法窓夜話

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法窓夜話 穂積陳重

 一 パピニアーヌス、罪案を草せず

 士の最も重んずるところは節義である。その立つやこれに仗(よ)り、その動くやこれに基づき、その進むやこれに嚮(むか)う。節義の存するところ、水火を踏んで辞せず、節義の欠くるところ、王侯の威も屈する能わず、猗頓(いとん)の富も誘うべからずして、甫(はじ)めてもって士と称するに足るのである。学者は実に士中の士である。未発(みはつ)の真理を説いて一世の知識を誘導するものは学者である。学理の蘊奥(うんのう)を講じて、天下の人材を養成するものは学者である。堂々たる正論、政治家に施政の方針を示し、諤々(がくがく)たる※議(とうぎ)、万衆に処世の大道を教うるは、皆これ学者の任務ではないか。学者をもって自ら任ずる者は、学理のためには一命を抛(なげう)つの覚悟なくして、何をもってこの大任に堪えられよう。学者の眼中、学理あって利害なし。区々たる地位、片々たる財産、学理の前には何するものぞ。学理の存するところは即ち節義の存するところである。  ローマの昔、カラカラ皇帝故(ゆえ)なくして弟ゲータを殺し、直ちに当時の大法律家パピニアーヌス(Papinianus)を召して、命じて曰く、

朕、今ゲータに死を賜えり。汝宜しくその理由を案出して罪案を起草すべし。

と、声色共に※(はげ)しく、迅雷(じんらい)まさに来らんとして風雲大いに動くの概があった。これを聴いたパピニアーヌスは儼然(げんぜん)として容(かたち)を正した。

既に無辜(むこ)の人を殺してなお足れりとせず、更にこれに罪悪を誣(し)いんとす。これ実に第二の謀殺を行うもの。殺親罪を弁護するはこれを犯すより難し。陛下もし臣の筆をこの大悪に涜(けが)さしめんと欲し給わば、須(すべか)らくまず臣に死を賜わるべし。

と答え終って、神色自若。満廷の群臣色を喪(うしな)い汗を握る暇もなく、皇帝震怒、万雷一時に激発した。

咄(とつ)、汝腐儒(ふじゅ)。朕汝が望を許さん。

暴君の一令、秋霜烈日の如し。白刃一閃、絶世の高士身首その処を異にした。  パピニアーヌスは実にローマ法律家の巨擘(きょはく)であった。テオドシウス帝の「引用法」(レキス・キタチオニス)にも、パピニアーヌス、パウルス、ウルピアーヌス、ガーイウス、モデスチーヌスの五大法律家の学説は法律の効力ありと定め、一問題起るごとに、その多数説に依ってこれを決し、もし疑義あるか、学説同数に分れる時は、パピニアーヌスの説に従うべしと定めたのを見ても、当時の法曹中彼が占めたる卓然たる地歩を知ることが出来よう。しかしながら、吾人が彼を尊崇する所以(ゆえん)は、独り学識の上にのみ存するのではない。その毅然たる節義あって甫(はじ)めて吾人の尊敬に値するのである。碩学の人は求め得べし、しかれども兼ぬるに高節をもってする人は決して獲易(えやす)くはない。西に、正義を踏んで恐れず、学理のためには身首処を異にするを辞せざりしパピニアーヌスあり。東に、筆を燕(えん)王成祖(せいそ)の前に抛(なげう)って、「死せば即ち死せんのみ、詔や草すべからず」と絶叫したる明朝の碩儒方孝孺(ほうこうじゅ)がある。いささかもって吾人の意を強くするに足るのである。吾人はキュージャスとともに「法律の保護神」「万世の法律教師」なる讃辞をこの大法律家の前に捧げたいと思う。ギボンは「ローマ帝国衰亡史」に左の如く書いた。

"That it was easier to commit than to justify a parricide" was the glorious reply of Papinian, who did not hesitate between the loss of life and that of honour. Such intrepid virtue, which had escaped pure and unsullied from the intrigues of courts, the habits of business, and the arts of his profession, reflects more lustre on the memory of Papinian, than all his great employment, his numerous writings, and the superior reputation as a lawyer, which he has preserved through every age of the Roman jurisprudence.(Gibbon's the Decline and Fall of the Roman Empire.)

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 二 ハネフィヤ、職に就かず

 回々(フィフィ)教徒(きょうと)の法律家に四派がある。ハネフィヤ派、マリク派、シャフェイ派、ハンバル派といって、各々その学祖の名を派名に戴いている。学祖四大家、いずれも皆名ある学者であったが、就中(なかんずく)ハネフィヤの学識は古今に卓絶し、人皆称して「神授の才」といった。学敵シャフェイをして「彼の学識は学んで及ぶべきにあらず」と嘆ぜしめ、マリクをして「彼が一度木の柱を金の柱なりと言ったとしたならば、彼は容易(たやす)くその柱の黄金なることを論証する智弁を有している」と驚かしめたのを見ても、如何に彼が一世を風靡(ふうび)したかを知られるのである。  ハネフィヤは、このいわゆる「神授の才」を挙げて法学研究に捧げようとの大志を立て、決して利禄名声のためにその志を移さなかった。時にクフファーの太守フーベーラは、氏の令名を聞いて判官の職を与えんとしたが、どうしても応じない。聘(へい)を厚くし辞を卑くして招くこと再三、なお固辞して受けない。太守もここに至って大いに怒り、誓ってかの腐儒をして我命に屈従せしむべしというので、ハネフィヤを捕えて市に出し、笞(むちう)たしむること日ごとに十杖、もって十日に及んだが、なお固く執(と)って動かなかったので、さすがの太守も呆れ果てて、終にこれを放免してしまった。  この後(の)ち数年にして、同一の運命は再び氏を襲うて来た。マースールのカリフ[#岩波文庫の注は、「マースールのカリフ」を著者の書き間違いとし、「アッバス朝二代のカリフがマンスール」であるとする]は、氏をバグダッドに召して、その説を傾聴し、これに擬するに判官の栄職をもってした。しかも石にあらざる氏の素志は、決して転(ころ)ばすことは出来なかった。性急なる王は、忽ち怒を発して、氏を獄に投じたので、この絶世の法律家は、遂に貴重なる一命を囹圄(れいご)の中に殞(おと)してしまった。  ローマ法族の法神パピニアーヌスは誣妄(ふぼう)の詔を草せずして節に死し、回々法族の法神ハネフィヤは栄職を却(しりぞ)けて一死その志を貫いた。学者一度(ひとたび)志を立てては、軒冕(けんべん)誘(いざな)う能わず、鼎※(ていかく)脅(おびや)かす能わざるものがなくてはならぬ。匹夫(ひっぷ)もその志は奪うべからず、いわんや法律家をや。 [#改ページ]

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⏰ Last updated: Mar 16, 2008 ⏰

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