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aozora

on Jun 14, 2007
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運 芥川龍之介

 目のあらい簾(すだれ)が、入口にぶらさげてあるので、往来の容子(ようす)は仕事場にいても、よく見えた。清水(きよみず)へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓(こんく)をかけた法師(ほうし)が通る。壺装束(つぼしょうぞく)をした女が通る。その後(あと)からは、めずらしく、黄牛(あめうし)に曳(ひ)かせた網代車(あじろぐるま)が通った。それが皆、疎(まばら)な蒲(がま)の簾(すだれ)の目を、右からも左からも、来たかと思うと、通りぬけてしまう。その中で変らないのは、午後の日が暖かに春を炙(あぶ)っている、狭い往来の土の色ばかりである。  その人の往来を、仕事場の中から、何と云う事もなく眺めていた、一人の青侍(あおざむらい)が、この時、ふと思いついたように、主(あるじ)の陶器師(すえものつくり)へ声をかけた。 「不相変(あいかわらず)、観音様(かんのんさま)へ参詣する人が多いようだね。」 「左様でございます。」  陶器師(すえものつくり)は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子(ようす)にも、悪気らしいものは、微塵(みじん)もない。着ているのは、麻(あさ)の帷子(かたびら)であろう。それに萎(な)えた揉烏帽子(もみえぼし)をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正(とばそうじょう)の絵巻の中の人物を見るようである。 「私も一つ、日参(にっさん)でもして見ようか。こう、うだつが上らなくちゃ、やりきれない。」 「御冗談(ごじようだん)で。」 「なに、これで善い運が授(さず)かるとなれば、私だって、信心をするよ。日参をしたって、参籠(さんろう)をしたって、そうとすれば、安いものだからね。つまり、神仏を相手に、一商売をするようなものさ。」  青侍は、年相応な上調子(うわちょうし)なもの言いをして、下唇を舐(な)めながら、きょろきょろ、仕事場の中を見廻した。--竹藪(たけやぶ)を後(うしろ)にして建てた、藁葺(わらぶ)きのあばら家(や)だから、中は鼻がつかえるほど狭い。が、簾の外の往来が、目まぐるしく動くのに引換えて、ここでは、甕(かめ)でも瓶子(へいし)でも、皆赭(あか)ちゃけた土器(かわらけ)の肌(はだ)をのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。どうやらこの家の棟(むね)ばかりは、燕(つばめ)さえも巣を食わないらしい。......  翁(おきな)が返事をしないので、青侍はまた語を継(つ)いだ。 「お爺(じい)さんなんぞも、この年までには、随分いろんな事を見たり聞いたりしたろうね。どうだい。観音様は、ほんとうに運を授けて下さるものかね。」 「左様でございます。昔は折々、そんな事もあったように聞いて居りますが。」 「どんな事があったね。」 「どんな事と云って、そう一口には申せませんがな。--しかし、貴方(あなた)がたは、そんな話をお聞きなすっても、格別面白くもございますまい。」 「可哀そうに、これでも少しは信心気(しんじんぎ)のある男なんだぜ。いよいよ運が授かるとなれば、明日(あす)にも--」 「信心気でございますかな。商売気でございますかな。」  翁(おきな)は、眦(めじり)に皺(しわ)をよせて笑った。捏(こ)ねていた土が、壺(つぼ)の形になったので、やっと気が楽になったと云う調子である。 「神仏の御考えなどと申すものは、貴方(あなた)がたくらいのお年では、中々わからないものでございますよ。」
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