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――武内 護――
「ふふふ......ふふふふ......ふふふ......」 笑いが止まらなかった。快感が、収まらなかった。殺しへの予兆が、僕の体を蝕む。 神は許可しているんだ。僕は、殺しを許された人間なんだ。選ばれし者なんだ。 人を殺せば警察に捕まるかもしれないと思った。しかしどうだ。警察は相変わらず見当ハズレな捜査をしている。 雪瀬空の身辺調査なんて、しても意味が無いのに。彼女には語るべき人間関係なんてありはしないのに。そんなありもしないものを見つけようとしているから、僕には辿り着けない。優秀な日本の警察でも。 「あはは......あはははははあは!」 ハンドルを叩く。クラクションを鳴らしたかったが、それは自制した。速度も一定を保つ。......殺し以外の部分で目立つことはしない。 楽しい、楽しい、楽しい。 これからあの快感をもう一度味わえると思うと、体中の骨が溶けてしまうような快感が体内を駆け巡る。 命を生み出す権利は神にある。 そして、命を摘み取る権利は、僕にある。 そうだ! 僕は死を司る者だ! 死を食らう者だ! それは僕の責務! 生まれ背負った役割! だから僕は否定されない。誰も否定してはならない。 殺す。 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。 だって、それが僕の役目なんだから! だって、それが僕に与えられた特権なんだから! これは罪じゃない。悪でもない。 正義であり、責務だ。 大工は家を作ればいい。SEはプログラムを組めばいい。学生は学べばいい。 僕は、殺すだけだ。 懐かしい街に入る。しかし、ここはまだ見慣れた景色ではなかった。しかし......それでも、見たことはある。そう、ここは、確か「式見蛍」のアパートの近くだ。以前彼の生活時間を調査した際に何度か訪れた。 式見蛍を殺すのも悪くはないと思った。この時間なら寝ているだろうか。しかし......アパートに押し入って殺害というのは、中々危険だ。やるならば、雪瀬空の時のようにチャンスを覗わなければ。 僕は惜しいと思いながらも、僕の車以外全くといっていいほど走っていない道を走っていた。 さて、どうしようか。高校付近まで戻るか? あそこらへんは、野良が多いからな。いくつか溜まり場は知っているから、動物を見つけるのに苦労はしないだろう。 そうだ、折角車を持っているんだ。ひき殺すのも悪くは無いかもしれない。車がなければ出来ないことをするのがいい。「撥ねる感覚」というのも一度是非とも感じてみたい。「殺し」を「全身」で感じられるいい手法だ。 そう、考えていた時だった。 「っ!」 ブレーキをかける。道の脇に、犬を発見したのだ。 「くくく......やはりそうだ。神は、僕を許している!」 こんな何もない場所で! こんな好条件で! ......やはり、神は僕を祝福しているのだ。 僕は一旦車を車道でそのまま停車させ、そうして、キョトンとこちらを見る犬に視線を合わせ、それから、ポケットからペット用のジャーキーを取り出した。ニオイに気付いたのか、ジャーキーを真剣に見る犬。 僕はその視線を確認すると、道の前方にジャーキーを思い切り投げた。瞬間、喜び勇んでジャーキーを食べに行く犬。歯ごたえ重視のものらしいから、しばらく足止めは出来るはずだ。 僕は道の真ん中でジャーキーにしゃぶりつく犬を確認した後、車に乗り込んだ。少しバックさせ、充分に加速度がつくように調整する。 ......よし。 「神よ、執行の時間です」 僕は呟くと、一気にアクセルを踏み込んだ。回転するタイヤがアスファルト捉え、車体が勢い良く前方へと押し出されて行く! 犬は未だに注意を向けることなく、ジャーキーに夢中だった。 「あはははははははは!」 車体が、回転するタイヤが、犬に迫る。ああ、ぞくぞくする。このタイヤに巻き込まれる瞬間、あの犬は一体どんな断末魔を聞かせてくれるのだろうか。ああ...... 「......っ!」 瞬間だった。 車体に感じた感触は、僕の期待したものではなかった。いや、ある意味では、期待以上すぎたのか。 一瞬何が起きたのか分からなかった。インパクトのその瞬間、全く注意してなかった道路脇から、何かが飛び込んできた。その何かは犬を抱え、そして、背中からバンパーとフロントガラスに思い切りぶつかってきたのだ。おかげで、窓にはひびが入っている。 僕の車に弾き飛ばされたその「何か」は、車体の後方でごろごろと転がる。車を停車させ、バックミラーでその光景を眺める。「何か」は何度か回転した後、ぐったりと、仰向けに倒れた。その腕の中から、犬が飛び出し、道路の脇へと駆けて行く。 僕はようやく理解した。人間が、あの犬をかばったのだと。そして......震えた。歓喜に、震えた。 あれが人を轢く感触......なんて、甘美なのだろうか。 バックミラーの中の人物を改めて見やる。そして......更なる、神の思し召しに気付いた。 「式見......蛍? ......ハハハ! ハハハハハ! 神よ! 神よ!!」 確信した。 僕は、選ばれし者なのだ! 最早怖いものはない。そうだ。今なら、絶対に、「目撃者はいない」はずだ。だって、世界は僕の思うように動くのだから。 僕はそのまま車を走らせると、一定距離をとって......そして、Uターンした。 血を流し意識を失い倒れる式見蛍に、最後の止めを刺すために。
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