ですか!良かった!まともなお仕事だ!」

 タニは色々と考え、一つの嬉しい結論にたどり着いた。

 しかし、その喜びはリュウの言葉であっけなく崩れ去った。

 「接客っていうか......今、月神のトップ、月姫姉妹のうちの妹の方が来ているんだ。姉の方がくりゃあまあまあ良かったんだが妹の方が来ちまって......それでなあ......それがちょっと厄介で......。」

 厄介の言葉にタニはさっと顔を青ざめさせた。こういう時の反応はここに入ってからやたらと早くなったような気がする。

 リュウが先を続けようとした刹那、ピンク色の髪をツインテールにしているゴスロリな少女が手を腰に当てて勝気に話しかけてきた。

 「ちょっと、ちゃんと女の子連れてきたんでしょうね!かわいい女の子限定よ!」

 「え......ええ。は、はい。月姫様。」

 「月子と呼びなさい!スーパーアイドル月子さんと!」

 「え、ええ。スーパーアイドル月子さん......。」

 手を腰に当てたままふんぞり返った少女にリュウが顔を引きつらせながら答え、愛想笑いをした。その後、タニの肩を抱き、小声でタニにささやいた。

 「おい、月の姫さんは女のアイドルが好きなようなんだが俺様じゃわからん。だからお前がなんとかしてくれ。かわいい女の子を連れてこいって言われて、お前しか思い浮かばなかった。地味子は地味すぎるし、飛龍は女の子じゃねぇだろ?あ、本神には絶対に言うなよ!俺様、殺されちまうから。」

 「え......ええ......。かわいいって思って下さるのは嬉しいんですけど......この方、ちょっと私とはタイプが......。」

 タニが引け腰になったがリュウは頭を強引に撫でて顔を近づけてきた。

 「接客業だ!仕事は選べねぇ!何が目的かわからねぇが月姫さんは女子をご所望だ。俺様じゃねぇんだよ。だ・か・ら、お前が頼りなんだ!」

 「うう......わ、わかりました......。」

 リュウの睨みでタニは頭を抱えながら月の姫様を見た。

 月姫、月子さんはやたらと盛っているまつ毛を軽く指で撫でるとポーズを取りながら笑顔を向けた。

 ......うわあ......これはどうしたらいいかわからない系の女子だ......。

 「ふーん、あんたがリュウが一押しするっていう子?はっきり言って地味でどんくさそうだけどまあまあかわいいから許すわ。リュウは野蛮で男臭くてかわいくないの!どんだけかわいいイメージを出してもかわいくないのよ!目つきも鋭いしこわ~い。月子さん、こわ~い。」

 「は、はあ......。」

 タニが気の抜けた返事をすると、月子さんは扇子を懐から取り出し、タニの方へ向けた。

 「あ、あの......。」

 「何やってんのよ!さっさと扇ぎなさいよ!」

 「あ!は、はい!」

 タニは素早く月子さんの扇子を受け取るとゆっくりと月子さんを扇ぎ始めた。

 「ふーん、そうね。あんた、私がカスタマイズしてあげるわ!かわいくなってそこで踊りなさい!」

 「ええええ!?そんな無茶苦茶な!」

 タニが目を見開いている間、月子さんは腕輪を取り出すと何やら操作を始めた。

 この腕輪、高天原最新収納ケースで物体をデータ化させて中に取り込むことができるのだ。つまり、この腕輪の内部に物を入れておける。

 「そうねぇ。これとこれと......。」

 月子さんは腕輪から水着やフリル付きの衣装などを並べ、何やら考えていた。

 「うう......なんか嫌な予感がする......。」

 タニは扇子で月子さんを扇ぎながらじりじりと後ろへ下がっていた。しかし、すぐにリュウに捕まった。

 「俺様を置いていくな!頼む!お前は十分かわいい!自信を持て!頼むから持て!」

 「うう......。」

 タニはため息をつくとうなだれた。

 「まずはこれからがいいかな。かっわいいー!えーと、あんた名前は?」

 「あ、えっと、谷龍地神(たにりゅうちのかみ)です!」

 タニはビシッと背筋を伸ばすと大きな声で自己紹介した。

 「たにぐち?変な名前ねー。ま、いいわ。あんた、今日から『タニりん』ね!」

 「あ、あの......谷龍地......なんですけど......。」

 「だーかーらー、あんたは今日からタニりんなの!いいわね!」

 月子さんのごり押しにタニは泣く泣く頷いた。

 「はい、じゃあお着替えね!ふふ......そーねぇ......男臭いリュウを興奮させちゃうのもアイドルの役目よね。タニりん、ここでお着替えしちゃおっかあ?」

 月子さんはタニを後ろから抱き、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 「え!あ......あの、ちょっとそれは......。」

 タニが慌ててリュウを見た。リュウはわかりやすくオロオロと戸惑っていた。

 「月子さん......それはちょっと......その......」

 タニが月子さんの暴走を止めようと声を上げたが月子さんはノリノリだった。

 「はーい!脱ぎ脱ぎ!」

 「やっ!やめてくださーい!いやぁ!」

 「恥じらっている姿、超かわいい!ちょーかわいい!これはいけるわ!はーい。これ着てね。」

 月子さんはタニの袴を脱がせ、フリフリの服を着せる。

 「って、あんたはなんでそんな乙女みたいに恥ずかしがってんのよ!」

 月子さんはすぐ後ろで顔を手で覆って恥ずかしがっているリュウを呆れた目で見つめた。

 「い、いや......その......生お着替えはその......ちょっと僕には刺激的かなと......む、胸よりも僕はお尻の方が好きで......ちょっと小ぶりで安産型の......。」

 リュウは顔を真っ赤に染めながら縮こまっていた。

 ......あああ、リュウ先輩がわけのわからない事を口走っている......。

 気が付くとタニはフリフリの露出度多めな衣装に着替えさせられていた。

 「うーん!似合う!かわいいわ!そのテレ方、本番でやってね!」

 「......ほ、本番?」

 月子さんは何やら不吉な事を口走った。

 「あら?聞いてなかったの?今日は月神達のお祭りなの。それで宴会でここを予約していたんだけど竜宮のパフォーマンスってなんか物足りないのよねぇ。そんで、私が企画して催しをしようと思ったの!月神達が来るまで後、五時間近くあるわ。それまでにあなたには立派なアイドルになってもらうの!もちろん、私も踊るわよ!あんたは私を邪魔しないように踊らせるわ!」

 月子さんは心底楽しそうに笑うとタニが着ているフリルをパラパラとめくった。

 ......なんて迷惑な神様だ!

 タニは顔色を悪くしながら心の中で叫んだ。

 それからタニは地獄のアイドル活動を経験させられた。

 「はい!わんつー、わんつー!動きが鈍い!もっと素早く動けないの?どんくさい!」

 月子さんは宴会席のステージでタニをぶっ通しで踊らせ続けていた。

 タニは汗だくで顔はもう死んでいる。

 「何よその顔!かわいくないわよ!笑いなさい!笑うの!はい!」

 「つ、月子さん......私......もうダメです......。」

 タニはへなへなとその場に座り込んだ。月子さんがタニを許すわけもなくタニはその後すぐに無理やり立たせられた。

 「ダメなんて言わないの!あんた、ここで諦めるの?アイドルの道を!」

 月子さんの鋭い声にタニは涙目でとりあえず立ち上がった。

 「も、もう諦めます......。はじめから目指してません~......。」

 「馬鹿!」

 タニは罵られなぜか頬を思い切り叩かれた。

 ......痛い......なんかのドラマみたいなこれ......なんなの?

 タニは頬を押さえ半泣き状態で月子さんに怯えた。

 「それであんたは本当にいいの?そんなカマドウマみたいなダンスでいいの?カマキリみたいな構えでいいの?」

 月子さんはタニを怒鳴りつけている。

 ......もうそれでいいです......。カマドウマみたいなダンスって......私、どんな動きをしてるんだろ......。

 タニは思った言葉を飲み込みつつ、とりあえずあやまった。

 「ご、ごめんなさい!月子さん!」

 「あやまっている時間があるなら練習しなさい!ほら!わんつーわんつー!」

 先程から遠くの方でリュウが青ざめた顔でレッスン風景を眺めている。仕事を頼んでしまった手前、リュウはその場から離れられなかったようだ。

 「はい!ターン!ターンよ!回りなさい!顔!笑顔!にっこり!ほら!」

 月子さんの指導には熱が入っていく。タニは顔面蒼白になりながら必死で謎のダンスを練習した。

 しばらく経つとタニのダンスはなんとか形になってきたようだ。

 月子さんの顔も穏やかになってきた。

 「うん!いいわね!良くなってきたわよ!うん、よし!形になってきたわね。」

 踊り続けて四時間、月子さんからのお許しがやっと出た。タニは笑顔で踊りすぎて顔が元に戻らなくなってしまった。体中が熱く、若干トランス状態である。

 「月神さん達の前に出る前に倒れそうですけど......。」

 「あら、何言ってるの?今のは踊りの確認よ。私が踊るパート。客観的に見て振付を決めた方がいいものができるのよ!」

 「え......?」

 タニは耳を疑った。今のは月子さんが踊るパートの振付決めだったらしい。

 「じゃ、今度はあんたの振付ね。」

 「......。」

 月子さんの発言にタニは顔面蒼白になり全力で逃げようとした。

 だがまた殴られるかもしれないのでタニは大人しく月子さんに従う事にした。

 そしてなんだかんだ言って五時間が経過し、ついに本番になった。宴会場にはたくさんの月神達が月子さんのアイドルダンスを楽しみにしていた。

 もうこの段階でタニは死ぬ一歩手前だった。

 「か、川が......川が見えるぅ......。きれいな川が......。」

 「はあ?ふざけた事言ってんじゃないわ!ほら、行くわよ!」

 月子さんは舞台裏からタニを引っ張り、宴会場のステージへと飛び出した。

 「はぁい!皆!元気?月子さんは元気だよ!今日はいつもやっているライブとはちょっと変わった振付にしてみたよ!楽しんでいってね!」

 「わーっ!つきこさーん!」

 「つきこさーん!」

 月子さんは月神のトップ。月子さんを慕っている者も多く、月神達は月子さんをアイドルの様に扱っているようだった。まだ何もやっていないのに拍手の嵐だ。

 ダンスが始まり、音楽もポップなものが流れた。

 タニはフラフラになりながらバックで月子さんを盛り上げるダンスをしていた。

 ......人前でダンスするとか初めてなのに......緊張を感じさせないくらい疲れている......。

 ......うう......こんなに頑張ったのに月子さんしか騒がれていない......。

 タニは若干落ち込みつつ、月子さんのアイドル声を聞いていた。

 やがてライブは終わりタニはフラフラと舞台裏に戻った。月子さんはまだステージで何かやっている。常に歓声を上げている月神達。

 ......ああ、疲れた......。

 「ふふ......あなた、月ちゃんとお友達になってくださったの?」

 ふと舞台裏に月子さんに似たピンク色の髪の美しい女が立っていた。白拍子の格好をしている。

 「......?え、えーと......どちら様でしょうか?」

 タニはかすむ目で女を見つめた。

 「わたくしは月照明神(げっしょうみょうじん)。月ちゃんの姉ですわ。あなた、これからも月ちゃんのお友達になってくださいね。」

 「いや、それはちょっと......。」

 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「あ......ちょっとまっ......。」

 タニの言葉を全く聞かず、月子さんの姉、月照明神は柔らかくほほ笑むと去って行った。

 ......と、友達を押し付けられた......!

 タニは青い顔をさらに青くするとヨロヨロと舞台裏から宴会場の外へ出た。

 「お、おう......お、お疲れさま。」

 外に出るとリュウが居づらそうに声をかけてきた。

 「......。」

 リュウの顔を見たとたん、タニの目からは大量の涙が溢れた。

 体もプルプルと震えている。怒っているのか何なのかよくわからない気持ちだ。

 「あ、あのな......ほ、本当にすまないと思っている!お前に全部押しつけちまって......。ちょ、ちょっと軽い気持ちだったんだ。」

 戸惑っているリュウにタニはガシっと抱き着いた。そのままポカポカとリュウの胸付近を叩いた。

 「リュウ先輩、酷いですよ......。もぉ!」

 タニは頬を膨らませながらリュウを見上げた。すっかりこの五時間でアイドルのような仕草が体に染みついている。

 「うっ......か、かわいい......。まるで別神だ......。萌える......。」

 タニの仕草でリュウは何かに目覚めそうだった。

 「だってぇ......誰も私をみてくれないんですよぉ......。」

 フリフリの服を着て上目遣いで見てくるタニにリュウはなんだかムラムラきていた。

 「お、俺様は見ていたぜ!カマドウマみてぇな動きがキュートだった!ああ、萌えた。月子さんよりもお前の方がなんだか俺様には輝いて見えたぞ。大丈夫だ!」

 リュウはよくわからない励ましの言葉を発すると戸惑いながらタニの頭を撫でた。

 「もぉ......これが夢であってほしいぃですぅ......かまどうまァ~かまどうま~だよ!きゃは......。」

 タニはわけのわからない言葉を発すると目を回しそのまま倒れた。

 「タニぃ!」

 リュウは叫んだがタニは違う世界へと旅立っていた。

 こうしてタニはお客様にもトラウマを植え付けられた。

 ここに来てからほんと、トラウマしか植え付けられていない......。

......頼みます。連れてくるなら虎と馬以外のものにしてください。

剣王の無茶ぶり

 神々が住まう所、高天原内にある神々のテーマパーク竜宮で働き始めた少女神タニは今日も目を回していた。

 季節は八月を迎えて竜宮付近にあるビーチは海水浴に来た神で溢れかえり、竜宮内のアミューズメントパークではデートや単純に遊びに来た神々でごった返していた。

 「は、はい。バーチャルアトラクションへはこの渡り廊下を抜けてください。」

 タニは顔を引きつらせ無理やり笑顔を作りながらアツアツのカップル神を送り出した。

 ......あー......この暑い八月にアツアツなんてうらやましいなあ......。

 タニがため息をつきながらイチャつくカップル神の背中を眺めた。

 現在はカップルが多くなる時間帯だ。つまりロマンチックな夜である。

 もうそろそろ竜宮は閉園し、後は宿泊客や宴会客の相手をすればいいだけだ。

 しばらくぼうっとしていたら背中で強い威圧を感じた。

 タニはビクッと肩を震わせると恐る恐る後ろを向いた。

 「......?」

 かなり遠くだが団体の神がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

 その先頭を青い顔でタニの先輩、リュウが歩いている。リュウは黒い着物を片肌脱ぎにしており、目つきも悪いのでちょっと怖いお兄さんに見える。

いつも悪戯っ子のような表情をしているリュウが今日は顔の表情が重い。

 タニは自分の身の安全を最優先するべく、どこか隠れる場所を探した。

 しかし、その団体の神の神力、威圧が強すぎてタニはまったく動けなかった。

 次第に会話が聞こえてくる。

 「そういえば、今、人間達はオリンピックで盛り上がっているらしいよぉ。神々もオリンピックやろうよ~。まあ、それがしは見てるのがいいけど。」

 「......剣王様......ここ竜宮はオリンピックの会場ではございません。ここでは行う事はできません。」

 どこか抜けた声の男にリュウは青い顔で答えていた。

 よく見るとその男を囲んで他の神々が歩いている。集団の神々は護衛か部下のようだった。

 剣王と呼ばれたその男は邪馬台国から出てきたかのような格好をしていた。

 「あらら?なんだか可愛らしい神がいるねぇ。君も龍神なの~?」

 剣王と呼ばれた男が呑気な声でタニに話しかけてきた。タニはその剣王の神力に当てられ滝のように汗をかいて震えていた。結局一歩も動けないままでリュウが連れた団体はタニの前に来た。

 「は、はいぃ!わ、私は谷龍地神(たにりゅうちのかみ)と申しますぅっ!」

 タニは無理やり笑顔を作り、頑張って声を張り上げた。

 「ははは!たにぐち?面白い名前の神さんだねぇ。」

 「あの......谷龍地(たにりゅうち)なんですけど......。」

 笑っている剣王とやらにタニは控えめに訂正した。

刹那、タニのお尻をリュウが思い切り引っぱたいた。

 「ひぃ!?」

 タニは驚いて飛び上がった。

 「馬鹿やろー......。余計な事を言うんじゃねえ......。頼むから流せ......いいな。」

 タニのお尻を一発叩いた後、リュウはタニの耳元で切迫した声でささやいた。

 「は......はい......。」

 タニは何かを感じ取り、素直に頷いた。

 「ああ、そうだねぇ......龍神と武神でオリンピックをやるってのもいいかもねぇ~。楽しそうだ。」

 剣王はタニとリュウの会話をよそに楽しそうに声を上げた。

 「あ、あのぅ......その前にお客様は剣王様と言うお名前なのですか?なんだか珍しい神様ですね。......ギャヒッ!?」

 タニが尋ねると再びリュウの平手がタニのお尻を打った。

 「馬鹿やろー......。このお方は高天原西を統括するタケミカヅチ神、通称西の剣王だ!」

 リュウのささやきを聞き、タニは驚きの声を上げた。

 「タケミカヅチ神様!」

 「......?そうだよぉ?君はかわいい子だねぇ。このほっぺなんて特に。」

 剣王は優しそうな笑みを浮かべ、タニの頬をつついた。

 タニはかわいいと言われ、なんだか嬉しかったのでニコニコとほほ笑んだ。

 ......なんだか最初よりは怖くなくなってきた!

 「剣王様もちょこっと生えているお髭とかカッコいいと思います!」

 「そ、そう?なんだかおじさん照れるなあ......。」

 タニと剣王の会話をリュウは冷や冷やしながら聞いていた。

 「あ、あの、今日はどういったご用件だったんですか?」

 「今日は羽を伸ばしに来たんだよぉ。今はツアーコンダクターに宿泊するお部屋に案内してもらう所でねぇ。いやあ、リュウは真面目でしっかり者なんだよ。だからちょっと君みたいに砕けた感じの子がいると和む。」

 剣王はタニにほんわかした顔を向けた。

 「剣王様、リュウ先輩はそんなに固い神じゃないです。普段は悪戯好きで他の龍神達のムードメーカーみたいな方です。」

 タニもほほ笑んで剣王を見上げた。その横でリュウが血の気の引いたような顔でタニを見ていた。

 「お?そうなの?じゃあ、リュウ、それがしにもなんか悪戯してよ~。ただ休んでいるだけじゃあ刺激がなくてねぇ。そうだ!じゃあ、それがしが夜眠っている間に何かすんごい悪戯を仕掛けにきてよ!思い切りやっていいからね~。それがしは生半可なものは好まないからさ。これもお客さんを喜ばすアトラクションだと思ってやりに来て!楽しみにしてるよ~。」

 「え......?」

 剣王の何かにスイッチを入れてしまったらしい。タニとリュウの間になんだか冷たいものが流れた。

 その時、麦わら帽子を被っているちょっと地味な少女、ヤモリがリュウの前にいた。

 「リュウ、ちょっと遅いよ。ツアーコンダクターはこの渡り廊下まででしょ。ここからは私が剣王様を旅館にお連れするから。」

 ヤモリは完全に固まっているリュウを不思議そうに眺めると顔を引き締めて剣王に向き直った。

 「剣王様、ここからは私がご案内いたします。」

 ヤモリは緊張した面持ちで剣王を連れて歩き出した。

 剣王は固まっているリュウとタニを見返るとにっこり笑って

 「んじゃ、待ってるからね~。」

 と楽しそうに言い、背を向けた。

 「うおおおい!この馬鹿!だからよけーな事言うんじゃねぇって言ったんだ!どーすんだ!この馬鹿!おめぇなんてケツ百叩きの刑だ!コラァ!」

 「ふえええん。ごめんなさーい......。」

 リュウとタニは一旦、従業員住居スペースに戻ってきた。リュウは怖い顔で怒りながら膝に乗せたタニのお尻をパンパン叩いていた。

 「ちょっと、うるさいんだけど。」

 ふとタニの部屋に案内を終えたヤモリが入ってきた。

 「ああ?今は取り込み中だ!向こう行ってろ!」

 リュウはとてつもなく現在虫の居所が悪いらしい。ヤモリを睨み、声を荒げた。

 「取り込み中って......タニちゃんのお尻なんて叩いて何してるの?君、なかなかな変態な趣味を持っているね。そういえばリュウは女の子のお尻好きだったね。タニちゃんでお楽しみ中なんだ。」

 ヤモリは呆れた顔でリュウを見据えた。

 「お楽しみ中じゃねぇ!お仕置き中だ!オラァ!」

 「そんな事よりもなんだか剣王がウキウキだったけど君達なんかよからぬ事約束でもしたの?」

 怒鳴るリュウにヤモリはため息交じりに尋ねた。

 「ああ、こ・い・つがな!俺様達は死ぬ覚悟で剣王にドッキリを仕掛けないといけなくなっちまった!だから俺様はこいつのケツを叩いている!そう!だからケツを叩いているんだ!」

 リュウは再びタニのお尻をパンパン叩き始めた。タニはめそめそ泣いている。

 「......なんだかよくわかんないけど......急いでいるって事かな?」

 「ああ!急いでいる!滅茶苦茶急いでいる!もう就寝する時間まで一時間しかねぇ!それなのにあの剣王を驚かせるものが何もない!だから俺様はこいつのケツを......」

 「叩いて急がせているんだね。わかった。わかった。理解理解。じゃ、私そろそろ寝るから頑張ってね。それからうるさいからもっとボリューム下げてもらっていい?んじゃ、おやすみ。」

 ヤモリはあくびをすると手を振って背を向けた。

 「ま、待て!俺様達を見捨てるのか!なんかアイディアとかねぇのかよ!下手なドッキリだと無意識に寝ている剣王に敵だと思われて処理されちまうよ!」

 リュウはめそめそ泣いているタニを放り投げるとヤモリに助けを求めた。

 「そんなの私に言われても困るよ......。んー......自分達が安全でいたいなら爆弾を仕掛けるとかどう?まあ、色々やってみたらいいんじゃないの?夜は長いんだし。」

 「そうか。爆弾とかそっち系で行くのもありか。ん......それは仕掛けるのが命がけだな。」

 「とにかく、私は明日朝早く出勤だからもう寝るね。この時期は開園を三十分早めるんだって......。」

 ヤモリは再び大きなあくびをすると伸びをしながら去って行った。

 「......っち......地味子め!他人事だと思って......。タニ!おめぇもめそめそ泣く前になんか考えろ!下手したら剣王に処理されちまうぞ!運よくても色々とオーナーから処理されんかもしれねぇぞ!」

 「ふあい......。」

 鋭いリュウの声に返事をしたタニはめそめそ泣きながらお尻をさすっていた。

 「お前!なんかアイディアねぇのか!俺様は何にも思い浮かばねぇよ!」

 リュウは頭を乱暴にかくと叫んだ。

 「ふええん......。お尻が痛いよぅ......あ!そうです!剣王にお尻ぺんぺんのドッキリを......」

 タニが必死の顔でリュウを仰いだ。

 「馬鹿か!てめぇは!剣王は武神だ!近づいただけでやられちまう!だいたいなんだそのドッキリは!おっさんにそんなことして変な事に目覚めたらどうする!ナメてんのか?あんまりナメた事言ってんと今度は柄杓でケツぶっ叩いてやるぜ!」

 リュウは早口でまくしたてると柄杓をぶんぶん振り回した。

 「ひぃい!ご、ごめんなさーい!ちゃんと考えます!」

 「そうだ!命がかかっていると思え!」

 「はい!じゃあ、私がタマリュウを使って剣王様を驚かせます!」

 タニは責任を感じてタマリュウに頼る事にした。

 「タマリュウ......それは意表を突くかもしれねぇ!お前は遠くから出せるのか?」

 「お部屋の内部に少し入る距離です!わ、私一神で行きます!リュウ先輩にご迷惑はかけられません!」

 タニは目に涙を浮かべ決死に頷いた。

 「馬鹿、部屋の内部に入るんなら剣王の間合いの中だぞ!お前一神じゃあ寝ぼけた剣王に一発ノックアウトだ!......俺様も行く。とりあえず、一回試すぞ。ダメだったら全力で逃げる。」

 リュウは怯えているタニの頭を乱暴に撫でると立ち上がった。

 「は、はぃぃ!」

 タニも震える声で返事をするとリュウにならい立ち上がった。

 タニとリュウは旅館部分にたどり着いた。剣王はこのうちのお得意様用のお部屋に泊まっている。

 周りの客を起こさないようにタニとリュウはそっと剣王の部屋を目指す。階段を上り、剣王がいる最上階の部屋へと足を進めた。

 最上階は四部屋ほどあり、下の階とは作りも雰囲気も違った。部屋はかなり広そうだ。

 こちらの部屋はすべてドアではなく障子戸だった。

 四部屋の内の一部屋、剣王が眠っているだろう部屋の前に立ったタニとリュウは顔を見合わせ頷くと、障子戸をわずかに開いた。

 障子戸からタニがそっと手を入れ、タマリュウを出すべく神力を使った。

 「ひっ!」

 刹那、リュウがタニを抱きかかえ素早く隣の部屋へ隠れた。

 タニはなんだかわからなかったが軽い衝撃音と風が後ろから吹き抜けた。

 恐る恐る隣の部屋から剣王の部屋を覗く。

 剣王は抜き身の刀を持ち、寝ぼけ眼で首を傾げていた。先程タニがいた障子戸は剣王の斬撃により真っ二つになっていた。剣王は眠そうにふああとあくびをすると再び部屋に戻って行った。

 「は......はぅ......!?」

 タニの体から汗が噴き出る。リュウの反応がなければタニは真っ二つに斬られていた。

 リュウは全身冷汗でびしょびしょになった着物で顔の汗を拭うと何も言わずにタニを抱え剣王の部屋から離れた。

 二神は一旦、元の住居スペースに戻る。

 「はあ......はあ......ひっ......ひっ......。」

 タニは目に涙を浮かべ恐怖で放心状態だった。

 「お、おい。大丈夫か?ケガは?腕は持ってかれていねぇよな?手の傷もねぇな......。ふう......。お前もわかったと思うがあんな感じなんだ。」

 リュウはタニの手を素早く確認し、青い顔でタニを見た。

 「はっ......はい......。リュウ先輩ぃ......どうしましょう!怖いよぉ!」

 「俺様だって怖えよ!バカヤロー!剣王は完全に眠っていても脅威だと感じたら無意識に体を動かす男だ。本神はそれに気が付いてねぇ!やっぱり少しの神力でも反応しやがったか!こええええ!」

 リュウが顔面蒼白で叫んだ。

 「ど、どうしますか?」

 「どうしますかじゃねぇ!考えろ!頭を使え!」

 そう言っているリュウが一番頭を使っていなかった。

 「......タマリュウを出す前に神力で脅威と判断されたって事ですか?」

 「どう見たってそうだろ!あーあー......だからあの男は嫌なんだよ!やべぇくせに遊びたがりだ。あの男は強さが破格だから常に本気ではないが俺様達からすりゃあ、じゃれられても死ぬ。あの飛龍だって子供のようにのされちまうだろうな。」

 リュウは絶望的な顔で対策を考えていた。

 タニは剣王の恐ろしさを目の当たりにし、もうあの部屋に行くのが怖かった。

 「こんなの無理ですよ......。タマリュウ出すのに神力使いますし......。」

 「そんな弱音を吐いても変わんねぇぞ!オラ!......ん。待てよ......神力を使ったら反応したって事は使わなきゃあいいって事か!」

 リュウは顔を輝かせた。

 「使わなかったらほんとに死んじゃいますよ!」

 「ばかやろー!俺様とお前は一心同体だろ!一緒に死ぬんだよ!」

 「一心同体ってなに恥ずかしい事言ってんですか!私は死にたくないですよぉ!」

 「......とにかく、創意工夫だ!神力を使わずに剣王をそこそこ喜ばせて俺様達も無事な道を探す!」

 リュウはタニの頭を乱暴に撫でまわすと対策を立て始めた。

 そして再び剣王のお部屋に戻ってきたタニとリュウは顔を合わせ頷いた。

 「タニ、手筈通りに行くぞ。いいな。」

 「はいぃ!」

 小さな声で二神は確認を取った。

 リュウは素早く、持ってきたラジカセを置き、スイッチを押した。

 ラジカセから大音量でサンバのメロディが流れる。

 「行け!タニ!」

 リュウがタニに合図を送る。タニはバサッと着物を脱いだ。タニは着物の下にタマリュウと金色のテープで着飾ったサンバ衣装を着ていた。

 露出度の激しいサンバ衣装のままほぼやけくそで障子戸の中へと入り込む。

 「サンバァ!」

 タニは顔を真っ赤にしながら持ってきたタンバリンを叩きまくる。

 「んむ?何?何?」

 剣王が寝ぼけ眼をこすりながらタニの方へ歩いてきた。

 ......よしっ!先にサンバのメロディを流しておいたからうるさくて先に目覚めただろ。そしてこのタニの露出度高めのタマリュウ衣装!

 ......剣王も目覚めていて安全、なおかつビビる!

......どうだ!

 リュウは軽くガッツポーズをした。

 「......あっははははは!こう来るとは思わなかったなあ!たにぐちちゃんはサンバの腰の振り方がおもしろすぎるよ!動物の交尾みたいだ!メスじゃなくてオスの方!あははは!」

 驚くと思っていた剣王はなぜか大爆笑だった。

 「どっ、動物の交尾......。わ、笑われた......。」

 ......恥ずかしすぎる!

 タニは顔をさらに赤くし、後ろにいたリュウに抱き着いた。

 リュウはタニの頭を優しく撫でつつ剣王に恐る恐る尋ねた。

 「あ、あの......イメージとは違ったんすけど......お気に召すドッキリだったでしょうか......?」

 「あーあー、面白かったよ!今やっているリオ五輪ともかけているんでしょ?さっきの話も混ぜてくるなんてけっこういい仕事するなあ。」

 剣王は上機嫌だった。

 「あ......ありがとうございます。で、ではこれで失礼します!」

 リュウはタニを抱えると脱兎の如く剣王の部屋を後にした。

 後ろでまだ剣王が笑っている声が聞こえた。

 「生きてて良かった......。違う意味で。」

 「リュウ先輩、すごいです!オリンピックも混ぜていたんですね!」

 「あー......いや、それは考えていなかった。」

 目を輝かせるタニにリュウは冷汗を拭いながら答えた。

 「じゃあ、なんでサンバのミュージックを......?」

 「た、たまたまだ。宴会席を盛り上げる亀達が舞にサンバを取り入れようとか言っていたのを思い出してそのサンプルCDを持ってきただけだ。」

 「そ、そうだったんですね。」

 「お前、なんで残念そうな顔になってんだよ。」

 リュウは住居スペースに向かい歩きながらふてくされた声を上げた。

 「い、いえ。でもありがとうございます!助かりました。」

 「あーあー、もういいぜ。今日はもう疲れて自分の住居に戻んのがめんどいからお前んとこで寝るぞ。いいだろ?たく、何時だと思ってんだよ!今......。こんなくだらねぇことで睡眠時間が激減だぜ。つーか、俺様、なんであんなに必死にこんなくだらんことを......。」

 時刻は午前二時半を廻っていた。

 「ごめんなさい。ありがとうございました......。今日はもう、私の部屋で好きに寝てください......。」

 「......おう。」

 タニとリュウは安堵のため息を深くつくと住居スペースにふらふらになりながら帰って行った。

 翌日、剣王はかなりの上機嫌で帰って行った。

 途中で剣王はタニを見つけると昨夜タニが行った謎の腰ふりダンスを真似してきてタニをとても困らせた。

 それでリュウは竜宮オーナーの天津に呼び出され叱られていた。

 昨夜の爆音で宿泊客にえらい迷惑がかかったことと、剣王に何をしてるんだ!という両方のお叱りだった。

 「ああ、当然だ。そうだな......。そりゃあ怒られるわな。俺様は一体何をしていたんだ......。」

 リュウは頭を抱え、寝不足の顔でタニの元へ戻ってきた。

 「りゅ、リュウ先輩、大丈夫でしたか?」

 「大丈夫なわけねぇだろ......。あんなくだらねぇことのために......はあああ。」

 リュウは深いため息をつくとタニを睨んだ。

 「てめえのせいだかんな!」

 「す、すみません......。」

 タニはリュウの睨みに縮こまった。

 「もういい!さっさと仕事につけ!オラ!早く行け!」

 リュウは柄杓でタニのお尻をパンッと叩くと鋭い声を上げた。

 「は、はいぃ!今日も頑張ります!」

 タニはお尻をさすりながら元気よくリュウに答え、走り出した。

 「ああ、疲れてんと思うから今日一日終わったらちゃんと休めよ!いいな!」

 照れくさそうに言い放ったリュウの一言にタニはほほ笑んでお辞儀をした。

 高天原西と月がこうでは他の東南北と太陽もきっと変神に違いない......。

 タニはまだ来てもいない他のリーダー達に恐怖を抱くのであった。

ワイズの無茶ぶり

 神々が住まう所、高天原南にある超有名なテーマパーク竜宮で神力を高めるために働き始めた龍神、ちびっ子少女のタニは同じく目の前にいるちっこい少女に手を焼いていた。

 ここは竜宮外の遊園地ではなく竜宮内の宴会席近くのロビーである。

 時刻は昼だ。

 宴会席を開けるにはまだだいぶん時間が早い。

 「私は今とっても暇なんだYO......。何とかならんもんかYO?」

 少女は奇抜な格好でタニに指を突き出した。どうやらどこかのDJあたりを真似しているようだ。その少女はカラフルな帽子から赤い髪が触角のように伸びており羽織袴だ。そんな恰好でなぜか二等辺三角形のようなサングラスをしていた。

 サングラスの奥の目は見えない。

 その少女は『お客様相談センター』の机に半分だけ顔を出しながらタニを見ていた。

 タニは現在『お客様相談センター』で道案内などをして働いていた。

 「暇とおっしゃられても......あ、アトラクションとかどうですか?今人気のバーチャルアトラクション、本物のドラゴンと戦えますよ!」

 タニは頭を抱えながら必死に言葉を探す。サングラスの少女は深いため息をついた。

 「あーあー......あの飛龍のアトラクションの事かYO?バーチャルなのになんで本物の龍と戦わないといけないんだYO!あんなガチな戦闘アトラクション、危なくて遊べないYO。」

 「そ、そうですか......それではえーと......。」

 タニは少女の機嫌が悪くなっていく事に焦りを感じた。この少女は『お客様相談センター』に『暇だから何とかしてくれ』と言いに来たとても迷惑なお客である。

 まあ、相談センターなので間違ってはいないがタニ達からしたらそういう質問は答えにくい。

 「ああ、そうそう、言い忘れていたが最近御朱印集めにハマっていてNE、竜宮とかそういうのやってないのかNE?」

 少女はつまらなそうにタニを見て尋ねた。

 「御朱印!?ええと......あ、竜宮観光のスタンプラリーならありますよ!」

 タニはこのままではいかんと思い、子供向けのアトラクションを回るスタンプラリーの紙を取り出した。

 「おい!待て待て待て!」

 少女にスタンプラリーの紙を見せようとした刹那、タニの先輩であるリュウが慌てて入ってきた。リュウは緑の短髪を揺らしながらタニが持っていた紙を奪った。

 「ああ......リュウ先輩?なんでいじわるするんですか!それは今からこのお子様に......。」

 「バカバカバカ!」

 リュウは慌ててタニの口を塞いだ。

 リュウは目の前で首を傾げている少女に軽く会釈するとタニの耳元でそっとささやいた。

 「あのな......このお方は高天原東を統括してる思兼神(おもいかねのかみ)だぞ。通称東のワイズだ。年齢は俺様よりもはるかに上だ......。」

 「んむむ!」

 リュウの言葉を聞き、タニは目を見開き驚いた。

 リュウはそっとタニの口から手を放した。

 「えー......あの......その......先程の話は忘れてください。」

 「ん?」

 タニは首を傾げている少女、ワイズにとりあえずあやまった。

 「えー......御朱印ですか?御朱印はやってないんですよね。」

 タニに代わりリュウがワイズに控えめに言った。

 ......神が御朱印集めるなんて相変わらずぶっ飛んだ思考してやがるな......。

 リュウはそう思ったが笑顔で対応した。

 「えー、やってないのかYO!ほら、これを見ろYO!」

 ワイズは懐から御朱印帳を取り出し、机に広げた。

 「おお......。」

 ワイズが御朱印帳を広げると色んな神社の御朱印が書かれていた。

 「人間も粋な事を考えるNE!まあ、元は寺で写経をしてもらうものだったんだがYO、神社でもやる事にして参拝したらもらえるんだってYO。」

 ワイズは楽しそうにケラケラ笑っていた。

 「え......あなたのようなすごい神様が参拝したんですか?」

 リュウが慌てて尋ねた。

 「んー。いや、直接部下からもらったYO。人間には見えないしNE。」

 「は、はあ......。」

 ......それで部下を精神的に縛っているんじゃねぇのか......。おお......こわっ。

 リュウはどこか寒気がしたが笑顔は絶やさなかった。

 「じゃあ、御朱印に似たのでも何でもいいから書いてくれYO。お前らの神社でもいいYO?」

 「うっ......。」

 ワイズの要求にリュウとタニは顔をひきつらせた。

 「リュウ先輩......なんか書いてあげてくださいよ......。」

 「なんか書けって墨の一発書きだろ......竜宮って漢字で書きゃあいいのかよ......?趣味がわからねぇぜ。」

 タニとワイズは陰でこそこそと会話をする。

 「ダイナミックに墨で絵を描くとか......。ちょっと模索して練習してきましょう......。このままでは自分の神社の朱印をものすごく下手な字で書くことになります......。その字がずっとあの御朱印帳に書かれたままではこれから生きていくのが辛いです。」

 「お前、習字ができねぇんだな......。これだから最近の神は......。とはいえ、俺様も自分の朱印をワイズの朱印帳に載せるのはやだぜ。使役されそうだしなあ。」

 タニとリュウはしばらく小声で会話をして竜宮の朱印を模索する事にした。

 「あー......あの、ちょっと色々考えてみるのでしばしここでお待ちいただけますか?朱印帳いただきますね。」

 リュウの発言にワイズはパッと顔を明るくした。

 「お!書いてくれるのかYO!じゃ、期待しているYO!」

 「うっ......。」

 ワイズの発した期待しているという言葉がリュウとタニに重くのしかかった。

 模索している間に暴れ出さないよう何か時間稼ぎを考えていると近くをカメが通った。

 「しめた!おい!カメ!ちょっとこっち来い!」

 リュウがカメを呼ぶとカメはきょとんとした顔でこちらに来た。カメは舞妓さんの格好でおしとやかにワイズに挨拶をした。

 「思兼様。こんにちは。......で、何さね?リュウ様とタニ様?」

 しかし、タニとリュウにはこの態度である。話さなければカメはとても美しい女だ。

 「お前ちょっとこの方の相手をしていろ!そうだな。踊れ!踊って喜ばせろ!いいな!」

 「ええ!無茶ぶり!何さね?いきなり......この方東のワイズ様じゃないかい!私ひとりに押し付けるなんて......。」

 カメが先を続ける前にリュウはタニを連れて竜宮の住み込み寮まで走り去っていった。

 「悪い!よろしくな!」

 「ひどいよー!リュウ様!」

 カメの声が静かにフロアに響いていた。

 「さて。」

 「あの......カメさんは大丈夫だったんですか?」

 竜宮の従業員住居スペースに戻ってきたリュウとタニは半紙と墨を並べ床に向かい合って座っていた。

 「こりゃあ仕方ねぇんだ。たぶん、カメはこないだから新作のダンスをマスターしている。少しは時間稼ぎにはなるはずだ!それよりも俺様達はこっちをやるぞ!」

 リュウは切羽詰まった顔で半紙と墨と筆を指差した。

 「は、はい......あの......私、壊滅的に字が下手なんですけど......。」

 「じゃあ、絵を描くのはどうだ?字と一緒に書けば新たなミラクルが起きるかもしれねぇぞ。一回やってみろ。」

 リュウにそう言われ、タニは唸りながら「やってみます。」とつぶやいた。

 墨を硯にすって心を落ちつける。その後、筆にそっと墨をつけ半紙に向かってタニは気合を入れて絵と文字を描いた。

 「おお......集中してるタニは凄そうだ!これは期待が......。」

 リュウは目を輝かせた。

 「で、できました!力作です!」

 タニがリュウに半紙を勢いよく差し出した。

 「......う......ん......お前、なんでゴキブリ描いてんだ?この小学生の絵日記みたいな文字はなんだよ......。だいたい、竜宮って書くのはいいが全部ひらがなってどういう事だ?」

 「そ、それはゴキブリではありません!ドラゴンです!文字は墨だとうまく書けなくて......。だから壊滅的だって言ったじゃないですか!」

 リュウはタニが書いた文字とゴキブリをじっと眺めた。

 「あ、ああ......この触角は髭か。このゴキブリの足は龍の足な......。下手だ!下手過ぎるぞ!」

 リュウはタニに向かって叫んだ。

 「そんなあ......頑張ったのに......。」

 タニはショックを受け、がっくりと首を落とした。

 「俺様が例えばで書いてやるよ!」

 リュウはタニとは違ってスラスラと竜宮の文字を半紙に書いた。

 「おお!すごいです!きれいにバランスも整っています!ですが、リュウ先輩、このはじっこに書いてあるゴキブリはなんでしょうか?」

 タニはきれいに整った文字の下の方に書いてある黒い物体を指差した。

 「......それは龍だ!どう見たって龍だろ!」

 「ああ、この触角みたいなのが髭でこの虫の足は龍の足ですか。......あれ?さっきと同じ会話を......。」

 「俺様がお前と同じもんを描いたと言いてぇのか!ああ?」

 リュウに凄まれてタニは小さくなった。

 「そ、そうではありませんが......。」

 「はあ......絵のレベルは同じかよ......。」

 リュウは深いため息をついた。

 「この竜宮に芸術神さんがいたらよかったんですけどね。」

 タニもゴキブリを悲しそうに眺めながらため息をついた。

 「と、とりあえず、もっと龍っぽくするぞ!」

 「はいぃ!」

 二神は必死に何枚も龍を描いたがすべてゴキブリになった。

 「うわああ!何回描いてもゴキブリになる!だんだん元の龍の形がわかんなくなってきやがった!」

 「ゴキブリ量産しましたね......。」

 リュウとタニは再びがっくりとうなだれた。

 「だああ!もう、俺様が竜宮の文字だけ朱印帳に書く!それが一番いい!」

 「そうですね!よろしくお願いしますっ!」

 リュウもタニも余計な演出をすることを諦め、おとなしく、朱印帳に文字だけ書くことにした。

 「なーんか納得いかねぇんだけどなあ。」

 リュウはため息交じりに朱印帳を開くと開いているページに筆で文字を書き始めた。

 「うっ......やべっ。」

 タニが静かに待っているとリュウから小さくうめき声が聞こえた。

 「ど、どうしたんですか?」

 タニが慌てて尋ねるとリュウは蒼白の顔を引きつらせてこちらを向いた。

 「ああ、ははは......間違えちゃった......。」

 「間違えちゃった!?」

 タニはそっと朱印帳を覗く。そこには『龍』と『竜』が混ざった漢字が書かれていた。

 「りゅ......リュウ先輩......これは何を書きたかったんですか......?」

 「龍か竜かどっちだかわかんなくなっちまって習字だから止めらんなくてそのまま流れで書いてしまったんだ!どうしよう!タニ......。」

 リュウがへなへなと蒼白な顔で座り込んだ。

 「うえええっと......わ、わかりました!この後、私がアレンジして見れるように頑張ります!加筆しますね!」

 タニは自分がしっかりしなければと意気込み、朱印帳と向かい合った。

 リュウが持っている筆を受け取り、墨をつけてリュウが書いた謎の文字を絵っぽく改造しようとしていた。

 タニは悩みながら描き、やがて満足そうにうなずいた。

 「リュウ先輩!どうでしょうか!」

 タニは朱印帳をリュウに自慢げに見せた。

 リュウは朱印帳を見るなり顔をさらに青くした。

 「お前......どうしてまたゴキブリを描いたんだ!」

 「ゴキブリじゃありません!龍です!」

 「さっきのゴキブリと大差ねぇじゃねぇか!くそう......間違った俺様も俺様だったが......これは......死んだな。」

 リュウは半泣きで床に寝転がった。

 「リュウ先輩!しっかりしてください!これからワイズ様にこれを持って......」

 「行くのか?ええ?これを?......死んだな......。」

 「大丈夫です......。た、たぶん。愛嬌です!愛嬌!」

 タニはリュウを頑張って起こし、無理やり立たせるとワイズが待っている『お客様相談センター』へと向かった。

 お客様相談センター前ではカメがワイズを必死で盛り上げていた。

 「しっ、新作のフラダンスです!ラーララー!」

 カメはワイズの前で着物姿のままフラダンスをしていた。

 「うーん......もっとロックな感じがほしいYO!よし、英語でラップしながらフラダンスでどうだYO!ドゥーフラ!DOフラ!」

 ワイズはなぜかカメに新作ダンスのレクチャーをしていた。

 「どぅフラ?」

 「英語だYO!『フラダンスをする』を英語で言うとDOフラァ!」

 ワイズはなんだかとても楽しそうだ。

 「わ、わかりました!どうフラ!どうフラ!」

 カメは一生懸命にワイズの要望に応えていた。

 「......あいつら何やってんだ?」

 呆れた顔をしたリュウが遠目からワイズとカメの謎の会話を眺めていた。

 「ちょっとわかりませんが早くカメさんを助けましょう!」

 タニとリュウはお互いを見合うと軽く頷いた。

 そしてワイズの所へと向かった。

 「......ん?ずいぶんと遅かったNE?ま、いいYO。書けたのかNA?」

 「あー!やっと来たの?もう疲れちゃったさね!いきなり置いてくなんてひどいさね!」

 ワイズとカメがタニとリュウに気がつき声をかけてきた。ワイズの隣でカメがへなへなと突然座り込み、なにやらブツブツと怒っていた。

しかし、リュウとタニはそれどころではなくワイズに御朱印帳を渡す事に集中していた。

 「ど......どうぞ。」

 リュウが青い顔でワイズに御朱印帳を渡す。

 ワイズが御朱印帳を開き、まじまじと朱印を眺め始めた。

 ワイズのサングラスにゴキブリが映る。リュウとタニは真っ青な顔で目を瞑っていた。

 二神はもう写経ができそうなくらいの瞑想に入っていた。このまま経を唱えられそうだ。

 もう死んだと思ったがワイズからは意外な反応が出た。

 「うん!なかなかいいデザインだNE!ほら、この躍動感あるクワガタが夏っぽくていいし、クワガタのはさみがちょうど竜宮の文字を噛んでいる所も気に入ったYO!」

 「......へ?」

 顔を輝かせているワイズを不思議そうにタニとリュウは見つめた。

 「あ、あの......それゴキ......」

 「ば、馬鹿!お前はなんでわざわざ真実を言おうとしてんだよ!トチ狂ったか?」

 タニが言いそうになった言葉をリュウが素早く押さえつけた。

 「す、すみません......。なんか反応があれだったもので......。」

 「ああ、俺様も不思議すぎて頭がおかしくなりそうだぜ。」

 タニとリュウがこそこそと話しているとワイズが満足げに笑いかけてきた。

 「あんがと。じゃあ、この朱印を見せまくって新しい商売ができるようにしてあげるYO!じゃ、私はまず部下にこれを見せてくるYO!あー、天御柱(みーくん)!みてみてー......」

 ワイズはワイズを探しに来たらしいお面の男に先程書いたページを見せていた。

 「うわーっ!やめてくれー!よりによって超弩級の厄神の目にー!」

 リュウが去って行くワイズに向かって顔面蒼白で叫んだ。お面の男は天御柱神(あめのみはしらのかみ)。みー君との愛称で呼ばれているが破格の神格の厄神である。

 「りゅ......リュウ先輩......あの厄神さんから想定外な厄をもらうのでは......。」

 タニも蒼白で二神の会話を聞いていた。

 遠くの方でお面の男が興味深そうにリュウとタニが書いた朱印を眺めていた。

 しばらくしてタニとリュウはめまぐるしく働いていた。

 「た、タニ......俺様、もう書けない......。」

 リュウの前には積みあがった御朱印帳。その隣でタニが半泣き状態で躍動感のあるゴキブリ......もとい、クワガタを描いていた。

 「リュウ先輩......私このゴキブリ描きすぎて何描いているかわかんなくなってきました!」

 「頑張れ!」

 なぜかタニが描いたゴキブリが大好評でインスタグラムでなぜか「かわいい」と評判になり御朱印帳にその絵をもらおうとなぜか神々が押し寄せていた。リュウの達筆な習字とタニのコミカルなゴキブリが不思議な効果を生んだようだ。

 グッズ販売までされ、ポップなゴキブリにリュウの習字が入った扇子が飛ぶように売れた。竜宮のCMやHP画面もこのゴキブリになった。

 「......おいおい......これじゃあ竜宮の竜の字もねぇじゃねぇか......。竜宮なのになんだ、このマスコットは!」

 リュウは頭を抱えながらタニにゴキブリストラップをかざす。

 「リュウ先輩!遊んでないで後、百二十冊『竜宮』と書いてください!あ、わざと間違えてくださいね!」

 「ばかやろー!俺様の本来の仕事はツアーコンダクターだっつーの!わざとなんて間違えられるか!どんなスキルだ!」

 リュウとタニは干からびながら一心不乱に間違っている文字と躍動感あふれるゴキブリを描き続けた。

 それがどんどん周りに広まり、タニとリュウの仕事をさらに地獄化させた。

 どうして普通のお客さんが来ないの!?もうやだよー!

 と、タニは毎日心の中でこの言葉を反芻し、そして神格の高い神は基本、面倒くさいという事を体に刷り込まれていくのであった。

太陽神の無茶ぶり

 神々のテーマパーク、高天原南にある竜宮城は真夏の時期を抜けて客足が少し落ち着いてきた。

 年中神々は遊びにくるが秋月は中秋の名月を見たり紅葉を楽しんだりなど竜宮よりも現世の方が神々にはアツいらしい。

 そして秋になってくるとアトラクションを楽しむ神々よりも宴会を楽しむ神々が多くなってくる。竜宮は普段と変わらずに営業しているが季節感があまりないので忙しさの時間帯が変わるくらいで大して変わらなかった。

 緑のおかっぱ少女タニは暑かった夏とは違い、着物に羽織を羽織って仕事をしていた。

 「い、いらっしゃいませ!こちら宴会席では秋限定の催しを開催中です!」

 タニはお祭りの宴会で来た神々の誘導をしていた。

 「ねぇ......ちょっとちょっと......。」

 タニがお客を誘導しているとどこかから声が聞こえた。タニはきょろきょろと辺りを見回した。

 「こっち......こっち......。」

 タニの右側の方で声がした。タニが右側を向くと壁に寄りかかった若そうな女がこちらに向かい手を振っているのが見えた。

 「......?どうしました?」

 タニは女に声をかけ近づいた。女はニコニコ笑いながらタニを手招いていた。赤い気品ある着物に太陽の王冠を被っている。タニは一発でこの女神がかなり上の地位である神だと見抜いた。

 「あー......あたしはアマテラス大神の加護を受けている太陽神トップの輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)サキって名前なんだけどちょっと提案があってね。」

 女は太陽神トップを名乗ると猫のような愛嬌のある目を緩ませて笑った。

 「さ、サキ様......ど、どのようなご提案ですか?」

 タニは太陽神のトップ、サキを怒らせないようにかなりの腰の低さで尋ねた。

 「まず、あんたの名前を聞こうかね?なんていう名前だい?」

 「え......?はい!私は谷龍地神(たにりゅうちのかみ)です!」

 「......たにぐち?日本人みたいな神だねぇ。」

 「い、いえ......谷龍地......なんですけど......。」

 今まで何度も『たにぐち』と間違えらえたタニは今度こそという思いを込めてはっきりと名前を言った。しかし、太陽神のトップにも正確に聞き取ってもらえず、勝手に名前がたにぐちになってしまった。

 タニは落ち込みがっくりとうなだれた。

 「たにぐちさんさ、乙女ゲームって知ってるかい?」

 太陽神トップ、サキはタニの状態を丸無視してワクワクした顔で尋ねてきた。

 「乙女ゲーム?なんでしょうか?王様ゲームみたいな感じでしょうか?」

 「違うよー。イケメンが一杯いてさ、それを一人ずつ落としていくゲームで......。」

 サキの言葉を聞き、タニは顔をさっと青くした。

 ......イケメンが一杯いて......それを落としていくゲーム......絞め技とかかな......どうしてサキ様はそんなゲームを......。

 「あ、あの......落とすならイケメンじゃなくてもいいのではないでしょうか......?マッチョなレスラーさんとかボクシングチャンピオンさんとか落としたらオオ!ってなります。そういう方と対戦した方が......。」

 タニはわけがわからなかったが頑張って無理やりサキに話を合わせようとした。内容は盛大に外れた方向へいっていた......。

 「ん?ちょっと待って?何言ってるのか全然わかんないよ。イケメンを落とすからいいんじゃないかい。」

 「で、でも......イケメンでも力の弱い男の神もいるし......下手したら死んでしまうかも......。」

 タニの必死の顔を見ながらサキは「死ぬっ!?」と叫んだ。

 「ちょちょ......ちょっと待っておくれ、たにぐちさん、イケメンを自分に振り向かせるって事だよ......?死ぬって何だい?」

 「え?」

 タニは首を傾げた。

 「んん......言い方が悪かったね。沢山のイケメンと甘々な恋ができる夢のようなゲームって事さ。竜宮にはそういう感じのアトラクションがないからさー。お客様の声としてそういうアトラクションを作ってほしいなあって......思っただけだよ!」

 サキはここまで話がこじれるとは思っていなかったので頬を赤く染めながら叫んだ。

 「あ......なるほど......。わ、わかりました!理解が乏しくて申し訳ありません!」

 タニも顔を真っ赤にしてサキにしきりに頭を下げた。

 「いーよ。いーよ。知らない神けっこういるからさ。乙女ゲーム。......疑似恋愛ができるって言った方が早かったよ。ああ、この竜宮にはあまーいマスクの男神はいるのかね?」

 「......甘いますく?」

 サキの言葉にタニは甘そうなマスクメロンを想像していた。

 「たにぐちさん......あんた、今メロン想像してないかい?メロンじゃなくて甘いマスクってイケメンの事だよ!」

 「イケメン......えーと......ごめんなさい。甘いマスクってどういうお顔の方なのでしょうか?」

 「......え?どーいう......?」

 タニに尋ねられてサキは逆に戸惑った。

 「......どーいう顔......ん?どういう顔なんだろ?かわいらしくて目がクリクリで母性をくすぐられる?んん......でも、マッチョで色黒でも優しそうな雰囲気が出ていれば言いそうだし......。あえてマスクってところから優しそうな顔をしていて実は心は真っ黒みたいな闇男とかも含まれそうだし......無駄に強くてワイルドでも甘い感じだったら言いそうだし......甘い感じってなんだろ?......つーか、甘いって何?......ねえ?どういう顔なんだろうね?」

 サキは自分で言っておいてタニに尋ねてきた。

 「......わ、わからないです......。」

 「まあ、とりあえず、誰か連れて来てよ。甘いマスク判断はあたしがするからさ。」

 話は知らない内に甘いマスクとはどういう顔かになってしまっていた。

 「わ、わかりました!」

 現在は午後四時過ぎ、タニは大きな声で返事をすると甘いマスクを探しに走り出した。

 色々な男龍神に声をかけていったがこの時間帯は皆忙しく、誰も首を縦に振ってくれなかった。

 「んー......どうしよう?」

 竜宮のアトラクション受付のロビーでタニは頭を抱えていた。

 「よう!タニ!お前、何やってんだ?今日は宴会席ロビーで案内だったろ?サボりか?」

 下を向いていたタニに上から声がかかった。タニは顔を上げた。目の前でタニの先輩リュウが楽しそうにタニに笑いかけていた。

 リュウは本名、流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)と言い、黄緑色の短い髪に謎のシュノーケルをつけた怖い顔のお兄さん雰囲気な男龍神だった。黒に金字の竜が描かれた着物を片方脱いで着ていてそれがさらに怖いお兄さんを出していた。

 彼はヤクザのお兄さんではなく、こう見えてツアーコンダクターをやっている神である。

 「リュウ先輩!ちょうど良かったです!今、暇ですか?」

 「ん?なんだァ?俺様を夜の街へ誘おうって考えか?」

 「違います。」

 「......きっぱり断りやがったな......。」

 ニハニハ下品に笑っていたリュウはタニの一言でがっくりとうなだれた。

 「実は太陽のトップが現在宴会席前のロビーに来ていまして......その......甘いマスクの方を連れてこいとの事でリュウ先輩に行ってほしいんです!」

 「......はあ?」

 タニの言葉にリュウは目を見開いた。

 「馬鹿か。お前は!俺様は甘いマスクって面(つら)じゃねぇだろが!正気か?てめぇ!」

 「そんな事言ったって......甘いマスクがなんだかわからないんですよ......。どういう顔なんですか?」

 「どういう顔って......こう......ん?どういう顔......なんだろうな?そういえば。」

 泣きそうなタニにリュウも困り果てた。

 「そこら辺にいた男龍神にも声をかけたのですが皆さん多忙でして......。」

 「んで、俺様が暇そうだったから声かけたと......。まあ、確かに最後のツアー客終わったから暇だが......俺様が行ったら即消し炭にされそうだぜ......。太陽の姫はゲーマーだと聞くし、レベルも高そうだ......。」

 「暇なんですね?じゃあ、行きましょう!」

 タニはリュウの言葉を丸無視して手を握り走り出した。

 「うおい!待て待て!まだ俺様は返事を......死にたくねぇ!」

 いつもなら逆の立場なのだが今回はタニにリュウは引っ張られて行った。

 「サキ様!」

 宴会席のロビーで待っていたサキにタニは叫んだ。

 連れてこられたリュウはどこかそわそわと落ち着きなく辺りを見回している。

 「おお、甘いマスクの男を連れてきたのかい!?」

 サキはホクホクした顔でタニを見た後、隣にいたリュウを視界に入れた。

 「わ、私は......つ、ツアーコンダクターの......りゅ......流河龍神(りゅうかりゅうのかみ)と申します。」

 リュウは緊張しながらカミカミで自己紹介をした。

 「ふーん......リュウさんでいいよね?荒々しくて強そうだから、なんかちょっと甘いマスクって感じじゃないね......。」

 サキは眉を寄せながら唸った。

 「で......ですよねー。」

 リュウは顔を引きつらせながら答えた。

 ......実は強くもないんだぜー......。

 リュウは心でそう思いながら困った顔で笑った。

 「......ちょっと違いましたか......。」

 タニはリュウを眺めながら首を傾げていた。

 「あ、でも、ちょうどいいからあたしが思い描くアトラクションを彼にレクチャーするよ!」

 サキはにっこりと笑うとなぜか気合を入れていた。

 「な、なんか嫌な予感が......。」

 「リュウ先輩、今回私は嫌な予感しません!」

 「お前は傍観してんからな!」

 リュウとタニがいつもしている会話とは逆の会話が今回されていた。

 「はいはい、じゃあ、まずは......右腕をこう......。」

 サキは二神の会話を流し、リュウの右腕をとった。

 「......?」

 そのままサキは壁に移動し背中を預ける。その後、リュウの右手をサキの顔横に置いた。

 「あーっ!これ知っています!壁ドンですね!」

 なぜかテンションが上がったタニにサキもニコニコと笑いながら頷いた。

 「んで、セリフを......えーと......じゃあ『俺から逃げられると思っているのか?今夜は逃がさねぇ。』にしよう。はい、じゃあリュウさんよろ!」

 「......え?」

 サキが元気よくリュウにセリフのリクエストをしたがリュウは戸惑いが大きくなっていくばかりだった。

 「リュウ先輩!今のセリフを甘い大人な男性風にサキ様に言ってください!」

 タニは何か変なスイッチが入ったようだった。鼻息荒くリュウにセリフを急かした。

 「お前な......こんな恥ずかしいセリフ言えるかよ!」

 「演技だと思えばいけるよ。」

 真っ赤になっているリュウにサキは笑顔で答えた。

 「さ、サキさん......おたわむれを......。ああ、仕方ねぇ。やる。」

 リュウの言葉を聞いてサキとタニは目を輝かせて手を叩いた。

 ......公開処刑かよ!やるしかねぇ!はやく終わらせよう。

 リュウは周りの目を気にしながら咳ばらいをしてセリフに集中した。

 「俺から逃げられると思っているのか?今夜は逃がさねぇ......。」

 リュウはなるべく雰囲気が出るように演技をした。

 「フぅー!フぅー!かっくいいー!」

 タニとサキはリュウの名演技に拍手をして喜んだ。拍手と同時にこそこそ話がリュウの耳に入ってきた。

 「ちょっと待って......あれみて......。」

 「え......?リュウがサキ様をくどいてる?」

 「え?リュウがサキ様を?」

 「ていうか、あれ何?ちょっとヤバくない?」

 リュウの迫真の演技により周りの龍神達はかなり不審な目でリュウを見ていた。

 場が若干ざわついた。

 「ち、ちげえ!ちげえから!ちげぇの!これは演技なの!」

 リュウは顔を真っ赤にしながら大声で否定した。

 「リュウさん、あんた、才能あるよ!じゃあ、次はあたしを床に寝かせて、リュウさんはあたしの上に四つん這いで両手をあたしの顔付近に置いて『今夜は逃がさない。俺にすべてをゆだねろ。』だね!」

 「できるかァ!あんたもよくこの状況でそんな破廉恥な事を言えるな!さっきから『逃がさない』セリフが多いが俺様が逃げたいわっ!」

 サキにリュウは仕事を忘れて叫んだ。

 そんな会話をしているとまたギャラリーがざわざわしてきた。

 「......え?リュウがサキ様を押し倒した!?」

 「大胆なこと......。」

 「ていうか、それ、ヤバくない?」

 遠くを歩く龍神達がひそひそと会話をしている。リュウは乱暴に頭をかきながら叫んだ。

 「押し倒してねぇよ!勘違いすんな!ていうか、さっきからうっせぇんだよ!どっか行きやがれ!」

 リュウが叫ぶと少し遠くを歩いていた龍神達はそそくさと去って行った。

 「......おお......こわっ......。」

 「くわばら、くわばら......。」

 「ていうか、あれ、ヤバくない?」

 声がだんだんと小さくなっていく。リュウは頭を抱えてうなだれた。

 「あの、リュウ先輩、サキ様のアトラクションのご相談、なかなかいいと思うんですけど、竜宮でやりませんか?」

 先程から火が付きっぱなしのタニは興奮気味にリュウに提案をしてきた。

 「......やらねぇよ!これはアトラクションじゃなくてなんか違う世界に入っちまう!」

 リュウは必死な顔で拒否をした。

 「宴会、秋の催しとかでやったら最高に盛り上がると思いますけど。」

 「ざけんな!」

 「ああ、それいいね!あたし、今日は太陽に帰らないでここに泊まるんだよ。従者の太陽神達と使いのサル達をけっこう連れて来ているからみんなで盛り上がりたいし。」

 タニの意見にサキはハイテンションで大賛成をした。

 「ええ......。」

 リュウは顔面蒼白でサキの言葉を聞いていた。

 「女の子だけじゃなくて男子もけっこう連れて来ているから男用に女の子のシチュエーションも用意してさ。あ、ここにいる超強い女龍神の飛龍に優しく壁ドンされたら最高じゃないかい?ん?でもこれは逆か。飛龍に男子が壁ドンできるとか!」

 「あー......盛り上がっているとこ悪いんすけど......飛龍はやるにしろ、やられるにしろ......壁を壊すか太陽神を壊すか......になると思いますがね。」

 盛り上がるサキにリュウは顔を引きつらせながら答えた。

 「まあ、とにかく女子の龍神も男子の龍神も集めてシチュエーション萌えの演目を宴会で入れようじゃないかい!......じゃあ、あたし準備してくるよ!」

 サキは楽しそうにそう言うと鼻歌を歌いながら宴会場へと入って行った。

 「うぉい!ちょっとまてー......。」

 リュウが事を大事にさせないように小さく制止したがサキはもう見えなくなっていた。

 「リュウ先輩、これは太陽の姫君様に竜宮を気に入っていただくチャンスだと思います!」

 タニが何かに燃えながらリュウにガッツポーズをした。

 「この馬鹿!この能天気女め!気に入るいらないの問題以前に健全なテーマパークに何てことしてくれてんだよ!」

 「や、やっぱりまずかったですかね?」

 リュウの青い顔にタニも苦笑いをした。

 「もう仕方ねぇ、今夜限りでやるぞ。タニ、お前、後でたっぷり説教だかんな!」

 「は、はいぃ!え?説教?」

 リュウはタニを引っ張り宴会場へと入って行った。

 余興のシチュエーション演目は太陽神達にかなり喜ばれた。特にリュウの演技が迫真だと太陽の女神達に喜ばれ、挙句の果てに同業者の女龍神達までもリュウの壁ドンに謎のときめきを覚え、リュウは『女転がしのリュウ』というわけのわからない呼び方をされた。

 宴会はかなり盛り上がり、サキ達はテンションが高いまま太陽へ帰って行った。

 「あー......くそっ......。」

 リュウは顔を真っ赤にしながら竜宮アトラクション受付があるロビーを悶々と歩いていた。

 「リュウ先輩......お疲れ様です......。」

 タニは疲れた顔で挨拶をした。先程までタニはリュウにたっぷりお仕置きをされ、かなり疲弊していた。

 それを眺めていた他の女龍神達が「これもシチュエーション!?」とリュウの呼び名にさらに拍車をかけた。

 「この馬鹿女......。俺様、オーナーに怒られちまったじゃねぇか......。いかがわしい店にするな!ってよ......。反省文と始末書が沢山だぜ!てめぇも手伝えよ!オラ!」

 リュウはタニが逃げないように肩を掴むと怖い顔で脅した。リュウは竜宮オーナーからこっぴどく叱られたようだった。

 「ふえええん......だってリュウ先輩、最高に萌えたんですもん~......。」

 タニはしくしく泣きながらリュウに連れていかれた。

 「俺から逃げられると思っているのか?今夜は逃がさねぇ!......ハハッ!このタイミングで言うのが一番しっくりくるぜ!オラ!さっさと来い!今夜は逃がさねぇ!」

 「うええん......。これは萌えないよぉ......。」

 やけくそになったリュウにタニはぶんぶんと首を横に振った。

 その後、タニは反省文と始末書を大量に書かされ、身も心も燃え尽きたのだった。

冷林ぬいぐるみ騒動!

 神々が住む場所、高天原の南の方に神々専用のテーマパーク竜宮城があった。竜宮城は龍神達の住処でもあり、龍神達の仕事場でもある。テーマパーク竜宮のオーナー天津彦根神(あまつひこねのかみ)を慕う龍神はここで仕事をしつつ、オーナーに守られている。

 もてなすのは疲れを癒しに来た神々である。高天原東西北、それから月、太陽のリーダーが遊びに来ることもしばしばで場をほどよくかき回して去って行く。

 ここで働く下っ端龍神少女のタニは城の外にあるアトラクションのベンチで青いぬいぐるみを拾った。

 現在、午後七時を過ぎた所で真っ暗だ。だいぶん日が短くなって寒い。もう秋の真っ只中である。

 「......なんかかわいいぬいぐるみ。誰かの忘れ物か、捨てられちゃったのかな......。」

 タニはひとり呟くと青い人型クッキーのようなぬいぐるみをやさしく抱いた。特に目も鼻も何も描かれていないが顔だと思われる部分にナルトのような渦巻が描かれていた。

 外のアトラクションは冬は六時半には終わってしまう。今は暗く、お客さんもいないのでどこか寂しい。現在、新イルミネーション設置案が出ており、営業時間はもう少し伸びるかもしれない。

 「......とりあえず、忘れ物センターに持って行こうかな。」

 タニは鼻歌を歌いながら城内部に入って行った。中のアトラクションはまだやっている。これからは子供の時間ではなく大人の時間に入る。竜宮に宴会をしに来る客もいる。この時間帯からは宴会の接待などが主な仕事だ。

 タニは今日、夕方で上がりなのでこれからは自由だった。

 タニは鼻歌を歌いながら宴会席受付がある近くのロビーに向かった。そのロビー内の端っこの方に忘れ物センターはあった。

 タニが忘れ物センターへ足を進めていると突然、目の前にタニよりも年上だろうと思われる少女が現れた。

 「うわっ!」

 タニは驚き、二、三歩後ろにさがった。

 「あー、それ私のです。でもいらないからあげます。大事にしてくださいね~。」

 緑の布のようなものを被った怪しい黒髪の少女はタニの頭を撫でると短い着物を翻して去って行った。

 「......え?......え?ちょっ......ちょっと待って......?え?」

 タニは突然の事に目をぱちぱちさせながら戸惑った。しばらくぬいぐるみと忘れ物センターを交互に見ていたタニはさっきの少女の言葉を反芻してからぬいぐるみをもらう事にした。

 なんだかいやな予感がしたがこのぬいぐるみの不気味な可愛さになぜか虜になってしまった。

 竜宮内の従業員住居スペース内の部屋に戻ったタニはもこもこしているそのぬいぐるみと戯れていた。

 「よく見たらすごいかわいいのに......。今日から私と一緒だよ。一緒に寝ようか。」

 タニはぬいぐるみを抱きながらベッドでゴロゴロし始めた。

 ぬいぐるみを抱きしめてウトウトしていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

 タニはまどろんでいたため誰かを確認しに行かず、ただ「開いてまーす。」とだけ言った。

 「お、おいおい......鍵くらいかけろよ......。女の子だろ。酔った客が入ってきて襲われたらどうすんだよ。しかも寝てやがるし......危なっかしい奴だな。......入るぞ。」

 タニの部屋に入ってきたのは緑の短い髪をしている怖い顔のお兄さんだった。黒字に金の竜が入った着物を着ており、それを半分脱いでいた。追加で言うと謎のシュノーケルが頭についている。ファッションにしてはあまりにぶっ飛んでいた。

 「きゃっ、うきゃあ!不審者?」

 タニは寝ぼけながら珍妙な格好をしている男に奇妙な声で叫んだ。

 「ひでぇな......不審者だと?」

 「......って......リュウ先輩!ああ......びっくりしました......。いきなり目の前にいるんですもん......。」

 タニは横になっていたがそれがタニの先輩リュウであるとわかると素早く起き上がった。

 「入るぞって声かけたじゃねぇかよ......。ちゃんとノックもしたし......お前が無防備過ぎるんだ!とりあえず寝るときは鍵をかけろ!」

 「......はい......。ごめんなさい。......ところでどうしたんですか?」

 タニは突然のリュウの訪問にびくっと肩を震わせながらベッドに正座した。

 「んん......いやあ、別にこれと言って用はねぇんだが今、天界通信本部のやつを見て......ん?お前、ぬいぐるみ抱いてんのか?女の子とぬいぐるみってなんかかわいいな。......って......お前それ......。」

 リュウは話の途中で目を見開いた。顔色が急に悪くなっていく。タニは首を傾げながらリュウに尋ねた。

 「先輩?大丈夫ですか?リュウ先輩もぎゅってしますか?けっこう気持ちいいですよ。」

 タニは青い人型クッキーのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 「俺様はお前の頭が大丈夫かを問いたいぜ......。いますぐその方を離せ!」

 「ふえ?な、何するんですか!」

 リュウは慌ててタニとぬいぐるみを離した。タニは半分涙目でリュウを見上げた。

 「あのな、このお方は高天原北のトップ、縁神(えにしのかみ)、通称北の冷林(れいりん)だ!」

 「えええっ!」

 リュウの言葉を聞いてタニは驚きの声を上げた。

 「ちょっと来い......。」

 「は、はい......。」

 リュウに手招きされタニはちょっと離れたドア付近まで歩いて行った。ドア付近でリュウがベッドの上に置かれた冷林をちらっと見ながらタニに耳打ちをした。

 「おい......お前......冷林と寝たのか?」

 「え?ね、寝たって......そんなやらしくはないんですけど......。」

 「んんん......冷林は男なのか......女なのか......?あれじゃあ判別は難しいぜ......。」

 「ぬ、ぬいぐるみだと思うんですけど......。」

 タニは上目遣いで控えめにリュウに言葉を発したがリュウは腕を組んだまま唸っていた。

 「ぬいぐるみじゃねぇよ......。なんで竜宮にあいつがいやがんだよ......。今日なんか会議とか竜宮であったかな......。ん?」

 リュウがタニの不始末の言い訳を考えていると壁に小さく張り紙が張ってあったのに気がついた。

 「あれ?こんな張り紙あったかな......?」

 タニは首を傾げた。

 「何々......『私はエネルギーが切れてしまい動くことができない。お願いだ。竜宮のビップルームまで連れて行ってくれ。それからこんな姿を誰かに見られたくない。誰にも会わずに向かってほしい。冷林。』......これ、冷林の手紙だ!なんでこんなとこに貼ってあるかは疑問だが冷林の事情はわかったぜ!タニ、さっさと連れていくぞ。」

 リュウはベッド付近に戻るととりあえず冷林の目だと思われる部分に手を上下に振ってみた。冷林に反応はない。リュウは冷林を素早く抱くともう一度「タニっ!」と叫んだ。

 タニは何が何だか頭の整理ができていなかったがきっと只事じゃないのだろうと久々に焦りだした。

 「はいぃ!」

 タニはとりあえず動揺しながらも返事をするとリュウに続き廊下へと出た。

 「誰にも見られずに最上階のビップルームへ行けって事だな......。」

 「......この時間は酔ったお客さんが自分の宿泊場所に戻っていく時間帯ですね......。どうしましょう?」

 「そうなんだよなあ......。冷林が酒に酔ったって事にして多少みられても大丈夫なようにするって手もあるが......冷林が酒を飲むのかもわからねぇし、だいたい、こいつは寝るのか?私生活はまるで謎だ......。」

 リュウとタニは何の考えもなしにとりあえず従業員用廊下を困り果てながら歩いた。

 こっそり従業員用の階段を上っていた時、少女に声をかけられた。

 「ん?あれ?お兄さんとさっき会った女の子じゃないですか!やっと見つけました!こんなとこで何してんですか?」

 「うっ......。」

 少女は先程タニが会ったあの少女だった。階段の下からタニ達を見上げ声をかけている。

 「あ、あなたはっ!さっきこのぬいぐるみをくれた......。って、あの、このぬいぐるみ、ぬいぐるみじゃないんですよ!あなたの物だって言っていましたけど......。」

 タニは先程の会話を思い出し、少女に向けて必死で言い放った。あまりに必死過ぎて完璧に他の神々に見られないように冷林を上階に連れていくというお願いを忘れていた。

 「おい、ちょっとお前......。」

 リュウは青い顔でタニを見ていたがタニは少女に冷林を思い切り見せていた。

 「この方、北の冷林さんなんですよ!」

 「はい、知ってますよ。先程、お渡ししたのはもしかしたら本物の冷林さんだったかもしれないって思ってあなたを探してたんですよ!私のはこっちのぬいぐるみ版の冷林さんで......。」

 少女はリュウが抱いている冷林とまったく同じ冷林ぬいぐるみを見せた。

 「うっ!?」

 リュウとタニが同時に変な声を漏らした。

 ......少しでも疑いたかったがやっぱり......こいつは北の冷林!

 リュウは自分が持っている冷林に冷や汗をかいた。

 「それで......あの......冷林さん全く動いてないですけど大丈夫なんですかね?」

 少女はリュウが抱いている冷林の雰囲気のおかしさに気がついた。

 リュウとタニはほぼ同時に顔から血の気がなくなった。

 「え、えっと......だ......ダイジョウブダヨ!ハハッ!......ほら、な?」

 リュウが声を高くして冷林の手を人工的に動かした。

 「......冷林はしゃべらないんだけど......。しかもそんなミ○キ―マ○スみたいな声で......。」

 少女は怪しんでいる顔でリュウを見た。少女は冷林を気絶させてリュウ達が何かをしようとしていると思っているらしい。

 「ちょ、ちょっと目が回っちゃっているみたいで......。」

 タニは慌てて冷林の顔を見せる。冷林の顔だと思われる部分は渦巻模様がついている。

 「冷林はそういう顔(?)なんですが......。」

 少女の顔はだんだんと険しくなってきた。タニもリュウも何も思いつかず息を飲むしかできなかった。

 言い訳を一生懸命に考えていると階段の上の方から何やら音が聞こえた。

 「......?」

 タニとリュウは階段の上の方を向いた。

 「!」

 刹那、青いぬいぐるみの渦にタニとリュウは飲まれた。

 「うわっ!なんだ!」

 「えっ!これ......。」

 リュウとタニは自分達の状況を見て全力で戸惑った。タニとリュウは沢山の冷林ぬいぐるみに埋まっていた。従業員用階段は幅が狭く、冷林のぬいぐるみは階段にぎっちりと詰まっている。

 「ひやあああ!タニ!タニィ!」

 リュウはタニに向かい悲鳴に近い声を上げた。

 「リュウ先輩!どうしたんですか!」

 「これの勢いで本物の冷林を離しちまった!動かねぇからどれだかわからねぇ!」

 リュウはぬいぐるみに埋もれながらタニに半泣きな顔を向けた。タニも半泣きになった。この大量の冷林ぬいぐるみから本物の冷林を見つけ出さなければならない。

 ぬいぐるみはどれも精巧に作られており、まったく見分けがつかなかった。

 「もう勘弁してくれよ!畜生!」

 「なんでこんなに冷林さんのぬいぐるみがっ!」

 リュウとタニはわかるはずもない本物の冷林をパニック状態になりながら探した。一つ一つ声をかけたり、お腹を触ったり、意味もなくぬいぐるみの手を上げてみたり......しかし、何も起こらなかった。

 タニとリュウはいよいよ追い詰められ、がっくりとうなだれた。

 「おい、タニ......俺様達、終わったな......。つーか、誰だ!こんなに紛らわしいぬいぐるみを作ってぶちまけた奴は!タダじゃおかねぇぜ!」

 リュウが怒鳴り声を上げた刹那、下の階にいた少女がケラケラと笑い出した。

 「ああ?てめぇ......何笑ってやがんだよ!小娘め!調子に乗ってんじゃねぇぞ!お前、天界通信の奴だろ!」

 リュウが少女を睨みつけると笑っている少女が何か看板を持っていた。

 ......ん?

 ―ドッキリ大成功―......?

 「ドッキリ大成功......。ドッキリ......てめぇ!」

 リュウは顔を真っ赤にして怒っていた。少女が持っている冷林ぬいぐるみがふわりと動いた。

 「そっちが本物かよ!焦らせやがって!てめぇ、タダじゃおかねぇぞ!冷林を使っておちょくるなんてお前程度の神がしていい事じゃねぇ!お前、天界通信本部の社長、蛭子(ひるこ)の娘、エビスだろ!俺様がきつくお仕置きしてやる!」

 「あー、ちょっと待ってよ。リュウさん。お仕置きはパパにされるだけで充分だから。自己弁護のために言っておくけどこの企画を考えたのは冷林さんだよ。私じゃない。私は冷林さんに乗っただけよ。」

 少女エビスは再びケラケラと笑った。

 「れ、冷林が......。」

 リュウはエビスの横に浮いている冷林を青い顔で見つめた。

 冷林は一つ頷くと頭にテレパシーを流してきた。

 ......ニンゲンガ、ヨクヤッテイル、「ドッキリ」トハ、ナンナノカ、ドウイウ、カンジョウデヤルノカ......キニナッテイタタメ、ヒトノエンヲ、マモルカミトシテ、ゴキョウリョク......イタダイタ。スマナイ......。

 冷林はワープロ文字のように頭に文字を送るとフヨフヨとどこかへ飛んで行ってしまった。

 リュウとタニはポカンと口を開けたまま、しばらく放心状態だった。

 「な、なんだったんだ......。」

 「ど、ドッキリでよかったですね......。あ、このぬいぐるみ、一個もらっていいんですかね?」

 タニは冷林ぬいぐるみを一つとるとエビスにかざした。

 「いいよ。それ、ひそかに人気の冷林ぬいぐるみなの。かわいいっしょ?」

 エビスはにこりとタニに笑いかけた。

 「おーい、タニ、紛らわしいもん増やすんじゃねぇよ!」

 冷林ぬいぐるみを大事そうに抱くタニにリュウは呆れたため息をついた。

 「じゃ、私はこれで。今はパパがこの竜宮の宣伝記事を書くために竜宮にいるの。私はもう帰るけどパパはまだ残っているから文句はパパによろっ!......ふふん~いい記事が書けそう!」

 エビスは冷林ぬいぐるみを一つ掴むと満面の笑みを向けた。

 リュウはなんだかいやな予感がした。

 「......おい、ちょっと待て。まさかこの痴態を天界通信の新聞に書くんじゃねぇよな?」

 「さあ?でもいいネタだから。」

 「待て!ちょっと説教だコラ!」

 「パパ―、エビスをイジメる怖いお兄さんがいるー。しかも従業員―。」

 エビスは棒読みだが大きな声で叫んだ。

 「うわっ!や、やめろ!お前のパパは呼ぶな!頼むから!俺様が捻りつぶされちまう......。だから権力者と記者は嫌いなんだよ!くそぅ!」

 リュウは半泣きで冷林ぬいぐるみを一つ掴むとその場から転がるように去って行った。

 タニも慌ててリュウを追って走り出した。

 「もう、信じらんねぇぜ!ありえねぇ!あの小娘に冷林!」

 しばらくしてからリュウとタニの元に一つの電子新聞が届いた。天界通信本部社長、蛭子神(ひるこ)が書いた竜宮の記事の下の方に小さくエビスが書いた記事が載っていた。

  記事は読む気にならなかったがそこに載っていた写真は嫌でも目に入った。

 リュウとタニが涙目で冷林ぬいぐるみに埋もれていてその前でドッキリ大成功の看板を持ってピースしているエビスと冷林。エビスはすごく楽しそうだったが冷林は表情どころか顔すらないので喜んでいるのか不明だ。

 「畜生、ハードボイルドな俺様がこんな痴態を......。」

 リュウは電子新聞をゴミ箱フォルダにさっさか移すと頭を抱えた。

 「リュウ先輩、冷林ぬいぐるみを竜宮で売ったらすごく売れました!」

 竜宮のロビーをリュウがうろついていたらタニが興奮気味に走ってきた。

 「はあ?」

 リュウがタニに呆れた顔を向けた時、あちらこちらの神々が冷林のぬいぐるみを持って歩いているのが見えた。

 「リュウ先輩、いいビジネスでした!売ったら......。」

 「売るな!いちいち紛らわしい事するんじゃねぇよ!馬鹿。」

 「この記事、宣伝広告だったみたいです。冷林ぬいぐるみを竜宮で売るための......。」

 タニはアンドロイド画面を起動させてリュウがさっき捨てた電子新聞を再び見せた。

 「ああああ!もう!さっき捨てたんだから見せんな!それからお前もそのぬいぐるみ持ってウロウロしてんじゃねぇよ!」

 リュウはタニが大事そうに抱えている冷林ぬいぐるみを指差し叫んだ。

 「......?リュウ先輩、こちらは本物の冷林様ですよ。」

 タニに抱かれている冷林が小さい右手を軽く上げた。

 「うっ、うわわ!た、大変失礼いたしました!......タニ!紛らわしいんだよ!最初から言えっての!」

 リュウは全身冷や汗をかきながら慌てて冷林に謝罪した。

 「あ、それからインスタグラムで冷林ドッキリが流行っているみたいで、ちょっと恥ずかしいですけどブームになって良かったですね。」

 タニはアンドロイド画面から冷林ぬいぐるみに埋もれて笑っている神々の写真を出した。

 「はあ......。」

 リュウは脱力し、がっくりとうなだれた。

 竜宮は今日も平和だ。冷林はときどき竜宮に入り込んではぬいぐるみドッキリを仕掛け、タニ達の心臓を跳ね上がらせるのだった。

エビス様ご乱心

 神々が住まう所、高天原には神々の娯楽施設があった。高天原南にあるテーマパーク竜宮では従業員の龍神達が常に慌ただしく動いている。

 ここで働く従業員の少女タニは今日も例外ではなく忙しかった。

 時期は寒さも本格的になってきた晩秋。日も短くなり雪が降るのではないかと思うほどに寒い。

 「お鍋の季節~。お鍋の季節~♪」

 タニは謎のお鍋の歌を歌いながら気持ちよく竜宮ロビーをスキップしていた。

 「しらたき、白菜、にんじーん~。しい~たけ。ミキサーでみっくす!」

 「おい、わけわかんねぇ歌、歌ってんじゃねぇよ。その歌、鍋じゃなくてなんだか得体のしれねぇもんができてんじゃねぇか。」

 「わっ!リュウ先輩!」

 タニの横を何気に歩いていた、先輩のリュウにタニは驚いて飛び上がった。

 リュウは黒字の布に金色の龍が描かれている着物を半分脱いで着ており、目つきも悪いのでぱっと見、怖いお兄さんに見える。

だが実は面倒見がよく、優しい男なのであった。

「得体のしれねぇもん作る歌なんて歌ってねぇでチャキッと仕事しろ。今日は竜宮の宴会席で七福神の会合だぜ。」

「七福神!」

リュウの言葉にタニは優しそうにニコニコ笑っている神々達を思い浮かべた。

「えーと......今日はどこの七福神だったかなー......。」

「七福神っていっぱいいらっしゃるんですか?」

タニの質問にリュウは大きなため息をついた。

「知らねぇのかよ......。本来は一つだったが日本人が区分けごとに七福神を作っちまったせいで同じ神でもまったく別物の七福神があっちこっちでできちまったんだよ。例えば、相模七福神とか江の島七福神とか、日本橋七福神とか浅草七福神とか......いっぱいいるだろ?」

「た、確かに......。七福神だけで八百万ですね......。」

タニはリュウの説明に目をパチパチさせて驚いた。

「んで......今日は......ああ......思い出した。天界通信の社長のとこの七福神だ。」

「それってこないだ来たエビスさんのお父様ですか?」

「ああ。予想だとあのクソ真面目な社長が最初に乗り込んで来るな。」

タニとリュウが会話をしているとシルクハットを被った羽織袴のハイカラな男性が宴会席方面のロビーへと歩いて行くのが見えた。

「ほうら、来た。」

「あ、あれが......エビスさんのお父様、蛭子神。」

「そうだぜ。まだ会議までだいぶん時間があるじゃねぇか。なんか嫌な予感が......。」

リュウは縮こまった。会議までまだ三時間近くあるため、他の従業員はまだ来ていない。

まだ時間ではないからとはいえ、相手をしないというのはまずい。

 「と、とりあえず、このままですと竜宮の勤務体制を疑われてしまうので接待しましょう。」

 「おう。」

 タニの言葉にリュウも頷き、蛭子の元まで恐る恐る歩いて行った。

 「ずいぶんとお早いお着きですね。どうなさいましたか?」

 リュウがプロ根性で蛭子に笑顔を向けた。

 蛭子は突然話しかけられて驚いていたが生真面目な顔で一つ頷いた。

 「ツアーコンダクターと丁稚さんか。」

 「でっち!?」

 蛭子の低く美しい声にタニは反応した。

 「丁稚奉公は大変だろう。理不尽な理由で殴られたりしていないか?いじめられたりしていないか?」

 なぜか蛭子はタニをとても気にしていた。

 「えー、えーと......あの、私、丁稚じゃなくて従業員です。」

 「タニ......どっちも一緒だ。」

 困惑しているタニにリュウが小さく耳元でささやいた。

 「リュウ先輩......丁稚ってなんですか?出っ張っている幼稚ですか?」

 「うるせぇ。何わけわかんねぇこと言ってんだ。......いい。今は流せ。後で教えてやる。」

 「はい。」

 リュウのささやきにタニもささやいて答えた。

 「うむ。ちょうどいい。竜宮の手代と丁稚の記事を書かせていただこう。」

 ......うぐっ......やっぱそっちかよ。この記事オタク。ていうか、手代って俺様の事か?俺様、番頭くらいの地位だと思ってんだが......。

 リュウはそう思ったが口には出さなかった。

 「では、そこの少女を手代さんが壁に押し付けて見てくれ。」

 「ちょっと待て......あんたは俺様達に何をさせようってんだよ!妄想で記事書こうって魂胆か?スキャンダルになっちまうだろうが!」

 「冗談だ。」

 マニュアル通りの言葉遣いをきれいに取っ払ったリュウはその後の蛭子の言葉で目を見開いた。

 ......冗談?このクソ真面目な男が冗談だと!

 「なんだ?ヘチマみたいな顔をして。」

 「ヘチマって......どういう顔だよ。」

 蛭子は真面目くさった顔でリュウに言い、リュウは頭を抱えた。

 「リュウ先輩......蛭子さんって真面目なんですか?それとも冗談がお好きなんですか?」

 タニが困惑した顔でリュウにささやいた。

 「......うーん......いつもは真面目が真面目になったくらい真面目なんだが......今日はなんだかおかしいぜ。」

 「よし、では丁稚さんの仕事風景を取材させてくれ。」

 「まてまてー!あんた、ここに何をしに来たんだよ。」

 「何って取材だ!」

 リュウの言葉に蛭子は目を輝かせて叫んだ。

 「や、やっぱりおかしいぜ。あんた。熱あるんじゃないか?」

 リュウが戸惑っていると遠くの柱の影に蛭子の娘、エビスが控えめにこちらに向かって手招いていた。

 どうやらこっちに来いと言っているらしい。

 「タニ......ちょっと離れるぞ。」

 「え?」

 リュウはタニに壁際にある柱を見るように目で促した。

 「あ......。」

 「すんません。ちょっと用事を片づけてきますのでここにいてください。タニ、相手していろ。いいな。」

 リュウは蛭子に軽くほほ笑むと困惑気味のタニを残し、素早くエビスの方へ歩いて行った。

 「りゅ......リュウせんぱーい......。」

 タニはすでに柱の影に隠れてしまったリュウに助けを求めるように小さく声を上げたが蛭子に捕まってしまった。

 「何歳くらいから丁稚をしているんだ?いつもは何をしている?カマドウマのようなダンスができるというのは本当か?カマキリの構えもできるとか......。PRのCMでジェットコースターを灰にしたというのは真実か?タマリュウという草の成分は主に何なのか?」

 ......リュウせんぱーい......。

 タニは心の中で泣いた。

 「おい、エビス、お前、前回はよくも俺様達をコケにしてくれたな!」

 リュウは壁際の柱に隠れながらエビスを睨みつけた。

 若い少女姿のエビスは頭を抱え、焦った声を上げた。

 「あの時は悪かったと思っているわ。でも今はそれどころじゃないの!パパがっ......パパが!」

 エビスは今にも泣きそうな顔でリュウに詰め寄った。

 「ん?どうしたんだ?蛭子がどうした?な、泣くんじゃねぇよ。」

 エビスの状態が異常だったのでリュウはエビスの頭を優しく撫でてやった。

 「えーん......。パパにお酒飲ませたらおかしくなっちゃったの!」

 「......はあ?」

 エビスはさらに戸惑うリュウに必死にしゃべりかけてきた。

 「パパね、いつも緑茶ばっかり飲んでいるからお酒飲ませてみようと思っていつもの緑茶に日本酒混ぜたの。そしたらあんな変な質問ばっかりして......。」

 とりあえず、リュウはエビスにチョップしておいた。

 「痛いじゃない!何すんのよ!」

 「てめぇのせいか!確か蛭子は下戸だ。飲めねぇんだよ!何てことしてくれてんだ!あれはこれから七福神の会議に出席するんだぜ?」

 「ちょっと混ぜただけよ!それであんなになるなんて思ってもなかったんだもん。だからどうしようって言いに来たのよ!」

 エビスは静かに声を荒げた。

 「あの男は数滴でもハングオーバーだ!とにかく早く酔いを醒まさせねぇと。」

 リュウが柱の影からちらりと蛭子とタニを見る。タニは半泣き状態でカマドウマのようなダンスを披露していた。それを眺めながら蛭子が生真面目な顔で一生懸命に何かをメモしている。

 「ありゃあ......いよいよやべぇ。あのわけわかんねぇダンス見ながら何をメモってんだ?あいつ。」

 「ずっとあの調子なの。何とかしてよ!」

 「お前な、いちいち偉そうなんだよ。とにかく、お前も何とかしようとしろ!頭から水をぶっかけるとか......思い切り殴ってみるとか!」

 リュウが呆れた顔を向けながら酔いを醒ます方法を考えていた。

 「相手はパパよ?けっこう強いんだから。」

 「知ってるぜ!そんな事!......よし、取材と言って竜宮のアトラクションの一つ、滝壺ライダーに安全バーなしで乗せよう!それが一番手っ取り早い。」

 「パパを殺す気なの!?」

 「大丈夫だ!たぶん死なねぇから!」

 という事でリュウは蛭子とタニの所に戻り、滝壺ライダーの取材の話を冷や汗交じりに語った。タニは半泣き状態でリュウと蛭子の顔を交互に見ていた。

 蛭子はその話を聞くと目を輝かせて「取材だ―!」と大声で叫ぶと走り去って行ってしまった。

 「おい、追いかけるぞ。エビス、お前も来い!」

 「ほんとに大丈夫なんでしょうね?」

 「な、なんですか?これ?」

 蛭子を追いかけるリュウにエビスも仕方なく従い、その後ろをなんだか事情がよくわかっていないタニが追いかけた。

 滝壺ライダーは上から下に落ちるだけのアトラクションだが池にダイブするという要素が追加されていた。適切に安全バーをすれば池に投げ出されることもなく、濡れることもない。

 リュウは素早く蛭子を滝壺ライダーに乗せるとそのまま発車させた。

 「ちょっと!リュウ先輩!安全バー蛭子さんしてませんよ!」

 「......いいんだ。タニ。」

 リュウはなんだかとても穏やかな声でタニをなだめた。

 滝壺ライダーは上に到達し、勢いよく落下した。

 「よし、タニ、行くぞ!」

 「え?」

 リュウはタニの手を引くと竜宮ロビーに向かって逃げた。

 遠くの方で蛭子の「あー......。」という小さな悲鳴と思い切りのいい水の音が響いた。

 おそらく池に勢いよく落ちたのだろう。

 「あちゃ~......すごい音したね。リュウにタニちゃん。......あ、あれ?ちょっとリュウ!タニちゃん?」

 ふと我に返ったエビスはリュウとタニがいない事に気がついた。

 「ていうか、これ、パパ大丈夫なの?死んでないよね?ぱぱーっ!生きてるー?」

 エビスが戸惑った声を上げた時、大きな水音と共にびしょ濡れの蛭子が鬼の形相でエビスの前に立っていた。

 「エービースー!」

 このお話では言っていなかったがエビスの父、蛭子は怒るととても怖い。

 「ひぃい!これは私のせいじゃなくて......。」

 「エービースー!これはどういうことだ!」

 蛭子の酔いは完全にさめたようだ。

 「違うの!パパにお酒を盛ったのは私だけどこれをやったのは違うの!」

 「パパにお酒を盛っただと!エビス!そこに座りなさい!」

 「ひぃい......ごめんなしゃあい......。」

 エビスは蛭子にはとっても素直である。

 「あーあー......かわいそ。大泣きじゃねぇか。」

 リュウは柱に隠れながら心底楽しそうに叱られているエビスを眺めていた。

 「ちょっと、リュウ先輩、あれじゃあエビスさんがかわいそうですよ。」

 「かわいそうなもんかよ。こないだ、思い切り俺様達をハメやがって。いい薬だろ。......まあ、もう少ししたら助けてやるけどな。あと三時間後くらい。」

 「エビスさんに厳しすぎますよ......。リュウ先輩。」

 タニはエビスに同情の視線を向けていた。

 「......くくっ。俺様はあの親子が好きなんだよ。眺めているだけで楽しいぜ。俺様も子供ができたらあんな風な親子になりたい。」

 「リュウ先輩?」

 リュウはどこかうらやましそうな顔で蛭子とエビスを見ていた。

 「リュウ先輩、子供が欲しいんですか?」

 「別に。お前で我慢するからいいや。」

 「私は子供じゃありません!」

 「......知ってるよ。」

 頬を膨らますタニの頭をリュウは優しく撫でた。

 蛭子のお仕置きはまだまだ終わりそうになかったがいい感じのタイミングでリュウがエビスを助け出し、この件はきれいに終わった。

 しかし、この後、リュウにはオーナー天津彦根神からの雷が激しく落ちるのであった。

タニの謎

 神々が住む高天原に娯楽施設が固まっているテーマパーク、竜宮があった。竜宮は龍神達の住まう所であり、職場である。龍神達はこのテーマパーク竜宮でいつも疲れた神を癒しているのだった。

 そんな竜宮で谷村の活性化のために神力を上げに来た少女神タニは先輩に振り回され、客に振り回されといつも賑やかな毎日を送っている。

 タニが入社して半年がたった。今はずいぶんと寒い時期でこの時期の客はテーマパークを楽しみに来るよりは竜宮内にある宴会席を楽しみに来る。

 そろそろ雪が降ってくるかもしれない。そういう時期である。

 「私、神力高まっているのかなあ?」

 タニは竜宮内アトラクション受付のロビーの清掃をしていた。竜宮は最新機器も多いのだがなぜか掃除はアナログである。タニはモップを片手にワックスがけをやっていた。

 今日の竜宮はアトラクションのシステム点検のためお休みである。

 「ふーん、ふーん。」

 タニはご機嫌に鼻歌を歌いながらワックスがけをやった。

 「はっ!」

 そして気がつくと一歩も動けない状態になっていた。

 「うわーん!離れ小島みたいになっちゃったよぅ!」

 ワックスは乾くまでしばらくかかる。それを計算せずにタニはこの広いフロアをワックスがけしてしまった。その結果、この広いロビーのど真ん中で歩けもせずに立ち往生していた。まさに離島である。

 「誰かー!助けてくださーい!」

 タニは半泣き状態で叫んだ。このフロアのワックスがけ担当はタニだけなため、いくら叫んでも誰も来なかった。タニはその場にしゃがみこみしくしくと泣いた。

 「なんで外側から回ってワックスかけちゃったんだろ......。しくしく......。」

 タニがめそめそと泣いている時、ロビーに繋がる廊下からタニの先輩リュウが都合よく現れた。リュウは黒地に金色の龍が描かれている着物を半分だけ脱いでおり、ぱっと見怖そうなお兄さんだが根はやさしい男である。

 「タニー!何やってんだよぉ!」

 リュウはタニの事情を知らずに楽観的に叫んだ。

 「リュウせんぱーい!助けて―!うえええん!」

 「はあ?どうした......ってこれはワックスか?」

 タニの泣き顔とワックスがかけられた床を交互にしばらく眺めていたリュウはやがて笑い出した。

 「はははは!お前、馬鹿だな!こんなおもしれぇワックスがけする奴、俺様初めてだぜ!傑作!はははは!岸から遠く離れた無人島になってやんの!」

 リュウは遠くでタニを笑っていた。

 「リュウ先輩!笑ってないで助けてください!」

 タニはさらに涙目になって叫んだ。

 「わかったよ。泣くなよ。今助けるから。」

 リュウは爆笑しながら軽々とタニの方へジャンプしてきた。

 「!?」

 タニはまさか飛んで来るとは思わず、目の涙も一瞬で乾いてしまった。

 「んあ?何ビビってんだよ。」

 わずかなワックスなしスペースに足をつけたリュウは動揺しているタニを不思議そうに見つめた。

 「リュウ先輩、ここまで二十メートルくらいあるんですけど......。」

 「普通だろ。こんくらい。」

 「ふ、普通......なんですかね......?」

 タニは首を傾げ冷や汗をかいた。

 「......そういやあ、お前......なんで龍神なのにそんなに身体能力がねぇんだ?地味子だって頑張ればきっとこれくらい飛ぶぜ?」

 「地味子さんが!?わ、わかりませんがとりあえず、私を救出してください!」

 タニは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にした状態でペコペコとリュウに頭を下げた。

 「っち、仕方ねぇなあ。」

 リュウはタニを抱きかかえ、タニが持っていたモップとワックスも小脇に抱えて再び二十メートルくらい先の廊下へ華麗に飛んだ。

 「ほい。」

 リュウは廊下に足をつけ、タニを下ろした。

 「ありがとうございました!後日、あそこだけもう一度塗りなおします......。」

 「んあ......そうしろ。」

 リュウはタニに適当に返事をすると廊下の先を見て顔をしかめた。

 「......?どうしました?」

 タニがリュウの向いている方向を向くとシルクハットにシャツに袴のハイカラな格好をしている男が楽しそうに踊っているのが見えた。

 「シャウ......。今日は休みだぜ......。なんであの野郎ここにいんだ?そんでなんでエキサイトしてんだよ......。」

 ......エキサイトしている。

 リュウが口にしたシャウの一言にタニは少し前の恐るべき記憶が蘇ってきた。

 あれは夏だったか......。竜宮のPRのためにシャウに殺されかけた。

 あの時のシャウはスーパーエキサイトしていた。

 「うわーん......。」

 タニはリュウの影に隠れ、思い出したくない記憶を鮮明に思い出し、怯えた。

 「タニ、大丈夫だ。見ろ。なんだか知らねぇがオーナーと一緒だ。」

 「え?オーナー?」

 タニはシャウの隣にいた緑色のきれいな髪をしている男に気がついていなかった。

 頭に大きなツノがあり、瞳はオレンジ色で凛々しい。パッと見て好青年だが身長が高く、程よい筋肉が着物から出ている。

 「あの方がオーナー......。」

 「お前、オーナーに会った事なかったっけ?」

 「ないです。」

 タニは入社してから一度も社長である天津彦根神(あまつひこねのかみ)に出会ったことがなかった。

 「マジか!じゃあ、あいつもいっけどさ、挨拶してこよう。」

 「え?あの......シャウさんはちょっと......。」

 「ん。」

 嫌がるタニを半ば無理やり抱え込み、リュウはオーナーとシャウのいる場所へと歩いて行った。

 「お!タニちゃんとリュウなんだナ!シャアウ!」

 タニ達をすぐに見つけたのはシャウだった。

 「おう。」

 「こ、こんにちは......。」

 リュウは堂々とタニはビクビク挨拶をした。

 「シャウ、ちょっとお前邪魔だ。」

 リュウが会ってそうそうシャウを横にどけた。リュウの手がシャウの肩に乗った時、シャウが突然くしゃみをした。

 「うげっ!」

 タイミングよくシャウがたまっていた電気を放電し、リュウはその強い電撃をその身に浴びてしまった。

 「あぎ......こ、この馬鹿野郎!」

 リュウは痺れながら反射的にシャウをぽかんと殴った。

 「痛いんだナ!シャウ!」

 「いきなり放電すんじゃねぇって前から言ってんだろうが!ここにはタニがっ......。」

 リュウはシャウを怒鳴りつけていたがタニの事が脳裏に浮かび、顔を青くした。

 「そうだ!タニ!」

 リュウは慌ててタニの方を向いた。

 「ほえ......?」

 タニはポカンとしたアホ面でリュウを見つめていた。見た所、ケガはしていない。タニはなぜ自分が無事だったのかよくわからなかったらしい。

 「危ないな。大丈夫か?」 

 ふとタニの上から声がかかった。

 「!」

 タニは気がつくと大柄な男に抱きかかえられていた。

 「オーナー......なぜ俺様も助けてくれなかったんだ!」

 リュウは大柄な男、オーナーに向かって涙目で抗議していた。

 「お前はいいだろう。この子は女の子だ。全身黒焦げはかわいそうだ。」

 「そうじゃなくてな......あんたが纏う神力のバリアをもうちょっと広げてくれたら俺様も電撃を食らわずに済んだのであってだな......。」

 真面目に頷くオーナーにリュウはため息をもらした。

 オーナーは抱えていたタニを下に下ろすとリュウを睨みつけた。

 「そもそも、お前は持ち場が違うだろう。なぜ、ここにいる?次のツアー計画のプランはできているのか?一日で仕上げろと言っておいたはずだが。」

 「......うっ。」

 オーナーの鋭い言葉にリュウは真っ青で詰まった。

 「あー、リュウが大ピンチなんだナ!シャアウ!シャシャシャシャーウ!」

 リュウの隣でシャウが心底楽しそうに笑っている。

 「てめぇ!うっせぇんだよ!どっか行きやがれ!」

 リュウは自分のまわりを回ってからかうシャウに怒鳴った。

 「リュウ、加茂(シャウ)は我が竜宮の客神だ。言葉を改めろ。」

 「うう......畜生!シャウめ!オーナーがいるからって調子に乗りやがって!ふんだ!」

 オーナーに叱られてリュウは子供のようにぐずりながら叫んだ。

 「あ、あの......助けてくださってありがとうございます。お、オーナー様っ!今後ともどもよろしゅうお願いします。えーと......わたくしめはとてもうれしく存じており......えーと......」

 ここで突然タニが顔を真っ青にし、動揺しながら慣れないお礼をオーナーに返した。

 「今度、赤青黄色の蛙の上でオケラダンスを頭からかぶりませんか?」

 「ちょ、ちょっと待て!落ち着け!何言ってんだ!タニ!会話がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」

 タニがオーナーとの会話に緊張し、わけがわからなくなっているのでリュウはすかさず助け舟を出した。

 その横からシャウが好き勝手話し始めた。

 「リュウが落ち着くんだナ!バナナ食べるんだナ!バナナ!バナナ食べながら滝壺ライダーでカマキリのポーズを頭から突っ込むんだナ!シャウ!」

 「お前もいちいち会話をわけわかんなくするんじゃねぇ!何話しているかわかんなくなっちまうだろうが!」

この無駄で収集しない会話はオーナーの一言で一つにまとまった。

 「ああ。お前が谷龍地神(たにりゅうちのかみ)だな。」

 「!!!」

 タニは目を見開いて驚いた。

 ......な、名前!間違えてない!

 「ううう......。」

 いままでタニグチと間違われていたタニは初めて名前を呼ばれ感動して泣きだした。

 「......?どうした?私の神力は極力落としたはずなのだが......怖いか?」

 オーナーは戸惑った顔でタニに心配そうに尋ねた。

 「え?あ......いえ、いままで名前をちゃんと呼んでもらえたことがなくて......。」

 「リュウ......。」

 タニの発言にオーナーはリュウを睨みつけた。

 「あ?俺様は別にいじめてねぇぞ!」

 リュウはオーナーに怯えながら早口で言った。

 「......加茂、ちょっと外してくれ。」

 オーナーはシャウに目を向けると真剣な顔で席を外すように言った。

 「......なんか真剣なんだナ?わかったんだナ!シャウは飛龍と放電合戦して遊んで来るんだナ!シャアゥ!」

 シャウは何を思いついたのかわからないが楽しそうにスキップしながらどこかへ行ってしまった。

 「なんだよ......放電合戦って......まわりで誰か死ぬんじゃねぇのか?止めた方がいいぜ。オーナー。」

 リュウが呆れているとオーナーが何かを考えながら口を開いた。

 「んん......なあ、リュウ。」

 「あ?なんだ?オーナー。」

 「お前はこの子の名前もちゃんとわからずに採用したのか?採用する事は構わないが......ちゃんと調べてから採用しろ。」

 「へいへーい。」

 オーナーの真面目な発言をリュウはてきとうに流していた。

 「聞いているのか!」

 「うおっ!びっくりした。聞いているぜ。結果的に役に立ってんだからいいじゃねぇかよ。いつもそんな事言わねぇくせに今日はどうした?」

 「お前は......まったく......。いいか......。」

 そこから先のオーナーの言葉はリュウだけでなくタニまでもが驚く内容だった。

 「彼女は龍神ではない。」

 「......え?」

 オーナーの一言にリュウとタニの時間はピタリと止まった。

 「え?」

 あまりの衝撃にリュウはもう一度同じ言葉を吐いた。

 「だからな......谷龍地神は龍神ではないのだ。」

 「えええ!どどどど......どういう事っすか?なんだ!そのカミングアウト!」

 オーナーの顔を驚愕の表情で見つめるリュウは動揺しすぎて言葉がおかしくなっていた。

 「お、おおおい!タニ!おおおお前は俺様達を騙したのか?」

 「ええええ?だだだだましてなんてなななないですよ!私も......は、は、初耳です。」

 リュウよりもさらにムンクの叫び顔になっているタニは困惑しすぎてリュウと同じ言葉になってしまっていた。

 「おおおお前、馬鹿かよ!じじじ自分が何の神かもわかんなかったってのか!」

 「ななな名前にりゅりゅ龍が入っていたので龍神かと......。」

 「まままマジか......。」

 「ああ!うるさいぞ!お前達は壊れかけのオモチャか!少し黙れ......。その妙な話し方、耳障りだ。」

 タニとリュウの謎の会話をオーナーが頭を抱えながら遮った。

 「じゃ、じゃあタニは何の神なんだよ!」

 リュウはほとんど叫びに近い声を上げた。

 「......草木の神。神格を見るとリュウノヒゲ......タマリュウの神だ。」

 「えええええ!」

 オーナーの答えにタニとリュウは半分目を回す勢いで叫んだ。

 「......はあ......谷龍地(たにりゅうち)、お前は谷村へは帰っていないのか?」

 オーナーはため息交じりに石像のようになっているタニに尋ねた。

 「ぜ、全然帰ってません!ここで神力を増やして......。」

 「はあ......。お前は最大の過ちを犯してしまったようだ。」

 「......?」

 タニは今にも気を失いそうな顔でオーナーの言葉の続きを待つ。

 「お前が祭られている谷村はリュウノヒゲという植物を神に見立てて信仰している村だ。つまり、お前を信仰している。しかし、あの村からお前がいなくなってしまったので大切にされていたリュウノヒゲが枯れてしまったそうだ。村人は大慌てだと近くの神々は噂している。村人は村人で良くない噂をしているという。後に何か厄災が起こるのではないか、神を怒らせてしまったのではないかと。まあ、リュウノヒゲから龍神の信仰へくくられているようだがリュウノヒゲは植物だ。だからきっとお前は草木の神のままだったんだろう。」

 オーナーの説明は半分以上タニの耳に入らなかった。

 「村が枯れている!?そんなあ!どうしましょう!」

 タニは涙目でリュウを見据えた。

 「お、俺様を見るんじゃねぇよ......。面接に来たのはお前だろうが......。」

 リュウも半分涙目でタニを見つめていた。

 「はあ......お前達......そんな醜い争いをするな。谷龍地の村をもう一度、潤せばいいだけの事だ。私も手伝おう。竜宮は少しの間、休止だ。他の者にも手伝ってもらう。......これから谷村へ行くぞ。」

 「お、おーなぁあああ!」

 去って行くオーナーのカッコいい背中を眺め、タニとリュウは抱き合いながら感動の涙を流し叫んだ。

最終話

 タニは半泣きの状態のままリュウと共にオーナーに従って竜宮内アトラクションへ続く廊下を歩いていた。

 「おい、めそめそしてんなよ......。オーナーが動く事なんてほとんどねぇんだぞ。」

 リュウはタニを慰めながら前を歩くオーナーの背中を見つめていた。

 「リュウ、飛龍と加茂と家守龍(いえのもりりゅう)を呼んで来てくれ。」

 オーナーがちらりと振り返ってリュウに言った。

 「うぇい!?えーと......飛龍と......加茂ってのは......シャウか......と家守龍って誰だ?」

 リュウはぽかんとした顔でオーナーを見つめた。

 「家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)だ。この大変な時にとぼけるな。」

 「と、とぼけてねぇよ!誰なんだよ。そいつ。」

 「ちょこちょこ手伝いに入る龍神だ。お前もよく話していただろう。」

 呆れた顔のオーナーをしばらく眺めていたリュウは閃いた表情をした。

 「地味子か!」

 「地味子じゃない!ヤモリ!」

 リュウが叫んだ刹那、後ろから怒ったヤモリの声が響いた。

 麦わら帽子に黒い髪、ピンクのシャツにオレンジのスカート。格好はやはり少し地味目で龍神にしては目立たない少女だ。

 そのヤモリが後ろからリュウの肩を掴み後ろへ引っ張った。

 「うげっ......現れやがった。いきなり後ろから来るなよな。」

 「君ね、私の名前知らなかったでしょ!後ろでずっと聞いてたのよ。」

 ヤモリは目をつり上げてリュウを睨みつけていた。

 「相変わらず陰湿な事してんじゃねぇよ......。名前はまあ、地味子のが覚えやすいしなあ......。ああ、悪かったよ。」

 リュウはヤモリを刺激しないように慌ててあやまった。夏ごろの記憶が脳裏をかすめたからだ。

 「オーナー、お呼びですか?」

 ヤモリはリュウを鼻であしらうとオーナーに向き直った。

 「ああ、少し頼みたい事があるのだ。」

 「......はい。」

 「その前にリュウと谷龍地(たにりゅうち)は先程どこかへ行った加茂(シャウ)と飛龍を呼んで来い。」

 オーナーはヤモリに目を向けつつ、タニとリュウに顎で合図をした。

 「は、はい!」

 「っち、仕方ねぇな。」

 タニとリュウは刑事にでもなったかのように素早く走り出した。

 タニとリュウはシャウと飛龍を探して歩いた。飛龍はけっこう簡単に見つかった。

 「よう!また戦って行くか?新しい催しを考えたんだ!」

 飛龍は楽観的にリュウ達に話しかけてきた。

 「今はお前に付き合っている暇はねぇんだが、お前が必要だ。」

 「何言ってんだよ?禅の問答じゃあるまいし。」

 飛龍は説得するのがけっこう大変な女神である。ああいえばこういう。

 急いでいるし面倒くさいのでリュウは大嘘をつくことにした。

 「ああ、えーと、オーナーがお前を呼んでいるぞ。客に対して粗相をしたお前を叱りたいそうだ。今回ばかりはひっぱたいてやる!って言ってんぜ。」

 「......?あたし、そんなやべぇ事してねぇと思うんだけど。ま、オーナーから叩かれるんなら喜んで行くわ。お前、嘘だったらぶっ飛ばすからな。」

 飛龍はうっとりした顔になるとリュウの肩をポンポン叩いた。

 ......ドМってこええ......。オーナーだけにドМとか......。ぶっ飛ばすとか言われてんけど俺様どうしよう!?

 リュウは後の事を考えながら飛龍を連れて歩き出した。横でタニが青い顔で歩いている。飛龍にもかなりトラウマを植え付けられたからだろうがそれだけではなさそうだ。

 しばらく歩き、今度はシャウを探した。

 しかし......

 「いねえ!なんで探している時にいねぇんだよ!あいつは!」

 シャウはどこを探しても見つからなかった。

 竜宮内をかなり歩き、シャウを探したが結局見つからず、飛龍の目が疑惑の念を抱き始めていたのでとりあえず、飛龍だけをオーナーの元へ連れていくことにした。

 先程の廊下部分へたどり着くとヤモリはおらず、オーナーだけが腕を組んで立っていた。

 「オーナー!シャウがいねぇんで飛龍だけ連れてきた。」

 リュウはうっとりしている飛龍をオーナーへ突き出した。

 「ちょっとオーナー......やってほしいことがあるのだが......」

 そのままリュウはオーナーの手を引くと耳元で小さくささやいた。

 「なんだ?」

 「飛龍を一発殴ってくれないか?」

 リュウの発言にオーナーは驚いて咳込んだ。

 「......ごほっ......。お前......正気か?なんの理由であれ殴りたくはない。」

 「殴ってくれ!頼む!俺様が殺されちまうぅ!」

 リュウは必死にオーナーに掴みかかる。

 「相手は女だぞ。おかしくなったのか?リュウ。」

 「じ、実は......オーナーが飛龍を殴るという事を前提に飛龍を連れてきた。オーナーが殴らなければ俺様をぶっ飛ばすと言っている......。」

 「どういう交渉の仕方だ......。意味が分からん。」

 オーナーがため息をついていると近くで電撃が走った。

 「ん?」

 「うはーっ!面白かったんだナ!シャウシャーウ!」

 「シャウ!」

 リュウ達の前にシャウが突然現れた。シャウはひとりで楽しそうに笑っていた。

 「てめぇ!どこ行ってやがったんだよ!ずっと探してたんだぜ!」

 リュウが怒鳴るがシャウはきょとんとした顔をしていた。

 「ん?ずっとリュウ達の後ろを歩いてたんだナ?シャウ!」

 「電撃のままだとわからねぇだろうが!ちゃんと出てきやがれよ!」

 楽しそうなシャウをリュウは鋭く睨みつけた。

 「とにかく!これから飛龍と加茂は現世に行って今から私がいう事をやってもらう。」

 収集のつかない会話をオーナーがスッパリと斬った。

 「で?」

 飛龍がオーナーに先を促す。

 「家守龍はもう現世に行かせた。......こほん。飛龍、私はお前を殴るつもりだったがこの仕事をしてくれたら免除する。私はお前を殴りたくはない。わかってくれるな?私は飛龍を必要としているのだ。」

 オーナーはリュウの話にうまく合わせた。

 オーナーの言葉に飛龍が頬を赤く染める。そして小さく「いいよ。」とつぶやいた。

 ......すげぇ......。

 オーナーの巧みな話術でリュウは目を見開いて驚いた。

 「で?シャウは何をするんだナ?シャーウ!」

 シャウの言葉にオーナーは一つ頷くと続きを話し始めた。

 「シャウは現世の谷村という場所に行って雷雲を呼んでくれ。そして飛龍は同じく谷村で温度管理だ。お前はあたたかい母性を秘めた女神だからな。温度を保てるだろう。谷村の場所は家守龍(いえのもりりゅう)に言ってある。連絡を取って向かってくれ。」

 「んじゃあ、向かうんだナ!雷ゴロゴロ~!シャアウ!」

 シャウはオーナーの言葉を最後まで聞かない内に走り出して消えてしまった。

 「母性を秘めたあたたかい女神......。温度を保てばいいんだな?ま、任せろー!」

 飛龍は若干顔を赤くするとテンション高く去って行った。

 「あいつら......思ったよりもはるかに単純だな。」

 リュウはあっという間にいなくなってしまった二神を茫然と見つめていた。

 「では我々も向かおう。谷龍地とリュウにも色々とやってもらう事がある。」

 オーナーにはちゃんとした計画があるようだ。まったく言い方に迷いがない。

 「なんか必ず何とかできるオーラがあんだよなー。オーナーには。」

 リュウはもう完全に安心したのか半分てきとうになっていた。

 「そんなことはどうでもいいから私の話をちゃんと聞け。......リュウには加茂の雷雲から雨を降らせてもらう。飛龍も雨を降らすことができるがあれは温度管理の方が向いている。飛龍は大雨を呼んでしまうがリュウは小雨を呼べるだろう。大雨ではなく適度がいいのでこちらはお前に任せる。」

 「はあ......ていうかよ、あんたが全部やればいいんじゃねぇのか?オーナーは全部の能力が使える最強の龍神じゃねぇか。」

 ちゃっかりオーナーにも何か仕事をさせようとしているリュウはふてくされたようにつぶやいた。

 「私が行えば力をどれだけ抑えても日本の半分が大変な異常気象になってしまう。故に何もできない。神力が高すぎるのも困りものだ。話を続ける......。」

 「確かにな......。」

 リュウを軽く払ったオーナーは続きを話し始めた。

 「谷龍地はちゃんと神として谷村へ帰れ。そしてタマリュウを元気にするのだ。」

 オーナーはタニの方を向くと真剣なまなざしを向けた。

 タニは固唾を飲むと「はい!」と元気に返事をした。

 「よし、私は全体を見て足りないところを支持する。谷村へ行くぞ。」

 「おーっ!」

 オーナーの掛け声にタニとリュウは同時に声を上げた。

 「......『おーっ』てな......運動会ではないのだから......。まあ、良いか。」

 オーナーは呆れた顔をタニとリュウに向けると谷村へと行くべく足を速めた。

 タニ達は急いで谷村へと足を進めた。高天原の認証ゲートを過ぎて現世に降り立ち、そこから神々の使いである鶴に乗り谷村へと入った。

 谷村は日本地図を拡大してもわからないような小さな島の一角にあり、村のまわりは山だらけだった。

 だがちゃんと小学校やスーパーなどもあり生活にはあまり困らなそうだ。

 「ここか?」

 リュウは日本家屋が並んでいる静かな田んぼ道を見回しながら尋ねた。

 「はい。」

 タニが近くに刺さっている苔の生えた木の看板を指差した。その看板には『タマリュウの里谷村!隠れ秘境観光スポットへようこそ!』と書いてあった。

 「うわあ......観光に村人必死じゃねぇか。こりゃあまあ......ずいぶんとすごいとこだな。」

 リュウはいたずらっぽく笑った。

 「まだ先があります!」

 タニは看板の下にあった同じような看板を指差した。下の方にあった看板にはびっしりと文字が書き込まれていた。

 『宿はお決まりですか?民泊OK!元気で旬なタマリュウをご覧になりながら谷村の郷土料理を食べてみませんか!?タマリュウ風のお菓子も人気です!ぜひ、お土産に!エーテーエムはセベンイレべンにありますよ!ここ唯一のコンベネエンスストアです。なんでもそろいます!ここから谷野山を越え20キロです。名物白酒は頭からかぶると大変危険です。ビールかけはしないでください。青山整骨院への行きかたは谷野山から東に5キロです。ご予約は不要ですが整骨院は大人気です。開始時刻二時間前から並んでください。到達最高記録は前場陽介さん八十六歳、記録午前五時三十分、待ち時間三時間五十六分......突然牛の群れが通る事があります。ぶつからないようにしましょう。......朝六時は皆でラジオ体操!身体を動かすと気持ちいいな!......小学生による焼き芋フェスが谷野小学校で行われます。皆で食べるとおいしいぞ!......そして町内会のお知らせですが......』

 「なげぇ!内容がだんだんカオスになってやがる!何がしたいんだ!ここの村人は!青山整骨院の到達最高記録ってなんだよ。後半、バスの車内アナウンスみたいになってんじゃねぇか!しかもエーテーエムとか地味になまってんし。突っ込みどころ満載だぞ!」

 「前場陽介さんは超有名ですよ!リュウ先輩!夜明けとともに整骨院に並び、青山ドクターにおにぎりを差し入れしてもらったという伝説があるんです!」

 「あー、えーと......もうなんかいいや。」

 タニが詰め寄って来るのでリュウはタニを呆れながら追いやった。

 「お前達、もたもたするな。谷村の神社付近まで行くぞ。」

 オーナーがため息交じりにタニとリュウを引っ張って無理やり歩き出した。

 「ああ、わかってるよ。」

 リュウはオーナーに連れ去られながらふてくされたようにつぶやいた。

 しばらく歩いて日本家屋が固まっている場所に出た。辺りは山で道もあまり舗装されていないが明らかに村といった感じで家々が密集していた。

 おそらく人がちゃんと住んでいる所はここだけだろう。

 家々を眺めながら歩いていると日本家屋の一つからヤモリが出てきた。

 「おう、地味子!お前はオーナーから何を命令されたんだ?」

 リュウは意地悪な笑みを浮かべながらヤモリを呼んだ。

 「あ、リュウとタニちゃんとオーナー。」

 ヤモリは足早にこちらに近づいてきた。リュウの質問を無視したヤモリはオーナーに何かを報告し始めた。

 「オーナー、この辺の村人さん達にそろそろ雨が降る事を言っておきました。ちょっと異常な気象になる事もタマリュウが元気になる事も言っておきました!そしてオーナーが言っといてくれって言った事も全部。」

 「そうか。それでいい。」

 ヤモリの報告をオーナーは頷いて答えた。

 「って、お前、けっこう地味な仕事与えられたんだなー......。」

 「うるさい!人には普通神が見えないけど私はなぜか人の目に映るの!だからこの大役を私が......。」

 リュウの発言にむきになったヤモリをオーナーが素早く止める。

 「君の仕事は立派だ。助かった。ありがとう。そこで待機していなさい。」

 「はい!オーナー!」

 ヤモリはオーナーの言葉に心底喜び、ピシッと背筋を伸ばして返事をした。

 「......あー、オーナーはさすがだぜ......。」

 「リュウ、とりあえずさっさと雨を降らせろ。時期に加茂(シャウ)が来る。」

 「へーい。」

 リュウはてきとうに返事をするとシャウを待った。

 やがてシャウの雷雲らしい音が聞こえてきた。辺りはとたんに暗くなり、谷村の上空には怪しげな雲が広がった。

 「シャウ!シャシャシャシャーウ!ゴロゴロなんだナ!雷なんだナ!シャウ!」

 大きな雷雲の中かをシャウが飛んでいるのが見えた。シャウはなんだかとても楽しそうだ。

 「シャウ!」

 シャウが掛け声を上げると雲が動き出し、稲妻が光った。

 「うおっ!やっぱりあいつはあぶねー奴だ......。俺様がちゃんと雨の量を調節してやらねぇと......。」

 リュウは頭につけている高天原最新機器であるシュノーケルを目にかけた。しばらくするとリュウのシュノーケル部分から緑の電子数字が流れはじめた。

 「待ってろよ。タニ。いい感じの雨を降らせてやるぜ!」

 「リュウ先輩!頑張ってください!」

 タニは青い顔でゴロゴロ鳴っている雷雲を見上げた。

 「任せろぃ!」

 「おい、ちょっとあたしを忘れてねぇか?」

 ふと飛龍の声がタニ達の後ろから聞こえた。タニとリュウは突然後ろから声がかかったので飛び上がって驚いた。ついでに横にいたヤモリも驚いていた。

 「飛龍、状況はどうだ?」

 しかしオーナーは飛龍に驚くことなく、平然と尋ねた。

 「さっきから後ろで気配消して立ってたけどオーナーには気づかれてたみてぇだなァ......。さすがオーナー!」

 「そんなことはいい。状況を教えろ。」

 うっとりした顔の飛龍にため息をつきつつ、オーナーはもう一度飛龍に尋ねた。

 「こう見えてもけっこう器用なんだ!あたしの温度管理は完璧。ちょっと春っぽいいい感じの温かさになるよ。」

 飛龍がタニ達にガッツポーズをしてほほ笑んだ。

 そしてヤモリを見ると軽くウィンクした。

 「うう......。どうせ私は伝達だけだもん。神っぽくないし、地味だもん......。」

 ヤモリはなんだか傷つき、がっくりとうなだれた。

 「んじゃあ、まあ、あたしの仕事は終わったし、地味子!一緒に飲みに行こうぜ!女子会だ!」

 飛龍は乱暴にヤモリの肩を抱くと豊満な胸を揺らしながら歩き出した。ヤモリはすこぶる不機嫌な顔で拒否したが飛龍の力には抗えなかった。

 「私はやだよ!なんであんたみたいな野蛮な龍神と......。」

 「いいじゃねぇか!な!」

 「やだって言ってるでしょ!あんたと仲いいって思われたくないし。」

 ヤモリと飛龍はリュウの近くで押し問答をしていた。

 「うるせぇな。仕事終わったならはやくどっか行ってくれ。俺様、集中できねぇだろ!」

 リュウは眉をぴくぴく動かしながら二神に怒鳴った。

 「わーったよ。そうカリカリするんじゃねぇよ。じゃ、行こうか地味子。人間の居酒屋がいいな。お前のおごりでな!あたし、人間に見えないし、よろ!」

 「うう......最悪。で?何、今日はまた恋バナするわけ?」

 飛龍とヤモリは勝手に話を進め、肩を組んで去って行った。

 「ああ?あいつら仲いいんだがなんだかわからねぇな。」

 さっさと去って行く飛龍とヤモリを眺めながらリュウはため息をついた。

 「リュウ、雨はまだか。」

 オーナーは二神が去って行った事を気にもとめていないのか平然としたまま、雷雲を眺めていた。

 上空ではシャウが楽しそうに雲に乗って遊んでいるのが見えた。

 「ああ、オーナー、あの電気男がまったく俺様に合わせようとしねぇんだよ......。調節が難しいぜ。」

 リュウは楽しそうにしているシャウを鋭く睨みつけながら雨量を調節し小雨を降らせた。

 「よし!できた!おら!どうだ!」

 「やればできるではないか。」

 「オーナーはいつも俺様の苦労をわかってくれねぇよなあ......。俺様、ちょっと寂しいぜ。」

 オーナーのそっけない言葉にリュウはがっくりと頭を下げた。遠くの方でシャウの「楽しいんだナ!シャアウ!」という元気な声が響いた。

 「とりあえず、これで一通りの事はできた。後は谷龍地、自分の神社に戻り、タマリュウを元気にするだけだ。行け。」

 「え?あ、は、はい!」

 流れるように状態が変わり、頭がついて行っていなかったタニはとりあえず、返事をした。

 「......なんだか不安だな。よし、私も行こう。リュウも来い。」

 「俺様も!?俺様は今大役を終えたばかりで......。」

 ぐちゃぐちゃ言っているリュウを引っ張り、半ば強引にリュウを連れて歩き出した。

 タニは動転した頭のまま自分の神社へと足を進めた。

 タニの神社は谷村からすぐの高台にあった。家々が連なる場所に参道があり、石段が山の上の方まで続いていた。

 気温は現在温かく、雨は小雨だ。冬なのに冬に感じられなかった。まるで谷村周辺だけ異空間に行ってしまったようだった。これは飛龍とリュウのおかげである。

 「神様の威力ってすごいんですね。」

 タニは感心した声を上げて石段を登る。

 「タニ......お前も神だろうが......。」

 後ろからリュウが呆れた声を上げた。

やがて石段を登り終わり、鳥居と小さな社がある神社にたどり着いた。神社内にかなりの量のタマリュウが植わっていたがどれも元気がなさそうだった。

社は古いがきれいに掃除してあり、お供え物も置いてあった。

「では谷龍地、さっそくタマリュウを元気にしてもらおうか。こちらで条件はすべてそろえた。後は谷龍地の神力をタマリュウに与えるだけだ。」

この中でまったくぶれないオーナーがタニの背中を優しく叩いた。

「あ、はい!」

タニは元気よく返事をすると目を瞑り、手を前にかざした。

 淡い緑の光がタニの手から発せられ、それが周辺のタマリュウ、その他のタマリュウへと吸い込まれていった。

 「あー、なんていうか、魔法とかドカン!と出そうな感じだがタマリュウ元気にしてるだけなのな......。そんなカッコいい光、発するんじゃねぇよ。地味すぎるぜ。」

 リュウは軽く笑っていた。

 しばらくしてタニが目を開けた。先程までしおれていたタマリュウが驚くほどに元気になっていた。

 「わあ!ほんとに元気になりました!オーナー様!ありがとうございます!」

 タニは喜んでオーナーに頭を下げた。

 「よい。これでうまく保てば村は元に戻るだろう。では竜宮に戻るぞ。」

 「ちょ、ちょっと待て!早すぎねぇか!?早すぎんだろ!この展開てきとうすぎるぞ!もう終わったのかよ!」

 リュウが慌てて叫んだがオーナーはきょとんとした顔で「終わったぞ。」と何事もなかったかのように声を発してきた。

 「ま、マジかよ......。」

 「リュウ先輩、思ったよりも早く終わってよかったですね!」

 タニの輝かんばかりの笑顔にリュウは内心戸惑っていた。

 よく考えればタニが竜宮へ行ったがために守るべき村が疲弊していた。

 と、いう事はつまり......。

 「な、なあ......。」

 リュウは言いにくそうにタニに口を開いた。その間、オーナーはちょっと離れた所で雷雲で遊んでいるシャウに何か指示をしている所だった。

 リュウはそれを眺め、しばらくオーナーが戻ってこない事を確認するとタニに向きなおった。

 「お前、ここで俺様達と別れてここに戻るつもりか?もう竜宮には戻らないのか?」

 「え......?あ......そうですね。はい。そうなりますね。私はこの村から離れてはいけなかったみたいですし。」

 タニは思ったよりもあっさりと言った。

 「そうですねって......俺様はかなり寂しいぞ!お前は癒しの後輩なのに!」

 「うう......。」

 リュウが叫んだ刹那、タニの瞳から急に涙がこぼれた。

 「......タニ?」

 「私だって寂しいですよ~。リュウ先輩はいつもハチャメチャでドSで黒くて乱暴で......」

 「待て、俺様何にもいいところねぇじゃねぇか。」

 リュウが間で突っ込みを入れるがタニはうつむいたまま続ける。

 「でも優しくて頼りたくなる先輩でした。私だってまだ竜宮で働きたいです。ですけど......こういう結果を招いてしまったら竜宮では働けません。私は龍神ではなかったですし。しょうがないんです。」

 タニの涙が小雨と共に流れる。

 「タニ......お前は立派に神やってんだなあ。俺様達は人間の想像によって生まれた......だから私情よりも人間を見守る事の方が大事だ......確かにそうだ。だが......たまに休憩するくらいなら人間達も許してくれるだろ。人間の心はそんなに狭くないんだぜ。だから......」

 「......リュウ先輩はもうちょっと真面目に仕事をした方がいいと思いますが......。」

 「だあああ!なんでそこでムードを壊すんだ!今、いい感じだっただろうが!この馬鹿!」

 リュウはがっくりとうなだれた。

 「いままでありがとうございました......。リュウ先輩。」

 タニが深呼吸してからぺこりと頭を下げた。

 それを見たリュウはなぜだか無性に寂しくなり、うすく目に涙を浮かべた。

 そんな状態の時、呑気にもオーナーが戻ってきた。

 「......?リュウ、お前何泣いているのだ。元から変わった男だったがタマリュウの成長に感動でもしたか?」

 「んなわけねぇだろ......。オーナー......空気よめっつーの......。畜生!」

 リュウはどこか悔しそうに奥歯を噛みしめた。

 「ときに、谷龍地。」

 「は、はい!」

 オーナーはリュウを不思議そうに眺めつつ、タニに目を向けた。

 「谷龍地は先程の不思議な天候とタマリュウの神秘によってどうやら龍神になってしまったようだ。」

 「......そうですか......。って......ええ!?」

 オーナーがさらりと流したのでタニも流しそうになり慌てて声を上げた。

 「家守龍(やもり)が龍神の話を持ち出して村人を説得したようで村人達の谷龍地の存在意義が変わったようだ。」

 「そんなに簡単に変わんの!?」

 オーナーに突っ込んだのはタニではなくリュウだった。

 「見ろ。」

 オーナーは鳥居近くにある神社の説明書き看板を指差した。

 タニとリュウは看板の方に目を向けた。そこでは神主と思われるご老人が新しく何かを書き足していた。

 「あ、前場陽介さん。」

 「うえ!?あのじいさんが前場陽介さんか!さっきの話は伏線だったのかよ......。とんだカミングアウトだ。てかこの神社を管理してる人間だったのか......。」

 リュウがしばらく茫然と眺めていると前場陽介さんが満足げに看板前で頷いて足早に去って行った。

 「......龍神という項目が追加されたようだ。つまり、谷龍地はタマリュウの神から龍神となったわけだ。内容を読むと......タマリュウの神は神格を上げ龍神となり、タマリュウを使いとして我々村人をあたたかく見守っていらっしゃる......と書いてある。よって谷龍地は人間達によって龍神へと変わり、タマリュウを通して村を見る事ができるようになったというわけだ。」

 「と、いう事はつまり......。」

 「人間達がお前を都合のよいように解釈したわけだ。その場にいてもいなくてもお前はタマリュウから村を見守っていればいいことになった。だが一週間に一回はこの村にちゃんと帰ってやるのだぞ。」

 「......という事はつまり......?」

 「......そろそろ、自分で考えなさい。......竜宮でそのまま働いてもなんら問題がなくなったという事だ。お前は私との面接をしていないがいままで真面目に仕事をしてきたのを見ているから採用だ。後はお前の好きにしなさい。」

 オーナーは優しくタニに笑いかけた。

 「本当ですか......それでは......」

 「いやったああああ!」

 タニがオーナーに返答をしかけた時、リュウが柄にもなくデカい声で喜びを表現していた。

 「なんだ、リュウ。いきなり大きな声を出すな。ついに狂ったのか?」

 「な、なんでもねぇよ。話続けろよ。」

 オーナーに問われリュウは恥ずかしそうにそっぽを向くとふてくされたように話を促した。

 タニはリュウの反応が面白かったのでクスリと笑った。

 「なんだよ。笑ってんじゃねぇよ。お前はどうしたいんだ?これからも竜宮で働くのか?働くよな?」

 リュウはタニに詰め寄り、半ば強引に先を促した。

 「......はい!働かせてください。私は龍神になりましたので龍神として神格をあげたいと思ってます!」

 タニは最初の気持ちを思い出しながらオーナーとリュウに緊張した面持ちではっきりと言い放った。

 「いよしっ!じゃあ、タニ、今夜はお前の龍神祝いだ!派手にやろうぜ!」

 リュウはタニの言葉に安心したのかテンションがうなぎ上りにあがっていた。

 「ああう......リュウ先輩!ちょ......ちょっと休憩を......。」

 「さあ!今から行くぜぃ!」

 戸惑うタニをリュウは無理やり引っ張り、引き気味のタニを笑いながら連れ去って行った。

 「まったく......リュウはよほどに谷龍地が好きなのだな。これから谷龍地が壊れないように私がしっかり管理していくとしよう。」

 オーナーはため息交じりにつぶやいた。遠ざかるリュウの元気な声とタニの震える声を聞きながらオーナーも竜宮へ戻るべく歩き出した。

 「オーナー!」

 その時、飛龍と共に消えたはずのヤモリが現れた。いつ神社への石段を上ってきたかはわからないが影が薄いためにタニにもリュウにも気がつかれなかったらしい。

 「家守龍?どうした?もう終わったのだ。帰ってよいぞ。飛龍と飲むのだろう?」

 「飛龍には少し待ってもらってますので大丈夫です。......オーナー、オーナーが言っていた村人に言ってほしい事はすべて言いましたが何の意味があったのでしょうか?タニさんが龍神であるとかないとか......これから龍神になるとか。」

 ヤモリは麦わら帽子にかかった小雨を振り払いながらオーナーに不思議そうな顔を向けた。

 「......彼女は龍神だ。もうこれでいいのだ。......仕事を頼んだ中で今回の一番の働きは家守龍、お前だ。お前がいなければタニを龍神にすることができなかったかもしれない。よくやってくれた。」

 オーナーの言葉にヤモリが顔を真っ赤にしてうつむいた。完璧に照れていた。

 「おーい!地味子ォ!いつまでもオーナーといちゃついてんじゃねぇよ!早くしろー!」

 石段の下の方で飛龍の声が響いた。

 「飛龍がお前を呼んでいるぞ。さ、今日は休みだから存分に飲んで来い。」

 「......はあ......。申し訳ありませんね。オーナー。」

 ヤモリはあからさまに嫌な顔をすると叫んでいる飛龍の元へと去って行った。

 「私も竜宮へ戻るか......。」

 オーナーが独り言をつぶやいた時、近くで静電気の弾けた音が聞こえた。

 「シャウも一緒に戻るんだナ!シャウ!」

 「加茂か。では一緒に竜宮へ向かおうか。」

 いつの間に横に来ていたテンションの高いシャウを連れてオーナーも石段を降り始めた。

 あれからしばらく時間が経ち、タニは村の立て直しのため、少し谷村へ残っていた。

 そして桜が咲く頃、タニは再び竜宮へと戻った。

 竜宮へと続く砂浜を歩き、気合を入れて海へ向かおうとした時、タニの前にリュウが現れた。

 「よう!久しいな!元気だったかーっ!たーにー!」

 タニが来るなりリュウは元気に突進してきた。

 「うわあっ!りゅ、リュウ先輩!お久しぶりです!」

 抱き着かれ、いじられながらタニは辛うじてリュウに答えた。

 「ああ、そうそう!来て早々悪いんだが......。」

 「『そうそう』ばかりですね......。嫌な予感が......。」

 タニはさっと身構えた。

 「実は現在、高天原四大勢力と月、太陽のトップが会議中なんだ。そんで七福神の蛭子も来てて......しかもやつが酔ってるんだよ。なぜか。それで......」

 「帰ります......。」

 リュウが最後まで言い終わる前にタニはさっさと背を向けた。

 「ちょ、ちょっと待てよー。最後まで聞けってばー。」

 背を向けるタニにリュウは子供のようにじゃれてきた。

 こういう時はろくなことがないのだとタニは知っている。そして今話にのぼった奴らは自分を間接的にすら追い込める天才達である。

 もう逃亡という手段しかとれない。

 「たーにー。」

 「で、出直してきます!平和な時にまた来ます!」

 タニは半泣きで首をぶんぶん横に振った。

 「まあ、そう言わずに......。俺様とタニの仲じゃねぇか。」

 リュウはにやつきながらタニの頭を乱暴に撫でる。

 「ひぃいい!どんな仲だか知りませんがそんな仲になった記憶はないです!」

 「ちなみに会議が終わった後、宴会になるかもという事でタニのアイドルダンスを入れようかと......。」

 「いやああああ!帰ります!全力で帰ります!そしてもう来ません!ごめんなさい!」

 「帰るな!全力で帰るな!俺様、苦し紛れにお前の事話しちゃったんだから!逃げるな!逃げないでください!俺様を置いてかないで!頼むぅ!」

 全力で抵抗しているタニを半分羽交い絞めにしたリュウは切羽詰まった顔でタニを引っ張って海の中にある竜宮へと連れ去って行った。

 「もうやだ......この職場......誰か助けて......。」

 タニはしくしく泣きながら大人しくリュウに連れ去られるのだった。

 そして彼らのいつもの日常は再び動き始める......。

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